三ヶ国の状況
「……例の物の仕上がり具合は、どんな感じですか?」
『だいぶ以前から、人を増やして増産体制に移行してはいる』
ドワーフのムススム親方がハザマの問いに答えた。
『一日あたり、十本くらいは生産できる状況だな。
これだけ作ると、物余りにはなるんじゃないのか?』
「いえいえ。
まだまだこの領内でも商業地区以外のところまでは行き渡っていませんし、それに以外に外から来た商人さんたちも買いつけていきますからねえ。
それに今度、派手に売り込みをかけることになりそうですし、物はいくらあっても困るってことはありません。
遠慮せずに、バシバシ作っちゃってください」
『ま、確実に金にあてがあるんだったら、こっちも文句はないんだがな』
ムススム親方はため息混じりにそういった。
『あいつは、作るのに以外に手間がかかるし、できあがったらできあがったで今度はかさばって置き場所に困るしで、なかなかの難物ではあるからなあ。
今度から、できればできあがったやつを片っ端から別の場所に運ぶように手配してくれ』
「はいはい。
それくらい、おやすいご用で」
ハザマは機嫌がよい声で返答する。
「さっそく手配しますわ」
鍛冶屋部門との通信を切ったあと、ハザマは早速リンザに指示を出して早速馬車の手配をさせた。
「例の物、問題の場所まで移動する手配をしておいて」
「また、馬車ですか」
リンザはため息を混じりにいった。
「馬も人も手配はつきますが……本当にあれば、そんなにいっぱい捌けるものなのですか?」
これまでにも、ガンガジル王国への対策をはじめてからこの方、あのかさばる荷を何度かに分けて送りつけている。
合計すれば、かなりの数になるだろう。
「大丈夫、大丈夫」
ハザマは軽い口調で答えた。
「現地では絶対に必要になるもんだし、それに、将来的な需要も十分にある。
この機会に、せいぜい売りつけてやるさ」
エネラクナはブリュムルとガンガジル王国の二国に国境を接している国である。
そのエネラクナの端に、人口三万ほどのオンスナタという町があった。
この近辺にしては珍しく水利に恵まれており、町の周囲には畑が広がっていた。
その豊かさゆえ、過去何度か他国の侵攻を受けた事例があり、エネラクナは五千の兵からなる常備軍をこの町の郊外に置いており、市街地は頑強な防壁で囲まれている。
その市街地の中に、洞窟衆が手配した先行偵察隊が潜んでいる。
ブリュムルともガンガジルとも近い、この町の地の利を生かした出先機関、というわけであった。
このオンスナタでは、偵察隊は堂々と、
「洞窟衆の者です」
と名乗り、
「商売のために来ました」
といって、それなりに大きな建物を長期契約で借りていた。
この土地では別に身分を詐称する意味がない……ということもあったが、それ以上に、今回のトラブルが終わっても、このままここで商売をする予定があったからだ。
これまで、領内の整備などに手を取られて外部への干渉は控えていたわけだが、どうせ商売をするのならば外から来た商人に任せるよりも自分たちの手でやった方がいい。
主に、利益率という点で。
そうした仕事に慣れているハザマ商会に一任するのも手ではあるのだが、どの道山岳地方面の商売は洞窟衆が直に関わっているわけだし、それに洞窟衆の内部で商人としての経験を積む機会を増やすことにもそれなりに意味があった。
本来の予定では、もう少し領内の状況が落ち着いたら……とか予定したわけであるが、今回のガンガジル問題にかこつけて予定を前倒しにした形であった。
オンスナタの偵察隊は、偵察隊としての業務、すなわち、ブリュムルとかガンガジル王国と出入りする関係者の拠点として機能しながらも、平行して倉庫件店舗となりうる建物を確保したり、オンスナタの職人や商店に声をかけて必要な物品を発注したり買いつけたりしていた。
洞窟衆の出先機関……という表むきの機能と一般にはまだ秘匿する必要がある裏むきの機能を、ここしばらく同時に実現していた形である。
そして、この表むきの機能のおかげで、人や者の出入りがこの建物で多少激しくなっても特に不自然ではない、格好な偽装にもなった。
「ええと……お酒を二十樽と、それにできるだけ大きな酒樽を、手配できるだけ買いつけて、っと……。
この件については、昨日、作り酒屋に人を遣った、と……」
「おつまみはどうしますか?」
「当日までには、本部の方から肉類がどっさりと届くはずだから。
混成軍の中に食糧とかをどっさりと積んだうちの荷車がいくつか、混ざっているはずなんだよねえ」
「うちからもいくらか買い足しておきましょうか?」
「ああ、そうだね」
オンスナタ支部の会計担当者は頷いた。
「食べ物はいくらあって余るってことはないだろうし……。
それに、なんだかんだで人数も予定よりは増えることになるようだし……。
今の時点で、何人っていっってたっけ?」
「混成軍の総数ですか?
