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トカゲといっしょ  作者: (=`ω´=)


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ヘグレモリン王子の退場

 やはりハザマに発言させてよかったな、とハデントン王子は思う。

 ハザマは一応、メレディラス王国から男爵号も下賜されてはいるのだが、このガダナクル連邦においてはそちらの地位よりも「洞窟衆の頭領」という肩書きの印象の方が強い。

 そしてハデントン王子にしてみれば、ガダナクル連邦から見て完全に余所者であるハザマが比較的客観的な意見を述べてくれたことが、今回の場合は有り難かった。


 なんといっても、ガダナクル連邦内におけるガルメラ王国の地位は、ガルメラ王国内におけるハデントン王子の地位を同じくらい、微妙な位置にあるのだ。

 ガダナクル連邦におけるガルメラ王国がはこうして議長役を振られているのは、決して、連邦に所属している各勢力に推されたためではない。

 たとえかりそめの議長役といっても、三ヶ国に侵略した経緯がある部族連合ならびに旧ガンガジル王国北部領主側から出るのは好ましくないし、侵略された側である三ヶ国の中では比較的しっかりとした政治的な手腕を持った人材がそろっているから、という消去法で据えられた人事であった。

 そのガルメラ王国の中でも、ハデントン王子は完全に非主流派に属していた。

 一応、王族ではあるものの王位継承権的にみれば自身が王位につく可能性はほとんどなく、世に出るためには自分の力量だけで道を切り開かねばならない立場である。

 ガルメラ王国の主流派に属する人々は、現在、侵略者たちに荒らされた王国内の秩序を回復することに忙しく、国外の用事はすべてハデントン王子のような非主流派に押しつけられていた。

 国外での交渉事よりも国内での立ち振る舞いの方がどうしたって自国民たちの目につきやすく、従って将来的な評価にも反映しやすいからだ。

 王族や貴族の中にもそれなりに競争原理というのは働いており、ハデントン王子のような非主流派はどうしたってより目立たない部署に追いやられることが多い。

 外交関係といえばもっと開けた他の国々でならば花形部署かも知れないが、ガルメラ王国のような歴史だけは古くても貧しく、これまで他国のとの交流を活発にしてこなかった国の中ではあまり注目されないのである。

 そこでハデントン王子は、今回、この議長役を務めるにあたって、自身が目立つことなく、同時に大過なく役割をまっとうすることを、大きな目標として設定していた。

 あんまり成功しすぎても、同じガルメラ王族の妬みを買い、あとで足を引っ張られかねないからだ。

 また、ガルメラ王国以外の勢力に目立った功績をあげられるのも、それはそれで困る。

 今後、ガダナクル連邦内でガルメラ王国の存在感がなくなるのも、少なくともハデントン王子が議長役を務めている期間内にそうなるのも、大変に困る。

 自身はあまり表に出ず、同時に連邦内の他の勢力もあまり前に出さず、つつがなく今回の難局を乗り越える、というのが、ハデントン王子が今回自身に課した役割なのである。

 そうした課題をまっとうするために、完全な余所者でありなおかつ客観的に物事を見ることができるハザマのような人材の存在は、ハデントン王子にはとても有り難かった。


「ガンガジル王国が連邦への加入を希望しているという件については、一応理解いたしました」

 ハデントン王子は説明を続ける。

「しかし、その審議をする前に、ガンガジル王国はわれら三ヶ国に対して軍事的な侵略行為を行った件について、こちらが納得できるだけの補償を行うべきなのではないでしょうか?」

 ハデントン王子がいい終わるのと同時に、賛同の声が多く起こった。

 アジエス、ガルメラ王国、ブニュエルの三ヶ国の人々にとっては、ガンガジル王国の侵略行為によって実際に生じた損害を補償して貰うことの方が、ずっと重要な問題なのだ。

 戦禍の痕はいまだに生々しく、それらを復旧するための財源にも事欠いている。

 連邦への加入を審議するよりも、まともな国交関係を改めて結ぶのであれば、そうした補償問題に決着をつけることなしにはあり得ない。

「ガンガジル王国の代表にお訊ねいたします。

 今回の侵略行為に関して、貴国はどのような見解をお持ちなのか。

 また、その結果もたらされた災禍に関して、どのような補償をお考えなのか。

 それらが詳らかにならない限り、そしてその内容に三ヶ国の人民が納得しない限り、ガダナクル連邦においても貴国との関係を改善することをよしといたしません」

 ハデントン王子がそういいきると、会議の参加者と見物人たちの間から割れんばかりの拍手が起こった。

 具体的な停戦交渉を経ていないとはいっても、ガンガジル王国軍が敗北したことはこの会場に居た人々にとっては改めて確認するまでもない事実として認識されていたし、戦勝国側が敗戦国側に賠償金を求めることも慣例として自然なことであると認識されている。

