珍客の待遇
「いやだよ、あんな跳ねっ返り」
ハザマは即答した。
「面倒なんてもんじゃない!」
「そこをなんとか!」
タズトはハザマを拝みはじめる。
「大陸中のテンロ教徒の者たちに、洞窟衆のよい評判を広めておくからっ!」
「いや、それが洞窟衆にとってメリットになるのかどうか、おれには判断できないし!」
ハザマは精一杯の抵抗を試みる。
「第一、あいつが素直にそんな境遇を納得するとは思えない!」
「いや、それについてはおれがよくいって聞かせるから!
責任を持って!」
タズトはなおもハザマに縋り続けた。
「あいつは赤ん坊の頃からおれが拾って育ててきた孤児なんだがな。
若いだけあってどうにも融通が利かないところがある。
幼い頃からテンロ教の教義などを刷り込みすぎたかなと、今になって後悔している」
「だから、あんたの育児が失敗したからといって、なんだっておれたちがその尻拭いをやらなければならないんだよ!」
「頼む!」
「断る!」
「頼む!」
「いやだってーのっ!」
「でまあ、押し問答の末、まずは本人の意志を確認しようということになってな」
タズトはハザマがノックアウトした子どもを肩に担いで運んでくると、その子どもを地面の上に座らせて背中に掌を当てて「はっ!」と気合いを入れた。
すると気を失っていたその子どもはビクンと全身を震わせたあとにゆっくりと目を開き、何度か瞬きをして忙しなく周囲を見渡した。
そしてハザマと目が会うと、瞬時に起きあがって今にも噛みつきそうな目つきでハザマのことを睨みつけた。
「やめい」
その子どもの後頭部を、タズトが平手ではたく。
「お前、たった今挑んでのされたばかりだろう。
何度やっても結果は同じだぞ。
それにこの洞窟衆のハザマ殿は、今では客人だ。
これ以降、手出しは禁じる」
「師父!」
その子どもがタズトの方に振り返っていった。
「ルシアナを倒したこいつは、山岳民の困難の元凶なのですよ!」
「そいつは否定しないけどな」
ハザマは軽い口調で口を挟んだ。
「いわせてもらえば、ルシアナ討伐以前にも、山岳民たちは平地民からの略奪行為を継続しておこなって居た。
それが今になって、一方的に被害者面をするのもどうかと思うぞ」
「そうだそうだ!」
という賛同の声が、地元住民の中からあがる。
その子どもも言葉に詰まった様子で、いかにも口惜しそうな顔でうつむいた。
「でもまあ、過去のことをほじくり返すのも芸がない。
いや、それ以上に生産性がない」
ハザマはそう続ける。
「今は、過去の総括よりも現在と未来のために、今できることをはなし合うべきだと思うね。
その上で、できるだけ大勢の人間が納得できる結論を出せばいい」
「そのために、お前の拳は必要とされない」
タズトが、その子どもに諭した。
「ときとして武力は多くの問題を解決するが、武力のみでは解決できない問題もたくさんあると教えただろう」
「……その点は、了解しました」
ふてくされた表情を崩さないまま、その子どもはいった。
「ですが、師父!
そいれで、なんでこのわたしがこんな男の元に身を寄せなければならないのですか!」
「お前は、世間が狭いからなあ」
タズトの答えは明瞭であった。
「少し手元に置きすぎた。
この先、このままおれと行動をともにしていても、お前の了見は偏狭なものになっていく一方だ。
その点、このハザマ殿の洞窟衆は、なにやら雑多な種類の者たちが集まり、ぶつかりあって大変に活気があることになっている。
お前が見聞を広めるためには、理想的な環境だろう」
「ちょっと待ってくれ」
ハザマが片手をあげる。
「勝手に決めないでくれるか?
