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トカゲといっしょ  作者: (=`ω´=)


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スデスラス王城の邂逅

 ワデルスラス公爵の軍勢に進入されたスデスラスの王城では、依然として混乱が続いていた。

 次から次へと押し寄せてくる兵士がすべて王城の内部に入っていくおかげで、市街地の方に略奪や暴行などの被害がほとんど起こっていないのが幸いだった。

 先に借金取りたちがめぼしい財貨を根こそぎ持ち去っていたあとであったので略奪をしようにも城内には価値がある物がほとんど残されておらず、その事実がなおさら兵士たちをいらだたせた。

 その鬱憤の行き先は、つまるところ城内に残っていた王族へとむけられることになる。

 いつからか「国王が逃亡した」という噂が広まりはじめたこともあり、それまでスデスラス王国に仕えていた兵士や使用人たちの中にも、侵略者たちに本気で反抗しようとする者はほとんど現れなかった。

 その結果、広い城内のそこここから悲鳴が聞こえてくるようになる。

 王族貴族を問わず、城内で身なりのよい人間が見つかればワデルスラス公爵軍の兵士たちがあっという間に集まって激しい暴行を加えた。

 とのあと、高価な装飾品などを身につけていれば当然のように没収され、若い女性の場合は性的な暴行も受けることになる。

 これはワデルスラス公爵軍が群を抜いて粗暴であったというわけではなく、この時代の軍隊が侵略した先で行う行動としては平均的な態度であった。

 とにかく、身分の高そうな者は見つかり次第そうして待遇を受け、さんざんなぶり者になったあとにようやくワデルスラス公爵の前へと連れてこられた。

 たいていの者たちは、ここまで引き出されてくる時点で、まず例外なく反抗する意志をすっかり喪失してしまっている。


 少し横道にそれるが、この時点でワデルスラス公爵軍はあまり通信術式を重用していなかった。

 洞窟衆は改良を加えた通信タグを次々と開発し、そのたびに型遅れとなった通信タグは大量に外部に放出している。

 それがメレディラス王国の内外に広まり、この時点ではそれなりに普及していたのだが、だからといって通信術式が一律に普及しているわけでもなかった。

 通信術式を受け入れるか否かは結局のところ各地の領主の判断によって決定され、さらにいえばその利便性を評価しても積極的に通信タグを買い込むだけの資力がない領主も多い。

 ガンガジル王国内にある野営地とハザマ領を結ぶ沿線上に在る地域では、即時的に離れた場所の出来事を伝え合うことの利便性を日々様々と見せつけられ、なおかつ一連の争乱のために金回りもよかったためかなり早くから通信網の整備に着手していた。

 逆に、旧来の転移魔法の使い手に頼る方式に慣れていた為政者は早急に通信網を整える必要性を感じなかったのか、通信網の整備にはあまり積極的ではない傾向があるようだ。

 とにかく、通信網を受け入れるかどうかは各地を治める領主の判断によることが多く、ワデルスラス公爵はこの時点では通信網の整備にあまり積極的ではなかった。

 それと、末端の兵士たちがあまり詳細な報告を上にあげる習慣がなかったことから、昼間にムッペルエンデ・グフナラマス卿と名乗る人物が城内に現れて、初老の男性を拉致した顛末はワデルスラス公爵の元にも伝わってはいない。

 次々と引っ立てられてくる、暴行の痕跡も生々しい男女を見てワエエルスラス公爵は詰まらなそうに鼻を鳴らした。

「肝心の、直系の者たちがちっとも捕まらないではないか!」

 いくら傀儡にするとはいっても、やはり可能な限りスデスラス王家の本流に近い者がいい。

 その方が、外部に対する抑えとして有用なのである。

 しかし、これまでワデルスラス公爵の前に連れてこられたのは、揃いも揃って傍流に近い者たちばかりだった。

「もう日が暮れるぞ!

 いったい、いつになったら使いものになるやつを捕らえられるのだ!」

「しかし城内は広く、隠し部屋や隠し通路も多く……」

「わかっておるわっ!」  

 反駁しようとした兵士が、ワデルスラス公爵によって顎を乗馬用の鞭で叩かれて絶句する。

「一刻も早く本物の王族を捕らえよ!」

 ワデルスラス公爵は不機嫌さを隠そうともせずに叫んだ。


 城内のある通路。

 そこでも、悲鳴があがっている。 

 しかし、スデルスラス王家に縁のある者の悲鳴ではなく、その悲鳴の主は屈強なワデルスラス公爵軍の兵士たちであった。

「ふふふ」

 血だらけになってのたうち回るワデルスラス公爵軍の兵士たちを見おろろしながら、若い女性が笑みを浮かべている。

「どうして馬鹿な殿方というのは、常に自分が狩りをする側だと思いこめるのかしら?

