仮庁舎での打ち合わせ
そんなことをしているうちに、仮庁舎への呼び出しが来た。
場所は、クリフが知っているという。
「本格的な庁舎はこれから作るそうですが……」
道案内をしながら、クリフがいった。
「……それまで、業務を行う場所がないというのも困りますからね。
仮にでも、各種受付や事務仕事をする場所を作っておかないと……」
クリフに案内された仮庁舎は、木造二階建てのなかなか大きな建物だった。
「これで、仮なのか?」
ハザマは確認する。
「これでも、かなり手狭なんだそうですよ」
クリフが答えた。
「現に作業員の受付とか登録は、別に保険関係の窓口を設けているそうですし」
日々流入し続ける人員の整理は、実質まずそこで行われているらしい。
そこで保険証の発行などが済んだ者から順に、仕事を割り振られる。
そうした内むきの役割とは別に、開発事業関係の意見調整を行ったり対外的な窓口と機能するのがその庁舎、というわけだった。
その仮庁舎の内部は照明魔法によってかなり明るく照らされていた。
そのせいか、割合大勢の人間が居るのにも関わらずがらんとした印象を受けてしまう。
入り口を入ってすぐに一階部分はほとんど間仕切りのないだだっ広い構造で、多くの者が通信魔法で何事かやり取りしていたり、机にむかって書類と格闘していたりする。
ほぼ全員がなんらかの仕事をしていて、ハザマたちが入ってきても顔をあげる者はいなかった。
……結構、厳しい状況のようだな……という印象をハザマは抱いた。
よくよく考えてみれば、各種商取引やら領地開発だけでもかなりの事務仕事や意見の調整が必要となる。
それに加えて、山岳地方面の動乱にも対応しなければならない状態だから、こちらはこちらでオーバーワーク気味なのだろう。
「会議室やなんかは、二階になります」
クリフに先導されて、ハザマたちは階段へむかった。
「ハザマさんの実務室もありますよ」
「ずいぶん、忙しそうだな」
階段を昇りながら、ハザマが呟く。
「それは、もう」
クリフは頷いた。
「なんにせよ、仕事は増える一方ですから。
使える人員をいくら育成してもまだまだ足りないといわれるくらいですし」
「教育関係は、力を入れて欲しいね」
「今でもかなり力を入れていると思います。
そうしないと、間に合いませんし」
クリフによると、少しでも見込みがありそうな者がいたら片っ端から確保して報酬で吊るなどして身柄を拘束し、短期間に知識を詰め込むだけ詰め込んで現場に放り込む……というのが最近のやり口らしい。
教師役を勤める者も、使えるところまで仕上がった人数によって報酬を与えられるので、教え方を工夫、研究して少しでも効率がよい方法を模索しているという。
「新規の人が増えてきただけではなく、間違いなくここには本物の活気があります」
と、クリフはなぜか自慢げにいった。
クリフはハザマたちをいくつかある会議室のひとつに案内した。
なんらかの打ち合わせをする機会は多いので、会議室は大小いくつか用意されているという。
今回、ハザマたちが入ったのは、比較的小さな部屋だった。
そこには、数名の人間がすでに控えていて、ハザマたちを待っていた。
「領主様におかれましては、領地開拓の進捗状況をお知りになりたいとのことで」
ハザマの顔を見るなり、小柄な若い男がそんなことをいった。
「これより、説明させていただきたく思います」
「それはありがたいんだが……」
ハザマはいった。
「……そういうあんたは?
