国葬のあと
しばらくすると、ハザマたち成りあがり組は従者とともに控えの間からバルコニーへと誘導される。
そこにはすでに、他の貴族たちや官吏たちが整然と整列しており、ハザマたち成りあがり組はその末席に加ることになった。
そして、そのバルコニーからは、王宮の中庭の風景が展望できるわけだが……そこには、数千、いや、ひょっとすると万を越える人数の武装した将兵が列を作っていた。
歩兵もいれば、騎兵もいる。
それに、掲げている旗印も様々だった。
中には、国境紛争の際に見覚えがある旗印もある。
つまりは……この王都に駐在している軍勢をかき集めてきた、ということなのだろうな。
と、ハザマはそう想像した。
これについてはあとで聞いた事情になるが、ハザマの想像は大きくはずれていたわけではなく、王都の公館づき武官を根こそぎかき集めて来た結果、集結した軍勢であった、という。
八大貴族ともなれば、公館づきの武官だけでも数百以上の人数で備えている。
大小の領主に声をかけて片っ端から集めていけば、あっという間に千とか万人単位の人数がそろうわけであった。
たかが、葬式のために……と、ハザマは思わないわけでもなかったのだが、少し考えてすぐに思い直した。
国葬。
確かに、表面的にみれば、今回の紛争での戦没者を弔うための儀式なのだろうが……。
実際には、この王国の国威発揚の場なのではないか?
あの紛争においてもかなりの被害を出したはずであるが、それでもこの王国全体をみればまだまだ余力がある。
……ということを、内外に知らしめるために、この国葬という場を利用しているのではないか。
なにしろ、マスコミもハザマが知るような整備された通信網もない世界でのことである。
ニュースはだいたい、口コミが頼りになるわけで……。
そうした状況であると、第三者である民衆が受けた印象などを操作することは、かなり有効な広報戦略となりうる。
そうするためには、実際に威勢のいい軍勢を一般市民にお披露目することが一番なわけであり……。
なるほどなあ、と、ハザマは感心する。
王国は健在なり……と内外に誇示するためには、こうした虚仮威しに近い儀式もそれなりに有効なのであった。
ともあれ、この場でのハザマたちの役割は、貴族の一員として中庭に整列した将兵たちを見守ることであった。
実際には儀典局の官吏たちに案内された場所につっ立って、兵たちを見下ろしていればよい。
さほど大変な仕事というわけでもなく、強いていえば退屈さを紛らわすのに苦労した。
「なあ、大将」
さっそく、暇を持て余したヴァンクレスが小声でハザマにはなしかけてくる。
「こいつは、いったいどういう騒ぎなんだ」
「これだけの兵隊を集めることによって、王国はまだまだ疲弊していないぞって誇示しているだけだよ」
ハザマは、憶測を早口に返す。
「誇示する、って、誰に?」
「王国に属する一般市民と、それに、王国の様子をうかがっている外国のやつらに、かな?」
「……この国が弱っているとみれば、すぐにでも襲ってきそうなやつらがいるってことか?」
盗賊出身のヴァンクレスには、その出自ゆえに頷ける部分があったようだ。
「そういうやつらに備えるため、威勢がいいところを見せておこうってわけだな」
「そんなところだろうよ」
ハザマたちが小声でそんなやり取りをしている間にも儀式は進む。
喪主であるベレンティア公やブシャラヒム卿の親族による挨拶、例の王子様による弔慰文などが朗読されたようだが、数百人単位で集まった貴族たちの末席にいるハザマのところまでは声が届いていない。
スピーカーとかに相当する、音声を拡張する魔法などは存在しないらしかった。
それとも、中庭に集結した兵たちには、バルコニー上の演説がうまい具合に響いているのだろうか?
