門前の殲滅戦
門が開くのと同時に真っ先に飛び出したのは、ヴァンクレスの馬だった。
左右の猪頭人を付与魔法がかかった大鎚で薙ぎ倒しつつ、バジルの硬化が影響をまだ与えていない場所まで一直線に突進していく。
そのヴァンクレスの背中には、真新しい軍旗が翻っていた。
一拍遅れて、洞窟衆と魔法兵たちが門を守るように散開した。
最後に、一角獣に乗ったネレンティアス皇女が出て、片手をあげて門を閉じるように合図をする。
重々しい音を響かせて、門扉が閉じた。
これで門外に残されたのは、ハザマ領から転移魔法によってここまで運ばれてきた兵だけとなる。
半径百メートル以上の猪頭人はハザマによって動けない状態になっているか、それともなんらかの負傷をして動きが鈍くなっているかだった。
身体能力を一時的に底上げする付与魔法をかけられていた洞窟衆の者たちが、手際よくそうした猪頭人を片づけていく。
具体的にいうと、棒立ちになっている者の首に何本かの矢を射て、負傷している猪頭人は取り囲んでとどめを刺していった。
魔法兵たちは、三名づつの班を編成し、例の火器管制用の光条で遠くの標的を指示し、一体一体確実に倒していく。
これは、彼我の距離が十分に開いている状態であるのなら、さほど難しい仕事でもなかった。
特に、遠くに居た猪頭人たちはヴァンクレスがあけた間隙からこちらに殺到しようとして来るところだったので、かえって索敵の手間が省け、狙いやすい状態となっている。
ほぼ無駄弾を撃つこともなく、こちらにむかってくる猪頭人たちは頭部に魔法の火弾の直撃を受けて、ほぼ一発で絶命して倒れていった。
「もはやこれは、戦闘ではない」
ネレンティアス皇女は、その情景を見て呟いた。
「作業だ」
あまりにも、味方の危険が軽減されすぎている。
それが、ハザマの能力をはじめて目の当たりにしたネレンティアス皇女の率直な感想たった。
「もうだいぶ、広い範囲の足止めはやっておいたけど……」
そのハザマが、いくらもしないうちに戻ってきた。
「そろそろ、敵の黒幕を捜しにいってもいいかな?」
ハザマの目測でいえば、半径五百メートルほどの半円状の地域の敵を、固めてきたのだった。
「予定通りだな」
後詰めで控えていたファンタルが、頷く。
「少し待て。
ドゥと魔法兵二名、洞窟衆二名を組織し、周囲の捜索をしてくれ。
わたしが敵なら……こちらとは別に、地下に穴を掘って直接内部に攻勢をかける準備をしているはずだ」
「わはははははは!」
一方、ヴァンクレスは、外周部で猪頭人たちを文字通り蹴散らしているところだった。
通りすがりに接触する猪頭人を片っ端から叩き伏せ、効率よく敵の数を減らしていく。
以前の国境紛争の際、トウテツなど猪頭人よりも大きくて硬い敵を相手にしているヴァンクレスにしてみれば、今回の仕事は、むしろ手応えがなさすぎるくらいに感じている。
時間さえ十分にあれば、単騎でもこの場に居る猪頭人を全滅させることもできるんじゃないのか……とさえ、ヴァンクレスは思っていた。
「わはははははは!」
ともあれ、ヴァンクレスは絶好調である。
猪頭人たちの注意を引きつけておくのに、これほど相応しい人材もまたとなかった。
「なんということだ」
砦の外壁の上から、ダインド太守はその戦闘を見ていた。
「これが……戦闘と、いえるのか」
すでに陽は落ちていて、光源には乏しいのであるが……魔法兵が使用する管制用、攻撃用の魔法、それに、弧を描きながら高速で移動していくヴァンクレスの大槌にかかった付与魔法などのあかりから、敵味方のだいたいの動きは推測することができた。
開門をしてからまだいくらも経っていないのにも関わらず、洞窟衆の勢力は何倍も兵力差がある猪首人たちを圧倒し、ほぼ一方的に蹂躙している。
彼らは門を中心として半円状に進んでおり、もう門からかなり離れたところまで進んでいた。
そこへいくまで、いったいどれほどの数の敵を倒していることか。
体が大きくて、敏捷で、頑強な異族と正面から戦うことは、たいていの兵士がいやがるというのに……。
