二人の使者
巡視官一行が村を出てから数日が過ぎた。
元盗賊たちや盗賊に捕らえられていた人々も、まったく問題はないとはいわないが、それなりに村に溶け込んでいるようだ。
ハザマたちは、例によって洞窟にいる回復した女たちを出身の村へ帰す事業を継続している。
あれからすでに一度、ハザマにとっては未知の村へ訪れて、決まりきった交渉をして帰ってきたところだった。次の交渉の旅も、準備が整い次第出発する予定だった。
盗賊狩り成果で馬や馬車、現金など、洞窟衆の資産は極端に増えている。
すべては順調に推移しているように見えたが……そんな時期に、ある報せを持った者がザバル村を訪れた。
「黒旗傭兵団ってえと、あの隊長さんとかファンタルさんがいた……」
ファンタルにしごかれている所を呼び出されたハザマが、確認する。
「へい。
洞窟衆の親分さんへと、便りを預かって参りました」
日焼けした肌の小男が、ハザマに頭を下げる。
「親分さん、って……そんな」
やっさんみたいな……と、いいかけてハザマは、「自分たちがやっていることは、どうみても堅気ではないよなあ」と思い直す。
「それで、なんだって?」
小男が持ってきた文は、今、エルシムとファンタルが読んでいる。
二人とも、微妙な表情をしていた。
「近く、大きないくさがはじまるようなのだが……」
エルシムが、ハザマに説明しはじめる。
「ああ。
この間の役人さんも、なんかそんなことをいっていたな」
「それが、だな。
黒旗傭兵団の団長がいうことには、洞窟衆にも加勢して欲しいということだ」
ファンタルは、実に渋い顔をしている。
「おれたちに戦争やらせようっていうの?」
ハザマは、憮然として即答した。
「やだよ、そんなの。
何でわざわざ、自分から危険な場所にいかなければならないんだか……」
命大事に、は、ハザマが最重視する第一のテーゼである。
「そちらさんには、食料を余分に融通した貸しがあると……うちの頭はそのように申しております」
その返答も折り込み済みだったのか、小男は顔を伏せたまま続ける。
「ああ、あれか」
ハザマは、面白くなさそうな顔をして軽くうなずいて見せた。
「ファンタルさん、あれって、そういう意味も込みだったの?」
「相場よりも、多少、色をつけて貰った程度のはずだが……」
ファンタルは、肩をすくめた。
「……こちらが恩にきるほどの増量でもなかったな。
それに、借りが大事だというのなら、今のわれらなら、すぐにでも返せる」
現在の洞窟衆は、財政的にはかなり余裕がある状態だった。
「無礼を承知で指摘させていただきますが、そちらの親分さんは定期的に強大な敵を必要とすると聞いております」
悪びれず、小男は口説き文句を続ける。
「大きな戦場では……敵も味方も、ここぞとばかりに強大な魔獣を使役しますぜ」
ハザマよりも先に、肩に乗っていたバジルが反応した。
膨大な食欲。
バジルの欲求が、ハザマの脳裏に流れ込んでくる。
「トカゲもどきが……反応したか」
バジルの思念を感知したエルシムが、軽く吐息をついた。
「とりあえず、使者殿は……何日か、逗留していくといい。
出陣できるかどうか、今すぐには結論できぬが……検討だけは、してみよう」
「バジルが行きたがっているのんだから、おれ一人がいけばいい」
ハザマの結論は、実にシンプルなものだった。
「別に、他のやつらまでつき合うことはないだろう?」
「つれないことをいうなよ、大将!」
大声でそう叫んで、ヴァンクレスがハザマの背中をどやしつけた。
「せっかくのいくさだ!
おれも連れて行け!」
この男は、自分を倒したハザマのことをなぜか気に入ったようで、ハザマのことを大将と呼ぶようになっていた。
「痛ぇーよ!
