ドン・デラでの活動開始
翌日からはハザマはリンザやヘルロイなどを含む数名を引き連れてドン・デラ内の有力者たちのところに順番に訪れた。
ハザマとしては今回の件もできるだけ穏便に済ませたいと思っていたが、なにぶん相手があることなので実際にはどういう結果になるのか分からない。
とばちりを受ける可能性のある人たちには事前の危険性についても説明して、できれば協力体制を築いておきたいところなのだった。
ところがズベレズラ准男爵邸を出る直前になって、ハザマを目的に数人の客人が訪ねてきた。
事前に面会もしていない初対面の相手は、自己紹介を聞いてみればなんのことはない。
ドン・デラの被害状況を調査して補償金額などを決定するために王都から派遣されてきた役人たちだった。
「男爵様が本格的に動き出す前に、ご挨拶と思いまして」
そのうちのリーダー格らしい男がいった。
「昨日のうちにドン・デラに着いているということも知らされておりませんでしたもので、ここに来るのが遅れました」
後半は、ハザマたちの動きを事前に王国側に知らせていなかったことの愚痴にも聞こえる。
王都から派遣されてきた役人たちにしてみれば、ハザマたち洞窟衆も同じような目的を持ってドン・デラに来た王国側の人間になるのかも知れない。
が、ハザマたち洞窟衆にしてみればそもそも王国の役人たちと連動したところであまりメリットがないため、こちらの動きをいちいち報告してもいなかっただけのことだった。
「いえ、お気になさらず」
ハザマは気軽な口調で挨拶を返した。
「皆様の仕事が増えぬように誠意努力するつもりではありますが、結果についてはなんの保証もできません。
心苦しいところですが、お互いに自分たちの仕事に邁進することにしましょう」
そうとだけいって、ハザマはともの者を引き連れてそのまま外出しようとする。
「ちょっと待ってください!」
リーダー格の男がハザマを呼び止めた。
「それだけですか?
わざわざ王都からこのドン・デラにまで出向いたわれわれに対して……」
どうやら、ねぎらいの言葉をかけるだけでは不足であったらしい。
「こういうとき、なんかやらなければならない儀式でもあるのか?」
ハザマは宮中の儀式などに詳しいはずのヘルロイにむかって、小声で確認をする。
「さて、思い当たることがありませんが」
ヘルロイも、なんでその官吏が不服そうな様子を見せているのか、その原因が特定できないようだった。
「これは、あれではないですか」
そのな二人に、リンザがやはり小声で推測を語る。
「彼らにしてみれば男爵の要請に従ってわざわざドン・デラまで出向いてきたわけで、もっと感謝されてもしかるべきという意識があるのではないでしょうか?」
面倒くせえなあ、と、ハザマは思う。
「つまり、暗に袖の下みたいなのを要求しているわけか?」
口に出しては、そういった。
「そこまであからさまではないでしょうが」
リンザは小声のまま早口で続けた。
「男爵の要請によって遠路はるばるやってきたのにも関わらず、冷遇されているように感じて気分を害しているのではないでしょうか」
もっと大仰に褒めたたえないといけない、ということらしい。
「失礼いたしました」
ハザマはもう一度王都からやってきた役人たちにむきあった。
「こちらも王都より与えられた職務をまっとうしようとするあまり、焦りすぎていたようです。
皆様方のためには改めて宴席を設けさせていただく予定でございますので、この場では一度席をはずすことをご容赦ください」
あくまで、「王国からやれといわれた仕事を優先する」という態度を前面に押し出して、そういう。
「う、うむ」
ハザマにそういわれてしまえば、リーダー格の男としても頷くより他なかった。
「お役目のためということであれば、仕方がないな」
「その他、なにか入用な物とかがございますときにはうちの者にことづけてくだされば、できるだけ便宜を図るように指示を出しておきます」
ハザマはそう続ける。
「なにかありました遠慮なくこちらに申し出てください」
もともとこの件については、王国との間で必要とされる経費はすべて王国持ちであるという約束ができている。
仮にこの先この役人たちが洞窟衆になにがしかの要求を突きつけてきたとしても、ハザマたち洞窟衆としてはそのためにかかった費用をそのまま王国に請求するだけであった。
そんなことでこの役人たちが気持ちよく仕事をできるようなら、むしろ安いくらいだよな、とか、ハザマは思う。
表面的にへりくだるだけならば、ハザマとしてはなんの苦痛も感じなかった。
「中央の役人というのは、だいたいあんなものなのか?」
その役人たちと別れ、最初の訪問先にむかう途上で、ハザマは誰にともなくそんな問いを発する。
