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トカゲといっしょ  作者: (=`ω´=)


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ハザマの構想

「なんとまあ、世知辛い」

 思わず、ハザマはそう声を出していた。

「うちはまだ、領地になにもない状態ですからまだまだ初期投資が必要なわけですが……。

 王国八大公爵家でも財政面では苦労するものですか?」

「大身であればあるほど、体面を取り繕わなくてはならないからな」

 ワデルスラス公はそういって鼻を鳴らす。

「そうでなくても、養わなければならぬ人数が多い。

 金なんぞいくらあっても足りぬくらいだ」

「……なにか、事業などを興したりはしないんですか?」

 並みいる大貴族の面々を見渡してから、ハザマはそう聞いてみた。

「領主様の肝いりではじめれば、どんな分野でもそれなりの結果が出ると思うのですが……」

 人材だって資金だって、集めやすいだろうに……と、ハザマは思った。

 それとも……それは素人考えなのだろうか?

「やれることは、思いつく限りやっておるはずだよ」

 グフナラマス公は軽い口調でそういう。

「われらとて、無能の集まりというわけではない。

 ただ、儲けるよりも出て行く金額の方が大きいというだけのことだ」

「うまく民草の間で金子が回るような投資がいつでもできればそれが一番なのでしょうが……」

 女公爵のニョルトト公はいった。

「……それも、常に成功するとすれば、われらも大半の気苦労から解放されることになりますね」

 どうやら……貴族としての身分さえ確立すれば、黙っていても金や名誉が保証される……というほど、甘い世界ではないようだった。

「それで、きみのところの国債は、次に発行する予定はないのかね?」

 グラウデウス公は勢い込んでハザマに訊ねる。

「今どき、年利一割が保証される投資先など滅多に出るものではない」

「残念ですが、次の発行は未定です」

 ハザマは、きっぱりと断言する。

「今回の国債で開拓予算の七割方がカバーできる計算ですし、残りは他の事業での収益をあてる予定ですので。

 これから行う工事が難航して予想外の出費が続けば、また国債を発行する可能性もありますが……。

 今の時点では、その予定はありません」

「……そうか」

 ハザマの返答を聞くと、グラウデウス公はがっくりとうなだれた。

「それよりも、あれだ」

 また一本、骨付き肉を取りあげながら、ワデルスラス公はいう。

「通信網を拡張する予定はないのか?」

「そちらは、基本的には洞窟衆ではなくハザマ商会に任せているのですが……」

 来るな、と予想していた質問であったので、ハザマは即答することができた。

「……現在行っている拡張工事でいっぱいいっぱいのようです。

 資金というより、人手の問題で。

 現在、緑の街道沿線にこの王都周辺、ドン・デラから水路を経由して沿海州へ……という地域で通信網を敷設しているわけですが……。

 新興のハザマ商会が手掛けるにしては、これでも広域に過ぎるほどでして」

「人手、か」

 ワデルスラス公は、ふん、とまた鼻を鳴らす。

「そんなもの、どこからでも集められるだろう」

「通信網の敷設には、それなりに知識が必要となります」

 ハザマは、淡々と説明を続ける。

「人手を集めればすぐに取りかかれるというものではありません。

 首尾よく頭数を集めたにしても、そのあとにそれを使えるように仕込んでからでないと使い物になりません」

「想像していたよりも面倒なもののようだな」

 グラウゴラス公が、感想を漏らした。

「さらにいえば……」

 ハザマは、言葉を重ねた。

「……現状、通信網による収益は、こういってはなんですが、多寡が知れています。

 長期的にみれば割に合うことはわかっていますが、商会の方としても、この時点で積極的に資金を投入しなければならない根拠を持ちません。

 設備投資が必要な割には、絶対的に、通信網を必要とする人の数が少ないのです」

「……収益性の問題か」

 グフナラマス公はそういって頷いた。

「民草の商会であれば、そこをまず重視するのは当然か」

「どんな遠方の地からでも、ほとんど時差をおかずに声を伝えるのが可能となるのですぞ!」

 グラウデウス公はそういって嘆いた。

「その価値がわからないとは!」

「おかげさまで、王家の方は真っ先にその価値に気づき、国境と王宮を結ぶホットラインの敷設を提案していただきました」

 ハザマは、淡々と説明する。

「それに、ここにいらっしゃる大貴族の方々にも、どうやらご理解いただいているようです。

 しかし、他の大勢の方々には、どうもこの通信網の価値がまだまだご理解いただけないようで……」

「想像力の限界、というものですね」

 ニョルトト公はいった。

「多くの民草は、ごく狭い範囲で完結する暮らしを営んでいます。

 そもそも、遠く離れた地と通信する必要性を感じる機会さえ、そうそう持たないのでしょう」

「そうした通信網を必要とするのは、もっと広域で連絡する、商人や領主くらいなものか」

 グフナラマス公は、また頷く。

「そうなると……最初にそれなりの設備投資を必要とする以上、やはり、商売としては厳しいだろうな」

「……そのような理由で……」

 通信網の現状について、並みいる貴族たちにもだいたい理解して貰えたことを確認して、ハザマはこの話題を締めくくりにかかる。

「ご要望はご要望として商会の方に伝えておきますが……残念ながら、こちらも、すぐには手を回すことができません。

 どうしても領地内に一刻も早く通信網を整備したいということであれば……」

「……なにか、解決策があるのかね?」

 グラウデウス公は顔をあげる。

「解決策といいますか……」

 ハザマは、ゆっくりと首を振った。

「……敷設に関わる諸々を自前で揃えていただければ、それ以外に必要となる知識や通信タグはできるだけ用意するよう、商会に手配します。

 無論、そうなるとそれなりに資金を負担していただく形になりますが……」

「なるほどな」

 グフナラマス公はしたり顔で頷いた。

「人手が足りないから、それは自前で用意しろ……というわけか」

「ええ」

 ハザマは、頷く。

「工事に必要な知識の伝授や通信タグについては、できるだけ協力させていただきます。

 それに……通信網の敷設にしても、実際に行うためには現地へ行く必要があるわけでして……。

 領内に、どこの誰とも知らない者たちが大勢で往来することを好まない方もいらっしゃるのではないですか?

