襲撃の準備
その村での商談や交渉は恙なく終わり、しかしこの村の女たちは全員またハザマの元へと帰ってくることになった。異族への差別意識は、ハザマが漠然と予想していたよりも根強いものであるらしい。
タマルはといえば、用意した商品がすべて捌けたので、機嫌がよかった。特にワニ肉を原料とした保存食は、好評だった。
とりあえずハザマは、準備を整えると一行を従えてザバル村へと向かう。
その後、女たちがどういう選択をするのかについては、ハザマは干渉するつもりはなかった。
一番多そうなのが、ザバル村で普通の……とはいかないか。多少、訳ありの住人として受け入れて貰うこと。
それ以外に、洞窟に帰っていまだたくさんいる身動きのままならない女たちの介護をして過ごすとか、タマルの助手や「不機嫌な女たち」の一員になるとか、あるいはふらりと一人でどこかに旅立っていく、という選択しさえある。
いずれにせよ、すべては、一度ザバル村に落ち着いてからのはなしだ。
ザバル村に到着すると、待ちかまえていたようにファンタルがやって来た。
ハザマたちの首尾を聞く前に、
「盗賊討伐の準備は整っているぞ」
と、いきなり切り出してきた。
流石は肉食系エルフ、と、内心で感心しつつ、ハザマは、
「そう、急ぐなって」
と、牽制しておく。
「今回の交渉の後始末もこれからだし、旅の疲れも残っている。
一晩二晩、休ませてくれ」
多数の人質がいる、とは聞いていたが、盗賊に取って彼らは商品でもある。
飯を抜いて反抗できないようにするくらいのことはするのだろうが、命に関わるような傷つけ方まではしないだろう。
ハザマは女たちに向かって解散を宣言し、
「今後、この村に住みたい人は村長さんに、商売に興味がある人はここにいるタマルに、洞窟に帰りたい人は……あー、そうだな。
ここにいるリンザさんに申し出てくれ。
リンザさん、人が集まったら洞窟までの旅のための準備をしてくれ。
なに、犬頭人を集めて必要な物資をタマルに請求するだけだ」
そう指示して、ファンタルに招かれるまま、その場を後にした。
「人に命じる様も、なかなか堂には入ってきたではないか」
ファンタルに、揶揄される。
「だって、おれが決断しないと誰も動きやしないんだもん」
ハザマにしてみれば、ことあるごとに意見を乞われるので慣れてしまった、という側面があった。
「代われるもんなら、誰か代わって欲しいくらいだ」
むこうでも、平凡な大学生にすぎなかったハザマは、リーダーシップを執るような機会に恵まれてはいなかった。
「なに、慣れないよりは慣れていた方がいい」
歩きながら、ファンタルは続ける。
二人は、村の片隅にある、洞窟衆のための仮説小屋がある場所へと向かっていた。
「それで……さっき、準備が終わっているとかいってたようだけど?」
ハザマは、先を促した。
「ああ、それなのだがな……」
仮設小屋の角を曲がると、そこに二十名以上の、ハザマが「不機嫌な女たち」と内心で呼んでいる者たちが勢ぞろいした。
「……彼女たちが、是非とも参加したいと申し出ている。
少し前までの自分らと同じような境遇の者がいると聞いて、協力したくなったらしい」
ハザマは、「不機嫌な女たち」を見渡してから、無言のまま何度か首を振った。
「洞窟に、帰ったんじゃなかったのか?」
「いったん帰って、そして盗賊の報を受けてこの村に戻ってきたのだ。自発的にな。
このわたしが直々に指導してきた連中だし、今のハザマよりはよっぽどの手練れであることも保証できる」
「……へぇー。
おれよりも、ねえ……」
自嘲するように、ハザマが笑みの形を作る。
バジルの影響を除けば、自分が決して強くはないということは、自覚するところだ。
「まあ、本人の意思で来ているんなら、別に止めやしないけどさ」
基本的に、ハザマは他者の意志は極力尊重するようにしている。今回も、その原則を貫こうとしていた。
「でも……大丈夫なのか?
エルシムさんからの報せでは、別働隊がいる可能性があるってこったが……」
この「不機嫌な女たち」は、果たして手慣れた盗賊を相手に太刀打ちできるのであろうか?