「どこの国でも、あまり変わりばえはしませんな」
苦笑いを浮かべながら、ヘルロイが答えた。
「ああした役人は自分たちの仕事についてあまり真摯な態度で挑みません。
実際に現地の人間がどうなろうとあまり関心はなく、自分がその仕事をこなすことでどれほど出世する可能性が大きくなるとかいうことに強く関心を持っているものです」
中央から地方に派遣された役人としては、そんなものかも知れないな、と、ハザマも思う。
「ただ、ああしたお役人様というのは気位だけは高いものですから」
リンザが続ける。
「むやみに刺激するような言動はしないように気をつけておいてくださいね」
「つまりお前は、おれがそんな無駄に摩擦を増やすようなことをしかねないと思っているのか」
ハザマはいった。
「さっきだって穏便に納めていただろう」
「ああした官吏の方々は何年もかけてはじめて通過できるような難関の試験に受かってようやく正式に登用され、今の地位にある方々なわけです」
リンザはそう指摘をした。
「それだけに気位は高いですし、なにより貴族とは違い、俸禄以外の財産も持たない方が多いわけです。
本音としては引退するまでにできるだけ貯め込んでおきたいところでしょう」
「……そんな状況だと、賄賂とかが横行しないのか?」
ハザマは素朴な疑問を口にした。
「します」
リンザは短く答える。
「ですから中央の官吏は通常、あまり辺地には出されません。
今回のように、なんらかの特殊な事情でもなければその王都側から土地の領主に命じて問題を処理させます。
王都の周辺で仕事をさせておく分には、監視の目も行き届くわけですから」
「つまりは、ドン・デラまで飛ばされてきたあの役人たちは貧乏くじでも掴まされたような気分なわけか」
ハザマはそう口にする。
「それなりの手当ても出るそうですから、まるっきりの貧乏くじだとも思いませんが」
リンザはそう応じる。
「それでも、こうしてドン・デラでの仕事を与えられている人たちにしてみればそれなりに不満があるのかも知れませんね。
被害を受けた民草の補償をするという仕事は、王国としては国庫を減らすだけであり、名誉や生産性とはあまり縁がないようにも見えますから」
「普段から天下国家を論じ諸侯を監視しているような仕事をしている官僚たちにしてみれば、下々の者の面倒を見るような仕事は精を出す甲斐もないってか」
ハザマは吐き捨てるようにいった。
「国の経済を支えているのも、そうした下の者たちが居てくれるからだろうに」
これまで強く意識する機会もなかったが、身分制度というのは案外強く人の意識を縛るものかも知れないな、と、ハザマは思う。
この世界には、同業者ギルドというのが存在する。
ドン・デラのような人口集中地だけにあるようだが、職人や特定の商品を扱う商人などが同業者同士で集まって作る互助会のような組織だった。
その活動は、賃金や商品などの相場を談合したり、あるいは納める税率を巡って領主側と交渉したり、素材や材料の確保のための協力したりと多岐に渡る。
多くの庶民にとっては役人や領主などよりも、こうしたギルドの顔役の方が、いざというときに頼りになる身近な相談役となっていた。
ハザマたちはそうした各ギルドの顔役たちに対して、まずは順番に挨拶していこうとしている。
これ以外にも、町内会のような組織があることはあるのだが、こちらの方はもっと身近な、生活に差し迫った問題について取り決めるための組織であり、もちろん武力や財力にも無縁である。
つまり、今回の件についてはほとんど役に立たないと予想されていたので、そちらの方はこの時点では後回しにする予定となっていた。
ズベレズラ准男爵やゴグスから預かった紹介状を手に、ズベレズラ准男爵邸から近い順番に回っていく。
規模の大小などは業種によって様々であったが、ハザマたちが訪れてこのドン・デラで行おうとしていることを説明するとまず例外もなく協力することを約束してくれた。
誰もが、ハザマなどが拍子抜けするほどの聞き分けのよさを示した。
もちろん、用意してきた非常用の通信タグも余分に配っておく。
「ドン・トロってのは、このドン・デラを長いこと牛耳っていたわけだろう?」
何軒か同業者ギルドを回ったあと、ハザマは疑問の声を上げた。
「煙たいのはわかるが、そこまで邪険にする理由がわからない。
なにより、おれたちは余所者だぜ。
旧知の、煙たくはあるが相応に頼りになるドン・トロの一党よりもいきなり出てきた余所者の方を頼りにするっていうのは不自然じゃないのか?」
「それだけ、最近のドン・トロ一族の行状が目に余るということではないですかね?」
ヘルロイが意見を述べる。
「だって、大元のドン・トロからして、息子たちの諍いを止めることもしてこなかったわけでしょ?
