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異世界の漂着者

 拾った卵の内容を確認しようと陽にかざしたとき、唐突に卵の外郭が内側から破られて、人差し指に鋭い痛みが走った。

 小さく悲鳴をあげ、大きく手を振るのだが、痛みは去らない。

 それどころか、ズキズキと増していく一方だ。

 なんだこれは……と、腕の先に目線をやると、指先に赤い糸が張りついていた。

 落ち着いてよく見ると、その指先から垂れている赤い糸は、徐々にその太さを増していく。

 最初、か細い糸にしか見えなかったものが、紐になる。その紐がどんどん膨れる。しまいには、ぷっくりと球状になる。

「うわぁ!」

 大声をあげ、おれは腕をむちゃくちゃに振り回した。

 おれの血を吸い続ける水風船はそれでも振り払えず、指先の痛みばかりが強くなる。

「こ、この……」

 残った手でポケットをさぐり、ライターを取り出したそのとき……。

 赤い水風船の、人差し指に張りついている根本あたりに、黒々とした「なにか」がふたつ、浮かび上がった。

 はじめておれとそいつ……バジリスクが、目を合わせた瞬間だった。


「で、以来、つかず離れずで一緒にやって来たわけだけど……いやぁ、テレパシーだかなんだか知らないが、ようやくはなしが通じる人とであえてよかったぁ……」

『心話だ。

 通常は、精霊と交感し、通じ合うための技術などだが……。

 お前様、あれとは随分、奇妙な繋がり方をしておるな』

「心話でもなんでもいいんですがね、なにせこっちに来てから、ええと……四十八日目、だったかな? もうすぐ五十日になるのか。その間中、ずっとあの森の中でサバイバル生活していたもんで、こうしてはなし合いが可能な人と出会えたってだけでも、もう、十分に幸運をかみしめてしまうっていうか、なんていうか……」

『お前様、思っていたよりは饒舌なのだな』

「前にいたところでは、むしろ根暗な方だったんですけどね。ここ最近の反動っていうか、なんていうか……。

 あのー。

 ところで、その……服着なくていいんですか?」

『このような格好で失礼する。

 なにぶん、つい先ほどまで虜として辱めとなっていた身。着替えにも不自由しているありさまだ』

「ああ、なるほど。

 こんなところじゃあ、うん、確かに、ねえ。

 ぱっとどこかで買ってきましょうというわけにもいかないだろうし……。

 それじゃあ、こんな血塗れのものでもよかったら、着てみます?

 おれはロリペド属性はないんで興奮しませんけど、おれの国だと下手すれば発禁になるような格好、いつまでもさせておくわけにはいきませんし……」

 男は、エルフの巫女であるエルシムに、自分が着ていた上着を脱いで渡す。

『……いいのか?』

 反射的に受け取ってから、エルシムは、怪訝な表情になった。

 ついこの前までのエルシムなら、そろそろ乾きはじめているとはいえ、血塗れになった衣服などその身に近づけようとはしなかったものだが……自身が汚物まみれになったような現状では、着るものがあるだけでありがたい。

「ええ、どうぞ。

 おれとまともにはなせる人、今のところエルシムさんしかいないようですし、さっきのビームみたいな魔法で命を救ってもらったお礼もまだですし……」

『……お前様も、わからぬやつよの』

 そういって、エルシムは受け取った上着を羽織った。

『この服もまた、見慣れぬ裁縫であるし……』

「量販店のリクルートスーツですよ」

『りょうはん? り、りくるー……?』

「就活中、いつの間にやらあの森の中にいたんですけどね……。

 トラックにひかれたり、ファンキーな神様にチュートリアルな解説をされたりしたおぼえもないんですけどねー……」

『お前様がいっていることは、所々、意味が理解できぬのだが……』

「わからないところはそういう仕様だと思って無視してください」


「五十日ほど前に、われらがまったく見知らぬ国から、あの森へと送られてきた。

 誰が、どのような方法と意図を持ってそうしたのかは、まるでわからない。

 身ひとつであのような場所に放り出され、飢死しかけたところで得体の知れない卵を拾った。

 その卵から孵ったのが……」

「……あいつ、というわけか……」

 男から事情を聴取したエルシムから、おおよその事情を説明されたガルバスが、猪頭人の死体を貪っているトカゲもどきに視線をやる。頭蓋骨の中身はとっくにたいらげ、今は胴体の肉をもの凄い勢いで咀嚼している。明らかに、自分の体の大きさの何倍、何十倍もの体積を食い散らかしているような気がするのだが、食欲が衰える様子はない。

「それで、巫女殿。

 あれは、なんだと思う?」

「さあな。

 あのようなものは、見たことも聞いたこともないのは確かであるが……」

 自然に生じた生物……ではないような気がする。今の姿はかりそめのもので、その実体は超自然な存在に近い……と、そのように説明された方が、よほど、しっくりとくる。

「エルフの方がいう、精霊とはいうやつとはまた別物ので?」

「精霊は目に見えぬし、決まった形もない」

 精霊であれば、エルシムの呼びかけに答え、直接交信することも可能なはずなのだが……あのトカゲもどきは、エルシムの呼びかけに反応しなかった。

 むしろ、ただのヒトであるはずのこの男……ハザマ・シゲルと名乗った……の方とが、心話を交わしやすかったりする。

「……あれがこの男と深い紐帯で結ばれているのは感知できるのだが……それ以外のことは、なにも……」

「巫女殿にも、判然とはせぬのか。

 で、あれば、これ以上の詮索は無駄というものだな」

 ガルバスは、深いため息をついた。

 引き連れてきた傭兵三十余名のうち、すでに半数以上を失っている。洞窟の入り口に、見張りとして十名ほど傭兵を置いてきたのだが、猪頭人にこれほど奥まで入り込まれているということは、すでに死ぬか逃げるかしているのだろう。

