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縦横の慮外者

「救援……か」

 エルシムに告げられた要請を耳にして、ガルバスは思案顔になった。

「そちらにしてみれば、こちらを手伝う理由もないのだろうが……」

「いやいや。

 元々、ここの巣の犬頭人は根絶やしにするつもりではあったわけだし……そのついでと考えれば……」

「ご協力をいただければ、なにより」

 エルシムとガルバスは視線は、ハザマ・シゲルとその頭に乗っかって目を閉じているトカゲもどきの方に流れる。

「……うまく勧誘できれば……」

「……あれを野放しにするわけには……」

 ガルバスにせよ、エルシムにせよ、ハザマ・シゲルの今後について、それぞれに思うところがあるのであった。


 こうして頭にトカゲもどきを乗せたハザマ・シゲルと傭兵たちは、ふたたび洞窟内へと消えた。

 水場に残された女たちは火を起こし、傭兵たちが持ち込んだ鍋を借りて煮炊きをはじめる。犬頭人は調理をする習慣を持たなかったので、調理器具が借り物になるのはしかたがないところだった。

 食材は、そのへんに転がっている犬頭人の死体である。人に似た形の生物を食べるのは誰もが悪趣味である感じているところだが、この場に残された人々の飢餓感はそうした嫌悪感をかるく凌駕する。まさしく「背に腹はかえられない」のであった。

 それと、猪頭人と遭遇した際、奇跡的に四肢を欠損したていどで命を拾った傭兵たちが、若干名存在した。通常ならばそのまま絶命するまで放置されてもおかしくはないのだが、ハザマ・シゲルのたっての願いを聞く形で、とりあえず治療行為を行うことになっている。

「助けられる命は助けておいた方がいいって」

 とかいいながら怪我人を止血し、真っ先に手当したのもこのハザマ・シゲルなのだ。一方でこのハザマ・シゲルは、多数の犬頭人を眉一つ動かさずに虐殺もしているのだが。


 とはいえ……。


「はい。舌を噛まないように猿轡かませたわね!

