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トカゲといっしょ  作者: (=`ω´=)


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472/1089

塩賊の概要

「これは別に今回の件でいきなり思いついたわけでもなく、以前から継続して行って来た戦略に基づいた施策であると、そのように理解しておいてください」

 タマルは淡々とした口調で続ける。

「いくつか例をあげるとすると、帳簿の書式については、すでに王国をはじめとするいくつかの国々で洞窟衆が発行した教本を基準とする風潮が、特に若い世代を中心として強くなっています。

 それ以外にも、初歩の魔法や医学書などを継続的に発行し続けることによって、洞窟衆は国境を越えてその影響力を日に日に増大させているわけです」

 この場に出席していた者のうち、半数以上の者が呆気にとられた表情になる。

 驚いた様子を見せていない者は、比較的古くから洞窟衆に参加している古参連中だけだった。

 ヘルロイ・スデスラスやニライア・ガンガジル姫を含んだ外交部門の者たち、それにオットル・オラを筆頭にした諜報部門の者たちは総じてかなり驚いた表情をしている。

「あの、よく理解できないのですが」

 そのうち、ニライア姫が片手をあげて問いを発した。

「そんなことをして、洞窟衆にどういう利があるのでしょうか?

 そのような教本を多数同時に編纂して発行するということは、多くの人手を必要としますし費用もかなりかかるはずですよね?

