不意の来客たち
そう来たか、とハザマは思った。
なんとなく、アズラウスト公子が提案しようとしている内容がハザマには想像できた。
「詳しい内容をお聞きしましょうか」
しかし、ここはあえて、訊いてみることにする。
そしてハザマは、アズラウスト公子の席を作って茶のひとつも用意するように指示を出した。
「提案については、今いった通りです」
アズラウスト公子はよく通る声でいった。
「そもそもドン・デラはわが領内でもっとも栄えている都であるといっても過言ではない。
これまで忠誠心厚く働いてきた魔法兵諸君をねぎらう意味でも、今回の婚礼は合同で華々しくあげてやりたいものだと、そのように思いましてね」
実に説得力のある口調だったが、ハザマはその説明を語句通りの意味で信用はしなかった。
「それで、本音は?」
すかさず、そう訊いてしまう。
「ここだけのはなしですが、すでに知っての通り、王都からはドン・デラの件は手出し無用とのお達しが来ております」
アズラウスト公子は隠す様子もなく淀みなく答える。
「これはいかにも業腹ではありませんか。
なんといってもドン・デラはわがブラズニア家の領内にあり、しかも、経済と流通両面にとってかなり重要な地域でもある。
にもかかわらず、そのドン・デラの治安が乱れていく様子を手出しできずにそのまま放置しなければならないとは!」
つまりは、このアズラウスト公子は、これまで自分の手でドン・デラの件に介入する機会を虎視眈々と狙い、どうにかして王都にいいわけがたつ方法を探していたというわけだった。
「つまり、合同での婚礼とは口実ですか?」
ハザマは確認する。
「いや、そちらの方も華々しくやりたいという気持ちに偽りはありません」
アズラウスト公子は胸を張ってそういった。
「なんといっても、魔法兵は比較的新しい兵種になりますからな。
世間的に見ても、その地位は決して高いものではない。
しかし、これからはそうであっては困るわけです。
人目の多いドン・デラにおいて、わが公爵家が直々に手を回して厚遇している様を見せつけることによって、魔法兵という存在の世間的な評判を高くしようという意図に偽りはありません」
魔法兵という存在の、イメージアップ戦略も兼ねている、といったところだろうか。
これから魔法兵を重用しようとしているアズラウスト公子にとっては、それなりに大切なことなのかも知れないな、と、ハザマは思った。
「しかし、合同での婚礼ですか」
ハザマはいった。
「そうなると、沢山の来賓が招かれることになるのでしょうな」
「それは、もう」
アズラウスト公子はハザマの言葉に頷く。
「新郎新婦の同僚の人々並びに親族の方々が大勢つめかけることででしょう」
魔法兵ならびに洞窟衆の関係者が大勢ドン・デラに押し寄せても不思議ではない状況ができあがるわけであった。
「ところで、魔法兵たちの礼装というのは、当然兵装になるわけですよね」
「むろん、そうなります」
ハザマの問いかけに、アズラウスト公子は答えた。
「そのまま前線にでも出られるような服装をきっちりと着こなし、その上で帯剣もいたします」
武装したまま街中を闊歩しても誰に文句をつけることはできない口実ができた、ということだ。
「そうした婚礼の関係者がたまたま行状の悪い者たちの一団と行き会ったとしたら、ひょっとすると実力に訴えて組織的にこれを排除するかも知れませんね」
ハザマが他人事のような口調で呟く。
「それはもう、きっとそうなることでしょう」
アズラウスト公子はハザマの言葉に賛同する。
「なんといっても、華々しい婚礼の場にはそうした行状の悪い輩は似つかわしくありませんからね。
わたしの部下だったら、たまたまそうした連中を見かけたとしたらきっとそのまま放置しておくことはないと予想します」
「具体的な日程も決まっていない今の段階でこういうことをいうのもなんですが、ことに女性側はいろいろと準備が大変だと聞いております。
そこで、花嫁側の関係者はかなり余裕を持ってドン・デラに入ることになるのではないかと」
ハザマはいった。
「花嫁たちのほとんどはそのまま退職することになっていますが、その友人たちも休暇をかねてドン・デラまで同行するかも知れません。
