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トカゲといっしょ  作者: (=`ω´=)


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254/1089

自称、蛮族の娘

 その日、ハザマの姿を求めて王都の商会を訪れた者が居た。


「……おれに、客?」

 来訪者の存在を告げられたとき、ハザマは露骨に顔をしかめたという。

「もう、求職者が来たのか」

 爵位を得れば、士官先を求めた求職者が殺到する……とは、以前から聞いていた。

「適当にあしらって、追い返しておいてくれ」

 考えるまでもなく、ハザマそういって切り捨てる。

 ハザマが男爵号を与えられるのは、明日からの予定であった。

 現在の無位無冠のハザマには、求職者を受け入れるつもりはない。

 どうしてもというのなら、ハザマ商会なり洞窟衆なりを頼ればいいわけであり……それを、一足飛びに直接ハザマのところに訪ねてくるような者は、変に度胸があるものか、それともよほどの世間知らずか。

 あるいは、その両方を兼ねた存在だろう。

 いずれにせよ、ハザマが直に相手をしなければならない理由はなかった。

「それがどうも、面会を断れない相手でして」

 その客の来意を告げて来たハザマ商会の者が、声をひそめる。

「……求職者ではないのか?」

 ハザマは、はじめてその客に興味を示した。

「用件は、まだうかがっておりません」

 取り次ぎの者は、そう答える。

「ただ……故人であるベレンティア公爵と縁続きの方にあたりますですので……。

 滅多なことでは、面会をお断りにならない方がよろしいかと……」

「……それを早くいえ!」

 ハザマは慌てて立ちあがった。

 少なくともハザマは、王国上級貴族の縁者から面会を求められ、玄関払いできるほどには偉くなかった。


 すぐに支度をして、商会の建物の奥に客を通して貰った。

 ハザマ自身も、この日は外せない用事を持っていたわけではない。

 身ひとつで昨日から食事に使用している会議室に移動して、その客を待つことにする。

 不意の来客であるし、服装は特に整えなくてもいいその客からといわれた。

 公爵家と縁続きとはいえ、どうやら公式の訪問ではないらしい。

 では、どんな用件なのかといわれると、首を傾げるしかないわけであるが……。

 そのことについては、客人自身の口から直接説明をして貰えばいい。

 故人であるベレンティア公爵には直系の跡継ぎはいなかったはずであり、そのことが問題にもなっている。

 ということは、公爵家の縁続きといっても具体的にどういう関係者であるのか……これも、実際に聞いてみないことにはわからない。

 客人の用件についても、まるで見当がつかなかった。

 ……ま、なるようになるさ。

 と、ハザマは思う。

 これまでだって、どちらかといえばその場その場のアドリブで凌いできたようなものなのである。

「ハムロラ族のメレミアと申します」

 やがて室内に通されてきた客人は、意外なことに十代後半とおとぼしき少女であった。

 リンザよりは、少し年上だろうか。

 外見でいえば、十七、八才くらい。

 ハザマの感覚でいえば、だいたい高校生くらいの年頃であった。

「故ベレンティア公爵の奥方は、わたくしの母の姉にあたります。

 わたくしが物心つくころには物故していましたので、直接の面識があるわけではありませんが……」

 ということは……ベレンティア公爵の、義理の姪にあたるわけか。

 と、ハザマは思う。

 確かに縁続きではあるが、ベレンティア公爵の血を直接引いているわけではない。

 こういう場合、この王国の中では、社会的な地位としてどれくらいと判断されるものかなのかなあ……とか、心の中で首を捻った。

 余所者であるハザマには、なかなか判断がつきにくいところだった。

「ベレンティア公爵のことは、大変に残念なことでした」

 とりあえず、ハザマはお悔やみを口にした。

「おれ自身は数えるほどしかお目にかかれませんでしたが、偉大な方であったと聞いております」

 とりあえず、社交辞令としてこれくらいのことをいっておけば、まず間違いはないだろう。

「故人に成り代わりまして、お礼を申しあげます」

 メレミア嬢も、ハザマに返礼をした。

「ベレンティア公爵は、いつでも自身の思うがままに行動をした方でした。

 あの最後も、本人にしてみれば本望であったと確信しております」

 ……少し、引っかかるいい方をするもんだな……と、ハザマは微かな違和感をおぼえる。

「それで、そのメレミア様が……本日はいったいなんのご用で?」

 ハザマは、単刀直入に訊ねてみた。

「敬称は抜きでお願いします。

 わたくし自身は……この王国においては、さほど高い地位にいるわけではありません」

 メレミアは、まっすぐにハザマの目線を捕らえていった。

「明日の国葬のために王都を訪れているわけですが、ハザマ様も同じくこの王都に滞在していると耳にしましてこうして参上しました。

 ひとつ、ハザマ様にお願いがありまして」

「……お願い……ですか?」

 ハザマは、軽く首を捻ってみせる。

「王国では新参者にすぎない、このおれに……ですか?

