スデスラス国王拉致の顛末
投石機は野営地からみて、風車塔のさらに外側に設置されていた。
用意していた弾頭をだいたい打ち尽くしたところで、それらの投石機を放棄して人間だけが逃げ帰ってきた形である。
迫り来るスデスラス王国軍兵士たちの姿はまだ小さかったが、そのかわり人数だけはやたらと多い。
ガダナクル連邦側も継続して強弓による攻撃を行っていて、現に天空ではひっきりなしに膨大な矢がむこう側に飛んでいっている。
「やつら、不死身なんですかねえ!」
ムヒライヒ公子のすぐ横を走りながら、投石機を操作していた兵がそんなことをいっていた。
「もうかなり倒しているはずです」
ムヒライヒ公子は走りながら、真面目な顔つきで答える。
投石機による被害だけでも、最低に見積もっても数千名以上の敵軍兵士を倒している計算になる。
ガダナクル連邦側はその他の攻撃も行っているから、累計でいえば数万とか数十万以上もの被害を出しているはずなのだった。
「ですが、こちらの攻撃によって倒される以上に、敵兵の数が多いのでしょう」
ともあれ、彼ら投石機の担当者たちにできることは、ここでまでであった。
あとは余計な被害を出さないように、邪魔にならないところまで逃げるしかない。
『敵軍、そろそろ弓の射程に入ります』
「ようしっ!
迎撃の準備だ!」
観測班の通信を受けて、班長が配下に号令をかける。
そんな光景が、風車塔の周辺のあちこちで起こっていた。
「いよいよ本格的な交戦だ!
ありったけの矢を敵に射かけろっ!」
その号令に応じて、ガダナクル連邦の兵士たちが弓矢やクロスボウなどを用意しはじめた。
「下手に命中させようとは思うな!
速射をこころがけ、とにかく弾幕を張り続けろ!
そろそろ間合いに入ったな!
……放てっ!」
一斉に、何十という矢が敵軍にむかって放たれる。
はるか上空をいく強弓の矢の軌跡とは違い、こちらの弓矢による攻撃はもっと射程が短く、そして矢が描く軌道もより直線的であった。
「ここを抜けられると、直接殴り合うしかない!
ここでできるだけ敵兵を減らしておけ!」
二射目、三射目……と、弓矢やクロスボウによる攻撃が続いていく。
遠目に見えるスデスラス王国軍の兵士たちが、矢を受けてばたばたと倒れていく。
それでも、楯を構えていたり、たまたま矢が命中しなかった兵士などが相当数生存しており、そうした兵士たちがこちらにむかって殺到してくる。
「慌てるな!」
ガダナクル連邦の将校が、なにやら叫び続けている。
「一射ずつ、丁寧に!
しかし、素早く!」
そういわれても、実際に敵兵がこちらにむかっている状況では、落ち着くことも難しいわけだが。
スデスラス王国軍側の兵士の中には弓矢を持っている者も居た。
ガダナクル連邦側の矢が自分たちまで届くという事は、こちらの攻撃も相手側に届くはずであり、そう考えた兵士の中にはガダナクル連邦の兵士たちにむけて弓を構える者も居た。
が、なんの遮蔽物もない中で足を止めてしまえば、いい的になるばかりであった。
弓を構えたまま何カ所へも矢を受けて、そうしたスデスラス王国の兵士たちは即死する。
「放て! 放て! 放て!」
誰かが叫んでいる。
「ここを抜けられたら、乱戦になるぞ!
そうなれば、人数において勝るむこうが断然有利だ!
