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トカゲといっしょ  作者: (=`ω´=)


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いくさへの旅立ち

 三人のエルフについては、取りあえずエルシムのところに案内した。

 ハザマ自身ではうまくこの三人を采配できる自信がなかったし、エルシムに任せておくのが、まあ無難であろう。

 三人を引き取ったエルシムは、早速三人にタグ作りとタグの作成法を教える仕事を押しつける。

 タグは、早急に数を揃えなくてはならないし、その他にも使役できる犬頭人の数を増やすための巣を狩ったり、その後の輸送網の整備など……やるべきことはいくらでもあるのだ。

「思ったよりもシンプルな術式だねー」

「だが、こんな使用法は思いつきもしなかった」

「発想の勝利だな」

「通信網という大元のアイデアは、あのハザマから教えられたものだぞ」

 三人はエルシムときゃいきゃいいい合いながら、すぐに周囲にとけ込みはじめる。

 ……コミュ力高いなあ、と、ハザマは思ったが、考えてみれば洞窟衆の女たちは全員あそこに居たわけで、すでに面識があったのかも知れない。


「参加希望者のリストができあがったんだけど」

 昼過ぎに、ハヌンが紙の束を持ってやってきた。

「……これ、全部か?

 随分と大勢になったな……」

 紙を渡されても、ハザマがこちらの文字を読めるわけではない。

 ただ、そこにかかれている文字の量から人数を推察することはできる。

「……もっと少ないかと思ったが……」

「勘違いしないでよね。

 こっちは、あくまで森の中にいる、他の犬頭人の被害者を救う活動に協力してくれる人たちのリスト。

 そのついでに、通信網だか輸送網だかについても手伝ってもいいでしょう。

 直接いくさに関わってもいいって人たちは、こっち」

 ハヌンはもう一枚の紙をハザマの目の前にかざす。

「いいとこ、数十人ってところか。

 まあ、順当な人数だな」

 誰が、好んで死地に赴こうとするものか……という思いが、ハザマにはある。

「ところでこれ、お前らは入ってんの?」

「……来て欲しいの? あんた」

「ああ。

 できれば。強制はしたくないけど……」

「入っているわよ。

 わたしも、トエスも。

 リンザ一人をあんたのそばに置いておけるわけがないじゃない」

「ああ……そいつは、助かるなあ」

 これもハザマの本音であった。

 一番つき合いが長いこれらの娘たちは、なんだかんだいって位階が高い。

 その分、身体能力も高く、利用価値もあるのだ。

「せいぜい酷使させて貰おう」

「だけど!」

 ハヌンは、ハザマの胸ぐらを掴む。

「絶対、危ない真似はさせないでよね!

 みんなまだ、嫁入り前の体なんだからっ!」

「……お、おう」


 タグがある程度完成し、製作法を飲み込んだ者が二十名を超えた時点で、五人のエルフをリーダーとし、洞窟衆の女たちと犬頭人からなる混成部隊は、分散して森の中に旅立った。

 そして、森の中にタグを設置しながらその日のうちに十二の犬頭人の巣を急襲、陥落させ、新たに犬頭人三百余匹を配下に加えることに成功した。

 そして、犬頭人の巣を陥落させる方法を学んだ女たちは、エルフが率いる部隊から分裂してさらに周囲の犬頭人の巣へと向かった。

 新しく製作されたタグや食料や水、医療品などの物資は、リレー式で速やかに森の中を移送されていく。

 また、新たに発見された女たちは、体の衰弱状態によって区分され、身動きができるものから順番にこの村か洞窟へと移送されてることになっていた。

 介護や養生をするのにも、一カ所にまとまっていた方が効率がよいからだ。


 それら、急速に、森の中に通信網と輸送網が構築されていく様子を、ハザマは心話の中継によりリアルタイムで把握していく。


「……ここまでは、順調すぎるくらいに順調……だなあ」

 ハザマは、呟く。

「それでは、おれたちも先を急ごうかぁ!」

 すでにハザマたちは、バザル村を後にしていた。

 ハザマたちは、二頭だての箱馬車と平馬車が一台づつの編成となった。

 このうち平馬車には、飼料や水、食料などを満載している。

 箱馬車にはハザマ、リンザ、ハヌン、トエス、ゴグス、それに、カレニライナとクリフの姉弟が乗り、外には、完全武装姿のヴァンクレスをはじめとして、馬の扱いに長けた元盗賊たちが十頭を超える馬を引いて同行していた。箱馬車の御者席に座っているのも、元盗賊の一人だ。

