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トカゲといっしょ  作者: (=`ω´=)


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水撒きの効用

 翌日、ファンタルたち洞窟衆の関係者たちは手分けをして野営地の区画整理にいそしむことになった。

 周辺諸国から噂を聞きつけて駆けつけてきる志願兵たちはまだまだ増加する様子であったし、それ以外にも数日後には居留地を発った混合軍が合流してくる予定である。

 今のうちに通路となる場所を空け、天幕を張っていい場所とそうでない場所とを明確に区別しておかなければこの野営地もあっという間に混沌に呑まれ、行動の自由が大幅に制限されてしまうだろう。

 この朝の時点で、この土地に到着して居る人数は洞窟衆関係者を含めてせいぜい数百人単位。

 実際には、それに馬や荷車などの置き場にも気を配らなければならないのだが、とにかくこの時点ならまだしも邪魔な場所に居座った者たちを促して別の場所に移動させることも可能なのである。

 昨日の時点でこの場に集まってきた者たちの名簿や持ち込んだ荷物の総量などをリスト化していたので誰がどれくらいの広さの土地を必要としているのかは洞窟衆の側でもかなり正確に把握しており、この区画整理についてはさして混乱することもなく短時間で完了した。

 まだ夜が明けてから間もない時分から通信で連絡を取りつつこの区画整理をなんとか完了さえ、そのあと交代で朝食を摂りながら軽い打ち合わせを行う。

 周辺に散って耳目となる使い魔を確保したりしていた斥候部隊、それに井戸関係の職人たちは昨日の仕事をそのまま続行してもらい、それ以外の者たちは有象無象の志願兵たちの品定めを行う予定であった。

 具体的にいうと、志願兵たちと軽く模擬戦をやってみて一人一人の腕前を見定め、適切な場所に配置する作業である。

 他にも洞窟衆の者たちがやるべき仕事はいくらでもあるのだが、せっかく集まってきた志願兵をこのまま遊ばせておくのももったいない。

 いや、それ以前に、これだけ大勢の人間をそのまま放置しておくと、すぐに喧嘩などをの余分な混乱やトラブルの元であるような気がした。

 この場を取り仕切る立場としては、それなりに忙しくさせておく方がなにかと安心できるのである。


「実際に戦う者は、総数のせいぜい一割前後になるはずだ」

 ファンタルは通信も併用して洞窟衆の関係者にそう告げる。

「今回は、かなり広い範囲に散らばって動くことになる予定だからな。

 むしろ、戦闘行為そのものよりも、連絡を途絶させないようにしたり荷物を迅速に移動させることの方がずっと重要になる。

 それに、素人を使えるところまで仕込むだけの時間的な余裕もない」

 ある程度馬や武器の扱いに長けた者を選抜して、実戦部隊を編成する……と、ファンタルはいった。

「……それに、わざわざこんなところまでいくさをしに足を運んで来たやつらだ。

 血の気もそれなりに多いことだろう。

 最初にある程度発散させておかないと、この先とんでもないところで暴発して貰っても困る。

 それに、最初に洞窟衆の者たちの実力をその身で確かめて貰えば、それ以降ずっと聞き分けがよくなるはずだ。

 うちは女の比率が多いからな。

 ちゃんと実力を示しておかないと、勘違いしてつけあがるやつが出てくるかも知れない。

 いや、きっと出てくるだろう。

 舐められないためにも、最初にガツンとかましておけ。

 そうしておけば、それ以降は聞き分けがよくなるはずだ」

 今回は、馬術並びに騎乗での武器の取り扱いに慣れてかどうかを第一の選考基準とする。

 これからの想定されている作戦によると、何日も馬に乗って移動し続けるはずだからだ。

 いい人材が居れば、そのままこちらから周辺に出す偵察部隊に配置する予定だ……などとファンタルは細々とした事柄について説明し、それが終わると今度はその他に今日予定されていることを伝えた。