もうあとがないものと思え!」
そうした声と、それに続々と仲間が倒されてもそれでも前進を止めようとはしないスデスラス王国軍兵士の姿を見て、ガダナクル連邦側の兵士たちも忙しなく矢を装填して射続けた。
クロスボウは通常の矢よりも貫通力も上で射程も長い。
また、通常の矢よりは扱いも容易なため、ガダナクル連邦では弓矢の経験がない兵士たちには優先的にクロスボウを使用させていた。
扱いが容易なかわりに、クロスボウは通常の弓と比べると矢の装填に時間がかかるのだが、初心者の兵士たちはこうした実戦の場では慌てて矢を取り落とすなどして、なおさら時間をかけることが多かった。
不慣れゆえのそうした混乱はあったものの、しばらくはクロスボウと弓夫の混合部隊がスデスラス王国軍の兵士たちに矢の雨を振らせることになる。
事実上、寄せ集めに近いガダナクル連邦の兵士たちはお世辞にも洗練された手つきではなかったが、それでも懸命にスデスラス王国軍の兵士たちに対抗しようとしていた。
ここまで生き残り、いよいよ敵軍に対して間近に迫ったスデスラス王国側も、これまでに倒れてきた同胞のことを思ってかいよいよ気迫に満ちた様子で進軍していた。
「楯を構えろ!
楯さえしっかりと構えれば、どうということもない!」
そんな声を掛け合いながら、彼我の距離を詰めていく。
彼らにしても、ここまで来た以上、せめて本来の目的である敵軍との交戦くらいは果たしたいという思いがあった。
構えた楯に、ひっきりなしに敵軍の矢が命中する音を聞きながら、彼らは前進を続ける。
ガダナクル連邦軍の方に楯を突き出している形なので、当然のことながら前方は見えない。
ただ、矢が楯に突き刺さる音と感触から、敵軍の攻撃の熾烈さを体感するだけだった。
そんな前進が、唐突に、強制的に中断される。
前に突き出していた楯が、いきなり燃えだしたのだ。
「うわぁ!」
その兵士は手にしていた楯を放り投げ、そして相変わらず続いていた敵軍の矢による攻撃を受けてその場に倒れる。
『魔法兵による攻撃を開始しました』
総司令部からの通信が、ガダナクル連邦の全将兵の脳裏に響く。
『弓兵部隊は引き続き、攻撃を続行してください。
打ち漏らした敵軍兵士は、別の部隊が対処します』
「その魔法兵も突破されると、いよいよ白兵戦をするしかなくなるがな」
ファンタルは低く呟いた。
「通常、兵の一割か二割も損耗すれば、一時的にせよ退却して体勢を立て直すものだが……」
今回のスデスラス王国軍の反応は、ファンタルのこれまでの経験から照らし合わせてかなり異例なのであった。
全軍の半数以上の兵が行動不能になっても作戦行動を続行するというのは、集団的な自殺願望があるのか、それとも兵員の損耗を最初から織り込んで無視しているのか、とにかっく常識の埒外にある戦法であることは確かである。
『マヌダルク・ニョルトトです』
そんなことを思っているファンタルに、ある人物から通信が入る。
『ファンタル様。
今、よろしいでしょうか?』
「このタイミングで、ということは、それなりに急用なのだろうな」
ファンタルは、そう応じる。
「こんなときに、なに用か?」
『ムッペルエンデ・グフナラマス卿がスデスラス国王の身柄を拘束しました。
スデスラス国王の身柄をそのままスデスラス王国軍の司令部に移送し、そこで停戦命令を出して貰おうと思っております』
そう来たか、と、ファンタルは思った。
「確かにそれは、敵軍の動きを止めるのに有効な策のようだな」
口では、そうとだけ答える。
『スデスラス王国の制圧が予定よりも円滑に行われた結果でございます。
グフナラマス公爵とワデルスラス公爵、両家の働きによります。
つきましては、総司令たるファンタル様のご許可をいただきたく……』
「許可しよう」
ファンタルは即答する。
「そうする以外、ないだろう」
ムッペルエンデ・グフナラマス卿が名乗ると、ワデルスラス公爵軍の男たちは押し黙ってしまった。
彼ら、ワデルスラス公爵軍の男たちは、スデスラス王国王族の顔を知らないのと同様に、ムッペルエンデ卿の顔も見知っていない。
そもそも、そんな上流階級の人々と面識があるような身分でもなかった。