 さて、そういわれてもたいしたこともできないと思いますが……」

 別に謙遜ではなく、ハザマ自身は本気でそう思っている。

 実際、洞窟衆は目下のところ、自前で抱えている問題で手一杯なのである。

 正直なところ、たった今訪ねてきた客人の願いを無条件で叶えられるほどの余力はないのであった。

「それで……そのお願いとは、いったいなんなんですか?」

 一応、そう確認してみた。

 なにも聞かずに門前払いするよりは、相手のいい分を聞いた上で断る方が、まだしも角が立たないだろう……と、そう判断したからに過ぎないのだが。

「そのお願いを口にする前に……」

 メレミアは、ゆっくりとした口調でいった。

「……少しお時間をいただいて、現在、わたくしが属するハムロラ族が立たされている境遇について説明させていただきたく思います」

 ……まあ、今日は時間があるしな……と、そう思い、ハザマはメレミアの説明に耳を傾けることにする。


 メレミアが所属するハムロラ族は、元はといえば山岳民の中の有力部族であった。

 ベレンティア公爵家は、幾度かの紛争を経て、山岳民の土地を併呑していくことで勢力を伸ばしてきた家柄でもある。

 軍事力に訴えるだけではなく、血縁を結ぶこともまた、ベレンティア家にとっては重要な外交政策の一環でもあった。

「一種の政略結婚というわけですが……。

 それでも、わたくしの伯母上にあたる方とベレンティア公爵とは、ひどく仲睦まじかったとか。

 惜しくも、伯母上は世継ぎを作る前に早世してしまわれたので……」

 メレミアにとっても、伝聞になるのだろう。

 そう説明する口調にも、あまり熱は籠もっていない。

「……その上、ベレンティア公爵は、どうしたわけか、後継者を残す努力を放棄していた節があります。

 いえ。

 それどころか、積極的に、公爵家を断絶するようにしむけていたような形跡も……」

 メレミアが語る事情は、これまでにハザマが耳にした情報と特に矛盾するところはなかった。

 しかし、それは……いってしまえば、「ベレンティア公爵家の事情」でしかない。

 ハザマや洞窟衆と関わりがあることとは、思えなかった。


「ベレンティア公爵の思惑は、おれなんかの推測するところではありませんが……」

 ハザマは、そういってメレミアに先を促した。

「……それが、メレミア様のお願いに、どう関わってくるのですか?」

「どうか、様は無用に願います」

 メレミアは、そう前置きしてから、いきなり本題を切り出してきた。

「わたくしを、ハザマ様に娶って頂きたく、図々しくもこうしてお願いに参上しました」


 ハザマの思考が、数秒間、完全に停止した。


「……ええっ、と……」

 数秒後、ようやく再起動したハザマは、ゆっくりとしゃべりだす。

「今……おれの聞き違いでなければ……いきなり、プロポーズされたような……」

「まさしく、わたくしはハザマ様に求婚をいたしました」

 ずい、と、メレミアは身を乗り出す。

「……とりあえず、メレミアさ……」

「様は抜きで」

「メレミア、さんがいいたいことは、理解できました。

 少なくとも、その意志は」

 ハザマは、そういって身を乗り出してきたメレミアを、手で制する。

「ですが……こういってはなんですが、そう申し出て来る、意図が理解できません。

 まさか、これまで面識がないおれに一目惚れしたってわけでもないでしょう?」

 残念ながら、ハザマは自身がそこまでモテると信じこめるほど脳天気な性格をしていなかった。