そうした準備期間中、ドン・デラの詳しい内情を知る機会も多いと思うのですが」
「あちこち遊び歩いていれば、自然にドン・デラの内情にも詳しくなるのは道理ですね」
アズラウスト公子はそう受けた。
「そうして知った内容を、参考のためにうちの部下たちにも教えてくださることを期待します。
ところで、男爵。
最近、王都の方からなにかいってくることはありませんか?」
「特別な便りは、なにも」
ハザマは答える。
「行政上の業務連絡は、日常的にやり取りしているようですが。
先日、バグラニウス公子からはドン・デラ関連で洞窟衆になにやら頼まれことがあるかも知れないといわれたのですが、そちら関連の件に関してもまったく音沙汰がない状況です」
「連絡がないのは、おそらくは王宮内でも対処法について意見が割れているせいかと思われます」
アズラウスト公子は不意に表情を引き締める。
「あそこも、いろいろと難しいところですからね。
それでも、あのバグラニウス公子が口にしたことならば、十中八九、彼がいった通りの結果になるでしょう」
「そこまで確実なことなのですか?」
いかにも自信ありげな口調で断言されたので、ハザマは思わず聞き返してしまう。
「ええ」
アズラウスト公子はあっさりと頷いた。
「なにせあの男は、物心ついた頃から社交界の中をうまく泳いできたやつですからね。
時流を読むことにかけては他の追随を許しません」
大貴族の跡取りともなれば、そうした能力は必須なのかも知れないな、と、ハザマは思う。
ともかく、アズラウスト公子がバグラニウス・グラゴラウス公子のその手の予測能力に対して全幅の信頼を寄せているのは、確かなことように見えた。
『お忙しいところ、すみません』
そのとき、唐突にハザマに対して通信で呼びかけてくる者がいた。
『こちら、ブラズニア家のメキャムリムです。
ハザマ男爵。
ひょっとしてそちらに、うちの愚兄が立ち寄ってはいませんでしょうか?』
「メキャムリム姫様ですか?」
口に出して、ハザマは訊ねた。
「どうしたんですか? いきなり……」
『あの愚兄が公務を放り出してどこぞに雲隠れしたという連絡がつい今し方、領地から届きました』
メキャムリム姫は冷静な口調でハザマに伝えた。
『これ自体は珍しいことではないのですが、今回はいつも立ち寄るような心当たりの場所では見つからず、それどころかそちらの仮庁舎付近で愚兄らしい人物を見かけたとかいう証言者までもが見つかる始末。
もし愚兄がそこにいるのなら、どこにも行かないように少しの間足止めしておいてください。
そうしてくださると、ブラズニア家は男爵様に対して少なからず恩義を感じることになります。
もう使いの者がそちらに到着する時分ですから、うちの愚兄がまだ姿をくらましていないのならばもう手遅れだと思いますが』
「失礼します!」
メキャムリム姫の言葉が終わる前に、どかどかといかついブラズニア家の魔法兵たちが会議室の中に入ってきて、あっという間にアズラウスト公子に組みついて拘束した。
アズラウスト公子は、
「無礼だぞ!」
などとわめいてそうした魔法兵たちを非難していたが、魔法兵たちの方は公子の反抗的な態度を意に介してはいない。
ずいぶんと手慣れた様子だな、と、ハザマは思った。
アズラウスト公子は拘束されたまま魔法兵たちによって担がれるような格好で会議室の外に運び出された。
「ご無礼のほどは平にご容赦を」
その一団の一番最後にいた人物が、去り際にハザマに対してそういって敬礼をする。
「われらもこれが仕事なものでして。
のちほど、お騒がせしたことに対するお詫びが主家の方から来ると思います」
いや、それはいいんだけどね。
と、ハザマは思う。
あっとう間のことだったので、なにか反応する余裕もなかった。
「ひとつ訊ねるが、こういうのはよくあることなの?」
ハザマは、そう訊いてみる。
「恥ずかしいことながら、割と頻繁に」
『うちの愚兄は、公務にはあまり熱心な性質ではありませんから』
魔法兵とまだ通信を切っていなかったメキャムリム姫とが、ほぼ同時に答えた。
「……ま、ドン・デラにおける人手不足の件に関しては、これでどうにか目処がたったな」
慌ただしくブラズニア家に関連する一団が姿を消したあと、ハザマは何事もなかったかのように会議を続ける。
