捕虜の処遇
「なーにぃー、ここぉー」
「っていうか、廃墟ぉー?」
「どーでもいいけどぉ、犬くさぃー」
前後に松明を掲げた犬頭人に伴われた一団がぞろぞろとやってくる。
ひどく騒がしいし、それに、臭い。
ハザマは後でその臭いは体臭を紛らわすための香水の臭いだと知るのであるが、この時はとにかく閉口した。
「やや、どうも」
五十前後の小男が、今にももみ手をせんばかりの勢いでハザマに挨拶をして来た。
「あなた様が、こちらの親分さんで?」
「おれたちは盗賊でもなんでもない」
げんなりとした気分になりながら、ハザマはいった。
「親分さんはよしてくれ」
「聞いたところによりますと、なんでもあの赤鬼のヴァンクレスを倒した……と、か……」
途中でその小男は巨大な馬に気づき、その足元に寝そべっていたヴァンクレスの巨体に視線を落とした。
「ややっ! これはっ!
……はぁー……。
本当に、あの赤鬼をやっちまうとは……ははっ。
これはどうも、お見逸れしました。
わたくしめはズムガってぇ、ケチな女衒でして……」
「女衒、ねえ……」
ハザマは背後に控えている女たちとズムガの方に、適当に目線をくれてやる。
「あんたらも大変な目にあってきたと思うが、今後の待遇については善処するつもりだ。
今日のところは休んでくれ」
ハザマのつもりとしては、こんな胡散臭い連中とは長くつき合うつもりはなかった。
適当な口実をつけてさっさとお引き取り願うのが吉……と、いうものであろう。
「ご配慮、いたみいります」
あくまで腰が低い物言いを崩さず、ズムガは続ける。
「うちの女たちも、なにかと役に立つと思いますが……」
「悪いが女なら、こちらも無愛想なのからロリから巨乳から数だけは間に合っている。
井戸は、そこの角を曲がったところにある。
食料も必要ならいってくれ。たいしたものは出せないが少なくとも飢えさせるつもりはない。
あと、なにか用事があったら手近にいる女たちに声をかけてくれ……」
早口に一気にまくしたて、ハザマはズムガと女たちの前から立ち去ろうとした。
「……では、詳しいおはなしは、また明日にでも……」
ハザマの背に、ズムガは声をかけてくる。
とにかく、ハザマは一刻もはやくあの濃密な臭いから逃げ出したかった。
「……ふう」
少し離れた場所にあるたき火の前に、ハザマはどっかりと腰を降ろす。
「盗賊たちは、村に残してきたタマルの裁量に任せるとして……あの人質たちの身の振り方は、どうっすっかなあ……」
「……そんなことを悩んでいるのか?」
いつの間にか近寄ってきたファンタルが、話しかけて来た。
「全員、奴隷に落とそうが売り払おうがどこからも文句は来ないぞ」
「おれがいたところにはその奴隷ってやつがいなかったからなあ。
イマイチ、ピンと来ないんだ」
「奴隷がいなかったのか?
では、犯罪者や戦時の捕虜はどう扱っているのだ?」
「そもそも、おれの国はもう何十年も本格的な戦争をしていない。
それに……犯罪者は、刑務所に閉じこめてタダ飯を食わせているかな。いや、もちろん、その中で労働はあるんだろうけど……」
「どうも、お主の国はとんでもなく平和であるようだな」
「ああ。
元の世界でも、かなり群を抜いて平和ボケしている国だったと思う。
盗賊たちは奴隷にして強制労働でもなんでもさせておけばいいんだろうが、他のやつらは別に本人が悪いことをしたわけでもないだろう?