 この、一見して余分に見える馬は、すべて替えの馬だった。

 交替で馬車を曳かせて馬の疲弊を軽減させ、その分、距離と速度を稼ぐ。

 こうすれば半減、とまではいかないが、通常よりも三割から四割程度は時間を短縮できるのだという。

 どこまで本当なのかはハザマには判断できないが、二十日前後はかかるというドン・デラへの道中が数日間短縮できるのなら、それに越したことはなかった。


 道中は、比較的平穏だった。

 時折、荷を満載した馬車とすれ違う。宿場町であるドン・デラで積んだ荷をは運んでいるのだろう。

 こちらの平馬車のように、飼料を満載している馬車も多かった。

「そういや、こっちには幌馬車ってないんだな」

「なんですか?

 その、幌馬車というのは?」

 ハザマのひとりごとを、耳聡くゴグスが捕らえる。

「幌馬車、っていうのは、荷車にこう、幌をかけた馬車で……ああ。口では説明しにくいな」

 すぐに、リンザが紙とペンを用意する。

「……こーんな形で、だな。

 雨とかが荷に降りかかるのを、防ぐんだ」

「これは……布張りなのですか?」

「ああ、そう。

 木の枠に、おそらくは防水加工をした布を張っている。

 おれも、直に見たことはないんだが……」

 幌馬車に関するハザマの知識は、西部劇かなにかで見かけたあやふやな知識に拠っている。

「いや、ですが……。

 これは、作ればそれなりに売れると思います。

 ドン・デラに着いたら、早速作らせましょう」

 ゴグスが、目を輝かせる。

「聞けば、ハザマさんは、着火器の発案者でもあるとか」

「別におれが考えついたわけでもないけどな。

 おれの国には当たり前にあったものについて、はなしているだけだし……。

 それと、金は?

 馬車を作るにしても、それなりにかかるって聞いているけど……」

「支度金としてお預かりしたものでなんとかします。

 それに、これならば投資した分はすぐに回収できますよ。

 いえ、すぐに真似をされるでしょうから、最初の短期間しかうまみがないといいましょうか……」

 ここは、特許という概念がない世界なのだった。

「この幌馬車に関しては、動かせる資金で作れるだけ作って売り逃げるのが得策でしょう」


「おい、大将」

 ある時、馬に乗って併走しているヴァンクレスが声を掛けてきた。

「同業者がいるぜ。いや、元、同業者か。

 どうする?

 おれたちが揃っていれば、一網打尽にもできるだろうが……」

 近くに盗賊がいる……ということだろうか?

