宿場町の新居
ヴァンクレスを衛士に突き出した後、ハザマたちは書簡に記された住所を頼りに、カレニライナとクリフの遠縁だとかいう家を訪ねる。
もちろん、詰所で住所を提示して、簡単な地図を描いて貰ってからだ。
「……思ったよりも、広いし大きいよな、この町」
歩きながら、ハザマがぼやく。
少なくとも城壁の内部にある旧市街は、三階建て以上の立派な石造りの建物で構成されている。
建築様式などは明らかに異なるのだが、どこかヨーロッパの歴史のある都市を彷彿とさせる雰囲気があった。
「でも……本当にいいのか?
どんどん、建物が立派になっていくけど……」
「砂の街道と海の街道が近いこちら側が、この宿場町の表側ですから」
そう解説してくれたのは、カレニライナである。
「じゃあ、お前たちの遠い親戚ってやつは、その栄えた場所に家を構えるくらいには羽振りがいいってわけだ」
そう、ハザマは指摘する。
「よかったなあ、これから養ってくれる人たちが裕福そうで」
「そうでもないわ」
すぐに、カレニライナが反発してくる。
「こちらのズレベスラ家の当主は、五十を過ぎてまだ独身。
それに、わたくしたちのどちらかが養子になってくれればもう一人をこっちのズレベスラ家の当主と認め、お家再興のための援助をしてくれるというの」
「結構なことじゃあないか」
「結構? 結構ですって!」
カレニライナの声が、高くなる。
「だって、五十代で独身よ!
きっと、なんか他人にはいえないような事情があるに違いないわ!」
「……おーい。
お前の考えすぎなんじゃないのか、それ……。
その……こっちのズレベスラには、一度もあったことないんだろう?」
「だけど……今時、子どもを二人も引き受けてくれようって、なんだか事情がありそうじゃない……」
「ま……実際にいってみればわかるさ」
到着してみると、「こっちのズレベスラ家」はかなり大きな邸宅であった。
羽振りがいい、ことは、確かであるらしい。
それだけではなく……。
「おめでとぉー」
「おめでとー」
「おめでとー」
……なに、これ……と、ハザマは思った。
晴れ着を着た男女が取り囲む中、見事な禿頭のおっさんと三十がらみの肉感的な女が腕を組んで行進している。
「……結婚式……ですよね」
ぽつり、と、リンザが呟く。
「……よかったなあ、おい。
こっちのズレベスラ家のおじさんは、たった今独身から既婚にジョブチャンジしたぞ」
カレニライナは、予想外の成り行きに「……え?」とか「……あ?」とかいう気の抜けた声を漏らすだけで、まともな反応を返せないでいる。
「ちょいと、お尋ねしますが」
ハザマは、晴れ着を着た人の一人に声を掛けた。
「この結婚式は、ズレベスラさんの式で間違いはありませんね?」
「ああ、そうだよ!
旅のお方」
若い男が、溌剌とした声で答えた。
「ズレベスラさんは、このあたりの名士でね。
領地経営の傍ら若い頃の知り合いに出資して商会を共同経営しているんだが、その利益もほとんど孤児院とかに寄付してくださる篤志家なんだ。
長いこと独身でいたから変な噂も流れたようだけど、ようやく身を固めてくれてね……」
「……だってよ、カレニライナ」
ハザマは、肘の先でカレニライナの体を軽く小突く。
「よかったなあ、よさそうな人で。
じゃあ……後は、自分たちでなんとかできるな?
落ち着いたら、爺さんに手紙を書けよ。
おれたちは、ここで別れるから……達者でな!」
「……さて……」
ここから野営地まで、二時間以上も歩かなければならないのか……。
「いいんですか?
あの子たち……」
リンザが、ハザマに確認してきた。
「後は、こっちのズレベスラさんに名乗り出るだけだ。
自分たちだけでも、なんとかできるだろう」
少なくとも、このまま戦場に連れて行くよりは、遙かにマシなはずだった。
「それは……そうですけど……」
「それよりも……ああ。
誰だあ、町中で馬を使うな、なんて法を定めたやつはぁ。
これじゃあ、ちょいとした用事でもすぐに半日使っちまうじゃないか……」
事実、この分だと野営地に着く前に日が暮れてしまうだろう。
「……少し、早足でいくぞ」
そういって、ハザマ足を早める。
リンザ、ハヌン、トエルの三人はそれなりに身体能力の補正がかかっているので、ハザマの早足にも充分についてこれた。
「ハザマさん!」
野営地に着くと、ゴグスはすでに帰っていた。
「ちょうどいい物件がありましたよ!