 そうね。

 きっと、根本的なところで、頭の出来がよろしくないのね」

 その女性のいう通り、兵士たちは今、自分たちの方が狩られる立場になっている。

 数頭の精悍な猟犬によって襲われているところだった。

 そんな女性の背後から、声をかけてきた者がいた。

「いい趣味じゃねえなあ、従妹どの」

 鞘に収まったままの剣を肩に乗せた男だ。

「堅物のヘルロイ、か」

 振り返った女性はその男の顔を確認すると、露骨に顔をしかめる。

「この無礼者たちのこと?

 襲われそうになったからやり返しているだけ。

 こんなの、別にわたしの趣味じゃないわ」

「そうかい」

 ヘルロイと呼ばれた男は、堅い表情を崩さずに頷く。

「この城は、いや、この国はいよいよ駄目そうだ。

 城内のどこもかしここも敵兵であふれていやがる。

 そこでだ、従妹どの。

 この先の身の振り方について、なにか考えているか?」

「この国がもうての施しようがないっていうのは同感だけど……。

 そうね。

 いい機会だから、城の外に出てみようかしら。

 わたし、前々から下々の者たちの生活というものに興味があったのよね」

「あんたには裏切ることがない護衛が何頭もついているから、まず大丈夫だろうとは思うがな」

 若い男は、思案顔になった。

「だけど、それだってあくまでこの城から無事に脱出できたら、ってのが前提になる」

「この子たちだけでは無理だと?」

「いけるかも知れないが……大勢の敵兵が待ちかまえているところを突破することになる。

 従妹どの可愛いお犬様が何頭か犠牲になるぞ。

 それに、従妹どの。

 世間知らずなあんたひとりだけでは、外に出てからもなにかと不自由するだろう。

 下働きになりそうな娘くらい、一緒に連れて行ってやらねえか?」

「その口振りだと、なにか良案があるようね?」

「良案というほどのことでもないがね」

 若い男、ヘルロイはそういって肩をすくめた。

「身内の者をできるだけ救いたいんだ。

 なあ、ヒネルリカ王女。

 あんたが外を出ることを望んでいるのなら、おれがそこまでの道を作ってやる代わりにひとりでもふたりであんたが連れ出してくれないか?」


 城内の、別の場所でのことである。

 ここにも、やはりワデルスラス公爵軍の兵士と争う者たちがいた。

 といっても……。

「いやはや、これは計算違い!」

 二人組の男の方が、その場の雰囲気に似合わないひょうげた声をあげている。

「めぼしいお宝は根こそぎ持ち出されているわ、おっかない兵隊さんがそこいら中に居るわ……」

「やかましいぞ、ヴァルクール!」

 一人で大勢の兵士を相手にしていた女が、両手に持った短剣を閃かせながら相方に一喝した。

「混乱している今なら楽をして稼げるといったのはお前だろうが!」

 その女の動きは、目で追えないほどに速い。

 単身で、十名以上はいた兵士たちの間を移動し、すり抜けざまに的確に急所を傷つけていく。

 女が動いたあとに鮮血が飛び、少し遅れて兵士たちが倒れる音が続いた。

「ここまでワデルスラス公爵軍の動きが速いものとは、予想外でしたよ。

 マイマスの姐さん」

「姐さんはやめろ!」

 マイマスと呼ばれた女は血糊がついた短剣をヴァルクールと呼ばれた男に突きつける。

「毎度毎度、お前は面倒を呼び込んではそのの始末をこのわたしに押しつけて……」

「……と、お静かに」

 ヴァルクールは不意に真顔になって、マイマスを制した。

「遠くで、悲鳴が聞こえます」

「おおかた、ワデルスラス公爵軍の王族狩りだろう」

 マイマスは、むっとした表情のまま答えた。

「今のこの城では珍しいことでもない」

「いや、それはそうなんですがね」

 ヴァルクールは珍しく神妙な表情をしている。

「幼い声が、混じっていました」

「……なに?」

 とたんに、マイマスの表情も引き締まる。

「子どもか?」

「どうします? 見過ごしていきますか?」

「まずは、様子を見に行こう」

 マイマスはヴァルクールにいった。

「その先にどうするかは、その場で決める」

「左様で」

 頷いて、ヴァルクールは歩きはじめる。

「こちらです」

 マイマスも、そのあとに着いていく。


 ヴァルクールは、ヴァンクレスの兄にあたる魔法使いだった。

 マイマスは、元はといえば「ルシアナの子ら」という異能集団の一員だった経歴がある。

