敗者たちのその後
なんの仕事であっても、事後の始末は予想外に煩雑になるな、と、イリーナは思った。
洞窟衆はその創設以来、華々しい武勲にあげてきているわけだが、そのほとんどすべてに関わってきているイリーナの実感でいえば、実際の労働時間のほとんどは交戦時よりもその前後の細々とした作業にあてられている。
事前の労働のほとんどは物資の搬送などいわゆる兵站に属する作業になるわけだが、これについては最近洞窟衆内部の組織化が進んで物資の流通を専門に担当する者たちが育ってきているからそちらに任せた方が効率的になってきている。
しかし、後始末の方は、その件ごとに必要とされる労働の種類が違ってくるため、なかなか定型化できないままであった。
ことに今回のように、負傷者の救助はともかく、瓦礫の撤去作業など想定していなかった仕事を、しかも早急に片付けなければならないとなると、現場の責任者としてのイリーナの負担も相応に大きくなるのだった。
実際には周囲の地元民に声をかけて協力を要請し、必要となる道具や人での借り受けての突貫作業となる。
瓦礫を撤去する時間が長引けば長引くほど、その下敷きになっている者の生存率は低くなっていくわけで、なによりも時間が勝負だった。
通信術式を駆使して人員の組織化と作業の効率化をしながらの作業であり、イリーナとしてもこれまでの経験がなければ到底やり抜けない煩雑な仕事となった。
除去した瓦礫なども、地元民と相談しながらできるだけ邪魔にならない場所に一時置き場を求めてそこまで搬送していく必要があり、細かい作業の指示をしながらそうした地元民との交渉事も行わなければならない。
幸いなことに、洞窟衆には王国にトロ家の兄弟抗争の民間への賠償を認めさせた実績があったから、ドン・デラ市民たちはおおむね協力的であった。
それに、ブラズニア公爵家に支援を求められた形で洞窟衆が前面に立たされた経緯もおおむね周囲に目撃されていたので、今回の民家ならびに城壁の破壊について、洞窟衆になんの非もないことはドン・デラの民の目には明らかであったのが幸いしている。
少なくともこの周辺の被害に関しては、地元住民の間では、ブラズニア公爵の手勢の責任であると、そういう認識になっているようだ。
少なくとも最後の城壁の破壊行為については、どうみてもブラズニア公爵家の関係者の責任ではないはずであったが、不思議な事に地元住民はその事実を無視していた。
憎悪をむける先は固定しておいた方が、精神衛生上いいのかも知れないな。
などと、イリーナは思ってしまう。
状況から見て、城壁崩壊の原因はヴァルクールの一味が追撃の手を緩めるためになんらかの手段によって実行したとしか思えないのだが、ドン・デラの、特にこの周辺の住民にとっては、ヴァルクールの一味はいけすかないブラズニア公爵家の軍勢に反抗し、少なからず苦戦させた英雄なのだ。
城壁の崩壊については、地元住民が直接被害を受けることが少なかったことも手伝って、ヴァルクールの一味がやったことは、地元住民的には不問にされているらしい。
どうあがいても反抗することすらできない強大な権力を持つ公爵家に当座の憎悪を集中させておくことによって精神の平衡を保とうとするのは、案外、したたかな庶民の知恵なのではないか。
救助と瓦礫の撤去作業を指示しながら、イリーナはそんなことを考えていた。
その頃、ホロ・トロの奥方であるセッテマも、一連の騒ぎの後始末のために忙しくしているところだった。
五つある醸造所のうち、四つまでもが壊滅的な打撃を受けている。
物理的に、だった。
建物はおろか、操業に必要な機材類までもが、不心得者の破壊工作と火事とにより、ほとんど使い物にならないくらいにまで破壊されていた。
酒造りはもともとが、一年を通して実入りが入る時期が固定されている商売であるが、ここまで商売の基盤となる諸々が破壊されてしまっては再建をする目処が立たない。
機材や設備なども痛いが、これまでに仕込んだ酒になりかけの諸々が、未来永劫に渡って換金できなくなったのも痛かった。
徹底的に破壊された四つの醸造所の地所を売り払おうにも、邪魔な瓦礫や設備の残骸が転がったままでは、その撤去のためにかえって余計な費用がかかる。