というか、どうしてお前がここにいるんだよっ!」
「黙っていろ、木偶の坊」
ファンタルがヴァンクレスの目を見据えて、ぴしゃりと制止する。
すると、目に見えてヴァンクレスの全身が硬くなった。
「今は、少しばかり真面目なはなしをしている」
ヴァンクレスはファンタルのことを苦手としていた。
何度となく対戦を挑むも、その度に地面に転がされているからだ。
「だが……参戦するのなら、出せる限りの戦力を出すべきだ、という意見には賛同する。
出し惜しみをしていたら、勝てるいくさにも勝てぬ」
「勝ち負けもなにも……参戦するにしたって、おれたちなんか使い捨ての駒だよ駒」
ハザマの発想は、どこまでも現実的であった。
「傭兵の、そのさらに下について……って、ことだろう?
そんな下っ端、軍を動かす立場のやつらがいちいち大事にするわけないじゃん」
「あの、質問があるんですが……」
おずおずと、タマルが片手をあげる。
「戦争に参加することの危険性については、想像できます。
逆に、参戦することでわれわれが得られる利益というのはないんでしょうか?」
「利益、か」
ファンタルは、そう前置きをおいて、淡々と説明しはじめる。
「まず、黒旗傭兵団から支給される報酬があるな。
これは、人数に応じて支払われる。別に、特段の戦果をあげた場合などには、その都度恩賞が与えられる。
それから、略奪。
金品や武装、それに敵兵自体など……敵軍から力尽くでもぎ取れるものは、すべて私物化していいことになっている。略奪した物品は、上部組織でも上前をハネることはできない。
……というよりは、いくさ自体が、おおかたこの略奪を目的として行われている。
ことに山岳民たちは、こちらの穀物を目当てに毎年のように兵を出す」
「はあ……だいたい、理解できました」
こくん、と一度うなずいた上で、タマルはさらに質問を重ねた。
「あの……それで、黒旗傭兵団は、今回、どちらの側についたんでしょうか?
その山岳民の側に雇われているってことも、あり得るんですよね?」
誰もその問いに答えられなかったので、慌てて使節の小男を呼びにいく。
厄介なことに、その翌日、今度は巡視官の補佐をしていたメグログという若者が、ザバル村に到着した。
お供も連れず、単騎で。
周辺の治安を考えると、これは十分に異常なことといえた。
「……ハザマさん!」
村に入ってもそのまま馬から降りず、両肩に土袋を担いで走り込みをしていたハザマも元に駆けつける。
「洞窟衆に、出兵要請が出ました!」
「……どうすんだよ、これ……」
洞窟衆が会議室として使用している、少し広めの仮設小屋の中で、巡察官補佐のメグログと黒旗傭兵団の使者とが、なんとも居心地が悪そうに身を竦めていた。
先に着いた黒旗傭兵団は山岳民側に味方しろといい、役人のメグログは当然、王国側に帰順せよといってきている。
「おれは、遠いところから来たもんでこちらの常識に疎いところがある。
そのつもりで聞いて欲しいんだが……メグログさん。
おれたちが山岳民に味方をすることは、別に違法ではないのか?」
「違法とか合法とかいうよりも……そんなものは、個々人の勝手でしょう」
メグログの答えは、漠然と思っていたハザマの予想を裏切るものだった。
「雇われて参戦することもあるし、それ以外にも事情がある場合もある。
それに、いくさとは、略奪を行うためにするものです。
今更、違法だとかなんとかを気にするなんて……そここそ、滑稽ですね」
この世界は、国民国家を前提とした近代的な愛国心とかが通用する世界ではないらしかった。
「戦場に出て命のやり取りをする以上、誰を敵に回しても自己責任、ってやつか……」
ハザマは、うっそりと呟く。
考えてみれば、ひどく単純な原則だ。
勝利して奪う側に回るか、それとも敗北して奪われる側になるか……ただそれだけの原則のみが存在する。
「もう一つ、質問。
……街道などで略奪が行われた場合、この国には専任で加害者を捜索する組織がない。