「あとは決行まで、事前にどれくらいの情報収集ができるかということになるわけだが」
「男爵様」
そのとき、室外から入ってきた者が小声でハザマに対して耳打ちをする。
「その、また来客の方がいらっしゃっています」
「またか」
ハザマは、露骨にげんなりとした表情をした。
「こうしてわざわざおれにいいに来たということは、また門前払いができないような身分の人になるんだろうな」
「ええ、まあ」
来客のことを伝えに来た者は、ハザマから視線を逸らして答えた。
「それで、今度はどんな相手なの?」
「その……王家直属影組の頭領様であると名乗っていらっしゃいます」
もちろん、ハザマはそのまま通すように指示を出した。
断れる相手ではないのだ。
「ごめん」
その頭領様はそういって、そのままずかずかと会議室に入ってきた。
なりゆきによっては内密にしなければならない内容にも触れるかも知れなかったので、ハザマとして執務室に案内して貰ってそこで対面するつもりだったが、頭領様の方が案内を振り切ってハザマの居る会議室の方に歩いてきたのである。
まるで、仮庁舎内の様子を熟知しているかのような、落ち着いた物腰であった。
そして、誰かが勧める前に、さっきまでアズラウスト公子が座っていた椅子にどっかりと座る。
「そなたが、あのハザマ殿か。
いろいろと噂は聞き及んでおるぞ」
「それはそれは」
ハザマは、自分では無難なつもりの対応をした。
「汗顔の至りです」
「なに、わし程度の者と対面するくらいで、顔に汗を浮かべるほど殊勝な者でもなかろう」
その男は酷薄そうな笑みを浮かべた。
「わしは王室直属影組の頭領ということになっておる、ジズザ・オラという者だ。
公式の場では、その名を使うことになっている」
「なるほど」
ハザマはいった。
「名無しのままではなにかと不便でしょうからね」
自分でもつまらない受け答えだとは思うが、この場合、おもしろければいいというものでもない。
「聞いていた通り、掴みどころのないやつだ」
ジズザ・オラと名乗った男はいった。
年齢的には、五十代後半くらいか。
日に焼けた、細かい傷だらけの顔をした、精悍な表情の男だった。
影組の頭領と名乗られればそのまま信じてしまいそうな雰囲気は、確かにある。
影武者であってもおかしくないけどな、とも、ハザマは思ったが。
いや、この場で重要なのはこの男の正体などではなく、この男が影組を代表してこの場に臨んでいるという事実だろう。
「それで、ジズザ・オラ様」
ハザマはそう訊ねてみた。
「本日はこのような僻地にまでご足労いただき、どのようなご用件で」
「身の証も求めぬのか」
ジズザ・オラと名乗った男は、また口の端を歪めて笑った。
「抜けているのか。
それとも、人がいいのか」
「あなたの正体には、正直、興味はありません」
ハザマはいった。
「あなたが案内をはねのけて真っ直ぐにこの会議室に来たことで、仮庁舎の内情に詳しいことは判明しているわけで。
そうした子細ありげな来客は、取りあえず丁重にもてなしておくのが無難ではありましょう」
「ふん」
ジズザ・オラはハザマのいい分を鼻で笑った。
「ものはいいようだな。
まあいい。
わしは、本物だ」
そういって、ジズザ・オラは腰に穿いていた短剣を鞘ごとハザマの目前に置いた。
「成りあがり者のおぬしは知らぬかも知れぬが、オラ家の紋章だ。
身の回りの品にこれをつけることができるのは、この世でただひとり影組の頭領だけ」
「なるほど」
鞘に刻んであった紋章にちらりと視線を走らせてから、ハザマは頷く。
「それでは、以後、あなたを本当の影組頭領として扱わせていただきます。
まず確認をしておきたのですが、あなたはわれわれに害意を持っているわけではないのですね?」
「無論だ」
ジズザ・オラは例の酷薄そうな笑みを浮かべる。
「その気なら、今にもこの室内の者たち全員を惨殺することもできる」
「だ、そうだ」
ハザマは、ジズザ・オラの背後に目をむけてそういった。
「もうその物騒なものはしまっていいぞ、ヘルロイ」
先ほどから、ヘルロイ・スデスラスが抜き身の剣の切っ先をジズザ・オラのうなじ近くにかざしていた。




