三ヶ国の現状
「ナダラク伯が、この野営地周辺の土地を混合軍に長期に渡って貸しつける条約を結んだそうだ」
「それは、本当か!」
「噂だ、噂。
だが、そうであっても別段不思議なことはなかろう。
拒絶するよりは受け入れる方が、数段の利益がある相手だ」
「だが、それが誠だとすれば、ガンガジル側は混合軍を攻撃する根拠のひとつを失うことになるな」
「いや、両者が交戦状態にあるという事実は、今となっては覆すことはできん」
「交戦状態にある、ということと、実際に交戦するということの間には大きな隔たりがある。
今のガンジガルにおいて、この野営地に集結した戦力と互角に戦える戦力がどこにある?」
「三ヶ国に散らばった部隊を急ぎ集結させるのか?
それこそ、混合軍と自称するやつらの思う壺ではないか」
「おれが混合軍の将であったら、戦力が集結する前の移動中の段階で個別撃破をもくろむな」
「おれだって、そうする。
混合軍とは、どうやらそれができる組織のようだ」
「では……手詰まりではないか」
「ああ。
今となっては、すべて手遅れだ」
「どうする?
その、帰ってからのことは……」
「見たまますべてを素直に報告するより他になかろう。
それで上がどのように判断するかは……」
「まあ、運次第であるよな」
などという会話を仲間内でしつつ、視察団はガンガジル王国各地へ散っていく。
「メラモリを脱出したデリガリ子爵が保護する一行は、最終的には千二百名余りにまで膨れあがったそうだ」
会議の席上で、ファンタルが報告する。
「行商人や職人など、メラモリ内の細民を中心とした者たちで、年寄りから年端もいかない子どもまでを含んだ老若男女の多彩な集団になる。
その人数からも容易に察せられるように、馬や荷車が行き渡らず、若くて体力がある連中は徒歩で移動させているそうだ。
当然、その移動速度はかなり限定されることになる」
「……なにがいいたいんですか?」
メキャムリム姫は上目遣いにファンタルの顔色をうかがった。
「この一行を助け、デリガリ子爵に恩を売り込むことは混合軍の目的にとっても大いに……」
「不可能です!」
ファンタルに最後までいわせず、メキャムリム姫は叫んだ。
「なんですか、その人数は?
そんな大人数を支える物資をどこから捻出せよと?」
「別に、そのすべてを混合軍で養えということでもないんだが」
メキャムリム姫の反応に、ファンタルは苦笑いを浮かべる。
「ただ、穀物相場はあがる一方であり、デリガリ子爵も路銀の捻出に苦心しているであろうことは容易に察することができる。
ここで手を差し伸べることになれば……」
「それは、大きな対価を期待でるでしょうねえ」
メキャムリム姫は大仰に両手をひろげた。
「ですが、不可能なことは不可能です!」
「本当にそうかな?」
ファンタルは意味ありげに、薄く笑った。
「たとえば、現状の荒野をつっきる形の物流網を刷新して、街道筋の宿場町を片っ端からこちらの味方に取り込んでいく、とか……」
「それは……どういうことですか?」
メキャムリム姫が食いついてきた。
最初のうち人目を避けて荒野のみを行き来していた混合軍の兵士たちも、いくらか時間が経過すると「環境的にこれは無理だ」と悟るようになっていった。
なにしろ、日に日に朝晩の冷え込みがきつくなる時期である。加えて、荒野とか砂漠などは昼夜の温度差が激しい。
天幕で夜露を避ける程度では寒気の遮断も十分ではなく、まともな寝床を用意して定期的に兵士たちを休ませないとかえって作業効率が落ちる、ということになった。
とはいえ、おおぴらに敵国内の最寄りの都市に出入りするわけにもいかず、結局は街道筋の宿場町などを各種手管で懐柔して交替で寝泊まりをさせて英気を養わせる形に落ち着いた。
