トカゲの紋章
『……こいつら、イヤな匂い!』
「文句をいわない!」
そんないい合いをしながら、ハザマたちは動く死体の一団を始末した。
より具体的にいうと、物理的に叩きのめして、再起できないような破片になるまで分解して無力化した。
その死体たちは、それなりに武装していたのだが、なにかと常人離れしたところがあるハザマたちには、到底適わなかった。
彼らがハザマたちの進行を止められたのは、わずかに数分といったところだろうか?
「先へ行くぞ、先へ!」
ハザマは叫んだ。
「無駄な時間を使うほどの報酬は貰っていないんだ!」
できるだけ短時間で事態を収拾したい、と思っているハザマだった。
そのあとの何度か妨害らしきものと遭遇したのだが、ハザマたちの進行を妨げることはできなかった。
ハザマは、バジルが感じる「よりうまそうな獲物が居る場所」を目指して、洞窟内を進んでいく。
そして、ついに……。
「あれが目的地、かな?」
ファンタルが、呟く。
ファンタルの目線の先には、数体のゴーレムといかにも魔法使いらしい、数人のローブ姿の人間が待ちかまえている。
「前衛がゴーレム、後衛が魔法使いといったところか。
どうする?
ゴーレムには水妖使いの能力は効果がないし、まとにやりあえば、それなりに手こずりそうだぞ」
「だから、まともにはやり合いません、って」
ハザマは、そう答えた。
「そんなにギャラを貰っているわけでもないのに……」
いい終えるや否や、ハザマは自分の肩に止まっていたバジルを掴み、ぶん、とゴーレムと魔法使いたちが控えている方向に投げつける。
「これで、魔法使いは木偶の坊になりました。
あとは、ゴーレムですね。
やつらは、自動で動くもんなんですか?」
「そのように設定もできるし、使役する者の思考で操れる場合もある」
ファンタルは、剣に付与魔法をかけながら答える。
「いずれにせよ、破壊すればいいだけのことだな。
やつらは頑丈なだけで、動きは鈍い。
多少時間は取られるかも知れないが、破壊するのは難しいことでもない」
バジルによって動きを封じられた魔法使いたちは、十体以上いたゴーレムが順番に破壊されていくところを絶望的な目つきで眺めることになった。
ゴーレムを完全に破壊し終わったあと、ファンタルと魔法兵たちが魔法使いたちを次々と昏倒させていった。
完全に意識を失ったことを確認してから、魔法使いたちのローブをはぎ取って細く裂き、それをロープ代わりにして拘束する。
バジルを回収してから、ハザマは悠々と最後の敵が待っている場所にむかう。
そいつがすぐそこに居ることを、バジルが伝えていた。
「……くくくっ。
よくぞここまで……」
「うるせえ!」
一気に距離を詰め、豪奢な椅子に腰掛けて偉そうな口調でしゃべりはじめた老人の頭をハザマは叩いた。
「お前のことになんざ、こっちはまるで興味はないんだよ!」
後頭部を叩かれてた老人は、前のめりに椅子から投げ出され、床の上に伸びていた。
一応、手加減はしている。
死んではいない……はず、だ。
「こいつも気絶させて、ふん縛って、さっさと帰りましょう!」
ハザマは、ファンタルたちにそういった。
「だな」
ファンタルも、頷いた。
「尋問をするのは、この土地の者にまかせよう」
ハザマたちの立場は、あくまで一時的に雇われただけの戦力に過ぎない。
いかに効率よく仕事を終えられるのか、が、一番の関心事なのである。
極論をいえば、このあとこの近辺の情勢がどう変化しようが、あまり関心はないのだった。
ハザマたちは、夜が明ける前に砦まで帰還した。
捕縛した魔法使い数名と老人の身柄を渡し、途中であったことを報告する。
門前で合流したダインド太守と中央委員のバイデスは、ハザマの報告をどこか虚ろな目をして聞いていた。
余計な猪頭人を一掃してしまったため、もはやこの砦の周辺は、安全な場所になっている。
「……と、いうわけでして、この老人が猪頭人たちを操っていたやつなのかどうかまでははっきりしていませんが、周囲にこいつ以外の怪しいやつがいなかったことも確かです」
