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トカゲといっしょ  作者: (=`ω´=)


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497/1089

父殺しの下手人

 ドン・トロ老の体を抱いて歩くカロ・トロの姿はいやが応でも人目にたった。

 城壁の崩壊をひと目見ようと先を急ぐ市民たちには無視をされていても、周囲を警戒していた者たちがそんなカロ・トロを見過ごすはずもない。

 洞窟衆の兵士たちは総出で救助活動を行っていたが、その他にもブラズニア公爵家の魔法兵たちが陣地や城壁から少し離れた場所で待機していた。

 カロ・トロはすぐさま、そうした魔法兵たちに取り囲まれて誰何をされる。

「衛士長の職を解かれ、追放刑をいい渡されたカロ・トロである」

 カロ・トロは胸を張ってそう答えた。

「亡き父を弔うために、なおこの場に留まっている。

 ここに、父ドン・トロ殺しの下手人として、兄であるロロ・トロを告発するものである」

 カロ・トロにしてみれば、逃げ隠れをするべき理由もないのであった。

 カロ・トロを取り囲んだ魔法兵たちは戸惑ったように顔を見合わせ、そのあと、詳しい事情を聞こうということでカロ・トロの身柄を拘束した。

 魔法兵たちの詰め所へと連行されたカロ・トロは、これまでに見聞してきた一部始終を詳細に魔法兵たちの目前で開陳する。


『……と、カロ・トロ氏は、申し立てを行っているんですがね』

 アズラウスト公子はカロ・トロの証言内容を知ると、すぐにハザマに連絡をしてきた。

『こうなってくると、その真偽を確認しないわけにはいかない。

 そちらで保護しているロロ・トロ氏の身柄をこちらに引き渡してもらえませんかね?』

「どうぞどうぞ」

 ハザマはあっさりとアズラウスト公子の申し出を許諾した。

「洞窟衆の体面上、ロロ・トロを保護をしたのは仕方がなかった。

 けど、相手が犯罪者ともなれば事情はまるで違ってくる」

『まだ、ロロ・トロ氏が罪人と決まったわけではありませんよ』

 アズラウスト公子はそう応じる。

『カロ・トロ氏が、自分の罪状を隠すため、ロロ・トロ氏に罪をなすりつけているのかもしれない』

 可能性としては、そうとも解釈ができる状況か。

 ハザマは、そんなことを思う。

「それを検証するにしても、現場はすでに崩壊したあと、もう一人、現場に居たとかいうヴァルクールは姿をくらましている状態」

 口に出しては、そういう。

「こんな場合、こちらではどのような捜査活動を行うのですか?」

『まずは関係者全員の証言を記録し、そこに矛盾がないかどうかを検分します』

 アズラウスト公子はいった。

『通常ならば、殺害された者がいなくなると利益を受ける者を真っ先に疑うわけですが、今回の場合、この推測が成立しない。

 カロ・トロ氏の証言によれば、当時のロロ・トロ氏は錯乱していた。

 いいかえれば、理性的に利害関係を計算する余裕がなかったことになります。

 いわゆる、衝動的な犯行に分類されるわけですね』

 だろうなあ、と、ハザマも思う。

 ハザマが居た世界でも、こちらの世界でも、殺人などという行為はどちらかというと綿密に計画された結果になされるものではなく、こうした衝動的な行為の結果として成立することがほとんどだろう。

「ロロ・トロの引き渡しに反対するつもりはありません」

 ハザマはいった。

「ですが、その取り調べの際、おれも同席していても構いませんかね?」

『ほう。

 それはそれは』

 アズラウスト公子が、弾むような声を出した。

『いや、そうしていただけると、こちらとしても大変にありがたいところですが。

 なにせ、単なる殺人ではなく、音に聞こえた傑物たるドン・トロ殺しの捜査になりますからね。

 その途中経過を公正に判断してくれる人物は、多ければ多いほど、こちらとしても都合がいい。

 むしろ、歓迎したいところです。

 ですが、本当にいいんですか?