 そこまでする意味があるのですか?」

「かかる費用についていうのなら、常にそれ以上の利益を見込むことができるのでなんら問題はありません」

 タマルは即答する。

「商売以外にも、対外的な洞窟衆の影響が増すという効果があります。

 洞窟衆が教本を発行する分野については、今後も洞窟衆の示す指針がすべての基準になります。

 武力や経済力によらずして、外部への影響力を強くするわけです」

「無形の、情報による無差別統制だ」

 うめくような口調で、オットル・オラがいった。

「それも、公然と威圧するわけではなく、ひっそりと誰にも気づかないような形で、いつの間にか国際的な影響力を強くしている」

 王室直属影組出身のオットルは、流石にそちらの方面の察しがよかった。

 そのような出自であるからこそ、こうした方策の強みがいち早く理解できたのか知れない。

「情報産業を基幹にするという方針は、王国からハザマ領を任される以前からこちらの男爵が洞窟衆において示されていたものになります」

 タマルはそう続ける。

「出版や通信などを介して無形の情報をやり取りすることで洞窟衆の立場を強くしていく。

 ハザマ男爵は以前より、異邦人特有の論理でそのように主張しておりました。

 われわれはその方針に沿って動いているだけです。

 通信や出版などの事業が現在ほどの利益を生み出せるものとは、その当時はまるで予想できませんでした」

「さらにいえば」

 今度はルアが口を開く。

「そうした情報をやり取りする過程において、どうしても人的な交流が発生します。

 従来は師弟という形で個人対個人の指導によって伝授されていた知識が、洞窟衆においては単独の師と大勢の生徒という形で伝授されている。

 これは効率的であるばかりではなく、教えられる生徒たち同士の横の繋がりも発生します。

 そうした同期という関係が生じることによって切磋琢磨しお互いに足りない知識を補完しあうだけではなく、多くの人脈、人間関係も生じることになります。

 たいていは、同業者か同じような関心を持つ者同士のこうした繋がりは、時を経て遠く離れても継続する場合がある。

 ときには、そうした人脈によって新しい商いをはじめることもあるでしょう。

 そうした関係を作る場を提供した洞窟衆は、多くの人々にとってかけがいのない存在になるはずです」

「そういうことですか」

 ニライア姫は意外に真剣な面持ちをして頷いた。

「いわれてみれば、思い当たることもあります。

 わたしだって、洞窟衆が存在しなければ、今、こうしてスデスラス王家の方と平然と席を同じくしていないわけですし。

 そうした個人的な事情を度外視したとして、外交部門では部族民の方々と平地民とが当然のように混在して意見を交わし、働いています。

 こんな場所、洞窟衆以外にはないでしょうしね。

 王国内の大きな都市に、順番に洞窟衆の拠点を作っていくということは、つまりはそうした洞窟衆の方法論をさらに広い範囲に敷衍していくというわけですね?」

「そういうことです」

 タマルは頷いた。

「王国を内部から、洞窟衆化していくわけです。

 より多くの民を洞窟衆の支配下に置こうなどと企んでいるわけではありません。

 が、知らず知らずのうちに洞窟衆的な考え方を身に着けた人々が増えていった結果、あるいは従来の秩序が徐々に瓦解していく結果になることも考えられます」

「そういうのを、だな」

 ハザマが、そう指摘をする。

「文化侵略っていうんだ。

 実質上、善意の洗脳とたいして変わらん」

 そういうハザマの胸中は、それなりに複雑だった。

 そこまでやっていいのだろうかと、そういうためらいがハザマの中にはある。

 先ほどタマルが説明していたように、最初の種をまいたのは間違いなくハザマ自身なのであるが。

「え、でも」

 今度は、例によってニライア姫に付き従って来たテンロ教徒のメイムが発言した。

「多くの人々が賢く、豊かになるんなら、別に問題はないような気もしますが。

 だって、ハザマ領くらい豊かな場所なんてそうそうないですよ。

 王国といわず、もっと多くの国々に広めていってもいいくらいで……」

「すべての人々が等しく豊かに、賢くなる方法なんてないんだよ」

 ハザマはメイムの発言を中断させるような勢いでそう断言した。

「どうしたって、不公正な結果は生じる。

 すべての人間に等しく豊かになる機会を与えることは不可能だし、同じ知識を与えたとしてもそいつをうまく使いこなせるのかどうかは個々人の資質に負うところが大きい。

 頭の回転やそれに気転が効くのか効かないのかは個人差に寄るところが大きいし、完全な平等なんてのは現実問題としてあり得ない。

 洞窟衆の方法ってのは情報や金銭のやり取りを活発にする効果があるわけだけど、回転速度が増す分、豊かになるやつはさらに豊かに、そうなる才覚のない連中はそのまま取り残されていく可能性が大きい。

 つまるところ」

 貧富の差は、これまで以上に拡大していくだろうな。

 と、ハザマは続ける。

 そのあと、

「王国内に洞窟衆の拠点を増やせば、その流れは加速化していくことだろう」

 とも、つけ加えた。

「文化侵略、すなわち武威によらない一種の侵略行為であると自認して行うわけですから、実際にやる以上はひそやかかつ速やかに行わなければ意味がありません」

 今度はルアが口を開く。

「一般には気づかれにくい形態ではありますが、為政者としてそれなりの目を持つものならばこれらの動きが及ぼす影響もそれなりに想像がつくと思います」

「王国もその他の国も、馬鹿ばかりが治めているとは限らないしな」

 ハザマもその言葉を首肯した。

「実際にはどうなのか知らないが、相手が無能であることを前提として動くとすれば、それじゃあこちらの方が輪をかけて馬鹿で無謀ってことになる。

 用心してかかるに越したことはないだろう」

「それでは、この企画書もこのままの形で王国側に提出するわけにはいきませんか?」

 リンザが訊ねてきた。

「なんらかの偽装を施すとか、あるいは王国側が拒否するに決まっている提案をダミーとしていっしょに提示するとか」

「いえ、今回の場合。下手な小細工をするよりはこのまま出した方がいいと思います」

 ルアが即答する。

「理由はいくつかあるのですが、まず第一に、王国側がこの提案に対してどのような対処をする見極めることによって、王国の洞窟衆に対する警戒度を測ることができます。

 第二に、今回ドン・デラの件の報酬について相談に乗るといって来たのは王国側の方です。

 洞窟衆の側が変に気を回す必要はありません。

 第三に、この企画書に書かれている内容は王国のどのような法にも抵触するものではありません。

 王国側がこの内容を退けるのならば、相応の理由を提示する必要があります。

 拒否すべき正当な根拠がない以上、口実としてなんらかの理由をでっちあげる必要が出てくるわけですが、王国側が出してくるであろう拒否理由を見ることによって今後の対策案を練ることが可能になります。

 第四に、今回の提案を王国側から蹴られたとしても、洞窟衆側はなにも失うものがありません。

 王国内に拠点を築くことが拒否されるようならばそれ以外の国のいずこかで同様の展開をすればいいだけのことです。

 そうした結果、拠点を出した国が栄えて王国側が貧しくなったとしても洞窟衆としてはなんら痛痒を感じる必要がありません」

「だ、そうだ」

 流石は元ルシアナの分身、政治的な発想法を展開するのは慣れたものだな、と感心しながらハザマは受けた。

「まとめると、駄目元で王国に提出だけはしてみろってことだな。

 この提案を受けるかどうかは王国側の判断次第。

 ここでおれたちが議論しても結果は変わらないだろうから、この議題についてはこれで終わらせてもいいかな?

