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トカゲといっしょ  作者: (=`ω´=)


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503/1089

イレギュラーの子どもたち

『そちらに押しかけていくのとこちらに来るの、どっちを選ぶ?』

「じゃあ、そっちにいくわ」

 通信でトエスにそう問われれば、返答は決まっている。

 多くの人間が静かに仕事をやっている閑静な仮庁舎の中で周囲の事情に構うことなく騒ぎ出すガキどもを自分から招き入れる選択はありえなかった。

 ちょうど日も落ちて領主としての仕事も一段落したときだったので、ハザマは数名の供を伴って商用地区から少し離れた場所まで移動をする。

 トエスは今、託児所兼孤児院みたいな場所の運営を任せている。

 正式名称はなんというのかハザマも聞いていないのだが、孤児や片親、それに親族が仕事で忙しいために時間や期間限定で子どもたちを預かり、まとめて面倒を見ている施設だった。

 ハザマ領ではこの時点でもまだ圧倒的に単身者の割合が多く、夫婦や家族持ちは少数派であったが、それでも意外に需要があるらしくて、トエスが面倒を見ている施設でも千人近い子どもたちが居住しているという。

 もっとも、出入りもそれなりに激しく、また、両親が働いている昼間限定で預けられている子ども割合も多いので、実際にそこに住んでいる子どもとなると、そのうちの半分以下になるわけだが。

 また、預かっているといっても一方的に面倒を見ているわけではなく、ある程度仕事をできる年齢になっていたら掃除や下の子たちの面倒を見させるなど、その施設で必要とされる労働や、場合によっては薬師の下働きや墨擦り、煙突掃除など子どもにもできるような仕事を斡旋することもあるという。

 労働基準法などの概念がないこの世界では、たとえ子どもであっても働ける者は働かせるのが当然とされていた。

 そもそも、成人年齢が十五歳とハザマの世界の基準よりもよほど早い。

 こうした簡単な仕事を早くからやらせるのは、物心ついた頃から簡単な手習いなどをさせて、自分の適性を自覚させるという意味合いもあるらしかった。

 もっとも、何事も飽きっぽい子どもにやらせるわけだが、実働時間は長くても半日程度であり、得られる賃金も小遣い銭程度であるということだったが。

 そうした施設は子どものみの労働力だけで運営できるわけもなく、トエスら成人の職員もそれなりに常勤している。

 そうした職員たちは、仕事の割り振りをしたり、小さな子どもの面倒をみたり、読み書きなど簡単な知識を教えたり、あるいは衣食住にまつわる手配を担当したりしていた。

 施設の運営に関わる仕事の中には力仕事や複雑な知識を必要とするものも多く、当然のことながら、多少は手伝わせるにしても、完全に子どもたちに任せるわけにもいかなかったのだ。

