ガンガジル王国の毒姫
「現在の予算と規模では、実行可能なことも自然に限定されてしまうわけですしね」
メキャムリム姫もそんなことをいいだした。
「兵隊さんは日々ご飯を食べるものですし、そのご飯を用意するためには相応の軍費が必要となります。
金もご飯もないのに戦果ばかり求められても、応じられるわけがありません」
ファンタルもメキャムリムも、「実際に実行可能な範囲」を割り切った上で判断をくだしていた。
現実的な判断であり、対応でもある。
理性的な態度でもあった。
しかしハザマとしては、
「もう少しどうにかならないものか?」
と思ってしまう。
そうした判断を耳にしてどこか腑に落ちない思いを抱いているハザマの方が、むしろおかしいのかも知れないのだが。
「だがまあ、幸いなことに対ガンガジル王国戦は、今の時点ではいい具合に推移している」
ファンタルは取りなすようにそういった。
「このままでいけば、遠からず三ヶ国内からガンガジル王国の兵は姿を消すだろう」
そのかわり、撤退するガンガジル王国軍のかわりに、食料を求めて平地に降りる山岳民たちが三ヶ国を荒らす。
いや、今の段階でも、荒らしつつある。
まだ山を降りてきている者は、そう多くはないらしいが。
そして、そう遠くない将来、ガンガジルの代わりに、その数倍以上の兵力からなるズデスラス王国の軍隊がやってくる。
三ヶ国と、それにガンガジル王国も含めて丸呑みにする。
最終的には、この周辺はスデスラス王国を主軸とした混成軍と山岳民とが激突する争いになっていくのではないか?
そして、その闘争の主戦場となるのは、地理的な条件から考えると、アジエス、ガルメラ、ブリュムルの三ヶ国になる公算が高い。
さて、こんな状況下でおれにできる最善手は、いったいなんだ?
ハザマは、そんな自問をしはじめていた。
ちょうどハザマたちの会話が一段落したところで、医療班に預けていたニライア・ガンガジル姫が意識を取り戻した、という報せが通信で入った。
ハザマと、それにファンタルが尋問のため医療班の天幕へと移動する。
ハザマとファンタルがその天幕に着くと、ニライア姫は連弩を構えた兵二名とヒアナラウス・グラウゴウス公子に囲まれていた。
ヒアナラウス公子は居留地でマヌダルク・ニョルトト姫の補佐役をしていたのだが、こちらの野営地でもガンガジル王国各地からの視察団が出入りするようになり、外交関係の微妙な判断が可能な人物が必要となってきたために派遣されてきたそうだ。
王国内には他にも外交畑の人材が豊富に居るはずであったが、こちら方面はさして重要視されていないのか、それとも経験が不足しているヒアナラウス公子に実務を学ばさせるためなのか、とにかく若年で実績をほとんど持たないヒアナラウス公子が外交関係の当座の責任者、ということになっている。
ニライア姫は現在交戦中の敵国側の中枢に近い人間であるので、外交畑のヒアナラウス公子が出てくるのはむしろ自然な流れであった。
「様子はどうですか?」
ハザマは天幕の中に居た人たちに声をかける。
「ハザマ男爵ですか?」
ハザマの姿を認めると、ヒアナラウス公子はそういった。
「あなたもとんでもない方を捕虜にしてきたものですね。
よりにもよって、ガンガジルの忌子とは……」
「……忌子?」
ハザマは軽く眉根を寄せた。
「このお姫様は、加護持ちではなかったのか?」
以前聞いた内容では、加護を持って生まれた者は吉兆として扱われる、ということだったはずだが。
「加護の内容が問題です」
ヒアナラウス公子は微妙な顔をして答えた。
「よりにもよって、自在に毒物を生成する加護など。
周囲の人たちも、さぞや扱いに困ったことでしょう」
「……なるほどなあ」
ハザマは呟く。
いわれてみれば、「そうなんだろうな」と納得できる。
他者を害することに特化している「加護」。
いくら吉兆とされていても、素直に歓迎できるものでもないか。
その「忌子」に視線をやると、ニライア姫はなぜか頬を染めてついと目を逸らした。
……あれ?