 そちらも、相応にご多忙な身だと思うのですが』

「構いませんよ」

 ハザマはいった。

「トロ家の後継者争いも、こうなってしまえばもうあまり意味が無い。

 それに、救助活動などを指揮を執る者は別に居ますし、別におれが居なくなったとしても、誰も困りません」

 ハザマが必要とされるというのは、つまりは洞窟衆の首領としての判断が必要なときなわけで。

 現在、ドン・デラで行われている洞窟衆の活動をは、大雑把にいってしまえば、一連の出来事の後始末に属していた。

 ハザマの言葉通り、ハザマ自身がいてもいなくても、もはや大差ないのである。


「わたしも同行させてください」

 アズラウスト公子との通信を終えると、すぐにルノ・トロが申し出て来た。

「親父殿が誰かに殺されたとなると、このまま看過することはできません」

 前夜から一睡もしてないルノ・トロの顔色は、普段にもまして蒼白になっていた。

 拒絶する理由もなかったし、第一、被害者の親族でもあったので、ハザマは同行を許可した。


 もう一人の親族であるロロ・トロは、ルノ・トロとは対照的に最後まで同行することを拒絶していた。

 あまりにも激しく抵抗するため、最終的には手足を拘束した上、洞窟衆の者に担がれて運搬されることになった。

 その様子を目の当たりにしたハザマは、こうも強く抵抗するんなら、はやりカロ・トロのいう通り、ロロ・トロがドン・トロ老殺しの犯人なんだろうな、と、半ば確信をする。

 ルノ・トロも同じようなことを考えているらしく、拘束されたロロ・トロを見る目つきが据わっていた。


 ハザマはリンザとヘルロイを含めた数名を伴って市庁舎へとむかう。

 アズラウスト公子がしてしてきた待ち合わせ場所であった。

 領主であるブラズニア公爵の手勢が本拠地とするのにふさわしい場所であったが、皮肉なことにその市庁舎は、目下父殺しの嫌疑がかかっているロロ・トロにとって、昨日まで仕事をしていた職場ということになる。

 左右から洞窟衆の者に両腕を強く掴まれながら移動しているロロ・トロは、もはや抵抗をする気力もないのか顔を伏せてなすがままにされているばかりであった。

 途中、通りかかったドン・デラの市民たちから、何度か、

「トカゲの大将だ!」

 などと声をかけられ、ハザマはそのたびに軽く手を振るなどをして応じた。

 ここ数日で、ドン・デラ内におけるハザマの知名度も、急激にあがっていたらしい。

 一方で、市長であるロロ・トロがその場に居ることに気づいた者は、どうやら皆無であるようだった。

 少なくとも、ロロ・トロに声をかけてきた市民は絶無であった。


 市庁舎に到着すると、すぐに玄関前を立哨していた魔法兵がハザマたちに気づき、庁舎の中に招き入れてくれた。

 以前かかなり高層まで階段を昇った場所に案内されたが、今回は一階にある部屋の中へと案内をされる。

 その途中で、魔法兵たちにいわれるままに、ロロ・トロの身柄は渡しておく。


 案内された部屋に入ると、左右に見張りの魔法兵を従えたカロ・トロが椅子に座って待ち構えていた。

 どうやら、見張りは着けられているものの、カロ・トロはある程度自由に動けるらしかった。

「来たか」

 ハザマの顔を一瞥するなり、カロ・トロは寂しそうに微笑んだ。

「それに、ルノもいっしょか。

 都合がいい。

 何度も親父殿の最後を説明しなくて済む。

 あと、ホロのやつにもこちらに来るように伝言を頼んであるはずなのだが」

「じきに到着するかと思われます」

 カロ・トロの背後に控えていた魔法兵が、小声でいった。

「では、詳しい説明をするのは、ホロのやつが到着してからにさせてもらおう」

 カロ・トロはそういって硬く目を閉じた。

「仕方がないとはいえ、あれを何度も説明するのは、骨身に応える。

 ふふ。

 これまでは取り調べをする側だったのが、今度ばかりは立場が逆になっているな」


「親父が殺されたってのは本当か!」

 しばらくすると、血相を変えたホロ・トロが入ってきた。

「しかも、下手人はロロの兄貴だという!」

「そのことについて、これから説明する」

 カロ・トロは静かな声でそう告げ、ことの最初から、城壁内にあるロロ・トロ老の部屋に入ったとき、すでにロロ・トロとヴァルクールという無法者が争っていたところから説明を開始し、ヴァルクールが去り、そのとカロ・トロとロロ・トロの争いになったこと、その際中、いつの間にかカロ・トロの背後に居たドン・トロ老がロロ・トロの刃を受けたこと、ドン・トロ老の今際の際の言葉などを、淡々とした口調で説明していく。

