萌芽の連邦
「そう。
その支払いの件もあります」
ナダラク伯爵はハザマの発言に頷く。
「その件もありますし、われらもいつまでも混合軍にばかり頼っているわけにもいかない。
そこで、周辺諸国、諸勢力で一種の共同体を作ることにしました。
外部からの脅威に対抗するための方便でもあります」
「昨日の敵を今日の友とするわけですか」
ハザマは感想を述べた。
「そいつは皆さん、合意の上で、なのですか?」
「現状、他に大国に対抗する術がありませんからな」
ナダラク伯爵は澄ました顔で答えた。
「無論、内部に軋轢がまるでないといえば嘘になります。
ですが、われらも現在所属する共同体の姿を保全する方法が他にはない。
選択の余地がない以上、昨日の敵も今日の友とするしかないでしょう」
「一種の連邦制になるわけですか?」
「今ある国や領地の姿を保全しながら手を結んで大きな組織として動くとなると、そうするのが一番かと」
ナダラク伯爵はそういって肩をすくめた。
「戦費も、ですが、これ以降、領民の安全を担保するために必要となる費用がこれでなかなか馬鹿にはなりません。
スデスラス王国や混合軍と対等以上の関係を築こうとするのなら、バラバラのままではとうてい太刀打ちできない。
集合して事に当たるのは、いわば必然的な選択であるかと」
「経済的、軍事的なブロックとして機能していくわけですね」
ハザマはそういって頷いた。
「いや、確かにこの状況下ですと、他に選択肢はなさそうです」
山岳民、三ヶ国、ガンガジル王国の北部領地。
それらが個々に在るだけでは、とうてい外部の勢力には対抗できない。
この事実が厳然として在る以上、「とりあえず手を組む」という選択は、それなりに理にかなったものでもあった。
「それで、その連邦の名前は?
もう決まっているのですか?」
続けてハザマが発した問いには、ナダラク伯爵ではない者が答えることとなった。
「残念ながら、今の時点では正式に決定しておりません」
凛とした、若者の声だった。
「ガルメラ王国並びに諸部族、諸勢力連邦、という案も出されましたが……まず第一に長すぎるし、それにガルメラ王国の名前が先頭に来ることに対する反発も多いので、結局採用されることにはなりませんでした。
今の時点では、連邦、と通称されているだけです」
「失礼ですが、あなた様のお名前をいただいてもよろしいでしょうか?」
ハザマはその若者に尋ねた。
確か、初対面であったはずだ。
「これは失礼しました。
まだ名乗ったことがありませんでしたね」
その若者はハザマにむけ優美な挙動で一礼をしてみせる。
「ハデントン・ガルメラと申します」
「と、おしゃいますと……ガルメラの王子様ですか」
ハザマはいった。
姓に国名が入っている以上、間違いはないだろう。
「ええ。
数多く居る王族の端くれです」
ハデントン王子はそういって頷く。
「この野営地に待避してきた者中では一番の年長者になりますので、この場に参加させて頂いております」
そのハデントン王子によれば、ガルメラ王国はガルメラ王国で国内の秩序を回復……というよりは、実状をみると再編成に近いのだが、とにかく、国内の貴族に対して改めて王家に忠誠を誓わせ、従わない者たちにはしかるべき処罰を行うことでかなり忙しいことになっているという。
もっとも、そうしてガルメラ王家がそちらの作業に多くの人手を取られているおかげで、こちらの方では比較的自由に動けるという事情もあるようだが。
「この連邦については詳細な内容も報告し、もちろん王家の許諾も得ております」
細々とした事情を語ったあと、ハデントン王子はそう断言して結んだ。
「弱い国であれば弱い国なりに、群れることで外国の勢力に対抗していく。
これは、戦略としても決して間違ってはいないと思います」
「その点については、おれが口を挟む筋合いでもないんですけどね」
ハザマはいった。
「ですがその連邦、最初からかなりの借金を抱えてスタートする形になりますよ?」
もともと貧しい国の集まりである上、何十万単位の山岳民まで抱えてしまっている。
おまけに、現在、絶賛進軍中のスデスラス王国軍にも備えなければならない。
「その借財を返すあてをつくるための連邦、でもあります」
ハデントン王子はそういって肩をすくめた。
「現在のガルメラ王国か、あるいは別の集団だけではこれ以上の負債を抱えることは不可能ですが、われらが集団となれば今少し、借り受けることも可能となりましょう。
貧乏でも莫大な借金を抱えていても、命脈が絶たれてさえいなければ案外どうにかなるものです。
そうした事情は、国家も個人もさして変わらないものと思いますが」
「……マイナスからスタートすることを厭わない、ですか」