 ハザマが預かっているアレルとエレルという、複雑な来歴を持つ双子も、こうした施設の中で他の子どもたちに混じって生活している。

 はずであった。


「双子が居るのはいい」

 ハザマはいった。

「なんでお前らまでが居るんだよ」

「仕事が終わったあと、読み書きとか習いに来ている」

「算術を習いに来てる」

「もっと常識を学べといわれた」

 双子たちと負けず劣らず複雑な来歴を持つ、ドゥ、トロワ、キャトルの三人が順番に答えた。

「実際には、ここに来ても子どもたちと遊んでばかりだけどね」

 トエスは苦笑いを浮かべながらそういった。

「とりあえず、そこいらで平然と服を脱がないようにしつけることは出来た、と、思う」

「遊び相手としては、人気はあるよ」

「そうかい」

 ハザマはそういって頷いた。

「精神年齢が同じくらいだから、ちょうどいいんだろうよ」

 まあ、この三人はどうでもいいや。

 とか思いつつ、ハザマはアレルとエレルの二人組に視線をやる。

 わずか数日間しか離れていなかったはずだが、一回り以上、体が大きくなっている気がした。

 やはり成長がずいぶんと早いな、と、ハザマは思う。

「お前ら、元気にやっていたか」

 そう、双子に声をかけてみた。

「ハザマ」

 両耳をピンと立てて、おそらくはアレルの方がいう。

「元気、してた」

 言葉も、順調におぼえているようだ。

 子どもは子どもだが、こうして意味のある言葉を吐けるようになるとずいぶんと人間らしく見える。

「そうかそうか」

 ハザマは無難なことをいっておいた。

「まわりの人たちにはあまり迷惑をかけるなよ」

「ハザマ」

 おそらくはエレルの方が訊ねてきた。

「なに、してたの?」

「うーん」

 さて、どう答えるべきか。

 ハザマは少しの間、考えてみた。

「いろいろ、だな。

 他の人があまりやりたがらないような雑用を、ごちゃごちゃとやってきた」

 考えてみた結果、そんな説明の仕方になる。

 とても一口で、この年端もいかないこの双子に理解させるように説明することはできない。

 そう、判断したのだった。

「なんで、そんなことをやってたの?」

 重ねて、そう訊ねられた。

「それが仕事だからだ」

 ハザマは即答する。

「仕事、楽しい?」

「別に、楽しくはないなあ」

 ハザマは答えた。

「いろいろと、面倒なことが多いし」

「なんでやめないの?」

「なんでだろうな?」

 ハザマは素直に答えた。

「おれにもわからんが、おそらく、仕事をやめたら多くの人に迷惑がかかるからじゃね」

「迷惑がかかると、ハザマ、困るの?」

「おれは別に困らないが、おれの仲間が困る。

 それ以上に、迷惑がかかった人間はもっと困る」

 子どもの質問というのは、本質的な分、答えるのに骨が折れるな、と、ハザマは思った。

「その困るをなくすか少なくするのが、今のところのおれの仕事だ」

「なに真面目な顔をしてわけのわからないことをいっているんですか、この人は」

 トエスがそんな問答に対して手厳しい論評を加えた。

「そろそろ夕食の時間です。

 こっちに用意がしてありますから、食べていってください」


「ハザマ、存在、確認」

 その施設の食堂とやらにぞろぞろと移動している最中に黒くて小さな人影がどどどどどと足音を響かせてハザマのもとにやってきた。

「なに?」

「誰?」

 アレルとエレルがそういって首をかしげる。

「ロボ子だ」

 ハザマは簡潔に説明した。

「巣から使わされてきた、鉄蟻の一種だそうだ」

「鉄蟻」

 そういって、アレルとエレルの双子は顔を見合わせる。

「こーんなに大きかったのに」

「背中に乗って、走った。

 早かった」

 この双子は、ハザマとともに別の鉄蟻たちと接触したことがある。

 大小の、他の鉄蟻たちとこのロボ子との違いに、戸惑っているようだ。

「ロボ子、です」

 ロボ子はそういって、ぎこちない動作で会釈をした。

「ハザマに、名づけてもらいました」

「わたしたちもー」

 ドゥ、トロワ、キャトルの三人がそんなことをいって騒ぎはじめる。

「ハザマに名づけてもらったー」

 なんでそんなことで対抗意識を持つかな、と、ハザマは思った。

「そんなことはどうでもいいから、メシ食おうメシ」

 だんだんと面倒くさくなったハザマはそういって子どもたちを促した。

 なんとなくアレルとエレルがしょんぼりしているのにも、気づかないことにする。