なに、この反応。
ハザマはひしひしと嫌な予感に襲われている。
ハザマがこのニライア姫を発見したとき、このお姫様は重たい扉の下敷きになって白目を剥いていた。
当然、意識はないものと思っていたのだが。
実質的には、今のこの時点がハザマとニライア姫の初対面ということになるはずだった。
ニライア姫の反応に違和感を持つ根拠は、充分にあるのだが。
「加護持ちでも忌子でもなんでもいいんですが、なんだってガンガジルのお姫様がガルメラ城なんて場所で待ち伏せしていたんですか?」
話題を変えるため、ハザマは早口にそう質問をする。
「それは、ですね」
頬を染め、伏し目がちなニライア姫は、ひとことひとことを区切るようないい方をした。
「わたくしは、本国でも疎まれておりましたので。
これをいい機会にと、体よく厄介祓いをされていたのです」
「ええと」
ハザマは、さらに眉根を寄せた。
「つまりお姫様は、ガンガジルではいらない子扱いされていたわけ?」
「いらない子、というよりも、腫れ物扱いですかね?」
そういって、ニライア姫は首を傾げる。
「それなりに大事にはされていたと思いますよ。
皆さん、恐る恐るでしたけど」
……いわれてみれば。
いつ毒性の高いガスを振りまくのかわからないような者を、分別も判断もできない赤ん坊の頃から育てあげるのは、さぞかし神経をすり減らす作業だったろう。
また、そうした毒人間と好んでにつき合おうとする人間が居ないであろうことも、容易に推察ができた。
進んで敵に回そうとする人間は、さらに少なそうだが。
「つまり、敬して遠ざけられていた感じですか?」
「あなたは、面白い形容の仕方をするのですね」
ニライア姫はそういって、しきりに頷いている。
「あなた、名はなんといいますか?」
「ハザマ・シゲル」
ハザマは短く答えた。
「異邦人で、不本意ながら今は男爵なんて稼業もしています」
「ハザマ・シゲル……男爵」
ひとことひとこ噛みしめるように、ニライア姫はハザマの名を復唱した。
「ひとつ、聞きたいことがあります」
「なんですか?」
「はじめてお会いしたとき、あなたは一人ではありませんでした。
もう一人の貴公子は、どういった素性の方なのですか?」
初対面のとき、というと、やはりこの姫が扉の下敷きになって白目を剥いていたときだろうか?
「はじめて会ったときというと、あなたが扉の下敷きになっていたときのことですか?」
ハザマは即答する。
「あのときのことなら、おれといっしょに居たのはアズラウスト・ブラズニア公子ですね」
「はい。
うっすらとですが、二人の殿方が近づいて来たところまではおぼえております」
ニライア姫はそういって頷く。
「あのお方はアズラウスト様とおっしゃるのですか。
やはり貴族でいらしたのですね?」
確かにアズラウスト公子は、妹であるメキャムリム姫と同様、気品のある美形であった。
「ええと……と、それがなにか?」
ハザマは微かな苛だちを感じつつ、話題を変えようと試みる。
このニライア姫との会話は、どうも先ほどから根本的なところで噛み合っていないような気がする。
「それでですね、あなたがあのガルメラ城に居たことについてお聞き……」
「それよりも!」
ニライア姫は語調を強めてハザマににじりよった。
「ハザマ様とアズラウスト公子とは、どういったご関係なのですか?!」
思わずハザマが後ずさりたくなるような迫力がある。
「どういうって……」
ハザマは、アズラウスト公子との関係について思い返してみる。
「……知り合いであり、ええっと、仕事仲間、というのが一番近いと思います」
かなりよくして貰っているとは思うが、プライベートで深いつき合いがあるような仲ではない。
そもそも、二人ともそれなりに多忙な身だ。
二人して自由にできる時間自体がほとんどない。
親交を深める機会自体が少ないのだった。
身分差を考えても、客観的に見ても、「友人」というよりは「知人」といっておいた方が無難だよな。
とか、ハザマは思う。
「……それだけ、なんですか?」
ハザマの返答を聞くと、ニライア姫はなぜか覿面にしょぼくれた。
「本当に?」
……一体、どう答えればお気に召したのだろうか?
