賞金首の狩り場
なんのことはない、賭場、だった。
一見して普通の住宅にしか見えないのだが、そこの地下で毎晩、闇の賭場が開かれているという。
この町で多少事情に通じている者なら誰もその存在を知っている、いわば公然の秘密というやつだが、その分、防備は堅い。
中に入って参加するのためには紹介者が必要で、入り口には屈強な用心棒が張りついている、という。
「……そこの階段を下りたところにある扉が、そこの入り口だ。
合い言葉がいえないと中には入れないけど……」
「いや、そこまでわかっていれば上等」
ハザマは、タンダの言葉を途中で遮る。
「あとはこっちでやる。
お前さんたちは、おれが合図するまでここで待ってろ」
そういい残して、ハザマはスタスタとそこにある階段まで歩いていく。
「……え? いいの?」
ハザマの特殊能力についてなにも知らされていないタンダが、ひどく狼狽した様子でリンザやハヌンたちの顔とハザマの背中とを見比べている。
「いいんです」
ハザマをよく知る者を代表として、リンザがため息混じりに保証してくれた。
「この手のことには、とても便利な力を持っている人なんですから」
「……おおーい。
ちょっと、手を貸してくれ-……」
しばらくすると、地下に続く階段からひょっこりと顔を出したハザマが手招きしてきた。
「閂かなんかがかかっていて、扉が開かねえ」
人数で押して、力づくでこじ開けるつもりらしい。
「しょうがないですね」
「元盗賊の皆さんも、是非に」
リンザやハヌンが、屈強な奴隷たちにも手伝うように命じる。
「この手のことは、体重がある方がやりやすいでしょうし」
ダンダは、
「え? え? え?」
と、まだ戸惑っていた。
「なんだ、ぶち破るのか」
「こんなことなら、丸太でも用意しておけばよかったな」
「まあ、全員で体当たりすれば、そのうちこじ開けられるだろう」
元盗賊たちがぶつくさいいながら、ハザマがいる階段へと近寄っていく。
「いいかぁ!
これから号令をかけるから、それにあわせてぶちかませ!
一、二ぃの……」
「三!」
「三!」
「三!」
屈強な奴隷たちが号令にあわせて扉に体当たりすると、轟音がしてなにかが軋むような音が響いた。
「もういっちょいくぞぉ!
一、二ぃの……」
「三!」
「三!」
「三!」
ごごーん!
「もひとつぅ!
一、二ぃの……」
「三!」
「三!」
「三!」
ごごーん!
「……あわわ……」
あまりにも周辺への配慮を欠いた様子に、タンダはすっかり及び腰になってしまっている。
「これじゃあ……まるっきり、カチコミだぁ!」
第一、こんなに公然と物音をたててしまったら、無闇に目撃者を作るだけだ。
賭場の主催者とかかわり合いになりたくないから誰も出てこないだけで、今この瞬間にも、息を詰めてこちらの様子をうかがっている連中がわんさか居ることだろう。
「これくらいで怯えないでください」
トエスが、動揺するダンダを諭した。
「あの人とつき合っていると、この程度のことで驚いていたら身が持ちません」
何度か体当たりを敢行して、ようやく両開きの扉を突破することに成功した。
太い閂は、多少歪んでいたものの、最後まで折れることはなかった。
しかし、扉の蝶番が負荷に耐えきれずに破損したのだ。
扉が破られると同時に、ハザマが機敏な動作で内部に突入する。
短時間に奥深くまで入ることで、室内にいる全員を硬直化することに成功した。
下手に腕に自信がある者が多かったのが、かえって災いしたのだろう。
別の出口から脱出しようとした者は、あまりいなかったようだ。
「……思ったよりも、大勢いるもんだな……」
扉を抜けると、大勢の人間がひしめいていた。
さほど広いとも思えない地下室に、百人まではいかないが五十人以上は居るだろう。
その全員が、バジルの能力により硬直している。
扉が破られかかったことで、入り口にむけて迎撃をしようとした姿勢のまま、凍りついている者も多かった。
「この全部が賞金首だとは思わないが……リンザ!」
「はい。
まず、そこの左頬に蛇の入れ墨をしている人。
そこの右手に親指しか残っていない人も。
あと、蝶模様の眼帯をしている人……」
リンザが記憶している限りの賞金首の特徴を持つ人間を指さしていくと、ハヌンやトエス、奴隷たちが、その体を担いで外に出していく。
「ダンダも呼んでこい!