 食堂についたらついたで、そこに居た大勢の子どもたちに囲まれることになった。

「おじさん、誰ー!」

「偉い人ー!」

「なんでこんなとこに来ているのー!」

 特に小さい子供たちは遠慮とか恐れとかいうものがない。

 比較的に大きい子どもたちは少し距離を取ってハザマたちのことを見ているだけだった。

「あとでちゃんと紹介するから!」

「こちらに来ているのは領主様だから、くれぐれも失礼がないように!」

 トエスや職員たちが何人か寄ってきて集まってきた子どもたちを解散させる。

「いつもこんなもんなのか」

 ようやく職員用の食卓についてから、ハザマはトエスに訊ねた。

「だいたい、こんなもんですよ」

 トエスは答える。

「子どもなんてのは、どこでも同じようなもんです」

 そういうトエス自身も、ハザマの基準に照らし合わせれば十分に子どもといえる年齢なのだが。


 食堂は結構広く、一度に百名以上は食事ができるくらいの食卓が用意されていた。

 とはいっても、食卓も椅子もサイズが違うものが何種類か用意されている。

 年齢ごと、体の成長に合わせて好きなところを使うようになっているらしかった。

 交代で使っているらしく、空席ができたらすぐに順番待ちをしていた子どもが座る。

 子どもの人数よりも設備の数が圧倒的に足りていなんだな、と、ハザマは思った。

 かといって、人数分を用意したら、それこそ場所などももっと広いスペースを必要とすることだろうし。

 予算も無限になるわけではないから、これはこれで仕方がないのか、とハザマは思う。

 もともと、洞窟衆が運営している中では、潤沢な利益を生むような施設でもない。

「限られた予算でやりくりしているような感じだな」

 ハザマは、そう感想を述べるだけにとどめた。

「そりゃあ、もう」

 トエスはいう。

「いつも財政部門とやりあってますよ。

 これ以上予算を削られても、おそらくは不衛生なことになって病気とかが増えるだろうし」

 人が多く集まるところでは、公衆衛生に気をつけないとすぐに感染症が蔓延するという知識は、ハザマ領内においてはここ最近で周知を徹底されていた。

 外出から帰ってきたときのうがいと手洗いは、老若男女に関わらず推奨されているくらいだ。

 体力のない子どもが多く集まるこのような場所では、なおさら気にかける必要があるだろう。

 流行病などが発生すればそれだけ財政も圧迫するわけであり、トエスたちこの施設の職員が予算を請求する際の取引材料にするのは合理的な選択であるともいえる。

「それだけではなく、こういうところで育った子たちが、全員とはいわないけどその何割かは、近い将来に洞窟衆の中核で働くようになるわけでね」

 トエスはそう続ける。

「それを考えると、手を抜くわけにはいかないわけで」

 トエスはトエスで、いろいろと考えているようだった。

「長期的なことを考えると、そういう視点は必要だろうな」

 ハザマもトエスの言葉に頷いた。

「なにか必要なものはあるか?」

「いつだったかハザマさんがいってた、ガッコウってやつ。

 あれ、作れないですかね」

 トエスは即答する。

「目先のなにかよりも、今は小さい子が無料で学べる場所が欲しいっす」

 トエスによると、この施設では職員による講習の他に、大きな子が学んできたことを年下の子に教えるようなことを自発的に行っているだけだという。

 職員たちには他の仕事もあり、十分にすべての子どもたちに十分な教育を行うことができていないといわれた。

「結局、子どもの数に比べて職員の数が少なすぎるんです」

 トエスは断言した。

「十分な人数の職員を雇うとしたら、完全に予算オーバーします」

「うーん」

 ハザマはいった。

「読み書きや初歩的な算術の講師程度なら、募集すればすぐに集まると思う。

 なにかの特典をつけて、安い受講料でこっちに誘致するとかしかすぐに打てる手はなさそうだなあ」


 現状で、いきなり義務教育制度とか開始しても大人たちの認識がついてこないだろうと、ハザマは判断した。

 財政面も問題も大きいのだが、そうした初等教育を義務化すると、多くの家庭から子どもという労働力を奪ってしまう結果になる。

 下手をすると、経済的に立ちゆかなくなる世帯も出てくるかも知れなかった。

 とりあえずは、試験的な意味も含めてこのような施設で学習専門の講師を増やしてみてはどうか、というのがハザマの意見だった。


「その特典というのは、具体的には?」

 トエスはさらに突っ込んで訊いてくる。