ただ単に、盗賊に捕まったってだけで」
「強いていえば、運が悪かったな」
「別に厚遇する理由もないんだが、一人一人のはなしを聞いた上で、個別に身の振り方を決めようかと思う」
「お主がそうしたいというのなら、そうすればよい。
今回の件も、盗賊たちがため込んだ財宝と馬車と馬だけでも、十分に元は取れるだろう」
その財宝の方はというと、中身を勘定もせずに荷物としてまとめて犬頭人に持たせて村に残ったタマルの所まで運ばせている。
ここに置いていても、邪魔になるだけなのだ。
「あの女たちも頭が痛いが……一番の問題は、あの、デカブツだな」
そういって、ハザマはまだ息を吹きかえさないヴァンクレスの巨体を指さす。
「バジルの硬直化も効かなかったような相手だ。
奴隷契約の魔法も、どうなんだか……」
「狂化持ちといったか……ふむ」
ファンタルが、少し考え込む。
「……契約魔法のたぐいも無効化できるもの……と、そのように考えた方が妥当であろうな」
「あの馬も凶暴そうだし、身内に抱え込むよりもさっさと解放しちまった方が面倒がなくていいかも知れん」
その馬のおかげで、ヴァンクレスはいまだにまともな治療を受けられずにいる。
昏倒するヴァンクレスに近づこうとする者を、あの馬が軒並み排除しようとするのだ。
今、エルシムが心話で馬に語りかけて、説得を試みている。
「……なにはともあれ……」
ばさ、と、背後にいる誰かがいきなりハザマの体に毛布をかぶせた。
「重要なことは明日にでもどうにかすることにして、今は、さっさと休んでください。
一応、怪我人なんですから……」
リンザだった。
ハザマの負傷は、「今回の件で洞窟衆側が被った、唯一の被害らしい被害」といえる。
損害と利益の大きさを比較すれば、かなりおいしい仕事であったといえよう。
「はいはい」
苦笑いを浮かべながら、とりえずハザマはうなずいておく。
「そうだな。
今夜の見張りなどは、こちらに任せておけ」
ファンタルもそう勧めてきたのので、ハザマは素直にその言葉に甘えることにして目を閉じた。
「貴様か! 貴様がおれを倒した男かっ!」
翌朝、乱暴に小突かれて叩き起こされた。
上体を起こすと、体中に包帯を巻いた赤毛の大男が仁王立ちになっている。
「……あー。
昨日の……」
「ヴァンクレスという!
最後のあの一発は効いたぞっ!」
そういって、「わははははは」とか豪快に笑いながら、ハザマの肩を遠慮なく叩いてくる。
「や。
痛い、痛いって……」
上半身中に矢を受けたヴァンクレスほど重傷ではないものの、ハザマだって強烈な打撃を受けてあちこちの骨に皹が入っている状態なのである。
「すまん、すまん!
ところで、おれの今後の処遇だが……」
「うん。
あんた、扱いが面倒そうだから、さっさとどこへでも行ってくれ」
「……あんたの下で働かせてくれ!」
二人で同時にそういってから、
「「んんっ?」」
と、怪訝な声を揃えた。
しばしの、間。
「……聞けば、兄貴は仲間を捨てて一人逃亡したという。
だとすれば、どの道、盗賊家業は続けられん」
そのままハザマが何もいわないので、ヴァンクレスは大声で先を続ける。
「逃げたことに関しては、いかにもあの兄貴らしいとは思うが……。
そんなことよりも、おれは、なによりも考えることが苦手だ!
この先、自分一人で身の振り方を考えてもろくなことにはならん!
それよりは、多少なりとも人を率いる才覚を持った者に身を預けて置くのが賢明というものだ!
これでも人よりは力があるつもりだし、こと戦闘においては十人並みの働きをしてみせる!
第一、あんたがおれよりも強いことは昨夜のうちに証明されている!
そのおれがあんたに従っても、誰も不思議には思わないだろう!」
「ああ……もぅ……。
わかった、わかった」
ハザマはいい加減にうなずいてヴァンクレスの言葉を遮った。
大声にも辟易したものだが、それ以上にはなしの内容が酷かった。
やっぱ、こいつ馬鹿だ……と、ハザマは思う。
自分の思慮のなさを自覚しているあたりには、好感を持つべきなのかも知れないが。
「あんたの好きにしていいから。いや、好きにしてくれ。
後は……そうだな。
ファンタルさんの指示に従ってくれ。
乳がでかいエルフだから、すぐに見つかると思う。
彼女はすごいぞ。おれなんかよりも、ずっと強い」
ハザマの方針として、面倒なことは可能な限り他人に押しつけることにしていた。
「おお! そうかぁっ!」
ヴァンクレスは「わははははは」と豪快に笑いながら去っていった。
「すぐに朝食にしますか?」
すかさず、リンザが訊ねてくる。
「おう。
そうしてくれ」
朝食が終わった後、捕虜の面接がはじまった。
今後どうしたいのか、一通りの意見を聞いてからそれぞれの処遇を決めるつもりだった。
とはいえ、人数がそれなりにいたので、女たちが分担して一度聞き取りを行い、その中でも個別に詳しいことを相談した方が良さそうだという者だけがハザマの前に連れてこられることになった。
捕虜の大部分は普通の村人であり、もちろん、ほぼ例外なく故郷に帰りたがっていたわけだが、あまりにも遠い村から連れられてきた者に対してはバザル村への移住を勧めることになる。
たとえば、ハザマの前に連れてこられた者の中には、流しの職人がいた。
「流れの指物師、ナナフだ。
息子に店を譲り、開拓村を巡回しながら仕事をしていた。その旅の途中で、盗賊に捕まった」
最初に面接をしたのは、五十がらみのがっしりとした男だった。
「……指物師?」
ハザマが小さく疑問の声をあげると、
「細かい細工物の職人ですよ」
背後に控えていたリンザが、助け船を出してくれる。
「ああ、なるほど」
ハザマはうなずいて、ナナフに聞き返した。
「ナナフさんは、巡回する村は決めているのですか?」
「いいや。
街道に沿って歩いていき、看板が出ている村に飛び込んで仕事がないか聞いてまわる。
どうせ、半ば隠居している身だ。
あてがある訳ではない」
「はあ……なるほど」
楽隠居をしていない所をみると、あるいは、息子に店を譲る段階でなにかしらの事情があるのかも知れないが、ハザマにとっては好都合な返答だった。
「では……それなりの待遇でナナフさんを雇うことは可能でしょうか?