彼らは、どうやらかなり例外的な存在であるらしかった。
「……大ルシアナを倒したというのも……」
あるいは、まったくの嘘でもないのかも知らないな……と、ダインドは思う。
ルシアナ崩御の報は部族民の間でも知れ渡っていたのだが、大半の部族民たちは、
「あの大ルシアナが、たかだか人の手によって倒されるはずがない」
と、「討伐された」という部分についてはかなり懐疑的であった。
おそらく、たまたま寿命かなにかで絶命したところに居合わせた者が、討伐したと触れ回っているのだろう……というのが、部族民の間では支配的な解釈である。
それほど、多くの部族民にとって「大ルシアナ」という存在は、盤石のものとされていたのだ。
ハザマの能力を直接に見聞することができた部族民が、この時点ではほとんどいなかった、という事情も寄与しているのだろうが。
しかし……。
「たかだか、五十名で……」
それに数倍する猪頭人の集団をいいように蹂躙しているのは、まぎれもない事実だった。
太守であるダインドは、「彼らは、未知の存在と見るのが適切なのかも知れないな」とか、思いはじめる。
「門前の敵は、ほぼ一掃されたようです」
幕僚のひとりが、ダインドに耳打ちをしてきた。
「門を開いて、援軍を出しますか?」
「……いいや、よしておこう」
ダインドは、鷹揚な口調でそう応じる。
「彼らの要請がない限り、特になにもしないでいい」
下手に手出しをしても、彼らの足を引っ張る結果になりかねない……と、ダインドは思った。
あれらは、こちらの基準で推し量ってはいけない種類の者たちだ。
ハザマとファンタル、それに、サーベルタイガー形態のトロワ、キャトルたち、水妖使いふたりに、魔法兵が二人。
この六人が、一団となって闇夜の中を疾走している。
「もうすぐ、味方の通信術式の圏外に出ます!」
その魔法兵のひとりが、ハザマに声をかけて来た。
「いいの、いいの」
ハザマは、疾走しながらのんびりと答える。
「バジルが、こっちにうまそうなやつが居るといっているから」
「うまそうなやつ、というのは、この場合は強い個体ということだがな!」
ファンタルが、いい添える。
「しっかりと備えておけよ!
この全員でかかっても、全滅しかねないやつが出てきてもおかしくはないのだからな!」
そういうファンタルの顔は、笑みを浮かべている。
魔法兵ふたりは、そのファンタルの笑みを見て、顔をひきつらせた。
「……そろそろ持参した矢が尽きはじめているようです」
副官が、ネレンティアス皇女に報告をする。
「しかし、味方の士気は以前、高く、このままでも問題はないかと」
「敵はあと、どれほど残っているのか?」
ネレンティアス皇女は聞き返した。
「近場の敵は殲滅しました」
副官は、あっさりと答える。
「現在は、逃亡した敵を追いかけたり遠くに見える敵を個別に掃討している段階です」
「あまり深追いをせず、適当なところで門前に集合するように伝えよ」
ネレンティアス皇女は、そう指示を出す。
調子に乗って味方から孤立し、個別に撃破される……というパターンは、意外にありがちなのであった。
「……今、伝えました」
少し間を置いて、副官はいった。
「まだ通信術式の圏外にまで出た者はいないので、しばらく待てば全員、門前に集合するかと思われます」
「……重宝するな、この通信術式というのは」
まだ、通信術式の運用に慣れていないネレンティアス皇女はそう呟いた。
「集合したら、周囲を警戒しつつ、全員で砦の周囲の捜索にかかる。
ファンタル殿がいった通り、砦の内部に通じる穴を掘っている者が居るかもしれない」
砦の外壁から数百ヒロも離れた、砦からは死角になった場所に……。
「本当に、あった」
イリーナは、呟く。
抜け穴……になるはずの通路の、出口があった。
汚れた袋に詰めた土を背負った猪頭人がちょうどひょこひょこと這い出てきて、魔法兵によってあっという間に頭部を焼かれて倒れる。
「間違いないようですね」
魔法兵がいった。
「どうしますか?」