別にめぼしい賞金首がいるなら、ついでに捕まえる!」
屈強な奴隷たちはともかく、ハヌンやトエスのような少女が大の男を肩に担いで普通に歩いてきたことに、ダンダがかなり仰天したものだ。
「ハザマが呼んでいるわよ」
驚いているダンダに、ハヌンが声をかける。
「めぼしい賞金首が残っていないかどうか、首実検して貰いたいって」
「あ……ああ」
ダンダは毒気を抜かれた様子で生返事をし、のろのろと地下室へと降りていった。
「他の人たちは、持ってきた縄でこいつらを拘束しておいて。
ぐるぐる巻きの簀巻きにしておいていいから。
今のうちに猿轡をかませておくことも忘れないでね」
「……ゴグスさんに聞いた賞金首の中で、この場にいるのはこれくらいみたいですね」
「十四名、か。
あとは……お、来たな。
ダンダ、こっちだ」
地下室に降りると、ダンダはすぐにハザマに手招きをされた。
「他にめぼしい賞金首が残っていないか、見てくれ」
ダンダは、あたりを見渡す。
カードだのサイコロなど、お馴染み博打道具がテーブルの上に散乱している。
その周囲には、様々な格好で硬直している、あまり人相がよくない面々。
固まっている人間を材木かなにかのように担いで運んでいる奴隷たち。
なんだかいろいろ……シュールな光景だった。
少なくとも、「賞金首狩り」と聞いてダンダが漠然と想像していた光景からは、遙かに遠い。
「どうした、ダンダ。
賞金首の顔、知らないのか?」
「……え……あっと。
そうですね。
そこにいるやつが、火つけ強盗のジャジズ。
それから……あ。三人殺しのダガバルもいる。
こっちにいる色男は、後家殺しのドブゴで……」
我にかえったダンダはその後、八名ほどの賞金首を指定し、そいつらも即座に外に運び出されて拘束された。
「一カ所で二十四名、か。
まあまあの効率だな」
すべての賞金首の身柄を確保するとハザマは外にでて告げた。
「荷がずいぶんと増えたし、いったん、帰るか」
「どうやって運ぶんですか、この荷物」
同行した浮浪者の一人が、おずおずと片手をあげて質問をする。
「担架があっただろう。
そう、その二本の棒に布が巻いてあるやつだ。
そういつを広げてだな、布の上に人を乗せる。
すると、前後の二人で運べるだろう?」
これも、ハザマがゴグスに指示して作らせ、用意させていたものであった。
これから赴く戦場では必要になるだろうと踏んだからで、今回の件で使用するのはあくまでおまけみたいなものだったが……。
「そんじゃあ、一度商会に帰るぞー」
ハザマが呑気に号令をかけて、一同は帰路についた。
その夜はもう一度別の場所を襲撃し、ハザマたちは一夜のうちに全部で四十八名の賞金首を捕縛することに成功した。
「……今夜は、ここまでにしておくかぁ」
明け方、ハザマはそう宣言して、ゴグスへ命じて一時雇いの浮浪者たちへの報酬を支払わせた。
「少し休憩したら、奴隷たちはこいつらを連れて詰所までしょっぴいていくからな」
奴隷たちは野太い声を揃えて、
「へい!」
と、応じる。
いつの間にやら、ハザマに服従する気になっているらしかった。
ハザマたちがそんなことをしている間にも、森の中に潜伏した洞窟衆は別の仕事で忙しかった。
盗賊の拠点を襲い、支配下に置く。
緑の街道を移動中にヴァンクレスが目星をつけていた連中もいたが、それ以外に無数の飛び交っていた使い魔が独自に発見した連中もいた。
何日か監視して行動パターンを把握して絶対的な大人数で包囲すると、盗賊たちはすぐに降伏し、簡単に奴隷契約を結ぶことを承知した。
食い詰めて野党に堕っした者がほとんどであり、食扶持に困らなければ文句はない、という手合いが圧倒的に多かった。
中には凶行を心から楽しんで行っている者も、若干はいたのだが……こうした手合いは、犬頭人けしかけて性的な意味で襲わせた。
衆人環視の元、絶え間なく犬頭人に肛門を掘られると、どんな凶賊も短時間で奴隷契約を結ぶことを承知するのであった。