その様を身近に見てきた者にしてみれば、以前ほどその威光を信じ続けることが難しくなってきているのではないですかね」
それなりに説得力はあるな、と、ハザマは思う。
「ではなぜ、ドン・トロは息子たちを止めようともせず、やりたいようにさせておくんだろう?」
次に浮かんだ疑問を、ハザマは口に出した。
「それこそ、本人に直接訊ねてみればいいじゃないですか」
リンザが即答する。
「近いうちに、否が応でも顔を合わせることになるんですから」
「確かに、今の時点であれこれ思い悩むだけ無駄だな」
それもそうか、と、ハザマは思った。
「だが、ドン・デラの民の感触がここまでよすぎると、裏になにかあるんじゃないかと勘繰りたくなる」
「男爵の考えすぎでしょう」
ヘルロイはハザマの不安をざっさりと否定した。
「考えてもみてください。
こちらの民は、上から一方的にあれをやれこれをやるなと押しつけられることに慣れているんです。
そこに、一応は爵位を持った勇者が現れて、こちらの意向を丁寧に説明して今後迷惑をかけるかもしれないとか下手に出て協力を呼び掛けているんです。
どうしたって心証はよくなりますし、それを除いたって男爵、あなたはあのハザマですよ。
ルシアナ討伐を筆頭に数々の奇跡を起こしてきた、今や生きた伝説といってもいい存在だ。
そんな男爵が本気でやるといっている以上、ドン・トロの一党にも対抗できるのではないかと思ってしまうのも不思議ではありません」
「さらにいうと、男爵のお声がかりで王国はドン・デラの民草の被害を補償する触れを出しています」
リンザがつけ加える。
「このドン・デラでの男爵の人気は、今の時点ではかなりのものなのではないかと。
……計算してやっているわけではないところが、ある意味では凄いですよね」
終りの方の皮肉交じりのいい方に関しては、ハザマはあえて無視をすることにした。
「とにかく、このドン・デラは広いし訪問する予定のギルドは無数に残っています。
先を急ぐことにしましょう」
「だな」
ハザマは短く答えた。
これ以上に味方を増やそうと思えば、ここから先は自分の足を使うしかないのだった。
以前乗った軽馬車をズベレズラ准男爵から借りることも考えてみたが、あの馬車は御者を除くとぎりぎり二人しか乗り切らない。
なにより、道が混雑する昼間のドン・デラ内でむやみに馬車や馬を乗り回すのはかなり迷惑な行為であったため、かなり早い段階で移動の手段は徒歩に限定していた。
これからのことを考えると、不特定多数のドン・デラの民情を悪化させることは避けたかったのである。
そうして足を使った挨拶回りがさらに数日続いた。
地味な仕事ではあったが、部下に任せておくのとハザマ自身が動くのとでは相手に与える心証が違ってくる。
途中、いくつかのギルドではなにかしらの商売を持ち掛けられたが、たいていはその場の思いつきで到底実現しそうもない荒唐無稽な内容であり、その場で笑い飛ばして終りだった。
ごく稀にものになりそうなアイデアを提示してきた者もあったが、これはその案をおともの直属班の者に書き留めさせ、持ち帰って検討したあと、別の機会を設けて改めて相談させて貰うという形で処理をさせて貰う。
ハザマたちがそうして地道な挨拶回りをしている最中にもハザマ領や王国の内外ではそれなりの動きがあり、ときには通信で呼び出されて判断を求められる場面もあった。
領主の仕事は基本的に年中無休であり、緊急性があると判断された場合には昼夜を問わずにそうした呼び出しがあるのである。
とはいっても、たいていは判断や処理が遅れると無駄に損害を増してしまう案件であるとかで、本当の意味で緊急性のある用件というのは滅多になかったわけが。