ええっと……昨日の報告の時点では、公式に確認されているだけで三万っていうことです。ただしこれは、補給とか輸送に関わる人たちも含んだ人数になりますから、純粋に戦闘に参加する人数はこのうちの何割かになるのでしょうけど……。
これ以外に、手弁当で勝手に兵を出して居る人たちがかなり居る模様ですが、こちらの人数は今の時点では確認のしようがありません」
「……うん。
やっぱりこっちでも一応、食糧の買いつけはしておきましょうか」
会計担当はそういってまた頷いた。
「小麦もまた少し値上がりしているしねえ。
今のうちに、少し多めに買いこんでおいた方がいいかもしれない」
「……すいませーん!」
新たに部屋に入ってきた者が、会計担当に声をかける。
「厨房を改装する職人さんが来ているんですけどー」
「ああ、はいはい」
会計担当は慌てて椅子から立ちあがった。
「今、行きます!」
この建物の一部を改装して、揚げ物や蒸し饅頭などの目新しい総菜や軽食をここで製造して販売する予定なのであった。
「……なんと、呑気な……」
王国王都影組から派遣されてきた男は、部屋の片隅に陣取って頭を抱える日々だった。
この男は他の影組との繋ぎを取るために、ここ数日、この場に待機しているわけだが……。
なんというか、周囲の雰囲気と普段の仕事をしているときとの雰囲気とのギャップに思い悩んでいるようにも見える。
「まあ、まあ」
ブラズニアの魔法兵の一人が、そんな風にいって影組の男を慰めていた。
「こうして現地に溶け込むのも隠密行為のための重要な役割でもあるわけですし……。
それに、彼ら洞窟衆と組んでいるときは、少なくとも食事の面では恵まれていますよ」
「……確かに、食事の面で不満はないのだが……」
影組の男は、それでも渋面を作り、不満を表現していた。
「他の場所に散った同僚たちの苦難を思うと、自分だけ安穏としていることに引け目を感じてしまうのだ」
「……ああ、それは……」
そう聞いて、魔法兵は複雑な表情になった。
……他の場所の偵察隊が、そこまで殺伐とした任務を遂行してはいないということを知っていたからである。
たとえば、ブリュムルの各所に散った偵察隊は、地道な情報収集と平行して現地の反ガンガジル勢力と接触して、ガンガジル王国軍の動向などに関する情報や資金を提供するなどして支援していた。
……といえば、表面上は聞こえはいいのだが、実体は連日飲めや歌えやのどんちゃん騒ぎに磯しているようだった。
このブリュムルという国は開拓民が集まって作りあげた国であり、この地域には珍しく王制ではない。
なにかしらの決議を必要とする場合はそれぞれの地区かだ出した代表者を集めて会議する、いわゆる議会制で国事を動かしているわけだが……この議会も実体は各地の有力者や大地主の談合といった雰囲気であり、ありたいにいってしまえば国民の中に「国を成している」という意識が極端に薄かったりするのだ。
国民のほとんどが開拓民かその子孫であるため、自立自尊の気風が強く、一丸となって外国の勢力と戦おう……という風潮がきわめて起こしにくい。
今回のガンガジル王国による併呑も、そうしたブリュムルの風潮にうまく乗った一面もある。
目下、偵察隊の面々が接触しているのも、「反ガンガジル王国派」というよりも、ただ単純に「やつらがデカい顔をしてそこいらを通っているのが我慢ならん!」と思っているだけの、不平不満を持っ持て余しているだけの連中だったりする。