ハザマは、報告をそう締めくくった。
「……こいつらの尋問とかはそちらでいくらでもやっていただいて、おれたちは十分に料金以上の働きをしたと思いますが……」
ダインド太守とバイデスは、顔を見合わせたあと、こくこくと頷きあう。
「間違いない」
「これで文句をいったら、罰が当たる」
ふたりは、口々にそんなことをいった。
「他の者たちが同じことをやろうとしたら、数倍の戦力と時間が必要になったことだろう」
「それを、こんなに少人数で……わずか一晩で。
いや、一晩にも満たない時間で……」
信じがたい成果であったが……少なくとも、この砦周辺で行われていたことについては、大勢の者が目撃している。
今では、砦の門は開放されて所々に篝火が焚かれ、砦内に居住する大勢の人間が外に出て、何百という猪頭人の死体を解体していた。
猪頭人の肉は食用になるし、かなり美味であるという。
毛皮も骨なども、素材として有用であったし、第一、このまま放置しておいても肉食の野生動物を引きつけるだけでいいことはなにもない。
これだけの猪頭人の死体があれば、それだけで一財産であるともいえる。
ハザマらの報酬は、いろいろな意味で実際の働きと比較しても格安といえた。
「……それでは、報酬をご用意の上、こちらの書類にサインをお願いします」
ハザマは、平静な声でダインド太守と中央委員のバイデスに、そう伝える。
「報酬は、すぐにでも用意しましょう」
バイデスは、そういった。
「わたしの権限で、この砦にある現金を用意させます」
「報酬が用意できたら、すぐにお発ちになりますか?」
ダインドが、ハザマに訊ねた。
「部下たちも疲れているでしょうから……」
少し考えてから、ハザマは、答える。
「……交代で、少し休んでから発とうと思います」
ここでの用事が済んだ以上、これ以上の強行軍も必要ではないだろう。
半日やそこいら、休憩してから帰っても支障はないはずだった。
「それはいい」
ダインド太守はいった。
「戦勝の宴を用意させます。
是非、そちらに参加してから、お帰りください」
そんなやり取りが終わるのと同時に、ようやく夜が明けた。
「……その内臓、どうすんの?」
ハザマが、猪頭人の解体をしている者に訊ねた。
「最終的には、穴を掘って埋めることになるかと……」
砦内の居住する者だろうか。
いかにも村人然とした格好の男女が顔を見合わせてから答えた。
「そんなら、そういう捨てる肉はこいつに食わせてくれないかな?」
ハザマは、バジルを手のひらの上に乗せて、差し出す。
「こいつ、餌は与えれば与えるだけ食べるから、そういう廃棄物処理にはうってつけだよ」
半信半疑の村人たちの前で、ハザマはバジルに捨てるはずの内臓を食わせて見せた。
バジルは、いつものようにもの凄い勢いで自分の体の何倍も容積がある内臓を食べはじめる。
最初のうち、不審そうに見ていた村人たちも、そのうち面白がっていろいろな部位を切り取って与えるようになっていった。
「食べられては困る部分は、食べるなといえば、そいつ、ちゃんと止めますから」
ハザマはそういい添えて、しばらくバジルをその村人たちに預けることにする。
「よう、大将!」
その直後に、ヴァンクレスが声をかけてきた。
「今回のは、なかなか面白かったな!」
そういうヴァンクレスは、まだおろしたばかりの武装を猪頭人の返り血で濡らしている姿だった。
「お前の場合、面白いというのはどれくらい殺戮できたかということだからなあ……」
ハザマは、少し呆れた様子で答える。
こいつが面白いという戦場を、いつでも用意できればいいのだが……。
「ところで、ヴァンクレス。
お前、その背中の旗は……」
「ああ、これか?」
ヴァンクレスは、肩越しに自分の背中の方に視線を走らせた。
「これはな、出掛けに、渡された。
なんでも、前々から用意していた、大将の旗印だそうだ」
そういって、ヴァンクレスはその軍旗を両手で広げて、ハザマの目前にかざしてみせる。
