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トカゲといっしょ  作者: (=`ω´=)


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使者との対話

「だとしても、別に問題はないかと思われます」

 その子守役は説明してくれる。

 なんでも、この周辺の習慣としては、蒸し風呂に入るときも混浴で当然だそうだ。

 もともと人の出入りがあまり激しくはない土地柄でもあり、村全体が古くからの顔見知りで、家族同然のつきあい方をしていることが多い。

 そういう部分では、かなり鷹揚なのだろう。

「そういったわけで、気にしすぎなければ特に問題はないかと」

「そういう問題なのかよ」

 ハザマは渋面になった。

 そして背後に振り返り、

「ええと、ごいっしょしてもよろしいですか?」

 と、当の本人であるその女性に確認をしてみる。

「ええ、どうぞ」

 その女性は、にこやかに答えた。

「お気遣いは不要です」

「そいつはどうも」

 そういってハザマは、その女性の対面にあるベンチに座る。

 お互い全裸であり、すぐ近くに居座ることがなんとなく気まずく思ったのだった。

「まあ。

 お隣でもよろしかったのに」

 その女性はくすりと笑った。

「いえ。

 すぐに連れが来るはずなので」

 ハザマはその女性にいった。

「それもうるさい盛りのガキが二匹もいるもので、遠くに居た方がいいかなと」

「このような場ですから、遠慮は無用ですよ」

 そういってその女性は、手にしていた葉がついたままの小枝で自分の肌に浮かんでいた汗を払った。

 その直後に双子が室内に走って入ってきて、そして女性の姿に気づいて唐突におとなしくなる。

 そういやこの双子、初対面のときも大人の陰に隠れたりしていたな、とか、ハザマは思い出す。

 これでなかなかな、人見知りをするところがあるのかも知れない。

「お前ら、こっちに座って、おとなしくしていろ」

 ハザマはそういって双子を手招きした。

 双子は、やはりどおどとした態度でハザマの方に近寄ってきて、ベンチをよじ登る。

「そうそこでしばらくじっとしてろ」

 ハザマはそういって双子の体を手で押さえた。

「湯気が少し抜けたので、石を足しておきますね」

 女性が部屋の中央に近づく。

 そこに小さい火鉢と大きな水瓶が置いてあり、火鉢にくべてあった焼け石をトングで取り出し、水瓶の中に放り込んだ。

 もうもうと蒸気があがり、双子が小さな歓声をあげる。

「ハザマ様ですね?」

 女性が、ハザマの身分を確認してきた。

「まあ、そうですが」

 別に隠す必要もないので、ハザマはあっさりと流しておく。

「それで、あなたは?」

「しがない旅の女でございます」

 その女性はいった。

「こんなところで、ですか」

 ハザマは疑問を口にする。

「部族民には見えないのですが」

 人種的な特徴、というほどでもないのだが、その女性はこれまでにハザマがこちらの世界で出会ってきたどんな人物よりも色素が薄くみえた。

 この時点でハザマは、ガンガジル王国のダズモニル王子と直接対面したことがない。

「わたしは、ほかの人たちとは違って見えますか?」

「ええ、まあ」

 女性の言葉に、ハザマは頷く。

 その女性は、ハザマ自身よりも少し年上、だろうか。

 正直にいえば、顔もスタイルも、かなりいい。

 それも、非現実的なほどに。

 もとの世界でも、モニターの中か紙の上でしか目撃できないようなレベルの容姿の持ち主であった。

 場所柄からいって、化粧などもしていないはずなのに、だ。

 しかも、この女性は、普段、なにをしているのか、その外見からはうまく想像できなかった。

 この世界の住人は、ハザマが居た世界と比べると普段の生活がそれなりに厳しいので、普段していることが挙動や雰囲気ににじみ出てしまう傾向がある。

 その傾向は、貴族や王族などの上流階級でさえも例外ではない。

 ハザマは、目の前に居る裸の女性が普通に働いている場面を想像することができなかった。

 まるで、生身の人間ではないようだな、とそんなことを思う。

「失礼ですが、あなたは何者ですか?」

 直接的に、そう訊ねてみる。

「そう、訊きますか?」

