准男爵からの招待
ヴァンクレスを突き出した衛士の統括詰所の場所はまだおぼえていた。それに、描いて貰った地図も捨てずに取ってあるので、道案内の必要もない。
夜明けまで待ってから、ハザマはリンザ、ハヌン、トエルの三人と奴隷たち数人とともに、昨夜捕らえた捕虜の護送を開始した。
硬直化が解けた後の捕虜たちの中には無駄な抵抗を試みる者も少なくはなかったが、なにしろ猿轡を噛まされ下半身以外の場所をこれでもかというほど縄で拘束されている身である。逃げようもない。
何度か棒や馬用の鞭で叩かれるとすぐに大人しくいうことを聞くようになった。
「そんじゃあ、出発するかぁ」
まるでピクニックにでも行くかのような口調でハザマが宣言し、五十名近い賞金首がぞろぞろと早朝の町に歩き出す。
その周囲を固める、リンザたち三人と、棒や鞭を持っている奴隷たち。
たまたま通りかかった人々は、そうした珍しい組み合わせを見てまず目を丸くし、次に捕縛されているのがすべて名だたる賞金首であることに気づくと、いったい何が起こったのかという推測をそばにいた人たちと話し合いはじめた。
日の光に照らされた賞金首たちの顔色は、赤くなったり青くなったり白くなったり、人により実に多様な変化をしている。
この行列がこの宿場町の噂話や憶測を加速するのに多大な寄与をしたことは、まず確実であろう。
以前、ヴァンクレスを突き出した時と同じく、一時間以上要し、目撃者を多大に増やしながらようやく統括詰所へと到着した。
「あのう……」
そこの受付で、ハザマは単刀直入に用件を告げた。
「……賞金首を突き出しに来たんですがぁ……」
受付の係員は、書き物からふと顔をあげ、なんともいえない顔でこういった。
「また、あなた……ハザマさんですか……」
奇しくも、ヴァンクレスを突き出した時に対応してくれた衛士だった。
「今回は少しばかり人数が多いもので……」
「……人数が……」
その衛士は軽く眉をひそめ、席を立つ。
「いったい、何人連れて来……」
そして、外に捕縛されている人数を目の当たりにし、絶句した。
「全部で、五十三名になります。
所長さん、呼んで来た方がいいんじゃないっすかね?」
「……ご協力、感謝する」
押し出すような口調でそういう所長のこめかみには、なぜだか血管が浮いていた。
「ただ……残念なことに、ここまで多額の賞金首を一度に連れてこられることは想定しておらず、今すぐに賞金の全部を引き渡すことはできないのだが……」
「それでは、こちらの両替商にハザマ商会の名義の口座がございます。
手配がついたら、こちらの口座にお振込ください」
すかさず、ハザマはゴグスから渡されたメモを卓上に置く。
「われわれが、これだけの賞金首を揃えてこちらの統括所まで護送した際、多数の目撃者が発生しました。
この宿場町の今後の治安のためにも、それらの民草の間に官吏は約束した賞金を踏み倒すなどという不穏な噂が広まらないことを祈ります」
「……ぐっ!」
所長は、速やかに賞金を振り込むことを約束し、その場で賞金首たちの受領書を用意させた。
ハザマはごく短時間で、統括所から解放された。
「さて、と」
帰り道、通りかかった市場でハザマは足を止める。
市場には、野菜や果物、軽食などを売る店が、所狭しと並んでいる。
「少し稼いだし、商会のやつらになんか買っていかないか?」
「そうですね、少しくらいなら……。
ですが、今、商会に居る人たちは結構な人数になりますし……」
建物の改修作業や清掃は、いぜんとして続行している。
臨時雇いの浮浪者たちを含めると、今、商会に関わっている人数は、かなりの数にのぼる。
「あんた、賞金稼ぎのハザマだろ?」
そんな会話をしていると、野菜売りのおばちゃんが声をかけてきた。
「すごい噂になっているよ!
赤鬼のヴァンクレスや、今朝なんか五十人からの凶悪犯を詰所に突き出したって……」
「ああ……確かにそのハザマなんだが……別におれは、賞金稼ぎってわけでも……。
いや、やっていることは、一緒なのかこの場合……」
ぶつくさと小声で呟きはじめるハザマ。
「なんか買っていくんなら勉強するよ!
