影組追放者の扱い
「影組が、洞窟衆に対してなんらかの妨害工作を行うよう命じられていたことも、まず間違いはないと思う」
ハザマは続ける。
「オラス・オラは、洞窟衆が与えている変化は、王国内において必ずしも歓迎されていないということを強調しておれに伝えていた。
完全に敵対するところまではいかなくても、多少の打撃を与えて洞窟衆の動きを鈍くする程度の工作をせよと上から命じられていたとしても、別に不思議ではない。
違うか?」
「契約魔法の内容に抵触するので、その問いには直接にお答えすることはできません」
オットル・オラは即答する。
「ですがあなたは、想像以上に聡明な方であるようだ」
「そうした工作を実際に行ったという実績作りに、ジズザ・オラは利用された。
いや、今の時点で表面化していないだけで、他にもいくつかの工作が行われているのかも知れないが。
とにかく、ジズザ・オラの身柄を無理におれたちに押しつけて来たのは、そうした工作の一環としての意味もあった。
ジズザ・オラに施された呪いに気づき、おれたちがそれを解けるかどうかは賭だったが、おそらく影組にしてみれば、どちらに転んでもよかったのだろう。
事実、ジズザ・オラが処断されていないことを確認してから、お前たちはここに来た。
影組から本格的に追放された。
おれたちがジズザ・オラを処断していた場合は、お前たちは……」
「おそらくは、手っ取り早く処分されていたでしょうね」
オットル・オラはやはり他人事のような表情で頷く。
「こちらが、ジズザ・オラを受け入れる器量を持たなかった場合は、わたしたちも行き場を失っていたわけでして」
「で、実際には、ジズザ・オラはまだ生きているし、お前たちも生きている。
そして、ジズザ・オラの呪いも解けている」
ハザマは、不機嫌な表情を作ってそういった。
「結果として、だがな。
とにかく、こうなった場合の筋書きも、影組では用意しているんだろうよ。
その意図までは、読めないが」
「ここは素直に、影組の技がすべて使えるということを喜びましょうよ」
オットル・オラは、ハザマにむかってそんなことをいう。
「影組の意図がどうであれ、使えるものは使いきらないともったいないではありませんか」
「そりゃ、お前の立場ならばそういうだろうなあ」
ハザマはそう応じる。
「さて、改めて確認するぞ。
お前たちは、なにができてなにができないのか?」
「契約魔法に引っかからないことならば、なんでもいいつけてください」
オットル・オラは即答する。
「どうやらあなたは、忠義を尽くすのに値するお方であるようです。
正直、前の職場よりはやり甲斐があるような気がします。
それに、ここで断られたらわたしの妻子を含めた六十余名が路頭に迷う。
家長として、そんな未来は選択したくはない」
「妻子だって?」
ハザマはそこに反応した。
「お前、嫁さんと子どもがいるのか?」
「嫁はまだひとりしかいませんが、子どもの方は三人目が妻の中に居ます」
オットル・オラは例によって他人事のような表情で答えた。
「うちの家業だと早いうちに殉職することも多いので、家系を絶やさないためにもかなり若いうちから縁組みを進めるんですよ」
それから、ハザマは直属班に命じてオットル・オラら六十余名の影組追放者が当座の生活を営めるように手配する一方、牢内からジズザ・オラを執務室に呼び出し、オットル・オラと二人でこれまでの推論を伝えた。
「それが真相であるという確証はありませんが、それなりにつじつまは整っているな」
ジズザ・オラの反応は鈍かった。
「仮にそれがまことのことであったとしても、別におれが置かれた状況に変わりがあるわけではない」
こいつはこいつで、なかなかに扱いにくいやつだよな、と、ハザマは思う。
「それでは、洞窟衆のために働いてくれるつもりはあるのか?」
ハザマは改めて確認をする。
「以前にもいったが、唯一おれが気にかけていたのがおれと縁のあるこいつらの先行きだ。
そいつを保証してくれるというのならば、おれとしてはこの身がどうなろうとも構わない。
好きに用立ててくれ」