ハザマは軽くため息をついた。
「いや、そういうことでしたら、洞窟衆としてもそれなりに援助をさせて頂きましょう。
しかしあくまで、できる範囲内でのことになりますが」
「それでは、早速」
ハデントン王子はその場で切り出してきた。
「まず混合軍を指揮したファンタル殿とその麾下にある人々に、このまま対スデスラス王国戦においてもそのまま引き継いで連邦軍の指揮を執って頂きたいと思っております」
『と、おっしゃっていますが?』
ハザマは、通信で聞き耳を立てているはずのファンタルに確認をしてみる。
『この場では、どう返答しておきますか?』
『契約上問題がないようであれば、そのまま許諾しても構わんだろう』
ファンタルが即答してくる。
『予想した範囲内の要求でもあるしな。
こちらもそのつもりで準備を進めているから、問題はない』
仕事の発注者が混合軍から連邦に変わったからといっても、ファンタルらの現場の者たちがやるべきことはさしてかわりばえもしないのであった。
「報酬次第ですが、前向きに検討させて頂きたいと思います」
ハザマはハデントン王子にそう返答した。
「ただし、個別の仕事内容に関しては普段から部下に任せている一方でして、おれ自身はあまり関与していません。
報酬などの詳しい内容については、そちらの方面の事情に明るいうちの者をあとで送りますので、具体的なことはそちらでご相談ください」
「慎重ですね」
ハデントン王子はそういって頷いた。
「ですが、前向きにくださるということを聞いて一安心できました。
われわれは、今回の騒動において一連の作戦を立案し、実行に移した混合軍の采配ぶりを高く評価しております。
できればこのまま引き続き、軍の指揮と訓練を継続していただきたいと思っております。
これは自分個人の希望ではなく、この場に居る者たちの総意であると思ってくださっても構いません。
この場に居る者たちはなんらかの形で混合軍の働きを間近に見た結果としてここに居るわけですから、混合軍を敵に回せばどれほど恐ろしいことになるのかを肌身で感じた経験がある者がほとんどです」
それだけ、味方につけた際の信頼も厚くなる、といいたいらしかった。
「……それに、正直なところをいってしまえば、軍事的なことはできるだけ混合軍に委託して、新しい連邦の体制を早めに整えたいのですよ、われわれも」
ハデントン王子はそう続ける。
「なにぶん、これだけの規模の寄り合い所帯も珍しく、当事者であるわれわれからして前例のない問題にばかり直面して戸惑うことばかりが多いのです。
討議し、合意を確認していかなければならない事項が多すぎる」
そうした合意を形成していくためには、時間をかけて意見のすり合わせをしていくしか、事実上、解決方法がないのであった。
手間も時間もかかり、迂遠に思える方法であったが、文化も慣習も異なる多くの民が共同して無理にでもひとつの政体を形作るために、そうした手間が不可避なのである。
ここで手を抜いたり不公正で特定の団体にのみ有利なルールを承認してしまうと、あとで揉め事の原因にもなりかねない。
「……ですがまあ、そちらの用件についての詳細は、あとでじっくりと詰めることに致しましょう。
もう何件か、洞窟衆に依頼したいことがありますので」
ハデントン王子はハザマの目をまっすぐに見返しながら、そういう。
「なんでしょうか?」
ハザマは短く問い返した。
前後の状況から、おおよその用件は推測できるのであるが。
「印刷技術をはじめとする、洞窟衆が抱えている先進技術をわが連邦にも教授していただきたい」
ハデントン王子はいった。
「なにか入り用になるたびに、いちいちそちらに発注するようでは時間も手間もかかりすぎます。
それよりは、自前で自由に使える技師を養成した方が早い。
たとえば、現在連邦では今後必要となる戦費や食料購入費用、それに開拓費用などについて、大量の債権を発行することで集めることを検討しています。
印刷技術をものにできれば、いちいちそちらに仕事を依頼しなくても自前で発行できるようになる。
その他にも、風車塔の建造に必要となる各種技術など、洞窟衆の方々に教えていただきたいことは山ほどあります。
無論、無償で、とは申しません。
しかるべき対価を用意するつもりです。
条件次第ではそうした技術を供与することも考慮してくださるとか、以前、ナダラク伯爵におはなしになられたこともあるとか……」
「そうした技術などをお教えすることは可能なのですが……」
おおよそ予想していた通りだな、とか思いながら、ハザマは慎重に言葉を選んで返答した。
「……失礼ながら、今の連邦に対価を支払えるだけの余裕がありますかね?