将兵たちは微動だにせず、起立しているだけなので、その反応から推測することは難しかった。
……帰ってから、音声関係の魔法も研究をさせるかな。
とか、ハザマはぼんやりとそんなことを思う。
やがて、バルコニー上で行われるパフォーマンスがすべて終わったらしく、中庭の軍勢が動き出した。
整然とした、統制のとれた動きであり、順番に列を作って中庭を出て行く。
やはり、な。
と、ハザマは思う。
ここに集結した将兵は、これから王宮を出て、王都の主要な道路を練り歩くのだろう。
いわゆる、軍事パレード、だった。
テレビもなにもないこの世界では、王国がこれほどの軍勢を動かせるのだ……という権勢を誇示するのに、これほど分かりやすい方法はない。
王宮の内側では国葬式扱いになっているが、一歩外に出れば戦勝祝賀会に変わる、というわけだった。
ベレンティア公ら、この紛争における戦没者も、部族連合を大破した(と、一般には喧伝されているようだった)際の犠牲者として祭りあげられ、強敵を退けた王国軍の強大さのみが過剰に印象づけられる。
実際の戦場を知らない王都の人々は、磨き抜かれて塵ひとつついていない具足を着用したピカピカの軍隊をみて、それが兵隊さんたちの常態だと錯覚することだろう。
こんな世界であっても、イメージとか印象を操作する戦略が存在する。
その事実を、ハザマはむしろ面白く感じた。
ヒットラーは演説の天才で、当時普及しはじめたラジオ放送がその才能にうまく適合したことが、ナチス台頭の一因にもなっているという説を、以前、ハザマはなにかのテレビ番組で耳にしたことがあったが……情報伝達に関するテクノロジーが未発達な状態であっても、権力を持つ側は、そうした条件に合わせてなにがしかの工夫を凝らすものらしい。
そう思うハザマ自身も、この時点ではその「権力者」の側の一員になっているのだが……ハザマ自身は、そのことをあまり強く自覚していなかった。
集結した軍勢が中庭から姿を消すと、儀典局の官吏から、
「整列を解いてよい」
というお達しが回ってきた。
ハザマたち貴族は、息を抜いて体をほぐしたり談笑したりしはじめた。
そのまま立食パーティが開かれるらしく、大勢の給仕が現れて酒杯を配りはじめる。
……おれとしては、すぐにでも帰りたいんだがなあ……。
とか、ハザマは思ったものだが、オルダルトから前もって、
「今後のためにも、貴族社会で早めに親交を密にしておくことをお勧めします」
とか、釘を刺されてもいる。
気にくわないのだが、今後の洞窟衆のことを考えると、ここで王国内のコネクションを増やしてく方がいい、というのは、正論ではあるのだ。
それでも、ハザマは、
「……面倒くせえなあ」
とか、呟いてしまう。
「声をかけられたら挨拶をして、適当に受け答えをしておいてください」
リンザが、小声で返してきた。
「ここでの会話はすべて中継して、記録しておきます」
通信網は、すでにこの王宮まで届いている。
だからこそできるバックアップであり、フォローでもあった。
いくつものグラスを置いた盆を捧げ持った給仕が近づいてきたので、ハザマたちはグラスを受け取る。
ガラス製のグラスだった。
「……ひょっとして、ハザマ様ですか?」
おずおずと声をかけてきた者がいた。
そちらを見ると、十代後半くらいだろうか、若い男性が立っていた。
「あの、ブシャラヒム卿とともに大ルシアナを破ったとかいう……」
「はい」
ハザマは、あっさりと頷いた。
「どのような噂を聞いているのかはわかりませんが、おそらくはその本人。
たった今、貴族になったばかりのハザマですが、なにか?」
ハザマにしてみれば、
「どうせ退屈しのぎだ」
という意識があった。
「これはこれは!」
その若い貴族は姿勢を正した。
「わたくしはルブレイグ・ナイザハルといいます。
当代の英傑にお目にかかれて光栄です!
