三人のエルフ
「おれたちみたいに、上から参戦を求められたわけではないんだろ?」
酔狂なことだ、と、ハザマは思った。
「なんだって、自分から死地に赴こうとするのかね」
「村の存在を喧伝するため……では、いけませんか?」
「開拓村の知名度あげて、なんのメリットがありますかね。
観光客でも呼ぶつもりですか?」
この時のハザマは口ではそういったのだが、内心では「止めとけ止めとけ」と叫びたがっている。
「か、観光客……ですか?
い、いや、そういうわけではないのですが……」
「呼ばれてもないのに戦場に行って犬死にしても、誰も喜んでくれませんぜ。
それに、この国の軍隊が総勢でどれくらいの規模になるのかは知りませんが、とにかくその全軍と比較すれば、村人たちを数十人引き連れていったところで、ごくごくちっぽけな団体さんだ。
無理に参加したところで到底目立つことなんかできやしないし、運がなければ全滅だ。
悪いことはいなわない。
考え直した方が身のためってもんです」
「……ですが!」
ナネルは、叫ぶ。
「ハザマさんには、できているではないですか!
村を埋め尽くしたワニからこの村を救い、赤鬼ヴァンクレスを生け捕りにした!」
「そりゃあ……」
ハザマの頬が、痙攣する。
「……おれの運が悪いからだ。あるいは、良いからだ。
いずれにせよ……おれの星回りは、どうやら他の人たちは別な法則で動いているらしい。
そのおかげで余計な苦労も背負い込んじまっているわけだが……」
「あなたは……特別な存在だというのですね?」
……バジルのやつに、憑りつかれちまったからなあ……。
「……認めたくはないけどな」
「わかりました!
もう頼みません!」
ハザマの返答と態度をどのように解釈したのか、ナネルは語気を荒くして去っていった。
宿場町ドン・デラまで馬で二十日前後。戦場は、さらにその先にあるという。
ナネルたち村人がこれから出発したとしても、戦場に着く頃には決着がついている可能性が高い。
普通の村人は、馬も馬車も持っていないのだ。
「……ちょっとあんた!」
「ん?
なんだ、カレンか。
そういや、今朝から姿を見なかったな。道理で静かだと思った」
「そんなことより!」
カレニライナはハザマの手首を掴んで強引に引っ張っていった。
「うちのお爺様があんたのことを呼んでるの。
そんなに時間は取らせないから、少しつき合いなさい!」
「……ご覧の通りの有り様でしてな」
ズレベスラ家のご隠居は寝台に臥せていた。えらく顔色が悪い。
「盗賊に捕まってからこっち、体調を崩してはいたのですが……。
この村に着いてからもお体の具合が復調することはなく、それどころか今朝、お腰を痛めて立ちあがれなくなりました」
そう説明するのは、ズレベスラ家の長男にしてカレニライナの弟、クリフであった。
「……はぁ。
お腰を、ね」
ぎっくり腰だろうか? と、ハザマは思った。
「とにかく、無理をせずに養生した方がいい。
なんなら、エルシムさんに頼んで往診に来て貰いましょう」
「是非、お願いします。
ですが、それとは別に……お爺様からハザマさんへ、重要なお話があるようです」
クリフはあくまで丁重な態度でハザマに接している。
「盗賊からわれらを解放してくれたことに関しては、改めて礼をいわせて貰おう」
「いえいえ。
こういってはなんですが……こちらの都合で動いていたところに、たまたま皆様が居合わせていただけですので」
ふふ、と、老人は、低い笑い声をたてた。
「言葉を飾らない男だな、貴君は。
それで……話というのは他でもない。
この孫たちを、ドン・デラまで送り届けて貰いたいのだ。ドン・デラには、ズレベスラ家の遠い縁戚が居る。
そこまで送り届けて貰えれば、後はこの二人が自身の力で未来を切り拓いていくことだろう。