確か、これが初対面だと思うが」
「これはこれは。
申し遅れました」
その男は軽く会釈をする。
「商業地区全般の進捗状況を管理している、シデシアといいます。
管理といっても、各工程の監督者からあがってきた報告をまとめたり、ときおりは調整などをしているだけの者ですが」
ようするに、現場には出ない事務方の責任者、といったところだろう……と、ハザマは納得する。
「そうかそうか」
そういって、ハザマは手近にある椅子を引き寄せて腰掛けた。
「それでは、説明して貰おうかな」
「現在のところ、商業地区は整地を行っている段階です。
それと同時に、上物、つまり、この地区にこれから立てる予定になっている各種施設の設計を行っております。
お隣りの居留地の状況と比べるとかなり遅れているようにも見えますが、その分、帝国の専門家を招くことができて……」
「いや、そういう御託は省略していいから」
ハザマはシデシアの言葉を遮った。
「そういう文句は、外から来たお客さん用に取っておけ。
ここには身内しかいないんだからさ、もっとこう、ざっくばらんに結論から行きましょう。
進捗状況は説明して貰うとしても……その前に。
なんか問題はないかね?」
「……問題、ですか?」
シデシアは、戸惑った表情を浮かべる。
「問題といえば、問題だらけなのですが……」
「まあ、なあ」
ハザマも、苦笑いを浮かべる。
「唐突にはじまることになった大規模工事だ。
混乱や問題がないわけがない。
細かいことは現場の判断に任せるにせよ……その現場レベルでは解決できないような問題は、ないのか?」
「そういうことですか」
シデシアは、納得した顔をして頷く。
「そういうことでしら……資材が、足りませんね。
王国内の物資は、現在のところ居留地用におさえられておりますので……」
「こっちに回ってこない、と」
ハザマも頷く。
「トンネルを抜けたところにある国々に頼れないか?」
「同じですよ」
シデシアは、そういって肩をすくめた。
「そうした国々は、多かれ少なかれ居留地と関係する国とつき合いがありますから……」
新興のこっちと居留地、どちらを優先するのかといったら、問いかけるまでもない……ということらしい。
「では、新規のルートを開拓した方がいいのか」
ハザマは、そう訊ねてみる。
「そりゃあ、できれば」
シデシアは、気乗りのしない表情を浮かべている。
「ですが、その程度のことでしたらすでにハザマ商会に依頼しております」
「うん。
そっちはそっちで、頑張って貰うことにして……」
ハザマはそういった。
「……それとは別に、こっちはこっちで努力してみようじゃないか」
そういったあと、ハザマは通信を使ってバツキヤに連絡を取った。
『……山岳地の現状に詳しい者を、ですか?』
ハザマの依頼を聞いたバツキヤは、怪訝な声をあげた。
「そうそう。
お前が来てくれるのが一番手っ取り早いんだが……」
『あいにくと、今は新しい隊商の編成作業で手が放せません。
代わりに、そういった事情に詳しい別の者をそちらにむかわせます。
今、仮庁舎に居るんですよね』
「そう仮庁舎の……」
「第三会議室です」
クリフが小声でハザマに耳打ちする。
「……第三会議室、だそうだ」
『わかりました。
では、そこにむかわせます。
すぐに着くと思いますが……』
「……なにをするおつもりですか?」
バツキヤとの通信が終わったハザマに、シデシアが訊ねた。
「資材の購入ルートの開拓」
ハザマは、真顔でそういう。
「より正確にいうのなら、そのための準備や打ち合わせってことになるな」
「バツキヤの代わり」とやらが来るまでの間にクリフがどこからお湯と茶器を調達してきて、人数分の香茶を用意した。
クリフが人数分の香茶を配り終わったところで、その会議室に一人の少女が飛び込んでくる。
「……あのっ!」
その少女は、どうやらかなり慌ててきたらしく、肩を大きく上下させていた。
「こちらで、領主様がお呼びになっていると聞いて……来た……ん、ですけど……」
しゃべるうちに、だんだんと、声が小さくなっていく。
「まあ、そんなに硬くならなくていいから」
ハザマはその少女にむかってそういっった。
「クリフ、この子にもお茶を。
それで君が、バツキヤの次に山岳地の情勢に詳しい者、で間違いはない?」
「ああ、はい!」
その少女は顔をあげ、勢いよく頷く。
「バツキヤさんには、よくして貰ってます!」
「うん」
ハザマは頷いた。
「今は、その知識が欲しいんだ。
今、ここで不足しているのは、まず鉄。
それから……」
……なんだ?