ふさわしい報酬も用意しますし、ある開拓村に専用の工房も用意します」
洞窟に残された、それに、今回の戦利品である財物の中には、金銀や宝石類の他にも繊細な浮き彫りを施した食器や貴金属の装飾品などが含まれている。その中でも細かい破損があるものを手直しして処分すれば、売値が何倍にも跳ね上がるもの多い……と、以前、タマルが愚痴っていた。
犬頭人にせよ盗賊にせよ、高級品の扱いに長じているわけではなかったのだ。
「本当か?」
ギロリ、と、ナナフは目を剥いてハザマを睨む。
「もちろん、ナナフさんさえよかったら……ですが」
断られたら、すぐに解放するつもりだった。
「いや。
お願いすることにしよう。
もともとおれは、仕事さえできれば文句はない」
「では……馬車を出すまで、しばらく休んでいてください」
あるいは、目下没落中の下級貴族の一家がいた。
七十以上に見える老人と、十代半ばの少女、それに十歳前後の少年の三人である。
両親を亡くし、遠縁の元に身を寄せるための旅をしている途中で、盗賊に捕まったという。
そういわれてみれば、なるほど、姉と弟は上品そうな顔をしている。
姉はハザマに厳しい目線を送り、弟の方はなぜか恍惚とした表情でハザマを見つめてくる。
「そちらの事情は理解できました。
しかし……どうするかな?
本来の行き先は、ドン・デラといいましたか……」
以前、タマルとの会話に出てきた宿場町の名だ。
たしか、馬車でも片道二十日以上はかかるとかいっていたような……。
「……かなり、遠いですね」
「乗合馬車ごと、捕縛されたのだ!」
老人が、杖を振り回して力説した。
「本来なら、安全なはずだった!」
この老人は、どうやら癇癖が強いらしい。
「あなた方を捕縛した盗賊はわれわれに制圧されました」
ハザマは、静かな声で指摘する。
「ですが、そのわれわれにもあなた方の身の安全を保障しなければならない義務はありません」
「……知ってる! 見てたよ!
おじさんが盗賊のヴァンクレスをやっつけるところ!」
突然、少年が、大きな声を出す。
「止めなさい、クリフ!」
少女が、少年を制した。
「こいつらも、盗賊みたいなもんなんだから!
それも……異族を率いた盗賊なんて、聞いたことがない!」
「なんだよ!
姉さんなんか……姉さんなんか……。
ね、姉さんの代わりに……ぼ、ぼ、ぼくは、あ、あいつらに、あいつらに……あんなことを……何度も何度も……」
いきなり少年が泣き出したので、一家の面談は改めて行うと告げて後回しにする。
……いろいろ、複雑な事情があるみたいだった。
「ゴグスと申します。
ネイネス商会の手代をしておりましたが……はて、今でも籍があるのやら」
にこやかにそう挨拶をして来たのは、四十すぎの中年男だった。
「商談へ向かう途中の乗合馬車で、盗賊に捕らえられまして……ごらんの有様です」
「ゴグスさんは、そのナイネス商会に復帰したいとお望みですか?」
「望んでも望まなくても、もう復帰は無理でしょう」
恬然とした態度で、ゴグスは肩をふくめる。
「商会の内部でも競争は激しかったので、今から帰ってもわたしの席はすでに誰かに取って代わられています」
「なるほど」
ハザマはうなずいて、少し考えてみる。
「その商会で、ゴグスさんはどんな仕事をしていましたか?」
「主として、買いつけですな。
貴族連中が税として集めた穀物に値をつけて取り引きしたりなんだり」
……商人というよりは、相場師に近いのかな? と、ハザマは予想する。
「例えば……護衛を何人かつけて、ゴグスさんに穀物の買いつけを頼むとか……そういう依頼を出すことは、可能ですか?
もちろん、穀物の代金とは別に、手数料はお支払いします」
ハザマの突然の依頼に対し、ゴグスは一瞬、虚を突かれた表情になった。
「それは……それがこちらの本業みたいなもんですから、ご依頼があれば喜んでやらせていただきますが……」
「おそらくお願いすることになるかと思います。
詳しいことは、村に残っているタマルという娘に聞いてください。
ご足労を願う形になりますが、みんなと一緒にまた馬車に乗って移動する形となります」