 動かないように、しっかり押さえつけて!」

 左足の膝から下を失った傭兵たちの上に、十人くらいの女たちが乗っかっている。

「……それじゃあ……」

 斬り口に熱した鉄を押しつけられ、その傭兵は脂汗を流しながら声にならない悲鳴をあげた。

 まともな薬品も治療器具もないこの場では、これ以上の止血と消毒をするためにはこんな荒っぽい手段しか残されていない。

 その「治療」が終わる頃には、その傭兵は白目をむいて静かになっていた。

 これ以降、うまく回復できるかどうかは、本人の意志と体力次第だろう。


「灰汁がかなりでるはずだから。

 灰汁が出なくなるまで、煮汁は何度でも捨てること。

 幸い、水はたっぷりあるから……」

 エルシムは女たちに指示を出している。

 異族の肉は、硬くてひどい臭いがして、まずい。……というのが、一般的な評価なのであった。

 それこそ、他に食べる物があったら、誰も口にしないだろうといわれるほどに。

「……お肉は、いくら用意しても多すぎるということはない。

 この人数だし、腐り出す前に処分しないと難儀なことになるし……」

 今、この場にいる女たちは、まだしも元気な方に入るのだ。

 これから救出されてくる女たちのことを考えると、頭がいたくなってくる。

「……いくら空腹でも、はじめからいきなりお肉は食べないこと。空腹時にいきなり大量の固形物を胃に入れると、かえってお腹を壊しまう。

 長い時間をかけて、徐々に食べ物を体に慣らしていってください……」

 体を洗ったばかりだからか、長いこと幽閉されて衰弱しているはずの女たちは不思議と甲斐甲斐しく働いている。


 洞窟の中に入った連中が、予想よりもはるかに早く帰ってきた。それも、予想だにせぬ供を引き連れて……。

『……なんだ、そいつらは?』

「はは。なんか知らないけど、ついて来ちゃった。

 もう敵対するつもりはないようだし……」

 頭の上にトカゲもどきを乗せたままのハザマ・シゲルが、締まりのない笑みを浮かべた。

「それどころか、すっかり従順になってしまっている。

 どうやら……あの猪頭人は、このあたりのヌシのような存在であったらしい」

 ファンタルが、生真面目な表情を崩さずにつけ加えた。

「滅多にないことだが……やつらはあの猪頭人を倒したわれらを強者と認め、服従してくれる気のようだ」

「確かに滅多にはないことだが……ごく稀に、起こることだな」

 つまり、この洞窟にいた犬頭人を自由に使役する権利を得た、ということであるらしい。

 誰が、といえば……猪頭人に手傷を負わせたハザマ・シゲルとその連盟者であるトカゲもどき、眼球を射たファンタル、魔法によりとどめを刺したエルシムが、だ。

「全部で何人いるのだ?」

「まだ数えていない。

 だが五十人以上はいるだろう。ひょっとすると、百名を超えるかもしれない」

「ねー、ねー……。

 せっかく手伝ってくれるというんだからさ、早速なんか命令してみない?」

 ハザマ・シゲルが、場の空気にそぐわない脳天気な声をあげる。

 とはいえ、彼はファンタルとエルシムの会話を聞いてもその意味を理解することができないのであるが……。

『勝手にしろ。

 あ。

 洞窟に残っている女たちには会わせるなよ!

 やつらは犬頭人にはあまりよい印象を持っておらん』

「ですよねー。

 では……洞窟内に残っている財産すべて、外に運び出して一カ所に積み上げてください。

 それから、洞窟内に残されている死体も運び出して集めて、使えそうな武器や装備品も……」

 矢継ぎばやに指示をだしていくハザマ・シゲル。

「ええっと……洞窟内の安全はもう確保されたと思うから、幽閉されている人たちを運び出すのは兵隊さんたちに任せちゃってもいいかな?」

『あ……ああ。

 そうするよう、伝えよう。

 ただ、犬頭人の何名かに道案内をさせた方が、効率がよいだろうな』

「そだねー。

 じゃあ、そうして貰いましょうー」

 つかみ所がないやつだな、と思いながら、エルシムは傍らのファンタルにハザマ・シゲルの言葉を伝える。


 それからいくらもしないうちに、洞窟前の空間にいくつかの山が築かれた。

 犬頭人の死体の山。

 金銀財宝の山。

 武器や装備品の山。ただし、大半は古ぼけていたり破損したりしていて、そのままではまともに使えない代物が多かった。

 それに……十余名分の傭兵の死体。

「ねーねー。

 こういう場合、傭兵さんたちの装備や服はどういう扱いになるの?」

『知らぬ。

 傭兵の作法には明るくない』

「そっかー。

 装備はともかく、衣類は譲って貰えるといいねー」

『それより……』

 エルシムは財貨の山の中から大きめの玉石を手にした。

『……ふむ。

 これが、ころあいだな』

「なに?

 エルシムさん、宝石が欲しいの?」

『欲しい、ではない。必要なのだ。

 お前様がな』

「おれが?」

『これに魔法をエンチャントすれば、心話を使わずとも会話が可能になる』

「あー、なるほどー。

 そういやエルシムさん、エルフの魔法使いだもんなー」

 素直に感心してみせるハザマ・シゲル。

『……なんとなく馬鹿にされているような気がするのは気のせいか?』

「気のせい、気のせい。

 それはいいですけど、勝手にその宝石、ガメちゃっても構わないのかな?」

『今さらなにをいっておるのか、このタワケが。

 犬頭人の大勢をくだしたのは、お前様一人であろうに!』

 犬頭人が完全服従した今となっては、その財産について一番権利を主張でききるのはこのハザマ・シゲルであるはずだった。

「あ! そういや、そうだった!」

『他人事のように……。

 では、この玉石を使ってもかまわぬのだな?』

「はい、お願いしますー。

 やっぱ、いろんな人とお喋りしたいのでぇー」

 ……こいつとはなしていると調子を狂わされるな、と思いつつ、エルシムは玉石に魔力を込めはじめる。


「あー、あー……。

 ちゃんと、そっちの言葉に聞こえてます?」

「聞こえているとも。

 あとで鎖をつけるなりなんなりして、なくなさいように気をつけろ」

「はーい。

 ではちょっと、試しにおしゃべりしてきまーす」

 エルシムが止める暇もなく、ハザマ・シゲルは一直線に忙しく働いている女たちの方へと走っていった。

「……あの、タワケ……」

 残されたエルシムは、ひとり頭を抱える。


「……へい、かーのじょー……」

「うわぁ!」

 背後からいきなり声をかけられたリンザは、集めていた薪をあたりに放り出して地面にへたりこんだ。

「な、な、な……あ。

 皆殺しの人だ」

「はーい! 皆殺しの人、ハザマ・シゲルといいまーす!

 でも、敵対しない限りはなんにもしないから安心だね!