回りくどいいいかたであったが、どうやら承諾してくれるようだ。
なぜか、そばでそのやり取りを見ていたジズザ・オラの息子であるオットル・オラが露骨に安堵した表情になるのをハザマは見落とさなかった。
「こんな親父ですが、よろしくお願いします」
オットル・オラは、ハザマの視線に気がつくとそういって会釈をしてくる。
「お前自身やほかの追放者たちはいいのかよ?」
ハザマは故意に意地の悪いいい方をしてみた。
「そちらの方も、どうかよろしくお引き立てのほどを」
なんというか、周囲に恐れられている影組らしい威厳がない男だな、という印象を、ハザマはこのオットル・オラについて持った。
「では、早速だが、ジズザ・オラにはうちの連中の中から筋がよさそうなのを選抜して、影組の技を仕込んでもらおう」
ハザマは、オラ家の二人に早速用件を切り出す。
「オットル・オラの方は、もう少し複雑なことになるな。
ハザマ領独自の諜報機関的な代物を組織してもらいたいと思っている。
最終的には、このハザマ領が周辺諸国の情勢に左右されることなく安泰な地位を維持することを目的とする」
「ははあ、なるほど」
ジズザ・オラはわずかに頷いてハザマの意を了承して見せただけであったが、オットル・オラはそんな間の抜けた声を出した。
「現在のこの領地が置かれた状況を考えると、当然打つべき手ではありますな」
「細々とした打ち合わせや用意するものなどがあったら、遠慮なくいってくれ」
ハザマはそう続ける。
「うちの者に指示を出して、なるべく早い時期にお前たちとの仲介を専任で行う者を配置するつもりだ」
「ひとつ、確認しておきたい」
唐突に、ジズザ・オラがそんなことをいい出した。
「そうした仕事を任せるというからには、われらオラ家の者を信用したということなのか?」
「信用なんざできるわけないだろ。
これまでの経緯を考えても」
ハザマは不機嫌な表情を作っていった。
「それでも、この仕事を回せるあてが他にない以上、こちらとしてはお前たちを使うしかないんだよ」
「なかなか正直なおっしゃりようで」
オットル・オラが呆れたような口調でいった。
「普通、人の上に立つ方は、もう少し表面を飾ったいい方をするものですが」
「お前ら相手に気を使って、なにか得るものでもあるのか?」
ハザマは一瞬、凶暴な顔つきになった。
「オラス・オラも含めて、お前らの一族とつき合うと、こう、精神というか神経というか、心の底からなにかがゴリゴリと削られて消耗していく気がするんだよ」
紛れもなく、これはハザマの本音である。
「やはりあのときに斬り捨てておけば、よほど始末がよかったようですな」
オラ家の二人が退室したあと、ヘルロイ・スデスラスが真面目な表情を崩さずにそういった。
「そんで、なんだかよくわからない呪いとやらをそこいら中に伝染させるってのか?」
ハザマは訊き返した。
「多少の不便を我慢してでも、ああいう不逞の輩ははやめに排除しておいた方がよろしい」
ヘルロイは真面目な表情のまま、そういって頷いてみせる。
「あの一族は、将来的にはこの領地に祟りますぞ」
「いいたいことはわからないでもないが」
ハザマは、そう答えておいた。
「この洞窟衆は、他のやつらだって決して品行方正な者ばかりでもないしなあ。
あれで役立たずならばともかく、それなりに役に立つ技能を持っているんだがから、使わないでおくのはかえって損だろう」
多種多様な出自を持つ、雑多な人間の集まり。
現在の洞窟衆とは、つまりはそういう組織なのである。
ハザマ自身を含めて、決して身綺麗な人間ばかりが集まっているわけでもないし、将来の、実際に発生するのかどうかすら不明なリスクを理由にして有用な人材を遠ざけておくほどの余裕があるわけでもない。
「男爵が得心していらっしゃるであれば、これ以上はいいますまい」
その言葉を受けて、ヘルロイはそういって主張を引っ込めた。
疑わしきは遠ざけよという基準に従うのならば、ヘルロイ自身が真っ先にハザマから解雇されてもおかしくはない。
そのことを、どこまで自覚しているのやら。