「あの野郎!」

 カロ・トロの説明をすべて聴き終えたホロ・トロが、吠えた。

「いくら錯乱したとはいえ、親父を殺すなんて!」

「おれのはなしはこれですべてになるわけだが」

 ホロ・トロの激情には構わずに、カロ・トロはいった。

「以上は、あくまでおれのいい分になる。

 現在、このドン・デラを事実上支配しているブラズニア公爵家としては、おれのいい分をそのまま鵜呑みをするわけにもいかず、ロロ・トロからも証言を取っているところだ」

 ロロ・トロは現在、カロ・トロの言葉通り、別室で取り調べを受けているという。

「こちらでも、殺人は重罪なんだよな?」

 ハザマはリンザに顔をむけて確認した。

「当然でしょう」

 リンザは即座に頷く。

「ましてや、実の父親殺しなんて!

 カロ・トロさんの証言がすべて事実だったら、ロロ・トロ元市長は間違いなく縛り首になるはずです」

「縛り首、か」

 ハザマは呟く。

 あの人もたかが一晩で随分と境遇が変わっちまったな、と、他人事のように思う。

 いや、最初から完全に他人事なのだが。

 いずれにせよ、ロロ・トロの現在の境遇については、完全に自業自得であり、ハザマからすれば同情すべき理由は一片もなかった。


『ハザマ男爵。

 今、よろしいでしょうか?』

 そんなとき、アズラウスト公子から通信が入った。

「アズラウスト・ブラズニア公子ですか」

 ハザマは、通信が入ったことを周囲に居る者達に伝えるため、故意に声に出して返答した。

「どうかしましたか?」

『今、ロロ・トロ氏の尋問にたちあっているところなのですが』

 アズラウスト公子がいった。

『彼の供述した内容は、カロ・トロ氏が告白した内容と大きく食い違っています。

 ロロ・トロ氏によると、盗賊ヴァルクールとカロ・トロ氏が鍔迫り合いをしているところに、不用意にドン・トロ氏が近寄ったため、あのような仕儀になったそうだ』

 そういうアズラウスト公子の声は、笑いを含んでいた。

「おや、まあ」

 ハザマも、そういって薄く笑った。

「随分とまた、悪あがきをするものだ」

『供述する内容が二転三転しているし、こちらもおそらくは虚偽の供述であると、そのように解釈をしている』

 アズラウスト公子はそう続けた。

『しかし、現場に居た三人のうち、ヴァルクールは逃亡中であるし、他の二人はともに相手こそが下手人であると主張しているわけで、確証もなしにどちらかの主張を鵜呑みにすることはできない。

 現場であるドン・トロ氏の部屋は城壁ほど崩壊してしまったし、検証のしようもない。

 なにか決め手になるような、確証を得る方法はないものでしょうかね?』

「少しお待ち下さい」

 ハザマはそういって、今までの両者の証言を思い返し、それからぐるりと周囲を見渡した。

 ハザマの言動からどのようなやり取りが行われたのか、おおよそのところは察することが出来たらしく、トロ家の三兄弟はそれぞれの態度でハザマの反応をうかがっている。

 カロ・トロは表情を消して、ホロ・トロは怒りを隠そうともせず、ルノ・トロは寂しげな薄笑いを浮かべて。

「犯行に使われた凶器は押収していいますか?」

『ええ。

 こちらで押さえていますが』

「そしてロロ・トロ氏は、その現場を目撃しただけで、ドン・トロ老の殺害に関しては一切関与していない。

 と、そのように主張している、と」

『その通りです』

「それなら、真偽を確認するのは簡単です」

 ハザマはいった。

「今からいうものを用意して、おれのいう通りにしてみてください。

 まず、細かい粉末状の物体。

 これを凶器である短剣の表面にまぶしてから、そっとその粉を払って……。

 いや、おれ自身が直接やった方が手っ取り早いかな?

