王都からの珍客
「……その、いくつかの鉱山の方はどうなっているんでしたっけ?」
ハザマは誰にともなく訊ねた。
「前に聞いたときには、坑道の中にネズミかなにかが大発生して、そいつを駆除しない限り採掘作業が再開できないとかいってたような気がするんですが……」
「ズブラスの方はだいたい駆除が終了し、それで空いた手を周辺の警戒に回すように手配をしておいた」
ファンタルが即答する。
「ダムレスレの方はまだ駆除の途中だな。
あそこはひときわ規模が大きいから、完遂するまでにもうしばらく時間がかかるはずだ。
いずれにせよ、あちら方面に回している者たちはだいたい狩りにも慣れた、森歩きもできる連中がほとんどだ。
首尾に関していえば、まず心配はいらないだろう」
獣用の罠は容易に対人用に転化可能である。
大勢の森歩きが総出で森の中を罠だらけにするのは、こちらにむかってくる相手の交通手段を限定する方法としてかなり効果的だった。
あとは細い山道に見張りをつけるなり封鎖するなりすれば、かなり確実に交通を遮断することが可能なのだ。
特に冬場では、雪に足を取られて確実に行軍速度は低減する。
「……これまでに運び込んだ食料の量からいっても、どんなに甘く見積もっても春になるまでは十分に持ちこたえることができるだろう」
ファンタルはそう結論する。
別にこうなることを見越して食料を送ったわけでもないのだが……。
「まあ、結果オーライ、ってところかな」
そういって、ハザマは頷く。
「で、今後の洞窟衆の方針なんだが……なにか、意見がある人は居るかな?」
「……あの、いいですか?」
それまで背後でおとなしくしていたクリフが、片手をあげて質問する。
「洞窟衆の軍が三ヶ国に出兵するのは、もう決定しているんでしょうか?」
「いや、まだ未定だ」
ハザマはあっさりと答えた。
「で、いいんですよね?
ファンタルさん」
「そうだな」
ファンタルは頷く。
「まずは現地の状況を確認してみないことには、対策も立てられん」
「敵さんの規模がわからないと、こちらの人数や規模も決定できないわけでさ」
ハザマはクリフに解説する。
「だからこそ、まずは真っ先に偵察部隊を送るわけでね。
中央委員から依頼されているのも、そのことだけだし……」
「ですが、先ほどの三ヶ国の人たちはずいぶん鼻息が荒かったような気がしますが……」
クリフは食い下がってきた。
「それは、それ。
あの人たちにとっては、祖国が占領されたわけだからさ、そりゃ、感情的にもなるよ」
ハザマは淡々と答える。
「でも、おれたちにとっては他人事だ。
こういっちゃなんだが、洞窟衆が彼らに援助しなければならない理由っていうのは、実はないんだ。
とりあえず、偵察結果を検討するのが先決だけど……その結果によっては、三ヶ国を奪還するための軍事行動には参入しない可能性も十分にある」
「ずいぶんと露悪的ないい方をしますね」
苦笑いを浮かべながら、タマルが発言する。
「ただ、これからの例からいっても、いくさ働きというのはかなり効率がよいお金儲けの手段なんですよね。
ましてや、これだけの規模の作戦です。
財政を預かる身としては、ここで手を引く判断はないと思っています」
「……遠い外国まで大軍を移動させるのは、骨だぞ」
ハザマは口をへの字型にしてそういった。
「軍資金だって、たっぷりと必要になる。
果たして、割に合うのかどうか……」
「……分かっている癖に」
タマルは半眼になってハザマの顔を睨んだ。
「今回、三ヶ国ならびに十五部族を統合しようと企んでいる者たちを快く思っていない人たちは大勢います。
というか、その近くにある国々ほど警戒を強めているでしょう。
その潜在的な仮想敵を征伐に行くとなれば、たいていの無理は聞いてくれるはずです。
たとえば……戦地まで移動する際に必要となる兵糧などは、先に声をかけておけば提供してくれる国は多いのではないでしょうか?