「いえ、そこまで謙遜なさらなくても」

 メレミアは、そういってハザマに微笑みかける。

「ハザマ様は、殿方として十分に魅力的な方だと思います」

「社交辞令は、いいです」

 ハザマは、ばっさりとそういいきった。

「それで……おれとメレミアさんが結婚すると、メレミアさんにとってどう都合がいいことがあるんですか?」

 順当に考えて、「政略結婚」なんだろうな……と、ハザマは判断する。

 ベレンティア公爵とメレミアの伯母上との履歴をわざわざ説明したことからも、それは推察できた。

「今、ハザマ様がわたくしを娶りますと……」

 メレミアは、はじめてこの年頃の少女らしい、いたずらっ子のような表情をみせた。

「……ハザマ様は、ハムロラ族五万の民の忠誠を労せずして手に入れることができます」

 ……なるほどなあ……と、ハザマは納得する。

 なんのことはない。

 このメレミアという少女も、ここへは求職活動に来たわけだ。

 ただし、自分自身の、というよりは、自分が属する五万の民の……ではあるが。


「……今のハムロラ族の立場っていうのは、そこまで危ういものなんですか?」

 ハザマは、単刀直入に訊ねてみた。

「今すぐにどうこう、というほどに不確かなものではありませんが……」

 メレミアは、そういって肩をすくめる。

「……ただ、十年二十年先については、かなり危うくなると予測しております。

 なにしろ、ハムロラの民の最大の後援者であるベレンティア公爵が亡くなられてしまわれましたもので……。

 現在のベレンティア領も、今後はどうなることか……。

 領内の幕僚たちは力を尽くしているようですが、このまま先々まで領主不在のままにしておくほど、この王国も甘くはないと思います。

 いずれ折をみて、しかるべき血筋の、そして王国にとって都合のよい貴族の方を、あの地の領主に据えるのではないかと予想しております。

 そうなれば、わがハムロラの民は、王国内での行き場を完全に失います」

「……ふむ」

 ハザマは、相槌をうった。

「それで、おれたちに後ろ盾になって欲しい、と……」

 メレミアがいいたいことは、ハザマにも納得はできた。

 しかし……。

「ハムロラ族も、もともとは部族民なんでしょ?

 もとの居場所に、帰ることはできませんか?」 

 ハザマがこれまでに見聞して来た範囲内で判断をするのなら、部族民たちは、意外に、他者の出自には関心がなかったりする。

 現に、今、洞窟衆と関わりがある部族民たちも、つい先日まで戦争をしていた王国民たちと平気で共同作業をしているわけだし……。

「帰るといいましても……」

 メレミアは、はじめて狼狽した様子をみせた。

「ハムロラの民の多くは、すでに王国の領土内で代を重ねております。

 部族民の流れを汲んではいますが、今さら純粋な部族民として生きろといわれましても……」

 ……なるほど。

 かなり、微妙なところにいるわけだな。

 ハザマはハムロラ族の立ち位置について、それなりに理解を得た気がした。


「プロポーズの件は、とりあえず保留をさせてください」

 ハザマは、そう結論した。

「それとは別に……出自を問わず、優秀な人材なら、今はいくらでも欲しい。

 ハムロラ族の方々は、いったいどんな仕事をこなせますか?」


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