タマルとルアは、二人で組んで領地の外に洞窟衆の拠点を作る件を進めていた。
王国にも働きかけを行っているわけだが、用地を買収してそれらしき施設を作ること自体は違法でもなんでもなく、従って誰にはばかることもなくはなしを進めることができるのであった。
むしろ、洞窟衆がそういう構想を持っているという情報が漏れると、是非自分の地所を使ってやってくれと自薦してくる領主が多くてかえって困っているという。
洞窟衆の最近の動きがそれだけ注目を浴びているということであるし、少しでもそのおこぼれに預かろうとする領主が多いということでもあるようだった。
「相手の思惑はどうであるにせよ、こちらとしては都合がいい方を選抜した上で計画を進めるだけですが」
通信越しに、タマルはそんなことをいう。
用地を用意し、その計画のための人員も選抜して移動のための手配もし、そちらの方はハザマが口を出すまでもなく着々と準備を進めているという。
発足したばかりの外交部門も、早速新しい動きをしだしたようだった。
何名かを王都に派遣して洞窟衆の王都組と合流させ、王国との交渉を助力していくという。
外交部門の半数以上は部族民あがりであったから、実際には王都風の行儀見習いも兼ね、平地風の礼儀作法を学ぶのと同時に交渉のノウハウを王都組に教えるような形になる。
王都組はこれまで目立った成果をあげていなかったこともあり、長い目で見てそちらの交渉力があがるようならばそれに越したことはないか、と、ハザマは思った。
正直にいえば、この時点では王都組の働きに対してハザマはまるで期待をしていなかったのだが。
同じく発足したばかりの諜報部門も、ハザマ領を経由して毎日のように長大な報告書をドン・デラに居るハザマたちに送りつけてきていた。
勤勉で結構なことだと思う反面、そうした報告書があまりにも長すぎることが問題となっていた。
なにしろをざっと目を通すだけでも大変な量であり、なかなか全ての内容を把握するところまでには至らない。
もちろん、そうした情報を受けたハザマたち直属班の者の手分けをして内容の軽重を判断し、処理をしようとするわけだが、なかなか追いつかず、そのための増員を何度かする必要に迫られた。
おかげでハザマ領から来た者はズベレズラ准男爵に与えられた部屋に入りきれなくなるような始末で、ハザマは改めてズベレズラ准男爵に頭を下げて追加の部屋を開けて貰わなければならなかった。
コンピュータもコピー機もないこの世界では、そうした事務処理でも人手で解決をするしかないわけで、こればかりは効率化もしようがない。
短時間で大量の情報を処理しようと思えば、単純に人手を増やす以外に方法がないのであった。
そんなことをしている間に、ハザマたちがドン・デラに来てから十日以上が経過した。
ハザマたちの挨拶回りも同業者ギルドが一通り終了し、今では町内会のような地元住民の自治に組織回りに移行している。
こちらの方は、同業者ギルドと比較すると意見や要求に方向性がなく、実際に会見を行ってもしっかりとした手ごたえを感じることがあまりなかった。
結局のところ、そうした町内会じみた住民組織は定見や広い視野を持って活動しているわけではなく、目の前にある問題をどうにか解決することしか念頭においていないことがほとんどなわけである。
だからといって、決して感触が悪かったわけでもないのだが。
ハザマは「あのハザマ男爵だ」と知れると、どこからともなく人が増えてきて取り囲まれ、むやみに酒を勧められたり際限のないおしゃべりにつき合わされたりするわけだった。
相手が好意を持って接していることが分かっていても、この時間が勿体ないよなあ、などとハザマは思ってしまう。




