手探りの会談
ハザマに対する役人の尋問は多岐に渡り、長時間に及んだ。
おそらくエルシムなどから聞いた内容と重複する部分も多かったのだろうが、事実関係を明白するためにしつこいくらいに同じ質問を繰り返し、少しでも矛盾があるようなら何度でもそこを問い返す、というのは、尋問の手法としては極めてオーソドックスな手法なのだ。
ハザマが経験してきた、特にバジルに関連する事項は、この世界の中でもほとんど前例がなく、異常な出来事といえた。その異常な出来事が本当にあったことなのかどうか、検証をしようとすればこのような尋問も必要になろう、と、そのように割り切って、ハザマは辛抱強く役人につき合った。
村長の奥さんが出してくれた簡素な夕食を挟んで尋問は続き、一通りのことを訊き終えた役人は、
「なるほど。
どうやら君は、嘘はいっていないようだ」
と締めくくって、ようやく尋問を終えた。
「悪く思わないでくれ。
これもお役目のうちでな」
「いえいえ」
ようやく尋問から解放されたハザマは、役人と事を構えてもろくな事はないと判断し、とりあえず下手に出ておく。
「ところで、ハザマくん」
「はい?」
「その、硬直化というのは、今すぐに発動できるものなのかね?」
「おれに敵意を持つものに対しては常時自動発動。
そうでない場合でも、任意に対象の動きを止めることができます。
ちょっと試して見せましょうか?」
ハザマがそういった途端、三人の役人たちはピタリと動きを止め、まばたきさえ、できなくなった。
「はい。
……このように」
ハザマがそういった途端、役人たちは太いため息をついて身じろぎをする。
「よく……理解できた。
わたしは、巡視官のサイレル・ファレルだ。
この近辺の開拓村を担当し、主に税収を担当している。
とはいえ……実際には、辺境の何でも屋といったところだが」
名乗ったサイレルは、自嘲のような苦笑いのような、複雑な表情を浮かべていた。
なんらかの事情があって、左遷させられたような口かなあ……と、ハザマは想像する。
左遷される人種にもいろいろある。単に無能な場合、無能ではないがたまたまヘマを踏んだ場合、属する派閥が没落して、対抗勢力に排除された場合、有能すぎて、かえって上司に疎まれた場合……。
……あとで調べるよう、誰かに相談しておこう。
そういえばハザマは、こちらの世界の統治機構について、まだ基本的な知識さえ持っていない。
これからは、そうした知識も必要になりそうだ。
「洞窟衆……そう呼ばれる人たちの由来と事情については、それなりに理解をしているつもりだ」
そんなことを考えはじめたハザマに、サイレルは説明を続ける。
「わが国の領民として認めようじゃないか」
「それは……その、領民として認められると、どのような益と不利益があるんでしょうか?」
どうせハザマは余所者だ。
この際、その余所者であることのメリットを生かして、とことん初歩的な質問からぶつけてやることにしよう。
「領民となることの、益と不利益……か。
ふむ。
君は、面白い発想をする男だな」
サイレルは、何度かわざとらしい挙動でうなずいてみせた。
「領民となる益は、国外からの侵攻にさらされたとき無条件に国軍により保護されるべき対象として指定される。
不利益の方は……そうだな。
代表的なことをいえば、やはり納税の義務が発生することだな」
やはりそういうことになるのか、と、ハザマはげんなりした。
「残念ですが……今すぐにまとまった納税はできかねます。
洞窟衆に属する大勢の人々を、これからどう養っていくのか頭を悩ませているところでして……」
「いやいや、勘違いをして貰っては困る。
すでに君たち洞窟衆は、獣害からこの村を救い、組織的な賊の一つを事実上壊滅させている。
これらは、本来ならば官が行わなければならない活動だ。
それを自発的にやってくれたのだから、国としては感謝こそすれこれ以上の負担を要求することはできない。
それをやってしまったら……この開拓地域全域の領民が不満に思い、今後、自衛的な活動全般が不活発なものになってしまうであろう。
君たち洞窟衆の現在の窮状も鑑み……今年の分は、免税することにする。
その程度の権限はわたしにもあるし、なんならいますぐ正式な書類を整えてもいい」
「は、はあ……。
そいつはどうも、ありがたいことで……」
サイレルが随分気前がいいことをいうので、ハザマはかえって不信感を持った。
こいつは……うまいことをいって、何らかの形で洞窟衆を取り込もうとしているのではないか?