「たとえば、だな」

 考えつつ、ハザマはいった。

「ここで講師として働けば、その実働時間に応じて収めるべき保険金を割り引くとか」

「賦役みたいなもんですね」

 住民税に相当するものを徴収していないハザマ領においては、保険金が一番税に近い。

 税を収める代わりになんらかの労働で代替するという賦役は、王国のみならず平地の諸国では一般的な行為であった。

「それならば、予算を圧迫せずにできるかも」

「各方面をこれから説得しなけりゃならないから、必ずできると断言できないけど」

 ハザマはいった。

「その線で、ちょっと意見を調整してみよう」

 そういったハザマが傍らにいたリンザの方をむくと、リンザは素直に頷いた。

「すぐに手配をします」

 こうしてハザマが突発的なアイデアを出すことは珍しくなかったので、対応するための当番が直属班の中で編成されているのだった。

 リンザから通信を受けた者たちが、今頃は書類を整備したり関係各所に掛けあったりしはじめているはずである。


 食事は、まあ予想されていた通り質素で、硬いパンと煮込み、それに湯冷ましの水だけであった。

 そんなもんだろうと予想していた通りだったので、ハザマは文句ひとつこぼすこともなく黙々と平らげる。

 パンはともかく、煮込みの方はそんなに悪い味でもない。

「さっきのが、仕事?」

 隣りに座っていたエレルだかアレルだかが訊ねてきた。

 この二人はよく似ているので、ハザマにも区別がつかないときがある。

「あれも、おれの仕事ではあるな」

 ハザマは硬いパンを無理に噛みながら答える。

「仕事の全部ってわけではないが」

「リョウシュってなにやる人?」

「領内に居る人たちが、暮らしやすい環境を作る人」

 ハザマは反射的に簡単な解答を選んで口にする。

「具体的には、不満を持っているやつらの相手をすることが多い」

「不満ってナニ?」

「満足していないこと」

「ふーん」

 理解できるのかどうかは不明だったが、双子の片割れは一応、そこで満足をしてくれた。


 少し離れた場所で、ロボ子がおとなしく棒立ちになっていた。

 人間用の食事は口にすることはできないし、人間用の椅子に座っても壊すことが多いため、暇なときのロボ子はこうして棒立ちになっていることが多い。

 外骨格であることもあって、立ってじっとしているのはあまり苦にはならないようだ。

 そうしてじっとしているように見えて、そうしている間にも、聞き耳をたてて人間の言動を観察しているそうだが。

 そうして微動もせずに立ちつくすロボ子を、子どもたちが珍しそうに眺めて通り過ぎていく。

 興味は持つものの、その存在自体があまりにも異質すぎて直に声はかけづらい、といったところだろうか。

 もう少し時間がたてばまた違ってくるのかもしれないが、今の時点では、ロボ子に対する子どもたちの反応はそんなもんだった。

 その外観からハザマはロボ子と呼んだが、ロボ子はリンザよりも少し小さいくらいの子どもと同じくらいの大きさをした、子どもの形をしている。

 二本足で直立して歩き、二本の腕を持ち、その腕の先には五本の指がある。

 ちゃんと、人間の頭部に見えるものも肩の上に乗っていた。

 そういう意味では、外見的には完全なヒューマノイドであったが、実際の中身はかなり違う……の、だろうな。

 と、ハザマは思った。

 鉄蟻たちが外見だけではなく思考まで、これほど短時間のうちに人間を模倣できるものとも思えないのだ。

 ロボ子のことは、当面、

「人間の形をした似て非なるもの」

 と認識し、そのように扱うのが無難なように思えた。

 ロボ子だけではなく、牙虎の三人組も犬耳の双子も、厳密にいうと人間じゃねーしなあ。

 とは、ハザマは思う。

 それで差別をするつもりはなかったし、出自はどうあれ今後も人間社会の中で暮らしていくつもりであれば最低限の社会常識くらいはわきまえてもらう必要があるのだが、それでも彼ら彼女らが根本的な部分で人間ではないということは、ハザマの側が肝に銘じておくべきなんだろうな、と、改めてそんな風に思った。

 ハザマ領に限らず、山地の方で平地とは違って異族など人外の存在には比較的寛容な空気があるそうだが、この世界のどこにいってもそういう認識が共有できると考えるのは危険だし、現実的ではない。

 ハザマとしては、そのことを忘れる訳にはいかないのであった。

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