本来ならばこのわしの仕事なのであろうが……生憎と、ご覧の通りの有様でな。
しばらくは、立ち上がることもままならんていたらくだ」
……そう来るよなあ……と、ハザマは思う。
ズレベスラ家の老人の頼みは、前後の流れから十分に推測ができた内容だった。
「……ドン・デラへは、どうせおれたちもこれから向かうところでした。
だから、そこに二人を便乗せていくことは、別に構いません。
ですが……その、遠い縁戚というのは、本当にあてになるのですか?」
「遠いとはいっても、卑しくもズレベスラ家の血を引く者だ。約定が反故にされることはあるまい」
老人は、憮然とした表情で答えた。
「それに、書簡で言質も取ってある。
家の仕事を少々手伝って貰うだろうが、子ども二人の身元を引き受けるのを躊躇うほど落ちぶれてはいないそうだ」
「……はぁ、なるほど」
この世界の下級貴族の生態についてまるで詳しくはないハザマにしてみれば、曖昧にうなずくより他ない。
「それでは……そのように、手配をさせていただきます。
二人も、いつでも旅立てるように準備しておいてくれ」
「あまり荷は持っていけませんか?」
珍しく、ゴグスは落胆した様子を見せた。
「ええ。
初回は速度優先で、最低限の人員と荷物で行こうかと思います。
ですが、犬頭人たちを森の中に併走させる予定なので、荷物ならそちらにいくらか持たせることも可能です。
それに、ドン・デラに店舗を構えた後は、なんらかの方法でこの村との定期便を往復させる予定なので……」
「そうですな。
何事も、性急さに捕らわれてすぎてはいけません。
犬頭人に持たせる荷物、とは……」
「水や食料など、普段の生活に必要な物は馬車で。それ以外は犬頭人に……という区分になりますか。
具体的にいうと、紙に薬品類、毛皮に皮革、それに着火器など、現在洞窟衆が用意できる商品の見本になります」
「結構です、結構です。
最初は見本でも、定期便で補充されるあてがあるのでしたら、どうとでも商いができましょう」
「それから……」
タマルが、口を挟む。
「……当座の準備金として、盗賊から奪取した宝物類を持たせようと思うのですが。
この近辺では換金できる場所がありませんし」
「それがいいでしょう。
なまじ現金を持ち運ぶよりは、重量的にもそちらの方が取り回しがしやすい」
「それで、ゴグスさんの待遇なのですが……」
「前にお話ししたとおり、三年間の年季奉公契約の魔法をかけていただきたい。
それくらいの期間があれば、ドン・デラの店舗を開けて販路を開拓できるでしょう」
「ゴグスさんの報酬は、その店舗があげた純利益の十分の一、ということでいいですね?」
「それで、結構です。
もしも赤字が長く続くようでしたら、年季奉公の期間を延長していただいても結構。
なに、最初のうちこそなにかと物入りになるでしょうけれど、すぐに黒字にしてみせますよ。
それに……ハザマさんが昨日提示した、あの構想。
あれがうまくハマれば、穀物相場で膨大な利益を出すことができます」
そういってゴグスは、「んふふふふふふ」と、実に楽しそうに笑った。
「むろん、成功させるために、このわたしも微力を尽くさせていただきます」
「よう! 大将!」
また、ヴァンクレスにいやというほど背中を叩かれた。
「……痛てて……」
「あ。
皹が入ったの、こっち肩だったけか? 悪い悪い。
それよりも、なあ、大将。
ドン・デラへは、おれたちも連れて行ってくれるんだよな」
「生憎と、馬を扱える人材がお前たち以外にいないからな。
ヴァンクレス、お前とその他に数名、元盗賊の中から選んでくれ。
使える馬は全部動員する」
「そう来なくっちゃ!」
「あ。
あと、お前はドン・デラの役所にそのまま突き出すからな」
「なにいぃ?