「……まず、井戸関係の部材ならびに食糧など消耗品の荷物の搬入が、本日から本格的にははじまる。

 これはエネラクナやガルメラ、ブリュムル、アジエスなど周辺諸国に先行して潜んでいる偵察部隊が発注し用意させていたものだ。

 そうした輸送隊はこの土地に近づいてきた時点で連絡が入る手はずになっているので、係員の者は荷物の置き場所を指定してうまく捌いておいてくれ。

 それから、ハザマ領からメキャムリム姫に率いられたブラズニア領の文官ご一行が本日づけでこちらに到着する予定だ。

 こちらの方々が天幕を張る場所もきちんと空けておくように。

 居留地とこちらを繋ぐ通信網についてだが、目下敷設を急いでいるところであり、具体的な開通日時はまだはっきりしない。

 場合によっては、こちらから人手を出して中継用の通信タグを置いていくこともあり得るので、そのつもりでいてくれ……」

 

「水位は?」

「樽に九分目っていうところかな」

 風車塔に登って貯水槽の中を覗きこんでいた技師が、地上にむかって大声を出した。

「それだけ溜まっていれば十分だな」

 地上に居た技師はそういって、貯水槽から延びた青銅管に取りつけてあったバルブを開く。

「弁を開くぞ」

 バルブを開けたとたんに、貯水槽に溜まっていた水が音を立てて青銅管の中を走っていった。

 貯水槽から延びた青銅管はなにもない荒野にむかっていて、その先々で、水飛沫があがる。

 青銅管のそこここに細かい穴が開けられており、そこから水が漏れているのであった。

「意外に勢いがあるな。

 よく飛んでいる」

「それなりに圧がかかっているからな。

 あとは、風が吹く限りずっと水を撒き続ける。

 水を撒くためにこんな風車塔を作ったと思うと、かなり無駄なことをしているような気分になってくる……」

「まるっきりの無駄にはならないそうだ。

 ただ、具体的な成果が出るのは何年も先のことだろうということだけどな」

「荒れ地に水を撒き続けて、草木を茂らせて、徐々に土壌を改良していって……。

 金になるような作物を育てられるようになるまで、さてどれくらいかかるやら」

「最初のうちは家畜用の飼料でも収穫できれば上々、ということだ。

 いずれにせよ、ずいぶんと気の長いことだが……」

「ま、金を出すハザマ領のお偉いさんがそれで納得しているんなら、おれたちが文句をいう筋合いでもないけどな。

 今日は二つ目の井戸の続きからだったけか?」

「ああ。

 別に急ぐ必要もないだろう。

 風車塔の部材がまだそんなに届いていないからな」

「噂では、今日あたりからどんどん届くということだが……」

「ま、おれたちはおれたちの仕事をするだけだ。

 井戸掘り屋さんたちはかなりもう三つ目の井戸に取りかかっているということだし……」


 エネラクナ国のオンスナタに出向いた先行偵察隊が現地の木工職人や大工に声をかけて風車塔の部材を発注していたように、ガルメラ、ブリュムル、アジエスなど近隣の都市部に居た偵察隊も同じ図面の写しを携えてそれぞれの土地の職人で風車塔の部材を作らせていた。