倉庫と兼用できる商店向けの物件で、馬車を置ける空間も厩もあります。
立地もそれなりにいい。
ただし、ちょいと訳ありになりますが……」
「訳あり?」
「旧市街にある物件なのですがね。
しばらく放置しているうちに、浮浪者が住み着いておりまして……」
「不法滞在、ってやつか?」
「ええ。
そちらを自力で解決できるのならば、格安で借りられることになりました。
その、昔の伝手で」
「……なるほど、ね。
まあ、そういうことなら……さっさと片づけて、借りちまうか」
「……え?
今からですか?」
「そこに住んでいるやつらを問答無用で叩き出せばいいんだろう?
野営にも飽きてきたところだし、第一、こんなところじゃあ安心して野宿できん。
なに……おれたちがいけば、すぐに済むさ」
一方、「こっちのズレベスラ家」では。
「ああ! このめでたい日に君たちまで到着するなんて!」
「あなたたちのことはダズゥエルトから聞いているわ!
ご両親を亡くされたそうね。
自分の家だと思っていつまでもここに居てくれていいのよ!」
カレニライナとクリフは、新婚夫婦に揉みくちゃにされていた。
「立地がいいとかいってたけど、なんだかここいらの建物って、ボロいのが多くね?」
「旧市街の歴史ある町並みと比較すれば、幾分、見劣りすることは否定できませんが……」
ゴグスは、堂々といいきった。
「この宿場町と緑の街道を繋ぐ間道に面しておりますし、交通の便はよろしいかと。
それに、賃料の方もその分、格安になっておりですので……」
「とりあえず、環境は二の次ってか」
ハザマは、憮然とした表情で答えた。
「そんじゃあ、まあ……はじめちゃいましょうかね」
そして、大きな建物の中に入る。
「はいはーい。
ここにいる、不法滞在者の皆さーん。
これから立ち退きをして貰いますからねー。
嫌だっていっても無理矢理立ち退いて貰いますからねー……」
などと大声で告げて、ずかずかと進む。
リンザや元盗賊の奴隷たちが硬直したままの人間を次々と建物の外に運び出す。
「くれぐれも丁重に扱え。
怪我なんかさせるなよ」
「わかってまーす!」
肉体労働においても、元盗賊の荒くれ男たちよりも、リンザたち三人の少女の方がよほど役に立つようになっていた。
今も、両肩に一人づつ硬直化した体を乗せて、ひょいひょいと苦もなく運んでいる。
その建物は、一階は倉庫兼荷捌き所として使用されることを想定しているのか、天井がやたらに高かった。
一階で硬直していた者たちを建物に外に出すと、そのままそこに馬車と馬を入れる。
その間にも、ハザマは別の場所を歩いてその場にいる者を硬直化させていく。
二階や裏手にある別棟の建物にも、不法滞在者は入り込んでいた。
井戸や炊事場も自由に使っていた形跡があり、不法滞在者たちは、予想以上に清潔な格好をしていた。硬直化した体を運ぶ際には、そのことに感謝したくなった。
ざっと見で五十名以上は外に叩き出しただろうか。
ようやく、敷地内にいる不法滞在者を一掃し、門扉を閉め切った。
そうすると、生半可なことでは外部から侵入できなくなる。
「……ふう」
馬車の荷台に腰掛けて、ハザマは深く息をついた。
「これで、今夜はゆっくり寝られそうだな。
大掃除は……明日以降でいいだろう。
それで、ゴグスさん。
財物の方は、首尾良く換金できましたか?」
「まずまずの値で。
ここの手つけと諸経費にいくらかは使ってしまいましたが……」
「構わない。
当然、その詳細は……」
「無論、控えております。
明朗な会計と明快な経理とは、商人として基本中の基本」
「なら、自由に使ってくれ。
ここの賃料を払った後もいくらか残りそうかな?」
「そうですね。
今後、なにをするかによって答えも変わってきますが……ここで洞窟衆の物品を売りさばく程度の商いだけでしたら、二、三ヶ月分の運転資金は充分に残っているかと」
「結構。
今夜はこのまま休むつもりだが、明日の昼間はここの大掃除と、家具やこれからの商売に必要な道具を買い集める。
そんで、夜になったら、おれたちは賞金首狩りを開始する。
そういう手順で、いいかな?」
「それはよろしいのですが……ひとつ、提案があります」
「なにかな?」
「掃除や、それに今後、ここでの荷捌きなど、特別な技能を必要としない単純な仕事については、できるだけ当地の者を雇って使いたいと思います。
その場限りの臨時雇いでしたら経費も抑えられますし、もしも見所がありそうな者がいたらそのまま常雇いにしてもよろしいかと」
「その辺のことは、ゴグスさんの判断にお任せします」
ハザマは二階にあがり、窓を開ける。
二階部分は天井が高い一階とは違い、いくつかの小部屋に別れている。その一室に入って、窓を開けたのだ。
いくらもしないうちに、一羽のヒヨドリが入ってくる。
『森から離れると、連絡が取りづらくなるな』
エルシムの声が、ハザマの脳裏に響いてきた。
『適当な間隔を開けて使い間を配置しなければ、心話が繋がらん』
「こちらは、ようやくドン・デラに拠点を確保したところだ。
そちらの首尾はどうだ」
『おおむね、順調だな』
今度は、ファンタルの声が脳裏に響く。
『配下に加えた犬頭人の数は、五千を超えた。
新たに保護した女たちは、八百名を超える』
「おいおい。
そんなに増やして、大丈夫なのか?