こういった連中が、同じような思惑を持っている者たちと連帯するわけでもなく、単独で暴発してはあっさりとガンガジル王国軍に制圧される……ということが繰り返されているわけであり……偵察隊としては、この連中をどうにかして組織化して、戦力として数えられるくらいにしたいと思っていた。
しかし、この手の連中の大半は、実に景気よく酒を消費しては管を巻くだけであった。
王制ではなく合議制で、余所者にしてみれば掴み所がないという点では同じくガンガジル王国に併呑されているアジエスも似たようなものだ。
このアジエスは国土の半分以上が山地であることからもわかるように、国民の半数以上が部族民であった。
平地に住んでいる者たちもそのなりに居るのだが、いや、それどころか、人口比でいえば平地民の方がかなり多いはずなのだが、しかし実質的な戦力としては圧倒的に山岳民たちの方が勝る。
少し前までは一方的に略奪をしたりされたりしていた者たちが無理にひとつの国を形成しているわけであり、アジエス内部での平地民の発言力は極端に少なかった。
こうした事情を考慮し、アジエスの偵察隊は情報収集と平行して国内の有力部族を接触し、どうにかガンガジル王国との関係を絶つように交渉を続けようとしている。
このアジエスの部族民たちが部族連合から離反した十五の部族とガンガジル王国との仲介をしているような節もあり、かなり難航していた。
まだこの地に混合軍の兵力が集結していない以上、武力をちらつかせての威圧外交は不可能であり、この時点ではどうしても利益をちらつかせての買収工作のような様相を呈してくる。
アジエスの山地に入っていって、各部族の有力者に接触し、そこで談合するわけだが……その場すぐに色よい返答をくれるわけもなく、何度も通いつけて叛意を煽るような形となる。
これもまた、具体的にいうと、酒宴になることが多かった。
ガルメラは、噂にあった通り、どうやら反国王派ともいうべき貴族たちがガンガジル王国と結託し、王家の一門を王城内に事実上幽閉している様子だった。
王城の周囲はガンガジル王国軍と一部貴族の私兵により厳重に警護されており、つけいる隙はほとんどないように見えた。
ガンガジル王国軍を快く思っていない貴族たちも、王族を人質に取られている形で身動きが取れなくなっている……ようだった。
実はこの国の貴族のうち、誰が国王派で誰が反国王派であるのか、特に外部の者の目にはにわかに判別しがたかったりする。
このような場合、世評と本心が乖離している例は往々にあったし、国王派の貴族にも反国王派の貴族にも、それぞれに自分の本音を偽って「敵」の内情を探ろうとしている貴族が少なからず含まれていた。
貴族社会の中でも腹のさぐり合いが現在進行形で続行中であり、下手に誰かに手を貸すと即座に内乱状態に移行しかねない危うさがある。
このガルメラの武装勢力は大半が各貴族の私兵により構成されていた。
今の時点では、表面的にはガンガジル王国軍を受け入れ、穏当な雰囲気を維持しているわけであるが……下手に煽ればすぐに炎を吹き出すような、燠火のような危うさがあった。
こうした三ヶ国それぞれの状況の中で、それぞれに散った偵察隊は黙々と情報を収集し続けた。
そのまま、現在の状況に影響を与えることは無理であったとしても、各地のガンガジル王国軍の総数や移動状況などを集計し、毎日のように居留地にある総司令部に伝えていた。
いずれ、この近辺に混合軍が集合したあかつきには、敵軍の動向を手に取るように把握していれば、戦況にも大きく影響していくはずだった。