現状のままでは、買い叩かれる一方であるし、かといって自分の手でそうした邪魔な物を始末しようとしても、相応の金が入用になる。
そして、今のホロ・トロ家の財政は、そうした余分の出費に耐えられるような状態ではないのであった。
一夜にして、ここまで変わってしまうとは。
セッテマ奥方は思う。
はっきりいって、今のホロ・トロ家はいつ破産しておかしくはない状態なのである。
今は市庁舎の方に呼び出されているホロ・トロと相談した上、セッテマ奥方はまず破壊された四つの醸造所の再建を完全に諦めさせた。
今後も酒造りを続けるつもりならば、まずは有限な資産を健在な醸造所に集中させておくしか方策がない。
というのが、セッテマ奥方の見解であった。
見事な不良債権と化した四つの醸造所に関しては、その始末法についてこれからどうにか工面していくしかない。
具体的にいえば、どこかかか資金を調達してどうにかするしかない。
今のホロ・トロ家に出資をしてくれるような奇特な者がそうそう存在するとも思えなかったが、それでもとにかくそうするより他に道はなかった。
「ということで、ホロ・トロ家からも破壊された四つの醸造所を買い取らないかという打診が来ています」
リンザはハザマに告げた。
「地所を買い取ってくれるのなら、そこに放棄されていた設備関係もすべて譲渡してくれるそうです」
「といえば随分と気前がいいように思えるが、つまりはそれくらいのことが自前でできないほどに資金繰りが悪化しているわけだろう」
ハザマは端的な意見を述べた。
「洞窟衆がその地所を入手したとして、活用できるあてはあるのか?」
「アズラウスト公子からそれとなく打診をされている件が公式に承認されたとしたら、ドン・デラ郊外にまとまった地所を持っていることはそれなりの利点になるかと思われますが」
リンザはいった。
「それに、放棄された設備類に関しても、修繕して再利用するのは無理でも地金として利用する分には問題はないかと。
鉄をはじめとする金属資源は、依然として不足がちであるわけだし」
「それなりに利用方法はある、と」
ハザマは少し考えこんだ。
「それじゃあ、タマルたち財政部門に声をかけて適正な値段を先方と交渉させて見てくれ」
ハザマ自身が判断するよりも、その方がよほど確実なのであった。
「では、その件はそのように」
リンザは頷く。
「それから、ドン・デラの各団体から、これからブラズニア公爵家との交渉を行うにあたって、洞窟衆にも相談役のようなことをしてもらえないかという申し出がいくつか来ています」
「なんだ、それは?」
ハザマは訊き返した。
「なんだってドン・デラの人たちがそこまで領主様を警戒する必要がある?」
「初っぱなで、砲撃魔法なんて危ないものを派手に使いましたからね」
リンザは答えた。
「地元住民の印象は、あまり芳しいものではないのかも知れません。
そこへいくと洞窟衆は、賠償問題を王国やブラズニア公爵家とかけあって補償を約束させたりして、民の味方であるというイメージが強いみたいでして」
「公爵家相手の後ろ盾としては頼りないと思うけどな」
ハザマはいった。
「まあいいや。
相談役程度のことはやってやれ。
こっちとしても公然とブラズニア公爵家とことを構えるわけにはいかないが、場合によってさりげなく抜け道とか急場の切り抜け方を教える程度のことはできるだろう」
それに、そうした申し出をしてきたやつらにしても、そこまで洞窟衆に対して全幅の信頼を寄せているわけでもないだろうしな、と、ハザマは思う。
せいぜい、利用できる間は利用してやろう、くらいに思ってのことだろう。
「つまり、立場上、責任を持つことはできないが、場合によっては知恵を貸す程度の手助けならばできるというところですね?」
リンザが確認をしてくる。
「そうそう」
ハザマは頷いた。
「今の洞窟衆にできるのは、せいぜいそこくらいまでだよ」
誰も彼もが、自分の利益を守って将来を少しでも安定させるために必死だよな、と、ハザマは思った。
そうこうするうちにイリーナから被害報告の第一報が入ってきた。
今回の件で洞窟衆兵士はろくに戦闘に参加しなかったわけだが、その割には重軽傷者多数死者数名とかなり深刻な被害を受けている。