餌とか、食料とか……」
『犬頭人たちは、全員を一カ所に集めるのならばともかく、森中に分散させている状態だから問題はなかろう。
必要な食料は、自分たちで調達させている。
女たちの分は、備蓄分と新たに買い取った分でどうにかやり過ごしている。
このまま放置すればいずれ不足するであろうが、その前に軍の補給物資の略奪を開始する予定であろう?』
『それよりも、黒旗傭兵団から返答が着いたぞ。
例の計画についてだが、あちらもやる気になっている』
「そうか。
よかった……と、いってもいいのかな。
少なくとも、ここまでしてきた準備が無駄にならない」
『それで、次の段階として、取りあえず、お主たちが見つけた街道沿いの盗賊団を急襲して配下に加えたいと思うのだが……』
「それも……反対するわけではないんだが、戦後のことを考えるとなあ……。
犬頭人と違って、人間をキープしちまったら食わせなけりゃならなくなるし……」
『そんなもの、バザル村に送ってもよいし、前にいっていたように、どこかの廃村に再入植させてもよい。
あるいは、他の事業を興すとか……とにかく、どうにもできるであろう』
「それもそうか」
この一言で済ませてしまうあたり、ハザマもかなり楽天的な性格をしている。
「じゃあ、そっちは任せる。
こっちは……まだ到着したばかりだからなあ。
新たに手に入れた拠点の整備もこれからだし、それに、賞金首狩りも明日以降から開始する予定だ。
あ。
あのデカ物と姉弟は、それぞれ役所と親戚の元に、無事に送り届けた」
『そうか』
『お前様も、寂しくなるな』
「……誰が寂しいって。
いや、それよりも今後の予定なんだが、おれたちは後何日かここで過ごして、賞金を稼いでから戦地に向かう予定だ」
『そこを発つときはまた連絡してくれ』
『くれぐれも、無理はするなよ。
一応、お主の周囲に使い魔を何匹か配置して監視はしておくが、距離があるからなにかあってもすぐには対応できん』
「わかっている。
それでは……また、明日の夜に」
翌朝、ゴグスは早くから建物を出て、正式な契約を結ぶために不動産屋へと向かった。
少女たちは元盗賊の奴隷たちを総動員して、大掃除を開始する。ハザマもそれを手伝う。
建物の前に、昨日追い出した元不法滞在者がまだ陣取っていたので、そいつらにも小銭を与えて手伝わせる。
それから、手分けして当座の食料や掃除道具、建物の補修をするための大工道具などを買い出しにいき、かなり多めに作った食事をその場にいたみんなに振る舞う。
元不法滞在者たちに、
「仕事が欲しい者はいないか?」
と声をかけたところ、ほとんどの者が即座に名乗り出てきた。
みな、好んで浮浪者のような生活をしているわけではなく、単に職にあぶれているだけのようだ。
「ここにいる全員を雇えるわけではないけど……」
と前置きした上で、これからここで事業を開始するにあたって、何名か人を雇わなければならない。
最初のうちは仕事ごとの短期払いになるが、そこで働きを認められれば常勤にすることも考えている。
と、そのように告げた。
すると、当然のごとく昼過ぎからの掃除はみんな力を入れてきて、思いの外、捗った。