「きっとおれが一番目立つ場所に居るだろうからって、持たされた」
U字の形に身を捩ったトカゲの記号化された紋章が、刺繍されていた。
なるほど。
「……こいつが、おれの紋章か」
ハザマは、朝日に照らされた軍旗を見つめてから、誰にともなく、呟く。
相応しいといえば、確かに相応しい紋章なのかも知れない。
ハザマ領にとっての初陣は、こうして終結した。
味方に死者なし。重傷者なし。軽傷者多数。ミッションコンプリート。
どういう見地からいっても、完全な勝ち戦であった。
「……というわけで、こいつが報酬の金貨一万枚。
で、あとこっちがお裾分けされた猪頭人の肉な。
なんでも、そのままでもむこうで消費しきれないってんで、今、魔法兵たちが総出で往復してこっちに運び込んでいる」
「報酬はともかく、そんなに肉ばかりいっぱい貰ってきてどうすんですか?」
タマルが、ジト目でハザマを見据えた。
「なんの用意もしていないし、あんまり大量に貰ってきても、全部使い切れませんよ」
「……あー……」
ハザマは、少し考え込んだ。
「じゃあ、戦勝と、それにおれの領主着任祝いってことで、ぱーっとただで振る舞っちゃえば?
バーベキューパーティかなんかにして……」
今となっては、このハザマ領地周辺にもかなりの人間が集まるようになっている。
ただで食べ物を振る舞うとなれば、どんなに大量の食肉のあっという間に消費されてしまうだろう。
「……その他に、方法がないようですね」
タマルは、低く呟いた。
「そのように手配をさせます」
「鉄が足りねえんだよ、鉄が!」
バーベキューパーティを決行して、適当に巡回をしていると、ムススム親方につかまった。
ドワーフのムススム親方は、顔をあわせるなりハザマに対して怒鳴りつけるようにそういってきた。
「水道管やら下水管やらも、青銅つかって作っているんだ!
もっとまともなもん作らせたかったら、もっと鉄持ってこい!」
「いやいや。
その鉄も、あちこちに声をかけて集めているところなんですけどね……」
ハザマそういったあと、ムススム親方に疑問を投げかける。
「……ところで、青銅なんてそんなにいっぱいありましたっけ?」
少なくとも、洞窟衆で大量に買い集めた記憶はない。
「なにをいってんだ!」
ムススム親方は、そういって胸を張った。
「前のいくさのときに、お前さんがさんざんぶち殺していた怪物の体が青銅製じゃねーか!」
「ああ、トウテツの」
ハザマは、そういって柏手を打った。
「ありゃあ、かなりいたから……」
トウテツの死体は、大量の資材に変わったわけだ。
有効活用というか、なんというか……。
「でも青銅だと、水に強いから水道管やらを作るのにはちょうどいいでしょう?」
「まあ、腐りやすい鉄よりはむいているんだけどな」
ムススム親方は、頷く。
「ただあれは、駆け出しの若いのが慣れるためにやるのにはいいんだが、作業的には単調すぎてやり甲斐ってもんがない。
その点、鉄素材だとなにかと応用が利くから……。
あの時計屋から要求されている性能を満たすためにはは、やはり鉄を主体とした合金が、いいんだ。
やはり、もっと大量に欲しいな」
「買い取りの広報をもっと強くするなりして、善処しましょう」
ハザマは、そういっておく。
「最近、トンネル経由でこっちに来る商人もぼちぼち出はじめているそうですから、こっちが欲しがっているとわかればむこうから運んできてくれるはずです」
王国経由で、あるいは、山岳地経由での輸入については、以前から準備をしているのだった。
ただ、どちらも搬入のためにそれなりの時間が必要となるため、こちらが要望を伝えてからそれが反映されるまでに、それなりの期間を必要としてしまうわけだが。
こればかりは、この世界の技術水準に由来する構造的な問題だから、ハザマにもどうしようもない。
転移魔法というやつを、もっと身近にできれば解決も可能なのだが……その転移魔法は、どうやら難易度がかなり高い魔法であるらしく、現状では使いこなせる者もかなり限られているようなのだ。