 エルシムさんにマジックアイテムを作ってもらっておしゃべりできるようになったから、こうしておはなしに来ましたー」

「ほほほほほ、本当に……殺しませんか?」

「殺さないよう。なんにもしなければ。

 ねーねー君たち。

 おれが犬頭たちをぬっ殺していたとき後についてきた子たちだよね?」

「あ。はい。

 ちょうどいい機会だったので?」

「いい機会かー……。

 君たち、あの犬頭に拉致られて来たって本当?」

「は、はい……一応」

「じゃあさ、あいつら憎いでしょ?

 今なら無抵抗でやり放題だから、みんなであいつら虐殺でもしてみる?」

「……え? えっとぉ……」

 リンザは助けを求めるように周囲を見渡した。

 しかし、リンザと同じように犬頭人の虜になっていた女たちは、リンザの視線を避けるようにして顔をあらぬ方向に向ける。

「…………もう……いいです。

 なんとかこうして助けられたことですし……起こったことが、なくなるわけでもないし……」

 かなり長いこと考え込んだすえ、リンザはようやく自分の意志を絞りだした。

「そっかー。

 そういや、君たちもさっきかなり殺してたもんねー。

 それじゃあ……君たち、今後、どうすんの?」

「え?」

「元いたところに、帰れるの?」


「ハザマ・シゲル殿」

「あ、これはどーも、隊長さん」

 三十がらみのがっしりとした体格のガルバスを、ハザマ・シゲルは傭兵たちのリーダーとして理解している。

「隊長では、ないのですが……」

 ガルバスは苦笑いをしながらそう前置きをし、本題を切りだした。

「巫女殿から貴君がはなせるようになったと聞きましてな。ひとつ、ご相談したいことがありまして……」

「なにかなー? おれひとりでは判断できないことならいいけどー」

「この度の財貨の分配などについては、また改めて皆のいる前で話し合いましょう。

 それよりも、今はなしておきたいのは貴君、ハザマ・シゲル殿の今後の身の振り方についてでして……」

「はぁ……って、つまりスカウトですか? リクルートですか?」

 ここに飛ばされてくる直前まで求職活動に奔走していた身にしてみれば、なかなか切実な申し出であった。

「そうなりますな。

 つまり、わが黒旗傭兵団の一員として……」

「ちょっと待ってくださらないか、ガルバス殿」

 どこからともなく現れたエルシムが、いきなり介入してきた。

「抜け駆けはなしにして貰おう。

 確かにこやつの敵を不動にする能力、それに加えて多数の犬頭人を従え、使役する能力も加味すれば、戦力として値千金、何者にも代えがたい逸材にみえよう。

 しかし、こちらの事情をよく知らぬまま勢いに任せて口八丁手八丁で買い叩こうとするのはいかがなものか?」

「い、いや……エルシム殿、それは誤解だ! ……」

 ……なんだか二人のおはなしが長引きそうなので、ハザマ・シゲルはその場をそっと離れた。


「……面倒くさいことは、今、考えたくないなー……。

 腹減っているし」

 そんなことをいいながら、ハザマ・シゲルは女たちが大鍋で煮炊きをしているところまで移動した。

「……ちょっといいかなー……」

 と声をかけると、「わっ!」とか「ひゃっ!」とかいいながら女たちがハザマ・シゲルから遠ざかるように散っていく。

「地味に傷つく反応だなあ……」

 ハザマ・シゲルはしょんぼりとしたが、つい先ほどまでこの男が大殺戮を繰り広げていた現場にいた者が大半であったから、こうした反応はむしろ当然といえる。

「ああ。

 お食事中だったのねー。ちょうどいいや。おれもご相伴に預からせてもらってもいいかな? いいよね?」

 返事も聞かずに、ハザマ・シゲルは焚き火の前にどっかりと座り込んだ。

「あれ? こんな薄いスープ飲んでいるんだ?」

「い……いきなり重いものを食べると、胃がビックリするからって……」

「それもそっかー。

 おれは、そこまで餓えていないから……この肉でも炙りながらいただこう」

 そういってハザマ・シゲルは、なにかの動物の大腿部らしい肉片を手に持って火にかざす。

「それ!」

「なに?」

「堅くて、臭くて……そのままだと、食べられたものでは……」

「いいのいいの。もう、そういうの慣れているから。

 聞いて貰える?

 おれ、五十日近くたった一人であの森の中でサバイバルしていたんだよ?

 食べられるものがあるだけで、もう御の字よぉ。

 本当、よく今まで死ななかったなーって思うわー……」

「……は、はぁ……」

「そんでさぁ、さっき

 リンザさんって人に聞いたんだけど、君たち、この後どうするの?」

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