だが、それでもこんな時期にいきなり魔法兵を伴って現れたこの男が、名乗った通りの人間だという事はなんとなく推察がつく。
こんな時期に、こんな場所で、身分を詐称する者が居るとも思えなかった。
仮にこの大男がムッペルエンデ卿本人でなかったとしても、魔法兵を伴って現れている時点でそれなりの身分であることは明らかであり、同時に、混乱の最中にある敵軍側の人間ではないことも自明であるように思える。
そんなことを思いつつ、ワデルスラス公爵軍の兵士たちは、お互いの思惑を確認しあうように顔を見合わせた。
「お役目、ご苦労様でございます」
ワデルスラス公爵軍の兵士たちは、結局はそういってムッペルエンデ卿に対して恭順の意を示した。
仮にこのムッペルエンデ卿と名乗る男が別の何者かによる詐称であったとしても、この状況下であってはあとで叱責を受けることはないだろう。
と、兵士たちはそんなことを考えていた。
「そうか。
わかってくれたか」
ムッペルエンデ卿は鷹揚に頷いて見せた。
「それでは、そこの御仁。
そのまま大人しくこちらに従ってくれると、助かるのだが……」
「待てっ!」
それまで老人の背後に控えていた男たちが、老人の前に立って隠し持っていた白刃を抜きはなった。
「この方が誰かと知っての狼藉か!」
「あー……」
ムッペルエンデ卿は、面倒くさそうに首を左右に振った。
「下手な抵抗は、しない方がいいと思うのだがな」
「やっちゃいます?」
巨大な獣に跨がった少女が、気軽な調子でムッペルエンデ卿に問いかけた。
「そうだな」
ムッペルエンデ卿は、重々しく頷く。
「時間も惜しいし、護衛の者だけを手っ取り早く排除してくれ」
「だってさ」
少女が、跨がっていた獣にそう、声をかけた。
次の瞬間、老人の前に身を割り込ませた男たちが、全身から血を吹き出してその場に倒れた。
その様子を目撃した老人が、
「……ひっ!」
と短い悲鳴をあげる。
ムッペルエンデ卿は、狼狽した様子の老人に無造作な挙動で近寄り、その腕を取った。
「スデスラス国王の身柄を確保した。
これより、このまま戦地へと転移する」
そう声に出していうと、ムッペルエンデ卿はついてきた魔法兵に軽く手をあげて合図をした。
ムッペルエンデ卿、魔法兵たち、それに獣と獣に跨がった少女などの姿が、その場から消える。
次の瞬間、ムッペルエンデ卿の一行は荒野に立っていた。
「埃と、血の匂いがするな」
ムッペルエンデ卿が呟く。
「もう随分とやりやっているようで」
獣に跨がった少女、トエスが周囲を見渡してそういった。
「ああ。
棒立ちになったままの人たちも、いっぱい。
ハザマさんも活躍しているようで」
彼らが出現したのはスデスラス王国軍本陣から少し離れた場所であった。
付近に居た兵士たちはすでに別の場所に移っており、残っているのはバジルによって行動することを封じられた兵士たちくらいのものだ。
「さてと、敵の本陣は……」
『……ハザマの匂いがするー!』
トエスを背に跨がらせた獣、ドゥが通信を介して声を発した。
「そうだね。
ハザマさんが居るところまでいけば、なんとかなるか」
トエスは誰にともなくそういった。
「では、まず近くに居るとかいうハザマ殿のところへ」
スデスラス国王の体を肩に担いだムッペルエンデ卿も、頷く。
「それから、ハザマ殿に敵の本陣まで案内をして貰うか」
『いっていい?』
「まだ、駄目。
他の人たちを置いていくわけにもいかないでしょう」
ドゥとトエスとが、そんな問答をしている。
『乗って!』
『乗って!』
サーベルタイガー姿のトロワとキャトルが、通信でそんなことをいい出す。
「これの背中に乗れというのか」
ムッペルエンデ卿が、まじまじとサーベルタイガーを見た。
「その方が、移動が早いっす」
トエスが、事投げに答える。
「この子たち、力が強いから、ニ、三人は余裕で乗せられますよ」
「……うむ」
ムッペルエンデ卿は微妙な表情で頷いた。
「火急の際だ。
分乗せよ」
魔法兵たちにそう命じて、ムッペルエンデ卿自身も近くにいたドゥの背に乗る。
むろん、スデスラス国王の身も前に抱えるようにして乗せた。
このような次第で、エデチエル伯爵と会談中のハザマの元に、この一行が突如乱入することになる。