 なにか意見があるやつがいたら早めに発言してくれ」

 ハザマはそういって周囲を見渡し、しばらく様子を見た。

「では、王国側に提出するこちらからの報酬内容については、これで決まり、と」

 ハザマはそういって次の議題に移る。

「次はいよいよドン・デラの件。

 それも、具体的な内容について討議をするわけだが……なあ。

 具体的にもなにも、今の段階では情報が少なすぎてなにも決められない」

 そういったあと、ハザマは両手を大きく広げてみせた。

「一番知りたいのはドン・デラの現状についてだけど、それ以外にも塩賊の仔細についてなども、決定的に情報が不足している。

 まずはそれら関連した情報についてなんでもいいから持ち寄って、総合して全体像を把握するところからはじめないと対策もクソもない。

 ということで、そうした情報の収集と分析、評価などに関しては早速諜報部門にお願いしたいと思う」

 ハザマお決まりの丸投げであった。

 こういう面倒な仕事こそ押しつけ相手として、ハザマもオットル・オラたち訳ありの元影組一党の身元を引き受けているわけで。

「そういうことなら、お任せください」

「到底信用できません」

 オットル・オラとイリーナがほぼ同時に発言した。

 そのあと二人は、それぞれになんともいえない表情をして顔を見合わせる。

「いや、うちの親父殿があんなことをしでかした直後ですから、信用できないのも無理からぬところでありますが」

 少しの間を置いたあとに、オットル・オラはそう続ける。

「それならば見張りとそれにこちらが取りまとめた情報に関しては好きに検証していただくということで、どうにか妥協していただけませんかね。

 そうでもしないとわたしどもは活躍の場がなくなり、単なる無駄飯食らいで終わってしまう。

 こちらの矜持はともかく、それではこちらの洞窟衆にしてみても損失が大きいだけかと思います」

「まあ、やつらにしてみても洞窟衆に入って最初の仕事になるわけだし、まずは働きぶりを確認する機会くらいは与えてもいいんじゃないか」

 苦笑いを浮かべながら、ハザマはイリーナに顔をむけてそういった。

 イリーナの心配も理解できるのだが、オットル・オラのいい分もそれなりに納得ができる、常識的な内容だった。

「男爵がそうおっしゃるのなら」

 イリーナは真面目な表情を崩さないまま、素直にハザマの判断に従った。

「それでは、そういうことで」

 ハザマは頷いてから、オットル・オラを促す。

「詳細な内容はあとで文書にでもして提出して貰うとして、とりあえずおれは異邦人でありこちらのことについてはときとして常識的な知識さえ欠いている。

 そのつもりで、一般教養レベルの概要から簡単にこの場で口で説明してみてくれ」

「まずなにからお知りになりたいのでしょうか?」

 オットル・オラはハザマにそう確認してくる。

「最初は、塩賊からだな」

 ハザマはいった。

「他のことなら多少は知識を持っているつもりだが、塩賊のことが一番よくわからない。

 塩賊とは、結局のところどういう組織なんだ?」

「その起源については諸説紛々として決まった結論は出ていません。

 数百年から場合によっては千年以上、とにかく古い歴史を持つ組織であるということだけは確かなようです」

 オットル・オラは即座に口を開き、淀みない口調で説明を開始した。

「その目的は権力者の都合に左右されることなく、より多くの民に塩を流通させること。

 基本的に義侠をむねとする結社であるとされています。

 賊と呼ばれてはいますが理由なく他者を害することをよくせず、その掟に背いたものが出た場合は塩賊の内部の手により速やかに粛清されると聞きます」

「賊と呼ばれる割には、行儀がいいんだな」

「賊とは、官に属せず武装している集団に対して慣例的に送られる呼称です」

 オットル・オラは説明してくれる。

「盗賊や山賊はほぼ例外なく単なる無法者の集まりですが、海賊や水賊、川賊などは必ずしもその限りではない。

 どこの国にも属さない状態で、自衛のために武装しながら移動して暮らしている連中も賊と称されることが多いようです」

「武装している行商人なんかも賊呼ばわりされたりするのか?」