いえ、すでにマヌダルク姫あたりが中心となって、道程にある国々に協力を呼びかけているはずだと予想します。
おそらくは、洞窟衆が参加するのか否かにかかわらず、今回の出兵は王国のみならず周辺諸国を巻き込んだ大規模な多国籍軍によるものになるのではないかと……」
「さらにいうとですね」
バツキヤがタマルの説明を補足しはじめる。
「今回、中央委員の依頼が、なぜ偵察任務だけだったのか?
それは、洞窟衆にそういう現状を伝えれば、その情報はそのまま王国なり他の居留地の関係者に流れていくと予測していたからです。
そうなれば、そうした情報を受け止めた側は勝手に自分の権益を守るために動きだすはずで……。
黙っていても、その仮想敵の背後をかき乱してくれるものと思っているからです。
なにかと足場が緩くなっている部族連合にしてみれば、ここで無理をして事態の鎮圧にむかうよりも、この一冬を勝手に平地民同士で争わせ、いい具合に消耗した頃合いまで待ってから、春先にでも悠々と軍を移動させればいい」
「そういうわけでだなあ」
最後に、ハザマが引き取った。
「洞窟衆としては、この動きに乗るか無視するか、という選択になってくるわけだ。
無視すれば、もちろん傷も負わないわけだが、利益もない。
乗る場合は、もちろん相応のリスクはあるわけだが、その代わり戦利品も得られる可能性もある。
今回判断しなければならないのは、そういう選択なわけだ」
その日の正午になる前に、山地月報の号外が大量に刷られて居留地周辺に配布された。
ハザマたちが知り得た今回の政変について、判明していることのみを簡素な文面でまとめただけの内容であったが、この月報は居留地に人々を震撼させた。
「またいくさかよ!」
「ガンガジルが、エジアス、ガルメラ、ブリュムルを併呑したって?
なんで、またそんなことに……」
「これでまた、穀物の相場があがるぞ」
「それと、鉄もだな」
現在、居留地に在住する者は、各国から派遣されてきた官吏か商機を狙ってやってきた商人、それに、居留地建築のためにやってきた技師たちくらいなのであった。
官吏たちはこの月報が配布される前に、エジアス、ガルメラ、ブリュムルの三ヶ国の関係者から口コミで噂を聞きつけ、戦慄しつつ本国と連絡を取っていた。
商人たちはなにかこの状況からなにを仕入れ、どこで捌けばいいのかといった算段をしはじめ、技師たちはそうした状況などにはあまり関心を持たず、黙々と自分たちの仕事をこなし続ける。
この時点で洞窟衆の通信網はトンネルのむこう側にも延びていて、いくつかにの国の首脳部と居留地を繋ぐ線も開通していた。
ただ、その通信網も、まだエジアス、ガルメラ、ブリュムルの三ヶ国がある場所までには届いていなかったが。
「……王都からの使者が面会を求めています」
その日の昼過ぎに、ハザマの元を訪ねてきた来た者たちが居る。
昼食を摂った直後、あくびをかみ殺していたハザマは、あわてて口を閉じていった。
「執務室に通してくれ」
早速来たなあ、と、ハザマは思う。
この状況だと、王都からなんらかのリアクションがないと、おかしいのだった。
執務室に入ってきたのは、みすぼらしい身なりの若い男を左右で支えている者二名と、それなりに整った格好をしている若い男だった。
その者たちが執務室に入って来るなり、ハザマは、
「……得体の知れないやつらだな……」
と直感する。
役人らしい服装に身を包んでいるものの、どことなく目つきや雰囲気が役人らしくはない。
どこか隙がなさすぎるというか。
軍人とも違う緊張感が、来客たちの体から放たれていた。
「王国からの刺客ですか?」
挨拶をする前に、ハザマは試しに軽口を叩いてみることにした。
「最近は、王都に弓引くような真似もしていないはずなんですが」
「お戯れを」
どうやら連中のリーダー格らしい男が、少しも表情を変えずに応じる。
「われらは、こう見えても代々王家からある使命を下されている家柄の者でして。
そうですね。
こういえばわかりやすいですかな。
……われらは、王家影組。
王名により、今回の探索行動に同道するようにいいつかってこの地に参上しました」
……ありゃま。
と、ハザマは他人事のように考える。
リアルにニンジャっぽい人たちが来ちゃったよ。