こちらとしても商品だけを手渡してその代金を取りっぱぐれるというのは避けたいものでして……」
それ以前に、すぐそこに迫っているスデスラス王国との戦争に勝たなければ、この連邦そのものの存続すら危うくなってくるような現状なのであった。
「確かに、空手形を掴まされるのは心配でしょうね」
ハデントン王子は苦笑いを浮かべながらいった。
「特に今のような状況だと、そうした心配をするのは当然だと思います。
そこで手付けとして、わたしの私財からいくばかの資産を洞窟衆に対して譲渡することを考えております」
「資産、ですか」
ハザマは露骨に渋い顔をした。
「そんな余裕がおありになるのでしたら、今の時点では戦費に投じた方がよろしいかと」
「ガルメラの王族とはいえ、わたし自身が自由に処分できる資産はかなり限られております」
あまり芳しくはないハザマの反応にも関わらず、ハデントン王子は堂々とした口調を変えずに続ける。
「そのうち、転移魔法を含む高度な魔法知識を持った奴隷三百名分の所有権を洞窟衆に譲渡することを考えております。
聞けば、ハザマ様は転移魔法の使い手を喉から手が出るほど欲しがっていらっしゃるとか。
もちろん、これはあくまで手付けであり、足りない分はまた別の形で補償させていただくつもりなわけですが……」
「……そう来ましたか」
ハザマはなにごとか、考え込む顔つきになった。
そしてすぐに、別の問いを発する。
「その三百人の魔法使いたちというのは、やはり今度の戦争のために取っておいた方がよろしいのでは?」
「その者たちの半数以上は老齢のため、戦場働きには適しておりません」
ハデントン王子はいった。
「しかし、魔法に関する知恵の深さについては、これはもう十分に保証できます。
今のハザマ様には、いや、洞窟衆には、そうした人材の方がむしろ都合がよろしいのではないでしょうか?
ハザマ様は。転移魔法の収得方法を合理化する方法をお探しと聞いております」
どうやらこのガルメラの王子様は、ハザマや洞窟衆についてのそれなりに予習をして来ているらしかった。
「どうやら、検討する価値は十分にあるようですね」
ハザマはもっともらしい顔をして頷く。
「それもこれも、まずはスデスラス王国を退けることが前提になってくるわけですが」
「ファンタル殿の策に従っておれば、まず間違いはないでしょう」
ハデントン王子は平然とした顔をしていった。
「あの方以上のいくさ巧者に、あてがあるわけでもありませんしね。
われらはすでに、あの方に命運を託す覚悟を決めております」
ここ最近の混合軍の活躍は、この場に居合わせた各勢力の代表者たちの中に、どうやら絶対的な信頼感を植えつけてしまったようだった。
……少々、暴れさせすぎたかな?
と、ハザマは内心で冷や汗を浮かべていた。