 女性が、小さく笑った。

「なにをしているか、ではなく。

 流石ですね」

 なにが流石なのか、ハザマにはわからない。

「このバジル、おれのトカゲがですね。

 先ほどからしきりにあなたを食べたがっているんですよ」

 ハザマはいった。

「鉄蟻の群れにもあまり食指を動かさなかったのにね」

「それは……どういうことを意味するのですか?」

 その女性は、戸惑った表情を浮かべて聞き返してきた。

「意味合いは色々あるのですが、この近辺で一番、いや、これまでにおれが遭遇してきた中でもっとも警戒をようする相手であると、バジルはおれに告げています」

「ということは、つまり、あのルシアナ以上に?」

「あのルシアナ以上に」

 頷いて、ハザマはその女性の言葉を認めた。

 くすりと笑ってから、その女性はハザマに問う。

「それで、どうしてハザマ様はあまり警戒しているように見えないのでしょうか?」

「あなたがおれに敵対するつもりなら、初対面の場所にここを選び、こんな回りくどい出会い方を演出する必要がないと思ったからです」

 ハザマは答えた。

「ヘムレニー猊下と、そう呼んでもよろしいでしょうか?」

「まあ」

 その女性は芝居がかった様子で驚いた表情を見せた。

「どうしてわかりましたか?」

「他に思いつかなかっただけですよ」

 ハザマはいった。

 正直、当てずっぽうもいいところであったが、正解したのでよしとしておこう。

 ふと脇を見ると、双子たちがベンチの上で全身に汗を浮かべてぐったりしていた。

「その前に、ちょいと席を外させてもらっていいでしょうか?

 なに、連れがのぼせているようでして」

「外の雪の中につっこむと、とても気持ちがいいのですよ」

「そうですね。

 雪の中にでも放り込んできます」

 ハザマはそういって双子の体を両脇に抱えて室外へと走った。


「ヘムレニーとは、使者とか仲介者という意味の古語です」

 ハザマが戻ると、その女性はいった。

「わたくしたちは、古来よりそうした役割を担ってきました」

「誰と誰との間を仲介するのですか?」

「亜神と他の知的生物、たいていの場合はヒト族になるのわけですが」

「……亜神、とはなんですか?

 初耳なのですが」

「生物の形態をしてこの世に顕現してきた、神に近い存在とされています。

 たいていは、この世の様相になんらかの干渉を行うことを目的として発生するようです」

「神に近い存在、ねえ」

 ハザマはそっとため息をついた。

「お気に召しませんか?」

「気にいる、気に入らないということではなくて、ですね。

 そういう存在を身近に思えるような育ち方をしてこなかったもので」

「ああ。

 そういえば、ハザマ様は異邦人でいらしたのですね。

 ここではない別の天地とは、いったいどのような場所なのでしょうか」

「魔法もなく、亜神や異族、召喚獣や強獣も存在せず、知的な生命は人間だけ。

 その人間が科学と技術を発達させて周囲の環境を整えて、めっぽう増殖しています」

「ちょっと、想像がつきません」

「想像する必要もありませんよ。

 こことは全然違う場所から来たということさえ理解していただければ、特に問題はないかと」

「そうですね。

 そう思うことにします」

 ヘムレニー猊下は頷いた。

「で、このバジルがその亜神であるというのですか?」

 ハザマは訊き返す。

「そうである証拠は、なにかおありですか?」

「証拠は、ありません」

 ヘムレニー猊下はそういって頷く。

「強いていえば、わたくしがそのように感じる、ということでしょうか。

 ちょうど、そのバジルちゃんがわたくしを食べたがったようなものですね」

「ルシアナも、その亜神とやらだったんですか?」

「ルシアナは、確かに亜神でした。

 それに、ハザマ様にとっては身近な場所に、もう一柱の亜神が存在します」

「もう一柱の亜神?」

「バンガスという名でした」

「バンガス?」

 ハザマは反射的に訊き返していた。

「ヴァンクレスという方の、乗馬です」

 そこまで説明されて、ハザマはようやく納得する。

 ヴァンクレスの馬の名前まで、ハザマは知らなかったのだ。

「バジルとかバンガスが、ルシアナと同じような存在であったと仮定して……」

 ハザマは慎重な口振りでいった。

「……そもそも、亜神とはいったいなんですか?