このヘルロイにしてからが、ハザマにしてみればかなり理解不能な人物であった。
名門スデスラス王家の血を引き、ファンタルに認められるほどの剣の腕を持っている。
とりあえず、他に使うあても思いつかなかったため、今はハザマの護衛を任じているのだが、その実、バジルの能力を使用できるハザマは、通常の意味での護衛はあまり必要としてはいなかった。
来客があるときなどは流石にハザマの側に居るようにしているが、それ以外の時間はヘルロイ自身の判断に任せている。
つまらない事務仕事に忙殺されているとき、ヘルロイのような男が側に居てもハザマの方が落ち着かないのだった。
ヘルロイ自身もそうした事情をわきまえているのか、ハザマが多忙なときには静かにどこかに身を隠していた。
アレルとエレルの双子の世話をしているときが多いようだが、ハザマが耳にしたところによると、それ以外にも単身で商用地区の内外をぶらりとうろついているということだった。
ときおり、串焼きかなにかの屋台料理などを持ち帰って、ハザマや執務室に居た直属班の者たちに配ったりする。
双子たちもこの男には懐いているというし、まあ、基本的に悪い人間ではないのだろう。
ただ、顔を合わせるようになってからまだ日が浅いことも手伝って、ハザマはこのヘルロイの人となりを把握しかねている部分があった。
直属班に推挙されてくるような人間はやはり優秀な者が多く、影組から追放されてきた者たちの組織化はかなり円滑に行われているようだった。
ジズザ・オラの元にはすぐにファンタルが推薦してきた何名かが送られて、影組の技を伝授することを目的とした訓練も開始されている。
オットル・オラを中心とした者たちは、直属班の者と協議を重ねて、今後、ハザマ領が必要とする諜報組織のあり方を模索しているとのことだった。
どちらの仕事もすぐに結果が出るような性質のものではなかったが、曲がりなりにもハザマ領の者たちとの共同作業が円滑に行われている以上、ハザマとしても文句をいうべき筋合いでもない。
「領主の護衛隊を組織しましょう」
あるとき、ヘルロイが唐突にそんなことを提案してきた。
「却下」
ハザマは、書類から顔もあげずにその案を一蹴する。
「前にもいったが、おれには護衛は必要ないんだよね、あんまり」
「貴族としての沽券に関わります」
ヘルロイは、なおも食いさがる。
「貴族たるもの、格式に相応しい振る舞いをしなくては」
「必要のないところに、無駄な人手や予算を割く余裕はありません」
ハザマは、なおもその提案を否定する。
「それに、貴族っていったって、おれの場合なんちゃってもいいところだからなあ。
格好ばかりつけても、様にはならんよ」
実のところ、ヘルロイの提案は、この世界の基準に照らせば極めて常識的なものであったりする。
単身でどこへでもふらりと出かけてしまうハザマの方が、貴族としてみるとかなり問題があるのだった。
ハザマが異邦人でありこの天地に生まれた人間ではない、という情報が周知されているので、あまり問題視はされていないのだが。
「格式や体裁なんてクソ食らえだ」
ハザマはあえて、そうした挑発的ないい方をした。
「別になりたくてなった貴族ではないし、それでも貴族になった以上はこうして責任を持って領主としての仕事をしている。
それ以上になにか求められても、そいつにつき合ってやらねばならない義理はないね」
これが、事実上、この問題についてのハザマからの最終回答になった。
あるいは、ハザマがヘルロイのことを把握しかねている以上に、ヘルロイの方がハザマのことを理解できないと悩んでいるのかも知れない。
そんな風にして数日が経過した頃、王都からハザマを招く書状がハザマ領に到着した。
詳しい内容はかかれてはいなかったが、要約すると、
「ハザマ男爵に対して国王直々に頼みたい仕事ができたので、早急に王宮に来られたい」
といったことが書かれていた。
「ようやく来たか」
と、ハザマは思う。
おそらくこれは、以前からグラゴラウス・バグラニウス公子から示唆されていたドン・デラの一件についてではないか。
そんな強固な予感が、ハザマの中にはあった。