ここの衛士はてんであてにならないんだ!
いつまでも悪党がわがもの顔にのさばるばっかりで、わたしら堅気の人間は肩身が狭くなる一方さね」
「ああ。
そりゃ、どうも……。
ええっと……リンザ。
金、ある?」
「……どうしたのですか、それは?」
商会に帰ると、ゴグスが不思議そうに訊ねてきた。
ハザマをはじめとした奴隷たちが、抱えきれないほどの大量の食べ物を抱えて帰ったのだから、無理もないといえる。
「これ、土産」
ハザマは、憮然とした顔でそういった。
「市場でちょっと買い物をしていこうかなーとか思ったら、いつの間にやらいろいろ押しつけられた。
まあ……みんなで食べてくれ」
「それは、それは」
ゴグスは、笑みをたたえる。
「賞金首狩りの、思わぬ功徳といったところでしょうか」
「明日か明後日にはここを発つんだがな、おれは」
ハザマは、かなり渋い顔になる。
「この宿場町の治安は、そんなに悪いのか?」
「治安は、そこまで悪くはありません。
しかし、衛士の上層部……というよりも、この町を牛耳っている者が手を回して凶悪犯を招き入れている節がありまして……」
「例の、ドンさんか?」
「ええ。
塩売りのドン・トロ、その人です。
自分の身辺を守るために、前歴を問わず腕の立つ者をこの町に引き入れておりまして……」
「んで、そういうやつらには、衛士とやらも迂闊に手を出せない、と……」
嫌な構図だな、と、ハザマは思う。
だとすれば、今ハザマが行っている賞金首狩りは、そのドンさんやらドンさんと通じているこの町の上層部やらの神経を逆撫でするのにも等しい。
……ま、おれはすぐにここを去るからどうでもいいんだが。
「しかしそのドンさん。
そこまで沢山の用心棒を必要とするって、よっぽど恨みを買っているんだな」
自分が引き入れた用心棒たちによって自分が牛耳っている町が荒らされるようなら、本末転倒のような気もする。
「敵も多いですが、最近では跡目争いがね。
ドン・トロには三人の息子がいるのですが、揃ってどん欲で他の兄弟に譲るということを知らない。
この三人も無法者を引き入れて、父親のドン・トロを含めて四つ巴で睨み合っている構図です。
今のところ、表面的には均衡を保っていますが、なんらかの切っ掛けがあれば激しい抗争がはじまるでしょう」
「……そんなところにおれがのこのこ現れて、無法者の掃除をはじめちまったわけか?」
「はい。
そういうことになりますな」
「ゴグスさん。
なんで最初に忠告してくれなかった?」
「そのことについて訊ねられませんでしたもので、はい」
「ま……いいか」
しばらく考えて、ハザマはそう結論した。
そのドンさん一家の兵隊が多少、目減りしたとしても、すぐに補充されることだろう。
ドンさん一家の不興を買ったことは確かなようだが、過ぎたことをいつまでもクヨクヨ思い悩んでも仕方がない。
ただ……組織だったお礼参りをされる可能性もあるので、そのための備えは必要になるだろうな、とハザマは思った。
「それで、ゴグスさん。
例の盗賊ギルドって所への繋ぎは取れそうかい?」
「はい。
そちらの手配は、上々でございます。
今日明日にでも、吉報をお伝えできるかと。
しかし、その前に……」
ハザマ様に、可愛らしいお客様がいらしております、と、グゴスが告げた。
「誰かと思えば……お前らか」
カレニライナとクリフの、ズレベスラ家姉弟だった。
「まさか、家出でもしてきたんじゃないだろうな?」
「まさか。
お義父様は、非常によくしてくださっているわ」
カレニライナは、澄ました顔で答える。
お義父様?
……早速、養子縁組みでもしたのだろうか?
少なくとも、二人とも虐待されているわけではないらしい。
「お義父様から、これをことづかって参りました」
書状を、ハザマに手渡した。
ハザマは、そのままその書状をリンザに渡して読ませる。
「……わたくしたち姉弟を送ったお礼をかねて、お食事に誘いたいとか……」
「誰が?