 このバジルやヴァンクレスの馬が、なんらかの目的を持って行動しているとは思えないのですが」

 ハザマにしてみれば、バジルはトカゲでヴァンクレスの馬は馬。

 多少、奇妙な能力を持ってはいるものの、決してそれ以上の存在ではない。

 ましてや、特定の目的を持ってそれに邁進しているようには見えなかった。

「亜神の目的は外部から設定されているものであり、必ずしも亜神や亜神の協力者がその目的を意識する必要はありません。

 その役割さえまっとうできれば、それでいいのです」

「……むむ」

 ハザマは、渋い顔をして唸る。

「正直にいいまして、にわかには信じられない内容ですね」

「信じる必要もないでしょう」

 ヘムレニー猊下はいった。

「信じる信じないに関わらず、亜神の協力者は亜神の目的に沿った行動をすることになっています。

 そうした人物でなければ、亜神に選ばれるわけがありません」

 こういうところは、やはり宗教家だな。

 と、ハザマは思った。

「では、その亜神とか協力者という設定については、判断を保留させていただきます」

 ハザマはきっぱりとした口調でいった。

「次に、亜神とやらには目的があるということですが、そいつは、具体的になんなんでしょうか?

 教えていただくことは可能ですか?」

「亜神の目的を、外部の者が明瞭にそうであると理解する方法はありません。

 強いていうのならば、亜神の能力とその影響から想像するしかないわけですが……」

 そう前置きして、ヘムレニー猊下は、

「……そこのバジルちゃんは、おそらくこの世に進歩をもたらすための存在でしょう。

 ヴァンクレスさんのバンガスは、戦乱をもたらしより多くの戦死者を出すための存在なのではないでしょうか?」

「ルシアナは?」

「ルシアナは、秩序ですね。

 彼女は何世紀にも渡って、この山岳地でその役割をまっとうしてきました」

「その結果、進歩の亜神であるバジルに食われたわけか」

 お役ごめんになったわけだ、と、ハザマは心の中で呟く。

 秩序の亜神が進歩の亜神に破れ、その進歩の亜神は戦乱の亜神と組んで周囲をかき回す。

 役どころとしては、それなりに筋が通っている……のか?


 そのとき、一旦外に出ていた双子が震えながら室内に帰ってきた。

 すぐにハザマの両脇に陣取り、ベンチの上に座り込む。

 おそらく理解してはいないと思うのだが、割合、神妙な表情をしてハザマとヘムレニー猊下の会話を聞きはじめた。


「それで、猊下。

 あなたの亜神の役割は?」

「わたくしの亜神は、平穏を司る亜神であると信じています」

「この近くには、居ないんだな?」

「ここから遙か彼方に離れた、大海原の底に鎮座しております。

 わたくしの亜神は非常に年ふりております分、体も大きく、陸地に出てくることはできません」

 巨大な、水棲生物か、と、ハザマは思う。

「イカですか? タコですか?」

 当てずっぽうに、そんなことを訊ねてみる。

「よくわかりましたね」

 はじめて、ヘムレニー猊下は目を剥いて驚愕の表情をみせた。

「そのどちらでもあり、同時にどちらでもない存在です。

 その二種に別れる前の、祖先に近い種類の生物であるかと。

 目撃されることは滅多にないのですが、一般的には、イーサルハルトのクラーケンと呼ばれることが多いようです」

「……ということは、ヘムレニー教徒たちはご神体の正体についてまるで知らないわけですね?」

 心中で呆れつつ、ハザマはそう確認してみる。

「信仰の際に重要となるのは、信仰の対象の正体よりも教えの内容ですから」

 ヘムレニー猊下は澄ました顔でそういい放つ。

「その教義により多くの人々の心に平穏を招いている以上、それで必要にして十分であるかと」

「猊下の主張するところがすべて本当であったと仮定して、猊下はなんでこの時期に、わざわざおれなんかに会いに来たのですか?」


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