まだ俺の方では、こいつを預かると決めたわけではないんだが」
「しぶといな、あんたも」
タズトは軽く顔をしかめた。
「いい加減、折れてくれてもよさそうなもんだが」
「折れるもなにも、こちらにはなにもメリットがないからなあ」
ハザマは呆れた口調でいった。
「こんな物騒なチビを預かっても」
「視野はまだまだ偏狭だが、使いどころによってはこれでなかなか役に立つとは思うぞ」
タズトはそういいながらその子どもの頭に手を乗せた。
「なにせ、このおれが仕込んだんだ。
腕っ節でこいつに匹敵するような人間は、この大陸にもそうそういやしないだろう」
「単純な戦闘能力のことをいっているのなら、あいにくと洞窟衆の中にはこいつに匹敵するのがゴロゴロしているんだ」
ハザマは即答した。
「特殊能力持ちとか、バトルジャンキーとか」
「おお!
そいつはますます重畳!」
タズトはそういって柏手を打つ。
「よかったなあ!
このハザマ殿の元について行けば他では会えない人物、体験には事欠かないようだ!」
「……いや、だからですねえ」
ハザマは頭を抱えたくなった。
このおやじ、人のはなしを聞いちゃあいねえ。
「おれは、こいつを預かるなんてひとことも……」
「さっきから、こいつこいつと馴れ馴れしいぞ!」
その子どもが、ハザマを怒鳴りつけた。
「わたしにはメイムという名がある!」
「ああ、そうかい」
ハザマは、ゆっくりと首を振りながらいった。
「メイムちゃんと、それにタズトのおっさんにいっておく。
洞窟衆というのはだな、来る者は拒まず去る者は追わずで基本的に本人の意思でやってくる者を拒否するってことは……まあ、滅多なことではない。
しかしだな、それもあくまで本人の意思で来て留まる限りにおいて、だ。
これまでのやり取りをみていると、このメイムちゃんは洞窟衆に来たがっていないようにしか見えない。
ゆえに、洞窟衆は歓迎できない」
「そうか。
本人の意思で洞窟衆にむかえばいいのだな」
そういってタズトは何度も頷く。
「そういうわけだ、メイム。
お前、その足で、ああ、ここから一番近い洞窟衆の拠点は、混合軍の野営地になるわけか。
そこの洞窟衆を訪ねてしばらくそこの世話になれ。
聞くところによると、あの野営地にいきさえすれば、なにかしらの仕事は斡旋して貰えるらしい。
そうだな。
なにもハザマ殿を頼るまでもなく、自力で潜入させればよかったのだな」
……なんというおっさんだ。
と、ハザマは再度呆れる。
「いや、あのですねえ」
ハザマがいい募ろうとしたとき、
「師父!」
涙目になったメイムが、タズトにつめ寄った。
「師父はそんなにわたしのことをやっかい払いしたいのですか!」
「そういう問題じゃあない」
タズトはそういってメイムの頭を平手で軽く叩く。
「メイムよ。
お前さんはもう、とっくの昔にもっと広い世間を知るべき時期に至っていたんだよ。
いつまでもおれの手元に置いたままじゃあ、これ以上にお前の成長は望めないし、先細りになる一方だ。
おれからお前に教えてやれることももうそんなに残っていないし、あとの知恵はいろいろなことを体験しながら自分の力で吸収していった方がいい。
そのための場所として、このハザマ殿の洞窟衆は格好の環境なんだ。
こいつが潮時ってやつなんだよ。
ここから先は、お前さんはその目でみ、その耳で聞いたことから判断をくだして、お前さん自身の見識で自分の未来を切り開いていけ。
そいつが、テンロ教徒としての本来の形だ」
「師父!」
メイムがタズトに抱きついた。
「本当に、もうここでお別れなんですか!」
「おれとはここで別れるが、お前はその代わりにもっと大勢の人たちと出会うことだろう。
その人たちから多くのことを学び、自分の血肉と成せ。
そして、テンロ教徒として一人でも多くの困窮する人々を救え」
タズトはメイムの肩を軽く叩きながら、メイムにいい聞かせる。
「より多くの人々と出会い、学ぶための場所として、洞窟衆はとてもいい場所だ。
まずはそこに赴き、洞窟衆から学べることをすべて学んでこい」
「師父ーっ!」
とかいいながら、タズトの体にすがりついたメイムは泣いていた。
……ああ、なんてえ愁嘆場。
そうした光景を見て、ハザマは思う。