 とにかく、おれが行くまでその凶器には誰にも触れない状態で保管しておいてください」


 紙とインクを用意してもらい、カロ・トロの指先にインクを塗ってから紙に押しつける。

 まだ乾いていないその紙をリンザに持たせて、ハザマは魔法兵に案内をさせて押収した短剣のある部屋へとむかった。

 その部屋に入ると、先に来ていたアズラウスト公子が待ち構えていた。

「公子もこちらにおいでになったのですか?」

「ドン・トロ殺しともなれば、領都に控えているわけにはいきませんよ」

 ハザマの問いに、アズラウスト公子が答える。

「それに、この検証法とやらにも興味がありましたし」

 そんな短い問答のあと、ハザマは用意させた麻の手袋をはめて白い粉を指先につまみ、押収品の短剣にそっとまぶしはじめた。

 そのあと、細筆で丁寧に余分な粉を落とす。

「こんなことで、なにがわかるというのですか?」

「手や指の痕ですね」

 今度は、ハザマがアズラウスト公子の問に答えた。

「人間は常に汗をかいているものですから、ほら。

 そうした痕が、特に表面が滑らかなものには意外にくっきりと残ってしまうのですよ。

 布などで拭わない限りはね」

 細筆でそっと余分な粉を落とすと、確かに剣や鞘の表面には誰かが触れた痕らしき模様が浮かびあがる。

 だが、そのほとんどは擦れたりかすれたりしていて、決して明瞭なものではなかった。

「はっきりとしているのは、こことか、これとか」

 ハザマは、細かい溝まで視認できるものをひとつひとつ指差していく。

「柄にあるものは、流石に不明瞭なものが多いか。

 だけど、鞘の表面には、結構はっきりとしたものが数多く残っています」

「そのようですね」

 アズラウスト公子がハザマの言葉に頷いた。

「それで、この痕をつけたのは一体誰なのか、ということがここでは問題になります」

 ハザマは説明を続ける。

「ロロ・トロ氏の供述によれば、ロロ・トロ氏自身はこの剣に触っていなかったはずですね?」

「ええ」

 アズラウスト公子は頷く。

「彼の証言によれば、犯行の前後を目撃していただけだということになります」

「それでは、なぜ彼の指の痕がこれほど明瞭に残っているのでしょうか?」

 ハザマはいった。

「少なくとも鞘には、カロ・トロ氏の指紋は数えるほどしか残されていません。

 これは、ロロ・トロ氏の証言内容と矛盾するのではありませんか」

 そういって、ハザマはリンザにもたせていた紙片をアズラウスト公子に示した。

 アズラウスト公子は、ロロ・トロの両手の手形を取った紙と、鞘に残されていた指紋を見比べる。

「確かに、この鞘に残されているのは、そのほとんどがロロ・トロ氏の指の痕のようですね」

 しばらく検分したあと、アズラウスト公子もそう認めないわけにはいかなかった。

「まるで、この剣が元からロロ・トロ氏の持ち物であったかのように、無数の指紋とやらがついています。

 ところで、この指紋というのは、本当に一人ひとり違っているものなのですか?」

「お疑いのようでしたら、無作為に選んだ人々の指紋を集めてみて、そのひとつひとつを比較してみるといいでしょう」

 ハザマはいった。

「何十億人分の指紋を集めたところで、同一の指紋を持つ別人物は現れないはずです」

「何十億人分もの指紋を集めるころは事実上、不可能ですが」

 アズラウスト公子はハザマの言葉に頷いた。

「まずは近くに居る、数十人分の指紋を集めて比較してみましょう。

 同一の指紋を持つ別人物が存在しないことになれば、なぜ目撃していただけのロロ・トロ氏の指紋がこの剣に残されているのか、説明がつかなくなります。

 となれば、ロロ・トロ氏が保身のために偽証したことが明瞭になる。

 これで、昨日までこのドン・デラの市長を務めていた人物に過酷な尋問を加えずに済みます」

 そういって、アズラスト公子は笑みを浮かべる。

 どちらかというと、ロロ・トロを拷問することそのものよりも、ロロ・トロを拷問にかけることによって無理に犯行を自白させたという疑いを周囲に持たれることを嫌っているのだろうな、と、ハザマは思う。

 アズラウスト公子の立場にしてみれば、強引に自白を強要するよりも、こうした覆しようがない物証が出てきた方が、なにかと都合がいいはずであった。


 ほどなくして、指紋の証拠としての有用性もどうにか証明され、ハザマがアズラウスト公子にしたのと同じような説明がロロ・トロにもなされた。

 その結果、ロロ・トロは一時呆然としながらも、しばらくして前言を翻し、カロ・トロが証言した内容とほぼおなじことを自白したという。

 この自白により、ドン・トロ老殺しの下手人は、ようやく公式に確定することになった。

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