……って、ズレベスラ家のおっさんが、か……」
「それで、どうするの?」
カレニライナがハザマに確認してくる。
「都合のよい日時を聞いて帰るようにいわれているのだけど」
「もうすぐここを離れるから、行けるとしたら今日か明日のうちだな」
「じゃあ、今夜でいいわね?」
「今夜? ずいぶんと急だな」
ハザマは、訝しげな顔になった。
「早い方がなにかと都合がいいの。
それとも今夜、なにか用事があるの?」
「……用事は、いつでもあるんだが……。
まあ、いいや。
あとで調整することにして、今夜お邪魔させて貰うか」
「そ。
じゃあ、夕方に迎えの馬車をよこすわね」
「……町中に馬を乗り入れるのは、禁止されているんじゃないのか?」
「貴族や名士に限り、小型の馬車の使用は許されているの。
一頭だての小さなものだけど」
「なるほどねえ」
ハザマは、なにか考えこむ顔つきになった。
「っていうことは、行けるのはおれ一人だけか?」
「せいぜい二人、ね。
お食事と歓談をするだけだから、そんなに大げさに考えなくてもいいわ」
「……あ、そ」
ハザマは、反射的にそう、うなずいていた。
「大変!」
突然、リンザが声を張り上げる。
「正装を用意しないと!」
ハザマたちが着用しているのは、村人や旅人の普段着としてそれなりに上等の衣服だったが、決して貴族との正餐の席に着くのに相応しいものではない。
「……ああ。
じゃあ、そいつも用意しないとな……。
その手の店については……ゴグスさんにでも聞けばいいのか」
「そうですね。
地図でも書いて貰って……」
「あと、町中での用事がいくつかあるから……ダンダを呼んでくれ」
カレニライナとクリフを見送ったあと、ハザマは元盗賊の屈強な奴隷たちを集めた。
「……というわけで、捕らえたやつらの仲間がこっちにお礼参りにくる可能性がある。
昼間っから殴り込みをかけてくるとは思わないけど、一応、心構えはしておいてくれ。
夜襲への準備は、これから整えておく」
奴隷たちは、
「へい!」
と、野太い声を揃えた。
「心構え以外に、だな。
やっておくべき事は……」
簡単に指示を伝えたあと、ハザマはリンザと道案内のダンダだけを伴って町中に出る。
古着屋にいってそれなりに上等な衣服を買い込み、ついでにマルデルの店による。
「おお、あんたか
昨日の今日で、なんの用件だ?」
「ちょいと相談があってな」
ハザマは、単刀直入に切り出した。
「仮に……人手はこちらで用意するから、材料と作り方を指導する職人をそっちで出してくれ……と、そういったら、もっと数が作れるようになるか?」
「……ん? ん……」
マルデルは、少し考え込む顔になった。
「素人でもできる工程というのは限られているが……。
いや、でも、ないよりはマシか。
ことに、昨今のような、戦争需要が見込める場合は……」
「こっちはなにも、精密さが要求される逸品が欲しいわけではない。
とにかく、早く安く、数を揃えたいんだ」
「量産前提で、あえて手を抜く、か」
「職人としては心苦しいところもあるだろうが、戦場では精密射撃なんてあんまりしないからなあ。
一級品は一級品としてそのまま作り続け、雑兵用の安物はそうと割り切った方が……。
第一、戦時の特需なんてほんの短期間で終わる。そのために、腕のいい職人を普段から囲い込んでいても……」
「そうか。
人件費の問題も……」
「必要な時、必要な人数だけ使えるってメリットも……」
ハザマと弓屋のマルデルは、しばらく話し込む。
そして、その結果、
「そうさな。
そういうことなら、前向きに考えてみるか」
という結論を、マルデルの口から引き出すことに成功した。
「そうこなくっちゃ。
正式な契約はあとでうちの者をこっちによこすから、その時にしてくれ。
それよりも、今すぐに欲しいのは……」
「なんだ、未完成品が欲しい、だって?」
「ああ。
特に、鏃はいらない。
なんなら、矢羽根もなくていい」
「それじゃあ、まっすぐに飛ばないぞ?」
「とりあえずは、それでいいんだよ。
どうしても今日中、夜が更ける前に数を揃えたいんだ。
頼む!」