「……わかるのか?」

「蛇の道は蛇、ってな」

「今は急いでいるから、放っておけ。

 ……いや。

 そいつらの近くに、このタグを置いておけ」

 ハザマは馬車の窓から手を伸ばして、通信網の部品となるタグをヴァンクレスに手渡し、心話でエルフたちに「この付近に盗賊がいる」という情報を伝えた。

 今すぐに手を出す余裕はないだろうが、時期が来たら襲って併呑し、王国軍の物資を襲わせればよい。

 完全武装のヴァンクレスが騎乗で併走しているせいか、ハザマたちが直接襲われることはなかったが、そうした盗賊たちの気配は何度か見かけることになる。


 その他に、ハザマは移動時間を利用して、様々なことを学ぼうと努めた。

「あんた、本当におぼえが悪いわね!」

 ハヌンの怒声が飛ぶ。

「……うるせーな。

 おれの母国語とこっちの言葉では、文法からして違うんだ。

 すぐに使いこなせるようになるわけがないだろうがっ!」

「だってあんた、前から普通にしゃべっているじゃない」

「だからこれは、エルシムがエンチャントしてくれた魔法のおかげなの!」

 いくら会話に不自由はしなくても、そろそろ基本的な読み書きくらいはできないとな……と思いたち、早速手をつけてみたのだが……。

「会話がこなせるのなら、おぼえるのも楽だろう」

 というハザマの目論見は、見事に外れた。

 紙の上に綴られた単語を教えられても、文章がどういう順番で組み立てられているのかよく理解できなかったのだ。

 魔法による通訳機能は、便利すぎるくらいに融通が利くものであるらしい。

「今までのように、必要があればわたしが読みますから、別に無理しておぼえなくても」

 リンザなどは、そんな風にいうのだが……。

「いや、おぼえる。

 おぼえてみせる。

 ええっと……英語や中国と一緒で、SVO形……だと思うんだがな。語順からいって……」

 結局ハザマは、簡単な単語の綴りや発音、動詞の活用形から順番にこちらの言葉をおぼえていくことになった。

 地道な作業で、学習速度としてはかなり遅々としたものとなったが、意外なことにズレベスラ家のクリフが辛抱強くつきあってくれた。

 そのかわりにクリフは、ハザマに対してこれまでの体験談やハザマが居た国のはなしを所望した。

 そうした際にハザマがはなす内容は随分と浮き世離れした内容となったが、クリフは目を輝かせて聞き入るのが常だった。


 何日も馬車に揺られていると飽きも来るもので、ハザマは気まぐれに馬車から降りて乗馬に挑戦してみたこともある。

 元盗賊の馬丁たちが周囲を固めているため、振り落とされこそしなかったが、ハザマが乗った馬はお世辞にも従順とはいいがたかった。

 単独でハザマが馬に跨がったとしても、到底乗りこなせなかっただろう。

「最初はそんなもんでさぁ」

 馬丁の一人がそういう。

「馬なんてもんは、これでなかなか敏感なものですから、自分に乗っかったやつがどれくらい馬に馴れているのか、すぐに気取ってくる。

 そんで、馴れていないやつが乗った場合は、こちらを舐めてくるもんで……」

「それはつまり、おれも馴れればうまく乗れるようになるっていうことか?」

「はは。

 旦那の場合は、その前にまず、馬を怖がらないようになるこってすな。

 そんなへっぴり腰じゃあ、すぐに足腰がガタガタになっちまう。

 もっとこう、膝で鞍を挟むところに力を込めて……」

 ほんの小一時間も馬に揺られただけで、ハザマの膝はガクガクするようになった。

 振り落とされないようにするには、意外と内股の力が必要となるらしい。

 せいぜい早足程度の速度でこれだから、全力疾走をさせたり、荒い乗り方を要求させる戦場で乗りこなせるまでには、まだまだ時間と経験が必要になりそうだった。

 乗馬に関してはむしろ、遊び半分で参加したクリフの方が上達が早いような気がした。


 十日も街道に沿って進んでいくと、街道は森の中を抜け、不意に見晴らしがよくなった。

 そこにあったのは、地平線まで続く平原。

 見渡すばかりの、麦畑だった。

 よく見ると所々に建物も点在しているのだが、麦畑の広さと比較するとあまりにも印象が薄い。

「ここが、王国の穀倉地帯ということになりますな」

 ゴグスが、説明をしてくれる。

「山岳民たちは、これを欲しがっているわけです。

 ここまで来れば……ドン・デラはもう、目と鼻の先になります」


 緑の街道から間道に折れ、二日ほどいった先に、宿場町ドン・デラはあった。

「このあたりの畑は、すべてドン・トロの物です。それと、この間道も。

 宿場町ドン・デラも、半ばドン・トロの私有物であるといっても過言ではありません」

 一代で財を成したドン某とかいう人物が、周辺の土地ごと宿場町のデラ市を囲い込みつつあるそうだ。

 今では、半端な貴族よりも勢いがよいらしい。少なくとも、この地元では。

「大地主さん、ってわけか。

 ま……一代でそこまで大きくなったんなら、悪どいことも相当やっているんだろうな」

「否定はしませんが……」

 ハザマの独白に、ゴグスは苦笑いで答えた。

「……少なくともこの周辺では、そういうことはいわない方がいい。

 どこに耳があるのかわかりませんからな」

 ま、そのドンさんとは、深くかかわり合いになることはないだろうな……と、ハザマは思った。

 ハザマにとってこの宿場町は、単なる通過点でしかない。

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