なに、そうした宿場町の者たちも、物々しい武装をして金払いがいい、そして出入りの激しい混合軍兵士の正体には薄々気がついているわけであるが、なにしろ客商売であるしそれ以前にこうした宿場町の者たちは独立独歩の気風が強く、王国上層部に対する忠誠心などはもともとひどく薄かったので、手間をかけて役人に通告するということもなかった。
もともと、こうした宿場町は人の出入りが激しい分、なにかと治安が乱れがちでもあり、普段から自分たちで用心棒を雇って秩序を維持する慣例がある。
その分、国の世話になっているという意識が薄い場所でもあった。
ある程度顔なじみになって気安く会話を交わすようになると、今度は宿場町に方からこんな申し出をしてくる場合も決して少なくはない。
「実は、昨今の穀物相場上昇の影響で、宿賃の方もひどく値上げをしなければいけなくなりましてね。
いえ、わたくしどもの方は経費が嵩む分をお客様にご負担いただくわけですからあまり不自由はしないのですが、そこかわり路銀が心許ないお客様方はたいそう難儀している様子でございます。
どこぞに、せめて相場よりもいくばかやすく穀物を降ろしてくださる方がいらっしゃれば、宿賃の方も相応に勉強させていただきたいところなのですが……」
なんのことはない。
出入りする混合軍兵士たちの正体をうっすらと悟った上で、
「ガンガジル王国の輸送隊から奪取した余分な荷物を買い取りたい」
と、そのように意志を表明しているわけであった。
商売人にしてみれば国による敵味方の色分けはなく、強いていうのならば自分たちの利益を増やしてくれる者が味方、なのであろう。
兵士たちはそうした申し出を司令部に伝え、許可を得た上で余分な穀物をその場で処分しはじめる。
混合軍にしてみても、苦労して重い荷物を運び続けるよりは、自分たちで消費する分以外はさっさと処分して身軽になった方がいいのである。
その意味では、両者の利害は一致していた。
宿場町の者たちは足下を見て値切りすぎるということもなく、相場より少し安いくらいの値で穀物を引き取り、それ以降、混合軍関係の利用者には従来よりも一層サービスがよくなった。
混合軍に対して、「自分たちを取り締まる側の人間」ではなく、自分たちと同じ地平に立っている人間であると認識しはじめたのかも知れなかった。
「デリガリ子爵の一行が立ち寄りそうな宿場町に余分な穀物を運んでいくだけでも、かなり違ってきているのではないか」
ファンタルはメキャムリム姫に対して、そう説明をする。
「……荒野の真ん中を移動するよりは、街道筋を通る方がずっと手間が省けることは確かなのですが……」
それでも、メキャムリム姫は口を濁した。
「でも、わざわざそのような手間をかけて、味方に対してどのような利益があるのですか?」
メキャムリム姫にしてみれば、デリガリ子爵の一行を助けることと今回のいくさとの関連性がいまひとつ得心できないのである。
「デリガリ子爵は国内で大きな影響力を持つ大貴族だ。
ましてや、今のガンガジル王国の方針に公然と異議を唱えている」
ファンタルはいった。
「その子爵を助けておけば、そのうちこちらにも恩恵があるはずだ」
「ですから、その恩恵について具体的に説明していただきたいのですが」
メキャムリム姫は、さらに問う。
千人以上の人間を、それも移動している者たちが餓えないように援助するということは、口でいうほど生やさしい仕事ではないのだ。
混合軍の兵站担当としては、納得しない限り「やります!」と頷けるわけがなかった。
「デリガリ子爵は、新しい勢力の核となりうる」
ファンタルは静かな声で続けた。
「それも、かなり高い公算で、だ」
この時期、ガンガジル王国に侵攻された側である三ヶ国の混迷はさらに深くなっていた。
まず、ガンガジルから届くはずの荷物や兵士の賃金がここ数日、軒並み届かなくなっている。
それにより、ガンガジル兵士たちと地元民の関係は目に見えて悪化し、山岳民たちも山を降りて計画的な略奪行為を行うようになっていた。