そうだったよな? 確か」
「え……ええ。
都市部では、衛士や司直の機関もありますが……広域な地域ですと、取り締まりもどうしても後手後手にまわりがちで……せいぜい、正体がはっきりとしている賊に賞金を懸ける程度のことしか……」
「……よし、決めた。
黒旗傭兵団の、ええっと……」
「へい。
手前、イリイチと発します」
「イリイチさん。
おれたち洞窟衆は、黒旗傭兵団に加勢して山岳民の味方をする」
「……ハザマさん!」
メグログが、叫ぶ。
「同時に!」
ハザマも、叫び返した。
「王国軍にも与して参戦する。
具体的な方法については……これから、詳しく説明する」
「……ここまでで、なにか質問は?」
ハザマが構想をすべて説明し終えると、誰もまともな反応を返さなかった。
イリイチとメグログだけではなく、エルシムもファンタルもタマルもヴァンクレスも、それにリンザも……その場にいた全員が、盛大に呆れかえっているようだった。
「……うまくいけば、ボロ儲けもいいところですね」
最初に発言したのは、タマルだった。
「成功するとは限らないけどな」
「いや、おれは面白いと思う!」
いきなり大声をあげたのは、ヴァンクレスだった。
「王国と山岳民、その両方をいっぺんに敵に回して暴れ回るのかっ!
いやあ、愉快愉快!」
「愉快……で、済む問題か!」
ファンタルが、珍しく声を荒くする。
「これは、なんというか、もう……滅茶苦茶だぁ!」
「いや……だが……」
エルシムは、なにやら考え込んでいる。
「これは……考えようによっては……理には、叶っているな」
「山岳民が一番欲しいのは食い物だって聞いたんで、こういう作戦を考えてみたんだが……たった今思いついたばかりの案だから、まだまだアラが多い。
特にネックになるのは、あれだ。
情報収集と輸送能力の確保、ということになるな」
「情報収集は……使い魔と犬頭人を酷使すれば、なんとか……」
エルシムが、ぶつくさと呟く。
「……輸送に関しては……うちの上をせっついてやれば、どうにかできそうな……」
呆然としたイリイチが、口を開く。
「なんとかなりそうなのかな?
じゃあ、おれたちは輸送途中の王国軍の物資を略奪して山岳民に横流しをする。もちろん、タダでってことはない。値段は、黒旗傭兵団や山岳民と相談して決めよう。
大事なことは……そうすることで、山岳民側は効率よく略奪を行うことができ、王国軍側は徐々に兵糧に不足を来す……という寸法だ」
ハザマは、そう説明した。
「裏側でそうしたゲリラ戦を行うのと同時に……表側では、王国軍に与して盛大に戦果をあげて見せよう。
こっちは、おれやらヴァンクレスが暴れ回れば、洞窟衆が働いているなと印象づける程度のことは、十分にできると思う。
……どうせ、無理矢理に引っ張り出される戦争だ!
真面目になんてやってられるかっ!」
「……無茶苦茶だ……」
メグログが、そう呟く。
そんなメグログを見て、ハザマはにやりと笑った。
「なあ、役人のメグログさん。
そっちが嫌だってんなら、それでもいいんだぜ。
そういうんなら、こっちは出兵を拒否して森の中に引きこもるだけだ。
せっかくこの村に築いた地盤もまるっきり無駄になっちまうが……幸い、一度や二度の仕切り直しができるほどの金ならある。
今、この村からおれたちが手を引いて一番困るのは、この村の人たち。次に、その村からのアガリを期待するあんたら国の上層部だ。
どうする?
こっちの腹を、上の人に報告してみるかい?」
「……できるわけがない。
国中で戦争の準備に盛り上がっている今、そんな報告を入れても……仲間割れを誘発して、むざむざと敵につけ入る隙を与えるだけだ……」
「まあ……なんだな」
そういって、ハザマはメグログに笑いかけた。
「あんたも気苦労が多いと思うが、それも巡り合わせだと思って諦めてくれ」
実にいい、笑顔だった。
「……悪党」
ぼそりと、リンザが呟く。