 これまで、ガダナクル連邦は連邦の設立と基盤の整備を優先して来たわけだが、こうしてガンガジル王国が正式な使節を送り込んで来た以上、これまで後回しにしてきた戦後処理の問題を取りあげるのも自然な流れであった。

 ガンガジル王国が素直に補償金なり賠償金なりを支払うつもりなら、なにかと物入りな昨今、有望な財源となり得る。


 ガンガジル王国から来たヘグレモリン王子は、ハザマとハデントン王子とのやり取りを最初のうち、恥辱と興奮により、顔を朱に染めて聞いていた。

 しかし、改めてハデントン王子がむき直り、こうしてガンガジル王国の方針を確認されると、慌てたように左右を見渡してすぐに顔から血の気が引く。

「……ええと、ですね」

 しばしの沈黙のあと、ヘグレモリン王子は脂汗を流しながら、ようやく口を開いた。

「三ヶ国への補償について、ですね。

 その……」

 言葉少なになんとか答えたものの、ほんの数語を口にしただけで言葉に詰まってしまう。

「補償は必要ないとお考えなのでしょうか?」

 ハデントン王子は、ヘグレモリン王子に追い打ちをかける。

「ガンガジル王国は、一連の動乱において責任を負う必要はなし。

 それが、ガンガジル王国の公式見解であるというわけですか?」

「わかりません!」

 ヘグレモリン王子は、唐突に大声をあげた。

「一度王宮に帰って、確認して参ります!」

 この発言により、この王子は公式の使節というよりは単なる使い走りであると、衆目の意見が一致してしまった。

 ガダナクル連邦内での、ヘグレモリン王子の評価が定まってしまった瞬間である。

「そうですか」

 ハデントン王子は穏やかな口調で返答する。

「それでは、早急にそうなさることをお勧めいたします。

 その際、お国の方々には、われわれガダナクル連邦は戦後補償の問題が解決しない限り、ガンガジル王国といかなる交渉にも応じるつもりがないと、そのようにお伝えください」

 再度、会場が万雷の拍手に包まれた。

 ヘグレモリン王子はその場で深々と頭をさげ、その場で踵を返す。

 その際、ヘグレモリン王子はさり気なくニライア姫の手首を握ったままだった。

「ちょっと待ってください!」

 そのことに気づいたハザマは、すかさず声をかけた。

「ニライア姫の身代金は、再三の要求にも関わらずまだこちらに届いておりません。

 どさぐさに紛れて身代金を踏み倒そうなんて、セコい真似はしないで欲しいなあ」

 正直、ハザマとしてはニライア姫の身柄などに関心を持っていなかったが、ニライア姫は仮にも王族である。

 世間一般的にいって、その身代金も、相場としてはかなり高額なものに設定されていた。

 ここで身代金を取りはぐれてしまったら、かなりの損失になる。

 あとでタマルからもどやされる。

 ハザマのその声は、意外と響いた。

 その声を聞いた人々が、失笑を漏らす。

 明らかに侮蔑の感情を含んだ笑い声に包まれて、ヘグレモリン王子は再び顔を朱色に染めて乱暴な動作で握っていたニライア姫の手首を放した。

 そして、大股で会議の場から去っていく。


「もう少し、頭の切れるやつはいなかったのかね」

 というのが、この騒ぎに対するハザマの感想だった。

 だとすれば、ガンガジル王国の人材はかなり払拭していることになる。

 いや、あのヘグレモリン王子個人がどうこう以前に、スデスラス王国のいいなりになったそのすぐあとにガダナクル連邦に加入を希望してくるなど、もっと根本的な部分で国政に定見がないのが露呈してしまっているわけだが。