「その代わり……といっては、なんだが」
ほら来た……と、ハザマは心中で大きくうなずく。
「君たち洞窟衆が持つ戦闘能力を見込んで、だな。
国軍の一員として、近く起こるはずの小競り合いに参加してみないかね?」
もちろん、ハザマは即答を避け、最後まで「正式な返答は、仲間と相談してからにさせて貰います」で通した。
サイレル・ファレルたち役人から解放された時には、すでに夜中になっていた。
この世界の住人は、基本的に夜明けとともに活動を開始して、日が沈めば寝る準備をする。むこうの感覚とはまるで違うので、村中が寝静まっている今は本当の「真夜中」だ。
「……ふぅ」
ハザマは、太い息をついた。
「お前様よ。
随分とお疲れの様子だな」
エルシムが、ハザマの背中を平手で叩く。
「ああいう腹のさぐり合いは、あまり慣れていないんでな」
「お疲れのところを悪いが、早めに話し合っておいた方がよい案件がいくつかある。
もう少しつき合って貰いたい」
「そりゃあ、別に構わんけど……あ。
灯りがないな」
村長の屋敷では、流石にランプらしき物体があって、日が落ちてからの室内でも、ギリギリ会談が可能なくらいの光源は確保できていた。
「なに。
魔法で、ほれ」
ぼうっ、と、エルシムの掌の上に、球形状の光源が灯る。
「……便利だなあ、魔法。
あ。
場所は、おれの小屋でいいか?」
一応、洞窟衆の頭領ということになっているハザマは、相部屋ではなく一つの仮設小屋を丸ごと与えられている。
「そこでよかろう」
ハザマとエルシムが小屋の中にはいると、すぐにファンタルとタマルも集まってきた。
エルシムが行政担当、ファンタルが軍事担当、タマルが財務担当といったところか。
現状、洞窟衆の行く末を決めるような話し合いは、この面子で行われている。このうちの誰が欠けても、そこでなされた議事の進行や結論は、いびつなものになってしまうだろう。
「まず、今回の盗賊制圧の件ですが……財政的に見れば、大きな成果だと思います」
まず最初に口火を切ったのは、タマルだった。
「現金やその他の宝物はもちろんのこと、一番の目的であった人材の確保、おまけに念願の馬や馬車など……理想的な戦果であったと思います」
「あれだけ苦労して準備したんだ。
成功して当たり前だ」
すかさず、ハザマが突っ込んだ。
「これで、食料の買収とかはまた進められるな?」
「はい。
資金的にも十分ですし、馬車を入手したとことと、それにネイネス商会にいたゴグスさんが協力してくださることが大きいかと」
これで、心おきなくドン・テラへ買い出しにいける、と、タマルはいった。
「こういってはなんだが……その、ゴグスさん。
そんなに信頼しちゃっていいのか?」
「信頼というよりは、信用ですね。
もちろん、多額の資金が動く取引ですから、保険として契約の魔法は交わすわけですが……」
取引の大小に関わらず、一人前の商人が自分の信用を損なうような真似をするはずがない。そんなことをすれば噂はあっという間に広まり、以後一生、少なくとも商人としては日の目が見られなくなるのだという。
「……一人、肝心の首魁を逃がしてしまったことだけが、痛恨事……だな」
ファンタルが、いかにも口惜しそうな表情でいった。
「報復の連鎖を断ち切るためにも、一人も逃がさず捕らえるはずだったが……」
「ヴァンクレスのはなしでは、あいつの兄貴ってのは妙な魔法を使うそうだ。
それに、報復とか復讐なんてことにはあまり興味を持たないタイプらしい。
ファンタルさんが残念なのは分かるけど……あんまり気に病みすぎてもなあ……」
慰めているのか、諭しているのか。
例によって、飄々とした口調でハザマは応じた。