「一応、こういうものを持ってきています」
イリーナは、円筒状の物体を服の中から取り出した。
「これを壁面に埋めてこの導火線に陽を着けると、爆発して土砂が崩れるとか」
「部族民の鉱夫が使う、発破というやつですね」
魔法兵も、頷く。
「このまま生き埋めにしますか?」
「それが、一番手間がかからないでしょう」
イリーナは頷く。
「ようは、この穴を塞げればいいわけで」
「……その発破を埋めるための、穴を掘る道具がありませんね」
「……穴に埋めなくても、それなりの威力はあるそうですが……。
魔法で、なんとかできませんか?」
「不勉強なもので、その手の魔法について学んだことがありません」
イリーナたちがその通路を埋めるのに、しばらくの時間を必要とした。
「当たりかな?」
「当たりだな」
足を止め、ハザマとファンタルはそんなことを囁き合った。
『あの大きなの、倒しちゃっていいの?』
トロワが、通信術式でハザマに語りかける。
彼女ら水妖使いにしてみれば、どんなに強大な相手であっても、通常の生物の枠組みに入る存在であるのならば、すぐにでも殺すことが可能だった。
「おれが合図したらな」
ハザマは、そういっておいた。
そして、ファンタルにむきなおる。
「あのデカいが守っている奥に、おそらくは猪頭人を操っているやつが居ると思います。
少なくとも、バジルはそいつを食いたがっている」
「デカいの二体は水妖使いどもに任せておくことにして……」
ファンタルは指示を出した。
「……あとは、わたしが先頭になって突撃する。
あの中にどんな罠が仕掛けてあるのか、予想できないからな。
わたしのあとに魔法兵ふたり。
最後に、ハザマだ。
水妖使いは、デカいのを始末してからハザマのあとを追う」
砦から、かなり離れた場所であった。
ハザマたちでなければ、ここまで歩いてくるのに四半日前後はかかったかも知れない。
そんな場所にぽつんと口を開いた洞窟があり、その前に巨大な猪頭人が二匹、うずくまっていた。
座り込んでいても、見あげるほどに大きい。
これまでに見かけてきた猪頭人と比較しても、ひときわ大きな個体だった。
立ちあがれば、七メートルから八メートル以上の身長があるのではないか……と、ハザマは思う。
彼らの傍らには、無骨な金属製の棍棒も立てかけてった。
もちろん、その猪頭人らの体格に合わせた大きさであり、ハザマ自身の体よりも大きいくらいの棍棒だ。
そんな巨大な猪頭人も……もちろん、まともに戦えば十分な脅威となり得るのだろうが……。
時間が惜しいし、サクサク進めたいんで、水妖使いたちに任せよう。
と、ハザマは思った。
好きで苦労を背負い込むほど、勤勉な性質ではないのであった。
「トロワ、キャトル」
ハザマは、小さな声で合図をした。
「やっちまえ!」
次の瞬間、巨大な二体の猪頭人の体が、内部から弾け飛ぶ。
水妖使いの能力は、視界に入るものすべてに及ぶ。
相手の体組織に水分が含まれていれば、ほぼ無敵といってもよかった。
無害になった猪頭人の間をすり抜けるようにして、ファンタルを先頭にしたハザマたちが進む。
「急ぐぞ!」
洞窟の中に入りながら、ファンタルは叫んだ。
「猪頭人の異変には、中のやつもすぐに気づくはずだ!」
魔法兵が、前方に小さな火弾を飛ばして照明代わりにする。
「そこ、左に!」
左右に分岐しているところで、ハザマが叫んだ。
ファンタルは躊躇することなく、左側に進む。
他の者たちも、そのあとに続いた。
何度かそうした分岐を通過したところで、唐突にハザマたちの行く手を遮る者たちが出現する。
『こいつら、からっからに乾いている!』
ハザマは、そういう水妖使いの通信を感知した。
「だったら、燃やす! 粉砕する!」
ハザマは叫びながら、トンファーを振るう。
ファンタルは、その言葉をいい終わる前に剣を抜いて動く死体を斬り伏せていた。
いずれにしろこの面子なら、足止めにもならないよなあ。
と、ハザマは思った。
とにかく、この奥に侵入者を好まない誰かしらが待ちかまえているのは確かだった。