山岳民にしてみればガンガジル側から「与える」と約束されていた食料の供給が停止した以上、平地民に対して遠慮しなければならない義理はなくなった形である。
また、派遣されていたガンガジル軍の兵士たちも、それまでは金離れがよかったこともあり、地元民とも良好な関係を築いていた。
本音のところはともかく、少なくとも表面上は。
武装して派手に金を使ってくれる兵隊に対して、ことさらに異を唱えて機嫌を損ねるほどの愚者がいなかっただけのことなのかも知れなかったが。
しかし、本国であるガンガジルからの荷物や賃金が途絶えたとなれば、状況はまるで違ってくる。
手持ちの金が尽きた余所者の兵士集団など、いつ、なにをしでかすのかも解らない不穏な存在でしかない。
事実、山を降りてきた山岳民と合流して組織的な略奪行為に荷担するガンガジルの兵士たちも決して少なくはなかった。
反対に、三ヶ国内の勢力と共同して山岳民の略奪者に対抗しようというガンガジル兵士たちも、やはり相応に存在している。
このあたりは各部隊の指揮官の人柄などに起因して発生した差異ということになろう。
そうした状況の変化を受けて、ガンガジルの勢力を国内から排斥しようという抵抗組織が活性化しはじめる。
三ヶ国内部も、ガンガジルと共同する者、ガンガジルを排斥しようとする者、山岳民……などの諸勢力が複雑に絡み合い、抗争をしはじめた。
当事者たちにしてみても、その時点での自分の立場を十全に理解している者は少なかったのではないのか?
そう思えるほど、ぐちゃぐちゃな状況であった。
ただひとつ断言できることといえば、数日前までとは比較にならないほど諍いが増え、治安が悪化していたということである。
この現象だけは、三ヶ国に共通していた。
そんな状況下に、「混合軍によるメラモリ襲撃」の報がもたらされたわけである。
ガンガジル王国による三ヶ国派兵に反対し、実力行使を行う混合軍という勢力の出現は、三ヶ国内で小競り合いを繰り返している者たちにとっては晴天の霹靂であった。
いや、実際には正体を隠したまま接触し、ガンガジル軍に対してそれとなく支援をしていた混合軍の手の者は少なくはなかったのだが、支援された側は、この時点ではその正体については知らされてはいない。
しかも、一夜にして三ヶ国の主要都市にばらまかれた紙片に書かれた内容を信用するのであれば、その混合軍とやらはかなり効率的に組織化された武装集団ということになる。
ガンガジル王国の軍隊はもとより、他の三ヶ国内の勢力が糾合できたとしても、その混合軍に対抗できるかどうか。
三ヶ国内の諸勢力は、それまでとは違った危機感を持ちはじめていた。
「……そんなところに、乗り込んでいくわけね」
ハザマはそうぼやいた。
「地元の人たちは、実はおれたちのことを歓迎しないんじゃないのか?」
「彼らはわれわれに対してどのような感情を持つのか。
それは、この場合問題外でしょう」
アズラウスト・ブラズニア公子はにこやかにそういって、ハザマの肩に手を置く。
「彼らは彼らの思惑で動けばいい。
われらはわれらの利益のために動くだけです」
「身も蓋もないが、空々しい大義名分を唱えて武力介入するよりはマシか」
ハザマは虚空をみあげてそう呟いた。
「そうですね。
単なる仕事だと割り切るのが、精神衛生上一番なのかも知れません」
アズラウスト公子は、やはりにこやかな表情を崩さずに告げる。
「なに、たかだか敵軍兵士が充満しているお城から、王様の一家を救出するだけの簡単なお仕事です。
無関係な第三者たちはあとづけでいろいろな意味づけや脚色を行うのでしょうが、当事者たるわれらにしてみれば単なる作業でしかありません。
さあ、移動しましょう。
すでにわれらの混合軍潜伏組が、現地でわれらの到来を待っているはずです」
次の瞬間、ハザマとアズラウスト公子の二人の姿は、居留地司令部の中から消失した。