「確かに、あれはいい加減そうな男だった。
おそらく……捕らわれた仲間の命運なぞ、知ったことではない……と、おそらくは本気でそういいきってしまう類の男であろう」
直接顔をみ、言葉を交わしたのは、この中ではファンタルだけなのだ。
「ただ……報復の恐れとかそういうこととは別に、あの男の存在がいつか、予想外の形でわれらの前に立ちふさがるのではないか……。
しきりに、そんな気がしてならないのだ」
ファンタルの言葉はずいぶんと不吉な印象を与えたが、だからといって今すぐ有効な対抗策を打てるわけでもない。
しばらくは情報収集に努め、せいぜい警戒を怠らない……くらいのことしか、できそうもなかった。
「妊婦たちは続々と出産し、この世に出た嬰児たちはすくすくと育ち、衰弱していた女たちもほぼ全員、体力を回復している。
洞窟の方は、まずは順調だ」
エルシムの報告は、まず洞窟の現状についてからはじまった。
「問題があるとすれば……出身地に帰りたがらない女たちが、思いの外、多いということであろうか?」
「帰りたくない、ねえ。
いい思い出がないのかな?」
ハザマが、ぽつりと呟く。
「まさしく、そういうことであろう。
村の中にも秩序があり、階級がある。最下層の者ほど、生活は苦しくなる。
あるいは、家族に問題がある場合も、あるのかも知れん」
「あー……DV、ね」
「そのでぃ……が何かは知らんが、そういうことだ。
それからな。
定期的に商品を行商するようになった村の中から、洞窟衆の一員として迎えてくれと懇願してくる者が、何名かいたそうだ。
今のところ、返答は保留して貰っているが……」
「ええっと……それは、洞窟が一種の駆け込み寺、みたいなもんだと思われているのかな?」
「か、かけ……よく分からんが、格好の逃げ場所として、認識されはじめているらしい。
この村のワニ退治の件も、出入りがある村にはすでに伝わっている。
それでどうも、洞窟衆は、虐げられた民の味方だ、という風評が広まっているらしくてな」
「それから、今し方、盗賊退治をやってきたばかりであるしな」
ファンタルが、茶々を入れてくる。
「……無理に訂正する必要もないと思うけど……そんな風評だっていきすぎれば、その期待におれたちが押し潰されちまうぞ。
どっかで早々に線を引いて、ケジメをつけておかないと……」
ハザマは、そういった。
「ワニだって盗賊だって、それなりの思惑があってやったことだ。
おれたちは善意だけで動いているわけではない」
「同感だな」
エルシムも、うなずく。
「第一、余所の村人が勝手に籍を抜いてこちらに受け入れても……どうしたって、角が立つ」
開拓村にとって村人とは、なによりもまず労働力なのである。
周囲の了解も取らずに勝手に移動することは、他の村人たちに対する不義理にもなる。
それ以前に、違法だ。
「……違法なの?」
「しかるべき理由があり、住んでいる村の長と受け入れ先の村の長の受諾があれば、移住できる。
これ以外の方法で村を抜けるとなると、事実上は浮民として扱われるな。
税を納めなくていい代わりに、領民として扱われない。誰にも保護を求める権利を持たない者になる。
多くの場合は……すぐに人狩りの餌食になろう」
ハザマが漠然と想像している牧歌的、中世的な世界像よりは、現実のこの世界は遙かに過酷なのであった。
「じゃあ……洞窟衆に入れてくれ、って人が来ても、基本的に『無理でーす』で返答を統一しちゃった方がいいんだな?」
「その方が、無難ではあろうな。
そうでないと……養うべき口が、際限なく膨れ上がろう」
……それは確かにイヤだなぁ……と、ハザマは、この時、しみじみと思った。