と促すように、ハザマはシデシアの顔を見る。
「木材と石材ですね」
ハザマの意図を察したシデシアは即答した。
「どちらも、大量に必要となります」
「鉄と、木材と石材。
それらは、山岳地で調達できるはずだな。
ええっと……」
「マイノといいます、領主様」
少女はそう名乗って、頷く。
「それらの物資についていえば、確かに山岳地で調達が可能です。
……平時であれば、という但し書きがつきますが」
反応が早いな、とハザマは思った。
バツキヤが推挙するだけのことはある。
「では、まずはそういった物資を安全に運ぶためのルートを確保することにしよう」
ハザマはそう宣言した。
「どうせ、この領地の周辺を大人しくさせておく必要があるんだ。
それに、例の追加の隊商の件もあるしな。
山岳地にさらに資金を投下するというのなら、どっかで帳尻を合わせる必要がある」
「今回の援助の代償として、それらの資材を取り引きするように働きかける、ということですね?」
マイノがハザマに確認をしてくる。
「不可能だと思うか?」
「いいえ。
十分に妥当だと思います」
ハザマの言葉に頷いてから、マイノは言葉を濁した。
「ただ……買いつけたとしても、それを運ぶ手段が……」
「まあ、この程度のことはバツキヤも考えているだろうけどな」
ハザマはそういって天井を仰いだ。
「そこでこちらでは、陸路とは別のルートを開拓しようと思う。
陸路だと、大きな物資は運べないし、運べたとしても労力的なことを考えるとまるで割に合わない」
「……と、いうことは……」
それまで黙ってハザマたちのやり取りを聞いていたシデシアがいった。
「水路、ですか?」
「そう。それ」
ハザマは頷く。
「うちには水妖使いが居るからな。
水の上なら、あいつらは、かなり早いぞ。馬車なんて目じゃない。
マイノ。
ここから川沿いに移動するとして、鉄かあるいは石材の産地まで行きつけるか?」
「……石材の産地は、川沿いにいくつか存在します」
考えつつ、マイノは返答する。
「ただ、鉄の産地となると……どれも、直接川に接していません」
「では、近くまでは川沿いに行って、それ以降は陸路で往復するしかないな。
そのルートも考えてくれ」
ハザマはいった。
「あと、そうした物資を取り引きするためにはどういったやつらに声をかけて交渉すればいいのかも。
今わからなかったら、バツキヤにでも……」
「通信で確認してみます」
そういってマイノはしばらく黙り込む。
「……鉄と石材については、今、洞窟衆の中に居る部族民を伴って現地にむかえば、なんとかなりそうです」
しばらくして顔をあげたマイノは、そういった。
「むこうも、今は食料などの援助を欲しがっているということですから。
それから、木材については、今の状況なら、どこの部族でも洞窟衆の援助を歓迎するだろうとのことです」
「それじゃあ、マイノはこのまま川沿いの輸送事業方面の詳細を詰めてくれ。
最初に水妖使いが顔つなぎの部族民を連れて行って、資材を取り引きする許可を貰う。
この先行隊とは別に、川沿いに通信網を構築したり、定期的に物資をやり取りできるだけの船を準備する。
船っていっても、あの川は深さがないから、だいたいは筏みたいなものになるんだろうが……」
「わたしがですか?」
「他に誰がいる」
驚きの声をあげるマイノに、ハザマはいった。
「バツキヤは別件で忙しいし、他に適切な判断ができるやつはいないんだぞ。
将来のこともあるし、予算や人員もたっぷりと使っていい。
他のやつらには、おれの方からいっておく。
シデシアも、この件ついてはこれでいいな?」
「文句はありません」
毒気を抜かれた顔でシデシアは頷いた。
「一番手っ取り早い解決策であるかと思われます。
ですが……予算などについては……」
「こんなところでケチケチするなよ」
ハザマはそういってのけた。
「今後のことを考えてみても、領地開発のための必要経費みたいなもんじゃないか。
発展性のない散財とは違うんだからさ。
領地周辺の部族民たちと普段から良好な関係を維持するってことも、これからは大切になってくるわけだし。
それに……」
資金が足りなくなってきたら、また別の手段で稼げばいいさ……と、続ける。
「……急ぎ、準備を整えます……」
とかいいながら、マイノが心持ちふらふらした足取りで会議室を出て行った。
「資材の調達についてはこれでいいにしても……」
そのあと、シデシアは説明を続ける。
「……次に、開拓事業の進捗状況についてですが……」