若いとは聞いていましたが、これほど若いとは……」
うんうん、と、長々とハザマに対する賛辞が続くのだが、ハザマは軽く聞き流しておいた。
毛並みは良さそうだが、あまり世間に揉まれた様子がない若い貴族など、ハザマや洞窟衆にとってなんの役にも立ちそうもない。
それでも「適当にはなしをあわせておくか」と思う程度の社交辞令は、ハザマとてわきまえているつもりだが。
「あの、失礼ですが、あなた様は?」
一方で、ヴァンクレスの方も若い貴婦人の集団に捕まっていた。
「ご立派なその体躯。
さぞかし、武勲のある方かと思います。
お名前をいただけませんでしょうか?」
「ヴァンクレスだ」
ヴァンクレスは、その令嬢の顔をじろじろと眺めたあと、平坦な声でそういった。
「ただの、ヴァンクレス。
あるいは、盗賊あがりのヴァンクレス」
「ああ! やっぱり!」
そうしたわけか、その令嬢の周りで黄色い声があがった。
「その御髪と体格!
もしやとは思いましたが……」
「紛争の際に敵兵をさんざん蹴散らしたという勇名は、この王都まで届いております!」
「どうか、そのときの様子を詳しくお聞かせください!」
いつの間にか、ヴァンクレスは十名前後の若い貴婦人に取り囲まれて質問責めにあっていた。
そうした様子を横目に見て、
「まあ、あいつは、目立つからなあ」
と、ハザマも納得する。
一際大柄な体格に、燃えるような赤毛。
それに、今日はきちんと盛装までしている。
貴公子、とまではいかないが、いっぱしの武人には見えるのだだろう。
頭の先が自分の胸あたりまでしか届かない小娘に囲まれて狼狽しているヴァンクレス、というのも、普段ならなかなか見ることができない光景ではある。
「どういった経緯で、大ルシアナ討伐などという難事業を行おうと思いついたのですか?」
一方のハザマは、ルブレイグ・ナイザハルと名乗った若者をはじめとする、若い貴族たちに囲まれている。
「ああ、それは……」
どうしてだっけかけな、と、ハザマは当時のことを思い返す。
日数にすれば、わずか数日前のことに過ぎないのだが……その短い間に大小様々な事件を経験してきているので、かなり昔のことのように感じてしまう。
ええっと、あのときは、確か……そうだ。
「……戦場で、あれをやれこれをやれと一々指図されることに嫌気がさしたから、ですね」
ハザマは、当時の心境についてそう語った。
その返答を耳にした貴族たちは、ぎょっとした顔をして、お互いに顔を見合わせる。
「それは……司令部の命令に服従することをよしとしない……ということでしょうか?」
「いや、そこまで大げさなものでもないんですが」
頭を掻きながら、ハザマは答える。
「一応、浮き橋をかけることで王国軍への義理は果たしていましたし……。
あとは好きにやらせて貰うぞ、と、ちゃんと司令部の了解も得た上で、動いたはずですが。
そうそう。
あの当時は、われわれ洞窟衆も完全に王国軍に組み込まれいない独立勢力という扱いでした。
それに、遅れがちだった兵站の助けをするとかいう形で、王国軍に対しては十分貢献していたと思います。
さらにいえば、ルシアナ討伐に赴いたのは、わずか十名ですから……大勢には、まるで影響がなかったはずです。
王国軍全体からみれば、微々たる戦力もいいところでしょう」
ハザマが詳しく説明を続ければ続けるほど、聴衆である貴族たちはなぜか狼狽の色を濃くしていった。
「ええと……わずか十名で、というのは……。
誇張ではなく、本当のこと……だったのですか?」
「結果論でいえば、少人数であったからかえってよかった……という部分も、ありましたね」
ハザマは、そういって頷いた。
「ルシアナは、魅了という他者を強制的に従わせる能力を持っていました。
大軍で攻めていったら、それこそ敵の思うつぼ。
盛大な同士討ちをやらかして、それこそ収拾がつかない事態に陥ったことでしょう」
いやあ。
少人数で行って、正解だった……と続けるハザマのことを、取り囲んでいた貴族たちは異物を見る目で注視ししている。
ハザマの口調や態度から、自分の手柄を過大に喧伝する……という雰囲気は、微塵も感じることができなかったから、聴衆たちはかえって戸惑っていた。
「……あ、そうだ」
そういって、ハザマは、背後にいたリンザの背中に手をまわして、前に押し出す。
「こいつもそのときには同行していたんで、詳しいことはこいつに訊くといいですよ」
貴族の視線が、今度はリンザに集中する。