それだけで仕事が終わるわけではない。
確保した盗賊たちは、奴隷契約が終わるや否や、すぐに次の仕事へと駆りたてられる。
軍需物資を運ぶ者たちへの襲撃、である。
これも、多数の使い魔たちを操り、街道周辺の様子を子細に監視している洞窟衆には、たやすい仕事といえた。
そもそもそうした輸送隊は、隊旗を掲げている限り賊に襲われることは、まずない。
うっかり軍隊の物資を略奪したら、本気で撲滅の憂き目にあうということをどんな盗賊もわきまえているからだ。軍隊は、盗賊以上に暴力のプロであり、あえてその軍の荷を襲うことは、盗賊にしてもあまりにもリスクが多すぎる。
通常であればそのように考えるのが「常識」というものだ。
だから、国内を移動する軍の輸送隊には、申し訳程度の護衛しかついていない。
そんなわけで、前後に助けに来るような人員がいない状態で野営をしている輸送隊などは、洞窟衆にとってはいいカモといえた。
これも、犬頭人で包囲して逃げ道を塞いでから、奴隷にした盗賊たちに交渉させ、降伏させる……という手順で、だいたいは制圧できた。
ごくまれに、とことん反抗しようとする気骨がある者もいるのだが、そうした場合は大腿部を弓で狙撃してから盗賊をけしかけて取り押さえる。
威勢がいい者を最初に黙らせると、残された者たちもすぐにおとなしくなった。
奪取した輸送隊の荷はただちに森の中に運び込まれ、空になった荷車や馬車だけがドン・デラへと送り出される。
人は、とりあえず手近な拠点へ移送され、そこでしばらく軟禁されることになる。
素直に年期奉公なり奴隷なりの契約を結べればいいのだが、なんらかの事情があってそうできない者も、少なくとも戦争が終わるまでは身柄を拘束しておかなければならない。
口封じのためだ。
洞窟衆が……いや、ほかの何者かが軍の輸送隊を襲っている……などという情報を漏らして軍の警戒を誘うことは、可能な限り避けるべきだった。
原隊への忠誠心を持つ者はあまり多くなく、女たちが洞窟衆への帰順を求めるとだいたいの者が二つ返事で良好な返答をした。
輸送に携わる者のほとんどは軍人というよりは軍属であり、各地の領主に雇われて、とか、領民としての苦役としてその仕事に就いている者がほとんどだったのだ。
「軍の物資を奪って山岳民に売りつける」
という構想を聞くと、たいがいの者があっけに取られ、次いで、
「そりゃあいい!」
といって笑い出す。
「やつらはこっちに出兵する理由がなくなるし、こっちはすぐに兵隊が飢えて戦いようがなくなるな」
「いくさなんざ、早めに終わるのならそれにこしたことはないな」
口々にそんなことをいい合いながら、積極的に配下となることを誓う者が少なくはなかった。
そしてそうした者たちは、次の輸送隊襲撃にも自主的に荷担していくことになる。
そのような作戦を根底から支えていたのが、通信網の整備と維持、それに使い魔を駆使して肌理の細かい索敵を担当していたエルシムを中心としたエルフたちであり、それに、数十名単位の契約魔法の使い手を促成栽培したタマルだった。
契約魔法は商人には必須の技能といえたが、そのすべてを習得させる時間はない。
そこで、年期奉公契約や奴隷契約、通常の商契約魔法など、用途ごとに細分化したものを教え込むことになった。全体のごく一部だけをおぼえるだけならば、さほど時間もかからない。カリキュラムを単純化することで、短時間に実用的だが限定的な契約魔法の使い手を多数、揃えることが可能となった。
そうして、最低限の、ごくごく狭い領域のエキスパートとなった者たちは次々と森のそこここに散っていき、その後に新たに仲間となった者たちに持っている知識を伝授したり、お互いの知識を教えあって補完しあったりすることになる。
いきなり実行することが決定した大規模作戦に必要な人材を急造するための、いわば苦肉の策であったが、実際に行ってみると思いの外、うまくいった。
この方法を思いつくまで、タマルは数日眠れない日々を過ごしたという。