そりゃないぜ、大将!」
「お前の首にかかった賞金はもう受け取っているし、元々、巡視官のところではお前の身柄を押さえておく余裕がないっていうからこっちで預かっているだけだ。
ちゃんとした役所に着いたら引き渡すのが筋ってもんだろ。賞金はもう、受け取ってるんだからな。
ま、あの馬は元部下たちに預からせておいて、大人しく過去のツケを払ってくるんだな」
「……おいおい。
そんな……。
せっかくこれから面白くなってきそうなところなのに……」
「くどいぞ、ヴァンクレス。
お前はもう捕まったんだ。
名が通った盗賊の端くれなら、腹を括って処罰を受けてこい」
「……おお、やってるやってる」
「なんだ、お前様か」
ハザマが顔を出すと、詰まらなそうな顔をしてエルシムが応じてくれた。
「これが、例のあれ?」
「ああ。
革製の、タグだな。
これに心話の中継や増幅をする術式をエンチャントして、森中にバラマく。
使い魔につけるのが一番確実だが、そこいらの樹にくくりつけてもいい」
「電力……じゃなかった、魔力とかを供給しなくても機能するもんなのか?」
「お前様に渡した宝石と同じだ。
常時、周囲にある魔力を吸い取って溜め込み、活性時にはそれを活用する。
機能が単純で使用する魔力量もたかが知れているから、それで十分に間に合うはずだ」
「……ふーん。
魔力ってのは、そこいらに偏在しているもんなのか」
「自然な状態で分布しているのは、ごくごく微量であるがの。
この程度の単純な術式を駆動するだけなら、それでも充分に間に合う」
「で……間に合いそう? 時間的に」
「今、ファンタルが素養がありそうな娘たちを集めて術式のエンチャントを教えながら作っている最中だ。
ごく単純な術式だから、これだけならばコツを飲み込みさえすればすぐにできるようになる。
今はまだ五千程度しか仕上がっていないが、明日あたりにはその十倍以上には製作できるようになろう」
「……そんなにか!」
「こんなにちっぽけなタグだぞ。
それに、森中にバラ撒くのだ。それくらいのペースで作らなければ到底間に合わぬ」
「それで、作ったはしから、森のそこここに取りつけていく、と……」
「それももう、先行させた犬頭人たちにやらせている。
ついでに、他の犬頭人の巣を見つけたら報せるように、とも命じている。
小さな規模のものならば意外に見つけられるものだな。
今の時点で、五つ……あ。
たった今、六つ目を見つけたか。
とにかく、こちらの準備が整い次第、そいつらも併合していく」
「犬頭人の巣……か。
するとまた、そこに捕らわれた女たちも……」
「規模から考えて、あの洞窟ほどは多くはないだろうが……当然、居るのであろうな」
「わかっていると思うが、その女たちを保護する手配もしておいてくれ」
「ふふん。
そんなもの、すでに洞窟衆の女たちが張り切って準備しておる」
「ああ……はいはい。
あの人たちねー」
そうこうするうちに、洞窟を発っていたエルフ三名が到着し、ハザマに挨拶に来た。
「やっはー。
君がハザマくんかぁー……」
「ごっ」
目が細い長身のエルフにいきなり抱きすくめられ、ハザマは呼吸困難になる。
頭に腕を回してグリグリと押しつけられたのだ。
ファンタルほど大きくはないが、なかなかの感触だ。
バジルが反応していないから、敵意もないのだろう。
「ゼジル、ちょっと、離しなさい!」
「そんなに抱きしめたら、ハザマくん、息できないじゃない!」
他の二人が、長身のエルフを窘めた。
「ええ? そう?」
ジゼルと呼ばれた長身のエルフは、怪訝な顔をしながらもハザマから体を離した。
そしてようやく、ハザマは新鮮な空気を肺の中に送り込むことが可能になる。
「それで、あなた方が……」
「洞窟から来ましたぁ」
「なんだか、面白そうなことになっているそうじゃありませんか」
「ボクたちも、混ぜてくださいね」
長身細目のエルフが、ジゼル。
ハザマと同じような背丈で笑ったような丸顔が、ムムリム。
目が大きくて小柄なボクっ子が、トスラタトテ。
……心話でこちらの言葉を翻訳しているはずなのに、ボクっ子ってどうよ? と、ハザマは思った。