 ハザマ自身だって別に政治の専門家ではないのだが、その素人の目から見てもガンガジル王国の動きがいかにも場当たり的であることはすぐに理解できた。

 単純に国政を預かるやつらが無能なのだろうが、その庇護のもとで生活をしなければならないガンガジル王国の人々がいっそ哀れに思えて来る。


 その後、ガンガジル王国の使節によって取られた分、時間が押していたものの、

 日が沈む頃にはその日の会議も終わる。

 会議が終わるのと同時に、タマルは小走りにどこかに去っていった。

 至急まとめる必要がある商談が、溜まっているらしい。

 ハザマの方はそんなに多忙ではなかったので、その足で洞窟衆の天幕に戻った。

 洞窟衆におけるハザマの役割とは、実務というよりは責任者として外部の要人たちと顔を合わせたりすることの方に比重が置かれている。

 普段から他の者でも代行ができる仕事はできるだけ丸投げにしていることも手伝って、定形外の、微妙な判断が要求される事態でも起こらなければハザマの仕事もほとんどないのであった。

 そして天幕に帰ると、なぜかニライア姫とテンロ教徒のメイムがハザマを待ちかまえていた。


「ハザマさん!」

 ハザマの顔を見ると、ニライア姫は身を乗り出して力説しだした。

「政治って案外、面白いものだったんですね!」

「……今日の茶番を見てそう思ったのか?」

 ハザマは、軽く顔をしかめた。

「あんたの弟みたいに面白いやつが出張ってくることは、滅多にないんだぞ」

「あの子が少しアレなのは元々だからどうでもいいんですが!」

 ニライア姫は実の弟に関してそう断言する。

「そうではなくてですね!

 こうして少し距離を置いて見ると、意外にドラマチックだなあとそう実感したんです!」

 いちいち力を込めていい切る態度が、どうにも鬱陶しいな。

 と、ハザマはそんなことを思う。

「で、それがどうしたんだ?」

 ハザマは聞き返した。

「わざわざそんなことを主張するために待ちかまえていたわけでもないだろう?」

「新聞!

 新聞やらせてください!」

「もうやっているじゃないか、戦時時報」

 ハザマは憮然とした表情でいった。

「もうすぐ廃刊になる予定だけどな」

 戦時時報は、一連の動乱の実態を外部に広めるための手段として採用された新聞である。

 発行者はガダナクル連邦であり、発行や配布に必要となる資金もやはり連邦が負担していた。

 今の時点では紙自体の単価が高い上、かなり広い範囲に配布する都合上、転移魔法の使い手も多数動員している。

 一応、かなり高額な価格で売りに出し、新鮮な情報を欲している各国の首脳部や商人などの間で飛ぶように売れているものの、収支的に見ればまるで割に合わない代物なのである。

 ガンガジル動乱が落ち着いてきた最近では、廃刊も秒読みに入っている。

 財政的に余裕がないガダナクル連邦にしてみれば、いつまでも赤字の官報を発行し続ける理由もないのだった。

「それです!」

 ニライア姫が身を乗り出した。

「わたしたちも作りましょうよ、新聞!

 今度はどこかの紐つきのではなく、どこからも干渉されないような……」

「潜在的な需要はあるんだろうけどな」

 ハザマは、詰まらそうな顔をしていった。

「現状では手間や費用がかかる割には旨みが少ないから、やらない」

 まだまだ紙の単価がこなれていない上、この世界の識字率なども考慮してみたら、どうしたって儲かる商売にはならない。

 いや、商売として成立するのかどうかさえ、かなり怪しい。

「お前も同じ意見なのか?」

 ハザマはメイムにも確認してみた。

 メイムは、深く頷く。

「各地で起こったことを広く知らしめることは、民衆の自衛にも役立つはずです」

「……まあ、間違いではないんだが」

 ハザマは、さてどう説明したものかと考える。

「今の段階では、そいつは時期尚早ってやつだな」


 基本的に、この世界の人々は、遠い場所で起こった出来事を知る術をほとんど持っていない。

 この世界では、自前の伝令を持っている一部の上流階級を除けば、情報の伝播はだいたい口コミに限られている。

 そこに通信だの新聞だのがいきなり出現してきて部分的に採用され、その利便性が徐々に認識されつつあるのが、今の段階なのであった。

 通信網は、ハザマ領を中心とした地域と、それにこのガダナクル連邦とハザマ領を繋ぐ、途中にある地域、それに、いち早く通信術式を採用したメレディラス王国の一部地域にしか敷設されていない。

 新聞に至っては、洞窟衆が関係しているところから、ようやく数百部発行のものが何種類か発行されているだけである。

 それも、日刊ではなく不定期刊行であった。

 そうした変化の重要性を強く認識できている者は、この世界全体を見渡しても果たして何人、居ることか。

 と、ハザマは思う。



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