ハザマの本能が、先ほどからこのニライア姫が危険であると告げていた。
「新興貴族であるおれなんかをよく扱ってくれているとは思いますが、ほとんど公務のみで接するような関係です」
改めて、ハザマは事実を告げておいた。
「そうなんですかぁ……」
ニライア姫はいかにも憂鬱そうなため息をついた。
「せっかく、お似合いの組み合わせだと思ったのに」
小声でつけ加えられたその言葉を耳にして、ハザマの背筋に悪寒が走る。
あ。
と、ハザマは思った。
これは、あれだ。
いわゆる、男性同士の同性愛をかなり美化して夢想するとかいう……。
「……腐ってやがる」
ハザマは、誰にも聞き取れないような小声で呟いた。
忌子でもあるガンガジル王家の毒姫は、毒女でありながら、同時に、腐女子であるらしかった。
ひょっとしたら、カップリング厨であるのかも知れない。
とにかく、実在の人物同士の組み合わせを妄想し、しかもしれを隠そうともせず堂々と口にする人物をハザマははじめて見た。
元の世界に居たときだった、「そういう人種が居る」という情報は知っていたのだが、実際の知人の中には居なかった……と、思う。
しかし、自分自身がその手の妄想の対象になると、かなり怖いものだなあ……と、ハザマは実感した。
それから、ようやくファンタルやヒアナラウス公子も交えてのニライア姫への尋問がはじまった。
とはいえ、ハザマ自身は最初の、
「なぜ、ニライア姫がガルメラ城の後宮に居たのか?」
という質問をしただけで、あとは他の二人の尋問を見守っていただけなのだが。
「わたしくがあのお城に居たのは、父上にそうせよと命じられたからです」
「命じられた内容を具体的に教えていただけませんか?」
ヒアナラウス公子は丁寧な口調で尋ねた。
捕虜とはいえ相手は王族である。
どうしても、丁重な扱いになった。
「具体的に、ですか?」
ニライア姫は首を傾げる。
「後宮に侵入してくる者が居たら、わたくしの加護により抹殺するようにいいつけられました。
それが失敗するようなら、ガルメラの王族もろとも殲滅するようにと」
あっけらかんとした口調で恐ろしい内容を口にする。
「王族までも殺してしまったら意味はないのではないか?」
今度はファンタルが質問をする。
「そういわれましても、わたくしは、命じられた内容をそのまま申しあげているだけですので」
ニライア姫はそういってまた首を傾げた。
「この命令を受けたときと別のときにですが、父上は口実さえあればガルメラ王族を排除したいとかおっしゃっていました。
ただ、おおぴらにガンガジルの手の者で始末をするとガルメラ王国内での反発が強くなるので、すぐには実行できないと。
父上は、侵入者はおそらく王族の奪還を企図したガルメラ貴族の一派になるはずだ。
その侵入者と警護の兵が争っているうちに、ガルメラ王族の方々がなにかの間違いで被害を受けるのなら、ガンガジルへの風当たりも多少は緩和できるとお考えだったようです」
「邪魔者は排除せよ、か」
ファンタルが、ニライア姫の発言を面白がっているような表情を浮かべる。
「そこまで徹底していると、いっそ清々しいな」
「いつからガルメラ城に居たのですか?」
ヒアナラウス公子は問いを重ねる。
「ガルメラ城をがわ軍が占拠してから、ですね」
ニライア姫は平然と答える。
「ずっと、後宮でガルメラ王族の方々と暮らしていたのですよ」
「いざとなったら皆殺しにするはずだった人たちとか?」
流石にあきれたハザマが、間の抜けた声を出す。
「はい」
ニライア姫は、あどけない所作で頷く。
「このようなわたくしに、後宮の皆さんはよくしてくださいました。
わたくしが単なる護衛だと、そのように伝えておいたからでもあるとは思うのですが……」
この人も、たいがいに壊れているなあ。
ニライア姫のその反応を見て、ハザマは思った。
人の生死に関する感覚とか善悪とかの基準が、どうも、一般のそれとはかなりズレている感触がある。