 大損害もいいところだし、ガルバスとしては、帰還してから隊長が納得するに足る「順当な理由」が欲しいところなのだが……。

「あ。いや。

 トカゲもどきの能力については、まず間違いはなかろう」

 エルシムは鼻をひくつかせながら四つん這いの姿勢になり、地面に流出していた猪頭人の血を指先につけて匂いをかぎ、舌先で舐めた。

「やはり。

 微量だが、神経毒が含まれている。位階のあがったトカゲもどきが、こやつの血中に精製したものと思われる」

 そしてその神経毒は、エルシムの見立てによれば、犬頭人の血中には存在しないのであった。犬頭人たちの身を硬直させたのは、その神経毒以外のなにかの作用らしかった。


 猪頭人を倒してから、いくらかの時間が経過している。

 傭兵たち、リンザたち、犬頭人に捕らえられていた女たち、エルフの巫女であるエルシム、それに、謎の多いハザマ・シゲル……らは、車座になって情報を交換し合っていた。

「体が弱っていて、立ち続ける気力もない」

 というエルシムがその場にどっかりと座り込むと、他の者たちもすぐにそれに倣った。

 他のことはともかくとして、ハザマ・シゲルとトカゲもどきに関しては不可解な点が多く、その他の関係者も困惑するばかりであったのだが……。

「あのトカゲもどきについてわかっていることか?

 どうやら、あの男に敵対する意志を持つ者を硬直させ、動きを止める力があるらしいな」

 エルシムは、ハザマ・シゲルにされた説明を要約してみせた。

 それが、ハザマ・シゲルが約五十日にもわったって猛獣がひしめくあの森で、単独で生き延びられた秘密だという。どこまで本当かは判断が難しいところだが、やつが犬頭人たちにしてみせた芸当を考えれば、まったくの嘘だと断言するのも難しい。

「ただし、生物として位階が上の存在には、その能力も効きが悪くなるようだが」

 猪頭人を倒したときは、これにあたるらしかった。それで、猪頭人に対抗するため、あわてて傭兵やエルフの頭部を食べさせたわけだ。

「……あのー、みなさん」

 ハザマ・シゲルが妙に間延びした声を出した。

「これ以上、おはなしが続くようでしたら……一度中断して、この洞窟から出ませんか?

 腹も減ったし、体も洗いたいし……あ。

 誰か、この近くにあるいい水場とか、知りませんかねぇ?」

 エルシムがその言葉を通訳する。ガルバスも、頷かないわけにはいかなかった。確かに、いつまでもこんなに大人数で狭い場所にいなければならない理由はないのである。


 全員でぞろぞろと洞窟を出て行くと、案の定、十名の傭兵の死体が転がっていた。

 血の匂いに引かれてやってきた猪頭人の仕業だろう。不思議なことに、死体には食い荒らされた形跡がない。犬頭人の死体も、そのままだった。

「……洞窟の中に、もっと柔らかくて脂肪の多い女たちがいることを、匂いで察知していたのだろうな」

 と、ファンタルという傭兵のエルフが説明してくれた。

 洞窟の中には数十名の女たちがいた。猪頭人にとってはまたとないご馳走だったのだろう。

「……こっちだ」

 そのファンタルが、先頭に立って案内してくれる。

 この洞窟のすぐ近くに豊富な水量の湧き水があり、エルフにはそうした場所を感知する能力があるという。

 炊事をするにせよ体を清めるにせよ、水場の近くに集合した方が、なにかと都合がよい。


 リンザをはじめとする女たちは、歓声をあげて泉へと飛び込んだ。

 泉というか、短い川のような水場だった。上流から流れ落ちてくる水が地面に大きな窪みをつけて溜まり、最後には森の中に流れ込んで消えていく。

 その森近くの場所を選んで着衣のまま飛び込み、最初のうちは衣服ごと、体を洗う。でもすぐにもどかしくなって、大部分の女が服を脱いで体を洗いはじめた。

「エルシムさんもそうだったけど、こっちの女の子は脱ぎっぷりがいいなあ……」

 ハザマ・シゲルが彼女らの極限状況をまるで理解していない、やけにのんびりとした口調でつぶやく。

「いい目の保養でうれしいといえばうれしいんだけど……羞恥心を感じる基準が違うのかなあ?」

 その発言を聞いたとき、この場でその意味するところを理解できるたった一人の存在であるエルシムは、この男の頭を力一杯はたきたくなった。

 この男、いろいろな意味でズレすぎている気がする。

『洞窟の中には、衣服に不自由する者、自力で立ち上がり、移動できないほど弱っているもの、まだまだ大勢の女たちが残されているのですが……』

 いらだちが声に出ないように気をつけながら、エルシムは心話でハザマ・シゲルに語りかけた。

「あっ。そっか」

 ハザマ・シゲルは、エルシムの指摘に素直にうなずく。

「そうだよね。

 そっちの救護を先にしなければ……」

 ちなみにこの男、猪頭人に襲われて手足を失った傭兵に対しても、真っ先に患部を縛って止血するなどの応急処置を行っている。

「ちょっと、そこの兵隊さんたちに手伝ってくれるよう、いって貰えるかな?

 もちろん、おれもいっしょにいくから……」

 いろいろとズレてはいるが、この男、根っからの悪人というわけでもないようだった。 

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