 それらの輸送隊が今日あたりからこちらに到着するよう、各地を発っているということだった。

 その荷のほとんどが木材であり、それに風車用の布が少々混じる。

 そんな荷物であったから各国でもさほど怪しまれることもなく、堂々と国境を脱することができたという。

 ポンプ部や風車の動力をそのポンプに伝える駆動系の部品についてはかなり精密な仕上げになっており、今の時点ではハザマ領意外では製造不可能の判断されていた。

 そのため、一度エネラクナ国のオンスナタに転移魔法で運び込んでおいて、そこからここまで輸送されている。

 転移魔法で一度に運ぶことができる質量には限度があるため、ブラズニアの魔法兵が小分けにして偵察部隊がオンスナタに確保した倉庫に搬入してあったのだ。

 この部材が、風車塔およそ三十基分。

 オンスナタの倉庫とこの野営地とを馬車でピストン輸送して、続々と搬入される予定である。

 それ以外に、ハザマ領から直接馬車で輸送されている分もある。

 これらの部材をすべて使用して完成させるとすれば、最終的には風車塔は百基以上も完成するはずである。

 井戸掘りや風車塔を組み立てる施工職人も、これから徐々に増やしていく予定だという。

 それだけの人手と、それに金をかけ、とりあえずの目的が「草を生やすこと」というのが……彼ら職人たちには、到底理解し得ない発想であった。


 志願兵たちを選抜するための模擬戦はそれなりに円滑に進行していた。

 というより、ほとんどの志願兵たちは洞窟衆の関係者と対峙するとほぼ瞬殺されてしまうため、時間もかかりようがない。

 剣や槍代わりに木の棒を持たせて徒歩や騎乗で対面し、合図とともに試合をするわけだが……まず例外なく、洞窟衆の関係者によって志願兵側の得物が弾き飛ばされて終わる。

 たいていの志願兵は、

「……え?」

 と要領の得ない顔をして、なにも持っていない自分の手をまじまじと見つめることになった。

 目にも留まらぬ……といういいまわしがあるが、洞窟衆の者たちの動きは、まさにそれだった。

 徒歩であれば、近寄ってくるところも関知できないほどに素早く移動して来て、手元を叩かれる。

 馬に乗って互いに突進していっても、槍代わりの棒を動かす気配さえ感じる間もなく、自分の棒が叩き落とされている。

 そうした結果になっても納得がいかず、しつこく食いさがる者がいないでもなかったが……そうした者たちは、今度は素手の格闘戦でいやというほど地面に転がされることになった。

 それも、大抵の成人男性よりも小柄な、年端もいかない小娘たちに、である。

 腕相撲や本気の握手で腕力や握力を競い合う場合もあった。

 いずれにせよ、そこまで体験すれば否が応でも納得しないわけにはいかない。

 洞窟衆の者たちの身体能力が、とうてい常人の範疇に収まりきらないものであることを。

 模擬戦が終わる頃には、志願兵たちはここでは自分たちが格下であることを認めない訳にはいかなかった。


 馬術や武芸の腕前により選別された志願兵たちは、ファンタルが宣言していた通り、斥候隊やその斥候隊を繋ぐ輸送隊などに振り分けられる。

 大軍同士でぶつかり合うような野戦は今回は想定していないので、実のところ武芸の腕に関してはあまり重視されていなかった。

 一番重要なのは、何日も連続して馬に乗り続けていけるかどうかであり、これは、馬の乗り方を見ればある程度は推測がつく。

 馬に乗ることに慣れている者が斥候隊、遠乗りはあまり得意ではないが、それなりに馬を扱える者は輸送隊、それ意外の者は野営地内での仕事……と半日もかからずにその場に居た志願兵が大別される。

 斥候隊と輸送隊に配置された者は、そのまま支度をしてその日のうちに野営地を発つことになった。

 野営地を発つ者と残る者、比率でいえばちょうど半々くらいか。


「……直接戦闘を行うだけがいくさではない」

 野営地に居残った志願兵を並べて、その前に立ってファンタルは訓示した。

「実際には、最前線で斬ったはったをするよりも補給線の確保や輜重など地味な仕事の方がよっぽど大きく戦局を左右する。

 だから、居残りなったからといってもさほど残念に思う必要はまるでない。

 この野営地は対ガンガジル王国へ打ち込んだ楔であり、ここの存在が今後の趨勢を決する大きな要因となるはずだ。

 実際に戦火を交えることはなくても、ここも立派な最前線であると思って奮起されたし。

 ここでの仕事は、荷物や人の出入りの管理と、この野営地自体を居心地がよい場所にするための仕事との二種類に大別される。

 どちらもいうほどには容易くない、立派な仕事だ。

 たとえば今後発生するであろう膨大な事務仕事に備えてブラズニア家選りすぐりの能吏の方々が今日から当地に入るわけだが……」


 現在この野営地に居る人数の五倍から十倍、場合によってはそれ以上の人数が、数日後には到着する予定であった。

 居留地を発った混合軍に関しては人数がはっきりしているわけだが、周辺諸国から手弁当で勝手にやってくる志願兵に関しては、今の時点ではっきりとした人数が予想つかない。

 通信網で振るって片っ端から救援を求めていたから、とにかく膨大な数の人と物が集まってくるであろうということだけは、はっきりとしている。


「……そうして集まってくれた人々に温かい食事を与え、できるだけ快適な環境を整えてやることが居残り組の当面の仕事になる。

 毎食の料理から厠用の穴掘り、荷物のあげおろし、天幕設営場所の案内まで、やるべきことはいくらでもある。

 時間はいくらあっても足りないくらいだし……」

 ここも立派な戦場であるという事を、どうか肝に銘じて頂きたい……とファンタルは告げる。


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