いや、今回の状況下では、この手の人たちが来てもおかしくはないんだが……。
「……ちなみに、こちらに拒否権は?」
「……あるとお思いですか?」
そのリーダー格は、まじまじとハザマの顔を見返したあと、やはり真面目な表情を崩さずに答える。
「このハザマ領も、国王陛下に下賜された領地でしょう。
それくらいの融通を利かせてくれても、いいはずです。
それに、こちらにも必要以上に負担を強いる予定はありません」
……ま、そういうだろうな。
と、ハザマは思う。
「では、そのように手配をいたします」
ハザマは、あっさりと頷いてそういった。
「ブラズニアの方へはもうはなしを通していますか?」
「無論」
そのリーダー格は重々しく頷く。
「われらは、全員転移魔法を心得ておりますからな。
魔法兵の方にも負担をかけることはありません」
……だったら、勝手に自分たちだけで調査でもなんでもしていろよ、と思わないでもない。
だがまあ、おそらくは、こちらの動きを探るのも兼ねての派遣されて来たんだろうなあ……と、ハザマは予想した。
「了解しました。
今、うちの者に案内させます」
そういいながら、ハザマは通信でファンタルを呼び出す。
現在、偵察隊は出立をする準備をしているはずだった。
「それで、そちらの人数は、全員で何名ほどになりますか?」
「その前に」
リーダー格が合図をすると、背後に従っていた二名がみすぼらしい男をハザマの目前に運んでくる。
そのみすぼらしい男は、左右から支えられていないと足の運びもあやしいくらいに疲弊している様子だった。
「この者の身柄を、お引き取りください。
尋問を終えてもはや用済みとなった、戦犯のザメラシュです」
執務室の机に手をついたザメラシュは、落ちくぼんだ眼窩の底からうつろな眼差しでハザマをみあげた。
「……なんとも、まあ……」
煮ても焼いても食えないおみやげで……といいかけて、ハザマはあわてて口を閉じる。
偵察隊についていえば、洞窟衆からは、使い魔を使役できる者を中心として選抜された。
直接三ヶ国内に潜入する者、まず近隣の諸国に移動してから行商人などに返送して三ヶ国内に潜入する者……など、何班かに別れて行動するという。
そこに急遽、王国影組が合流してきたおかげで、出発が少し遅れることになった。
準備といっても、今回は食糧などの物資は現地で調達可能なのである。
むしろ、そうした物よりは、役割分担などの打ち合わせに時間が必要な状態だった。
影組が参入してきたことによって、それまでの段取りを一度白紙に戻してやり直さなければならなかった。
結局、偵察隊がハザマ領内から姿を消したのは、夕刻近くになってからだった。
戦犯として王都で尋問されていたザメラシュについては、どうしようかと少し悩んだ末、ハザマはトエスに丸投げすることにした。
ザメラシュは衰弱が激しく、しばらくは日常的な活動をするのにも不自由しそうな様子だった。
まずは休養を取らせて……それからは、しばらく子守でもさせておくかな。
と、ハザマはそんなことを考えている。
「いや、こんな病人、うちに預けられても困るんですけど」
呼び出されたトエスは、ザメラシュの様子を一瞥してすぐにそんなことをいった。
「この様子じゃあ、どちらかというと、しばらくはムムリムさんのところに預けておくいた方がいいんじゃない?」
「でも、少なくとも外傷はないみたいなんだよな」
ハザマはいった。
「粥でも啜らせて休ませて、しばらく様子をみてくれ。
回復しないようだったら、ムムリムさんとこに相談……って線で頼む」
「いいけど」
トエスは軽く顔をしかめる。
「死んでもしらないよ」
「いいよ、別に」
ハザマはあっさりといった。
「ぞんざいに扱えともいわないが、無理して助けようとしなくてもいい」
このザメラシュの母親であるアリョーシャ以外の者から、ザメラシュを丁重に扱うようにという要請はされていなかった。
そのアリョーシャだって、別にザメラシュのことを後生大事に扱ってくれることまでは期待していないだろう。
「そういうことなら、いいけど」
トエスは、しぶしぶといった感じで頷いた。
「これ、元気になったらこき使ってもいいね?」
「好きにしろ」
ハザマはいった。
「他に迷惑をかけない限りは、どうしたっていいさ」