それでも、城壁が大規模に崩壊した割には、その中にいたはずの兵士たちの被害は最小限に抑えられているという見方もできた。
あれだけのことがあっても死者が十名以内に抑えられたのは、確かに凄いことのなのかも知れない、とハザマは思う。
イリーナからの報告によれば、より多くの生還を第一に考え、場合によっては負傷した者の救助を後回しにしてでもより深刻な状況の改善につとめたという。
とりあえず、邪魔な瓦礫さえ撤去してしまえばその下敷きになった連中は窒息死することもないわけで、そのために手足を骨折したままの状態で半身を重たい瓦礫に埋まったまま放置された運が悪い者もそれなりに存在したということだった。
例によって医療班の者も相応にドン・デラヘ呼んでいたで、治療の手が足りないということはなかった。
かなり予想外の災難にあったにしては、比較的手際よく後始末をすることができた。
そういってもいい結果であった。
よくやってくれているな、と、ハザマは思う。
イリーナたち実戦部隊も、これままでの経験で随分と柔軟に動けるようになっているらしかった。
そうした救助活動が一段落すると、今度はドン・デラからの撤収に入る。
負傷者、特に安静を必要とする重傷を追った者を移動させるわけにはいかなかったから、そうした者と看護のための人員はそのままドン・デラに残り、残りの者は順番にドン・デラを離れていった。
なんだかんだいってドン・デラは物価が高めであり、大人数が居住するだけでもそれなりの費用を必要とする。
用がないのなら早めに撤退しておく方が、財政的にも適切な行動といえた。
「ブラズニア公爵家から正式に申し出がくるかどうかは別にして」
数日後、各種交渉のためにドン・デラ市内に来たタマルはズレベズラ准男爵邸に立ち寄ってハザマにそう意見をした。
「ちょうどいい機会でもありますから、このドン・デラにも洞窟衆の拠点を作ってしまうのがいいかと思います」
「前々から、そんなことはいっていたもんな」
ハザマは頷く。
「文物の交易が活発で、多くの人が集まり、従って商売もしやすい。
拠点を置くための条件は、十分に満たしているわけだし」
「それと、余剰の人手が腐るほどある」
タマルは、ハザマが出した条件につけ加える。
「行き場のない流民たちに適切な雇用を与えることができる。
経済効果とかを考えると、これは大事ですよ」
「じゃあ、ホロ・トロの四つの醸造所は買い取るつもりか?」
ハザマは確認した。
「十分に買い叩いた上で」
タマルは頷く。
「その上で、しっかりと活用させて貰います」
各種工場に印刷所、教室、商店。
本格的にこのドン・デラにハザマ領が持つ機能を持ってくるとなると、地所の利用法はいくらでもあるのであった。
「まあ、お前ができるというんなら、少なくとも損をすることはないんだろうな」
そういって、ハザマはタマルが差し出してきた事業計画書に領主印を捺す。
その日から、ハザマ領からこれまでとは毛色の変わった人材が大勢ドン・デラに移動してくることになった。
転移魔法で来る者もいたし、長い時間をかけて来る者もいた。
実際に成果が出るのにはまだ時間が必要になるのだろうが、ドン・デラに対する洞窟衆の活動が完全に次のフェーズに変わったわけだった。
ハザマはといえば、王都へむけた報告書をまとめて提出したり、ドン・トロ老の葬儀に出席をしたりして数日を過ごした。
ドン・トロ老の葬儀は故人の生前の業績を考慮するとかなり慎ましやかなものであり、参列者も予想よりもかなり少なく思えた。
罪人として捕らえられていたロロ・トロの顔は当然その場で見ることはできなかったわけだが、その代わりロロ・トロの配偶者であるピゼッタ婦人から挨拶をされた。
「これを期に、郷里に帰ることになりました」
ピゼッタ婦人はハザマにむかってそういった。
「そうですか」
ハザマはそういったきり、なにもいえなくなる。
ハザマがこのピゼッタ婦人に対面するのはこれがはじめてのことになるのだが、なにしろ婦人の夫であるロロ・トロは、故人の死因に直接関係し、罪人として扱われている。
このまま順当にいけば、刑死は免れないだろうといわれていた。