「通常の商人が賊と呼ばれることはまずありません。

 たとえ旅暮らしをしていたとしても出身まで隠そうとする商人はまず居ませんし、もしいたとすればそれはなにかしらうしろ暗いことがある連中ということになります」

 オットル・オラはハザマの質問に対して丁寧に答えてくれる。

「海賊や川賊などが賊と呼ばれることが多いのは、やつらが武装していることとそれにどこの国にも所属していないからです」

「その海賊とか水賊たちは、略奪行為をすることはないのか?」

「する者もいればしない者もいます。

 どこの国にも属さず、日常的に武装している連中であれば、たとえ普段から荷運びや交易で生計をたてていたとしても、賊と呼ばれます。

 もっとも、そうした連中も河川や公海上で通行料をせしめたり、商談が破れそうになればすぐさま武力に訴えたりする連中がほとんどなのですが」

 つまりこの世界においては、公権力に属していない武装集団はその性質によらず一括して賊呼ばわりされる慣例になっているらしい。

「つまり塩賊も、どこの国にも属していない組織であるということで賊呼ばわりされているわけだな?」

 ハザマは、そう確認してみる。

「そうなります」

 オットル・オラは頷く。

「賊と呼ばれてはいますが、塩賊の権勢は実際にはたいしたもので、特に内陸部にある国々にとっては塩賊の意向は絶対です。

 到底、逆らえるものじゃなあい。

 事実、不当に民を虐げたとして塩の供給を遮断され、結果として立ち行かなくなった国は過去にいくらでもあります」

「……素朴な疑問なんだが」

 少し考えて、ハザマはある問いを口にする。

「塩の取引だけでそこまでの組織を維持できるだけの経済力がつくものなの?」

「塩の取引は塩賊たちの目的であって手段ではありません」

 オットル・オラはハザマの疑問に即答する。

「むしろ、最低限必要となる経費は取るものの、塩賊たちは塩の取引によって財を成そうとはしていない。

 それ以外の組織の維持費などは、別の手段によって調達したりや協力者たちの寄進によって賄っているようです。

 だからこそ、沿岸部からかなり離れた場所まで比較的安価な価格設定で塩を流通させることが可能となっています」

「その協力者たちとか別の手段というのは、具体的には?」

「塩の流通路や価格を安定させようとする塩賊たちの活動に賛同する者、それに、過去に自分の身内が塩賊によって救われた者たちなどが協力者になることが多いようです」

 オットル・オラは説明してくれる。

「そうした協力者たちは資金の提供以外にも、流通路の維持などに貢献しています。

 それから、集まってきた資金をしばらく目端の利く者に預けて利息を得る、すなわち金貸しのような事業も行っているようです。

 くだんのドン・トロもこうして塩賊から資金の提供を受けた中の一人であったはずですが、やつの場合は運が良かったのかそれとも想定外に商才があったのか」

「なにかの拍子で一代で塩賊の干渉を跳ね返すほどの大物に育ってしまった、というわけか」

 ハザマは小声で呟く。

「そして、ドン・トロも年老いて、あとの始末をつける仕事のお鉢がなんの因果か洞窟衆にまわって来た、と。

 そもそも、ドン・トロというのはそこまでの、塩賊はおろか王族の干渉まで容易に跳ねのけることができるほどの存在なのか?」

「五十年以上前、ドン・トロが来る以前のドン・デラは、その頃はただ単にデラとのみ呼ばれるだけの古ぼけた宿場町にすぎませんでした。

 それをあれだけの規模の、王国はおろか周辺諸国にもその名が聞こえるほどの巨大な交易地に育てあげたのは、ドン・トロの資金と手腕があったからこそだといわれています。

 ご存知のとおり、今では誰もがドンのデラと呼びならしているわけですが」

 ドンのデラで、ドン・デラ、か。

 と、ハザマは思う。

 どこかの田舎町ならばともかく、それほどの勢いのある交易地が個人名を冠されて呼ばれるということは、確かにかなり異例なことなのだろう。

 その年老いた大物のドン・トロを、ハザマたち洞窟衆はこれから相手にしなくてはならないわけだった。


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