おれには、これっぽっちも関係がないけどな。
「それで結局、連れて帰ってきたわけですか」
ルメリはハザマにむかってため息混じりにいった。
「なんだか知らないけど、ニライア・ガンガジル姫のときといい今回といい、それにルシアナ討伐のときの水妖使いといい、男爵殿は遠出をするたびに誰かしらの女性を連れ帰ってきますね。
それも、取り扱いに注意が必要な方ばかり」
「人聞きの悪いことをいうなよ」
軽く顔をしかめながら、ハザマは答える。
「どれも、相応の背景というか事情があるやつらばかりだろう。
おれにしてみればみんな、仕方がなく引き取ってきた形なんだが」
「外からは、そんな細かい事情はわかりませんよ」
きっぱりと、ルメリは断言する。
「少しは世間体とか外聞のことも考慮してはいかがですか?」
「……ハザマ!」
そうした問答を耳にしたルメリが、拳を握りしめる。
「やはり、女性の敵!」
「お前なあ」
ハザマは小さくため息をついた。
「普段ならともかく、今はこういう他人のいうことを丸飲みにしやすく、なおかつ思いこみが激しいやつが居るんだから、もう少し言葉を選べよ。
こいつ、すぐに真に受けるんだからさ」
「こいつではない!」
メイムが叫ぶ。
「わたしには師父がつけた、メイムという名がある!」
「……それで、この方をどのように遇するおつもりですか?」
まだなにかいいたそうな表情をしていたが、ルメリはハザマにそう水をむける。
「ニラライア姫とはまた別な意味で、ひどく扱いづらい立場の方であると思うのですが。
この野営地にも、そうそう手が空いている人は居ませんよ」
ガルメラ王家の人間であり、なおかつ戦時捕虜でもあるニライア姫の場合は、少なくとも待遇という点であまり苦慮することはなかった。
前例に従い、そこそこに丁重な扱いをしながら行動の自由を制限しておけば問題がなかったからだ。
しかし、テンロ教徒となると……前例自体があまりない上、このメイムの立場自体もかなりあやふやなのである。
メイム本人の自認によると、
「師父の命により来た!」
というから、一応は自発的な意志による同行になるわけであるが、その「メイムの師父」にあたるタズトは、「ハザマがしばらくメイムの身柄を預かる」ことを、「周辺地域に居るテンロ教の影響下にある山岳民が、以後、混合軍に協力する」ことに対する条件のひとつとして提示した。
逆にいうと、ハザマがメイムを預からなければ、今以上にそうした者たちを暴れさせるぞ、と脅したわけである。
多少、扱いに注意を要するとはいっても小娘ひとりを預かることとアジエス周辺の治安が格段に安定することを天秤にかければ、どうしたって前者の条件を呑むことの方がたやすいわけであり、ハザマにしてみれば選択の余地がない提案にしか思えなかった。
それで、メイムを同行して野営地へと帰還してきたわけであるが、この野営地で洞窟衆の仕事を監督している立場のルメリからは、無理もないことだが、はなはだ不評であるようだ。
「クリフにでも押しつけよう」
ハザマは即答した。
「こいつと年齢も近いし、決まった役職持ちではなく、なおかつ柔軟な対応もできるやつっていうと、それくらいしか思いつかない」
「クリフさんは、引き続きデリガリ子爵とザマンダ伯爵の世話係をしているはずですが、構わないのですか?」
「その人たちなら、最近ではクリフの助けも借りずに勝手にあちこち歩いているってことだしいな。
それに、このメイムの目的は様々なことを見聞して視野を広げることだそうだから、クリフを通じしてそういう人たちと交わる機会を得ることもその目的にはかなっている。
それに、それ以外に手が空いているやつっていうのは……」
「居ませんね」
ルメリは頷いた。
「では、メイム……さんの立場は当面、クリフさんの預かりということで処理をしておきます。
それでは、次の案件に移ります。
この野営地において、ガンガジル王国の一部領主、アジエス、ガルメラ、ブリュムルなど各国の町村ならびに各職種ギルド、ならびに山岳民の代表者からなる周辺諸国評議会を設立する動きがありまして、この評議会に、ハザマ男爵も顔を出して欲しいとの要望が届いております。
これについては、どう返答をしておきますか?」