 ひょんなことから知り合ったこの二人は、召喚獣騒ぎのときにいっしょに逃亡して以来、行動をともにしていた。

 具体的にいうと、ドン・デラを拠点として営利誘拐などの悪事を行って生計をたてている。

 今では手下にあたる者も数十名に膨れあがり、それなりの勢力と化していた。

 その二人がなセウデスラスの王城に居るのかというと、ドン・デラ周辺で短期間のうちに荒稼ぎをしたためかえって警戒が厳しくなり、同時に、先にドン・デラに根を張っていた犯罪組織に疎まれはじめ、少しほとぼりを冷ます必要が出てきたことと、それに、そうした時期に混乱期にあり、従ってヴァルクールの表現を借りるのなら「楽に稼げる」現場が出現したため、慌ててこのスデスラスの王城に駆けつけたのであった。

 その結果はといえば、今のところ報われることはなく、肉体労働担当のマイマスばかりに負担がかかり続けている。

 妙な男だ、と、マイマスはヴァルクールの背中を見ながら思った。

 なにかと多弁で飄々としていて、悪知恵もそれなりに働く癖に、どこか抜けている。

 悪党は悪党だが、ヴァルクールはどこか冷徹になりきれない甘さが残っていた。

 そんなことを考えていると、

「本当に子どもが居たら、どうします?」

 顔をこちらにむけることもなく、ヴァルクールが問いかけてきた。

「助けてから考える」

「まず助けることが前提なんすね」

 笑いを含んだ声で、ヴァルクールがいった。

 マイマスは、その背中を蹴り飛ばしたくなった。


「いけねえ」

 その場に着いたとき、ヴァルクールはそういって自分の顔を両手で覆った。

「先を越された」

「ほぉっ」

 ヴァルクールの背中を押しのけてざっと周囲の状況を確認したマイマスは、そう声をあげる。

「犬か」

 十頭以上はいるのではないか。

 とにかく、精悍な犬たちがワデルスラス公爵軍の兵士たちを襲っている。

 いや、すでに兵士たちの大半は血にまみれて地面に横たわり、抵抗する気力を失っているようだった。

「犬では、普通の人間では到底かなわなんだろうな」

 山岳地の出身であるマイマスは、野生動物の身体能力についてよく知っていた。

「姐さんでも?」

「数にもよるが、今この場に居る程度の頭数であれば別に問題はない」

 問題はない、というのは、その気になれば斬り伏せることができるという意味であった。

「それを聞いて安心しました」

 どこまで本気でいっているのか、ヴァルクールは軽い口調で応じる。

 そして、ヴァルクールが兵士以外の人間に手を伸ばそうとすると、一頭の犬がヴァルクールの前に体を割り込ませて、低く唸って威嚇をしはじめた。

「おいおい、勘弁してくださいよ」

 そういって、ヴァルクールは何歩かあとずさる。

「別に危害を加えたいわけじゃない。

 その子たちが怪我をしていないか、様子を見ようとしただけなんだから」

 ヴァルクールが手を伸ばそうとした先には、数人の年端もいかない子どもたちがお互いの肩を寄せ合うようにしてうずくまっていた。

「あらあら」

 通路のむこうから、声をかけられた。

「誰かと思えば……誰なの?

 どうも、敵軍の兵士には見えないし……」

 若い女の声だ。

 無造作に近づいてきたので、声に続いて、姿も明らかになる。

「場違いなこの場に居るということは、いずれまともな人間ではなかろう」

 その女の背後に控えていた男は、そんなことをいう。

「敵兵ではなくとも、無粋な侵入者であることに変わりはない」

「いや、それを否定をするつもりはありませんがね」

 ヴァルクールはおどけた口調でそういって、深々と頭をさげた。

「こちとら、目先の利益だけを求めてここまで来たケチな小悪党でございます」

「まあ。

 ご自分で小悪党と名乗るなんて」

 女の方が、そういってクスクスと笑いはじめた。

「おかしな方」

「ヴァルクール、気をつけろ」

 マイマスが小声でヴァルクールに耳打ちする。

「女と犬はどうにでもできるが、あの男の方は、わたしでも対処できるかどうかわからん」

「……おやまあ」

 ヴァルクールは軽く顔を歪めた。

 マイマスがこのような形で誰かの力量を認めるのは、ヴァルクールが記憶する限りではこれがはじめてのはずだ。


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