そのような立場の人に、ハザマはかける言葉を持たなかった。
「どうか、ご健勝で」
少し時間を置いて、ハザマはかろうじてそういうことができた。
「それはもう、生きて生きて、せいぜい長生きしてやりますよ」
ピゼッタ婦人は薄く笑って、そう応じた。
「そして、今回のこともせいぜい面白おかしく吹聴して、皆に語ってやるんです」
気丈に振舞っているのか、それとも本心からあまり堪えていないのか。
その辺の判断はハザマにはつかなかったが、たとえ表面上ではあっても気落ちした様子が見えない。
そのことによって、ハザマは安心しておくことにした。
これからの人生を罪人の妻として生きることは、特に名分を気にする貴族社会の中で生きることは、かなりのハンデになるはずであったが。
そんなことを気にしたところで、ハザマにはなにもできないのであった。
ホロ・トロ夫妻からは、洞窟衆が醸造所を買い取ったことについての礼をいわれた。
彼らにとっても苦渋の選択であり、いいたくていっている礼でもないのだろうが、少なくとも表面的にはそうした葛藤を見せてはいなかった。
ハザマとしても、無難に対応しておく。
カロ・トロは、一家総出で葬儀に出席をしていた。
どうやら細君の一族もドン・トロ老に恩義があったらしい。
小さな子どもたちと、細君の父親らしい年格好の老人がいっしょだった。
「これが終わったら、いよいよドン・デラを離れます」
ハザマの姿を見かけると、カロ・トロは近寄ってきてそういった。
「もはや、生きてこの地に帰ってくることもないでしょう」
「ご一家で出立なさるのですか?」
ハザマは訊ねた。
「ええ」
カロ・トロは頷く。
「幸いなことに、アルマヌニア公爵領の開拓村で人手を必要としている場所があるということを、人づてに聞きまして。
まずはそこにいってみようかと思います」
このカロ・トロの一家も住み慣れた場所を追放され、職も奪われ、どことも知らない場所に移住するわけであった。
細君の一家がついてきているだけ、マシなのかな。
などと、ハザマはそんなことを思う。
「あなた、この方は?」
「ハザマ男爵だ」
カロ・トロの細君らしき女性がいつの間にか近寄ってきて、小声でハザマのことを訊ねる。
「この方が、あの」
細君は、表情を消して小さく頷いた。
「ハザマ男爵。
はじめてお目にかかります。
カロの妻である、ネル・トロと申します」
「はじめまして、ネル・トロ様」
ハザマは慇懃に名乗り返した。
「一応、王国から男爵号を賜っている、ハザマ・シゲオという者です」
「ハザマ男爵」
ネル・トロは顔をあげてまっすぐにハザマの顔を見た。
「いったい、わたくしどもがなにをしたというのですか?
この仕打ちはなんですか?
ロロ・トロ様は多少、小心なところもございましたが、市長としては大過なく職務を全うしていました。
うちのカロもそうです。
欠点がなかったとはいいませんが、職務には忠実でした。
ホロ・トロ様も、あれでなかなか情に厚い方です。
確かに経営者としては判断が足りないところもあったかも知れませんが、破産も同然の身になるまでのっ失策をしたとも思えません。
なのに、なぜこんな仕打ちをなさるのですか?
長年、影に日向にこのドン・デラの繁栄を支えてきたトロ家に対する、お上の仕打ちがこれですか?」
「よさないか、ネル」
カロ・トロが自分の妻の腕に手をかけて制止した。
「この方にいっても詮ないことだ。
そうした仕打ちは全て、この方のせいではない」
そういったあと、カロ・トロはネル・トロの体を自分の背にかくしてハザマにいった。
「見苦しいところをお見せて申し訳ありません。
妻が取り乱しまして」
「いえ、別に」
ハザマはいった。
「かえって、すっきりしたくらいです。
ネル様のお気持ちも、文句をいうべき相手は間違っていると思いますが、それなりに理解はできるつもりです。
確かに、理不尽にお思いでしょうね。
おれを相手にすることでいくらかでも鬱憤が晴れるのであれば、それはそれでいいと思いますよ」
この言葉は意外に、ハザマの本音でもあった。
「そういっていただけると助かります」
カロ・トロは明らかに安堵をした表情でそういった。