 それに、そうして自己資金により敷設した通信網は、当然のことながら使用料を徴収できます。

 採算が取れるかどうかまでは、保証の限りではありませんが……」

「今の時点では、通信の利用価値について理解している者が少ないから……」

 ニョルトト公は、呟く。

「……使用料を徴収したとしても、利用者数が格段に増えない限りは採算が合わない。

 それを理解した上で、投資する価値があると思うのなら自前で通信網を敷け、ということですね?」

「その際には、可能な限り相談に乗るよう、商会には伝えております」

 ハザマは、そういって軽く頭をさげる。

「もっとも、おれはあの商会にとって出資者のひとりに過ぎませんので、なんの決定権もないんですが。

 これ以上の詳しいことは、ハザマ商会の者と直接交渉をしてください」

 ハザマがそういうと、大貴族たちは押し黙ってなにやら考え込む顔つきになった。


「ときに、ハザマ男爵」

 少しして、グフナラマス公が別の話題を出す。

「新領地や普請の現場で、不足しがちな物資とかはないかね?」

 沿海州の領主であるグフナラマス公にしてみれば、居留地やハザマ領周辺は大量に商品を売り込むことが可能な市場だ。

 ハザマの意見を確認してみたくなるのも当然だろう。

「そうですね。

 まず、穀物。

 食料は、いくらあっても足りません。

 主食となる穀物以外にも、目新しい食材なども歓迎します。

 ああいう現場では、なにかと食事が単調になりがちですから」

 ハザマは、これにも即答することができた。

「普請の現場で余ることがあったとしても、山岳地方面へいくらでも売り込むことができます。

 それ以外に、服や靴などの消耗品。

 これは、上等なものではなく、現場で作業を行う人足たちが使い潰すような、簡素なものです。

 これも、今後は大量に必要となるでしょう。

 それから、家畜用の飼料。

 これも、まだまだいくらあっても足りない。

 あとは……そうそう。

 鉄材、ですね。

 最近、腕のよい鍛冶をまとめて雇ったのですが、そちらをかなり働かせている関係で金属類も必要となります。

 鉄が一番不足しているようですが、それ以外の金属も買い取ります。

 あとは……トンネルを経由してぼちぼち居留地を目指してくる商人たちが到着しはじめる頃なので、そちらの商人むけに、なにか売り込みたい商品があるようでしたら……。

 いや、これは……現地まで来て貰って、直接売買して貰った方が早いし確実か」

 普段から考えていることだからか、いくらでも言葉を重ねることができた。

「わ、わかった」

 グフナラマス公は、慌ててハザマの言葉を遮った。

「要するに……これまでの予測通り、そちらは大きな市場になる……という理解でいいのだね?」

「ええ。

 その通りです」

 ハザマは、はっきりと頷く。

「当面は、普請現場として。

 それが済んだら、今度は諸外国への出入り口として。

 先ほど、なにか割のいい事業はないかという話題がでましたが……。

 あそこの近辺は、今後、良質な貿易拠点となるはずです。

 今のうちから諸外国に売り込める、優良な商品の開発をしておいた方がよろしいかと……」

「ハザマ男爵も」

 ニョルトト公が確認してくる。

「当然、そのことを前提として領地の開発を行う予定であるのですね?」

「無論です」

 ハザマは、頷く。

「とはいえ、まだまだ整地がはじまったばかり。

 ようやく建築技師を確保して、建物の図面もできあがっていないような段階ですが……」

 こうして考えてみると、領地や称号を得たとはいっても、実質的な領地経営はまだほとんど手を着けていない段階だよなあ……と、ハザマは思う。

 実質的には、ようやくスタートラインに立ったところか?

 もっともハザマは、自分自身で「ちゃんとした」領地経営ができるとも思っていないし、できるだけこの世界の専門家を捕まえてそちらに任せるつもりだった。

 多少のわがままを口にすることは前提、ではあるのだが。

 ……そういや、あちらは、帝国とやらから専門家が流入してきて、なにかと面白そうなことになっているらしいんだよな……。 

 と、ハザマは思う。

 ああ、はやくそっちに帰って様子を確認したい……と、ハザマは思った。

 こうして王国のお偉いさんと顔繋ぎをすることも、長期的に見れば必要なのかも知れないのだが……どうやらハザマは、こうした外交を楽しめるほど社交的な性格をしていないらしい。

 今まで場が保っているのは、相手側からなにかと質問をしてくれたせいだった。

 ……外交の専門家も、どこからか雇うか、それとも育てるかする必要があるな……。

 と、ハザマは痛感する。

 立場上、これからもそれなりの頻度でこの王都に来ることになるのだろうが、できるだけその頻度は減らすように努力しよう。

 面倒なことは、他人にやらせるに限る。


「ひとつ、お訊ねしたい」

 グフナラマス公が口を開いた。

「ハザマ男爵は、そうした情勢下において、どんな商品に一番力を入れるおつもりか?」

「一番力を入れる商品……ですか?」

 そう問われたハザマは、数秒沈黙した。

「人、ですね」

「……人?」

 グフナラマス公は眉をあげた。

「人というと……奴隷の売買に手を染める、ということですか?」

「いえいえ、違います」

 ハザマは、慌てて訂正する。

 奴隷制度が現役なこの世界では、もっと詳しい説明をする必要があるようだ。

「あー。

 手前味噌になりますが、現在、洞窟衆で主力となっている者たちは、ついこの間まで文字の読み書きさえ覚束ないような村人たちでした。

 それが、ごく短期間に読み書きや計算、書類仕事や多数の下働きの管理……さらにいうのなら、必要とあれば戦場に出ることも辞さない。

 そんな万能な人材に育っています」

 ここでハザマは、一度言葉を切って諸公の表情を確認する。

「そうなったのには、いくつかの原因があるわけですが……ここで、それについてくだくだしく説明することはやめておきましょう。

 ただ、われわれ洞窟衆は、短期間で最下層の人材をどこに出しても恥ずかしくない、優良な人材に育てあげるための方法を持っていると、そう思ってください。

 現在、居留地方面に数万単位の労働者がつめかけているわけですが、こうした人夫たちを監督するための人材も、実は足りていない。

 今、必死になって養成しているところです。

 さらにいうのなら……まあ、あちら方面の普請は今後数年は続くはずですが、それが終わったとき、あそこに流れ込んだ膨大な人夫たちは、そのあと、どこにいくのでしょうね?

 また職にあぶれて、どこかで流民として居着き、治安を乱すわけですか?

 そうさせないためにも、普請が続いている間にできるだけ多くの人材に知恵や技術をつけて、どこへ行っても通用する人材に生まれ変わらせます」

「原料を輸入し、加工して売りに出す」

 ワデルスラス公はいった。

「それを、人間でやるということだな」

「そうです」

 ハザマは、頷く。

「教育、というんですがね。

 おれが知る限り、こちらでは、かろうじて私塾はあるものの、公共事業としてそういったことを大規模にやっていることはないようです。

 いや、王国以外の地域での事情までは、おれも知りませんが。

 うちの領地では、その教育ってやつを、事業の柱のひとつとしようかと思っております。

 ハザマ領に来て、何年か過ごして帰って行けば、いっぱしの人材になっている。

 そういう評判ができるような場所にするつもりです」

 これは、以前からハザマが構想しているところでもあった。

 そういう構想があるからこそ、印刷技術の開発などにもはやめに着手したのだ。


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