「それ……なのだな、問題は……」
ファンタルも、大仰に嘆きはじめる。
「状況から見て、それなりの規模の別働隊がいる可能性は十分にあると思うのだが……具体的なことは、いまだにはっきりせん」
エルシムはあれからずっと、廃村付近に潜んで内偵を続けている。
しかし、別働隊に関しての情報は、まるで掴めていなかった。
「最悪、周囲を警戒しつつ、まずは廃村を完全に制圧。
それから、捕らえた盗賊を尋問して別働隊の情報を手に入れるしかないだろう」
人質さえ解放できれば、あとはなんとでもできる……と、ファンタルは思っていた。
「予定では、外部に連絡する余裕を与えず、一気に完全制圧ってことだったんだがなあ……」
ハザマが、ぼやく。
「何事も、予定通りにはいかんさ。
それが戦場でのことならば、特にな」
ファンタルは、肩をすくめた。
その後、ハザマとファンタルは、ハザマに与えられた小屋に入って詳細を話し合うことになった。
「別働隊の件もあるし、今動かせる最大数を連れて行った方がいいよな?」
疑問形で、ハザマは確認する。
「廃村だけならば、お主一人がいけば楽に制圧できるはずなのだがな」
ファンタルも、うなずく。
「不測の事態に備え、可能な限りの戦力を揃えるべきだろう。
それで、これが廃村の見取り図なのだがな……。
こちらの二棟が、人質が詰め込まれている棟。
こことここの二棟が、盗賊たちが根城にしている棟になる。
それで、ここから、緑の街道まで枝道が伸びている。
途中で倒木で塞がれていて、外からは容易に侵入できないように細工され、その倒木の先に馬が二頭と馬車が隠してある。いや、馬に関しては、放し飼いに近いかな」
ファンタルは、諄々と説明していく。
「……手順としては、こうだ。
制圧する順番は、まずこの盗賊たちの根城をお主が襲い、盗賊たちを硬直化させる。
次に、人質の詰め所周辺にいる見張りを取り押さえる。
いずれにせよ、お主が早く動けば動くほど事の成功率があがり、こちらの危険性が減少する」
「うまく行けば、確かにおれが動くだけで片がつきそうだな」
「そううまくいくと、いいのだがな……」
ファンタルが、つぶやく。
長年傭兵として働いてきたファンタルは、戦場ではどんな気まぐれな奇跡でも起こりうるということを、骨身に染みるくらいに思い知らされている。
だから、安易に楽観視することができなかった。
ファンタルがさらに続ける。
「それから……無事に盗賊たちの身柄を拘束したら、手分けしてふん縛って、尋問を開始する。
同時に、人質の救助活動をおこなう。
なにも異変がおこらなければ、これで終わり……のはずだ」
「全体の流れとしてはそれでいいけど……いるかもしれない別働隊が、どうも気になる。
周囲の警戒は厳重に……特にこの、枝道周辺には人数を割いて警戒していおいた方がいいと思う。
馬車と馬も、おれが動くのと同時に確保しておいた方がいいだろう」
ハザマは、自分が思うところをつけ加えた。
「おれは、廃村の盗賊たちすべてを硬直化した後、念のためそのまま枝道のところまで出て、警戒を続ける」
「そうだな。
念には念を入れて、廃村をぐるりと取り囲むようにして、兵を伏せておこう」
ファンタルも、ハザマの意見にうなずきながらそういった。
「どこから援軍がくるのか予想できないし、警戒しておくことにこしたことはない」
「……夜の森の中を移動するかね?」
ハザマが、疑問をあらわにした。
ただでさえ、深い森の中は危険なのだ。夜間に移動することは、通常ならば自殺行為であるといっても過言ではない。
「現に、われらがさんざんやってきているではないか」
ファンタルは、憮然として答えた。
「われらにできることが、他の者にはできない……などと想定しない方がいい」
ハザマたちが森の中を自由に行き来できるのは、すべての敵を硬直化させるバジルの能力と犬頭人の脚力、それに、ファンタルやエルシムなどの、森のことを知り尽くしたエルフの存在があってこそのことだ。
ここまで条件に恵まれた集団が、そうそうあるとも思えないのだが……。
「ま……警戒しておくには、越したことはないのか……」
その後は、より詳細な事柄についての打ち合わせになった。
とはいってもおおよそファンタルの独演で、ハザマはうんうんと機械的にうなずいているばかりだったわけだが。
軍事方面の知識にも経験にも恵まれているファンタルに対して、素人のハザマが口を挟める余地はあまりにも少ないのだ。
「洞窟行きの準備ができましたぁー……」
ファンタルとの打ち合わせが終わったのとほぼ同時に、リンザがハザマの小屋に入ってきた。
「いつでも出発できますー」
なぜか、いつもよりか草臥れた様子だった。
「出発は、明日以降でいいけど……。
ずいぶんと早いな」
「洞窟行きを希望する人はほとんどなかったので……」
洞窟行きを希望した女たちは僅かに三名。
つまり、ほとんど、買い込んだ荷や食料を送るためだけの便といっていい。
犬頭人たちは、二十匹が同行するということだった。
「……結局、わたしは、希望者をタマルさんのところへ連れて行くだけだったですよー」
「それで、なんでそんなに疲れた様子なんだよ」
「だって……慣れないことですし、タマルさんは仕事できるし、他の人は年上ばかりだし……わたしだって気疲れのひとつもしますよー」
……そんなもんか……と、ハザマは思った。
実際の年齢を確認したことはないが、見たところ、このリンザは十三、四歳くらいか。
むこうでいえば、中学生くらいの年齢だ。
調子に乗ってあまりこき使うのも、可哀想かな?
などと思ったものの、ハザマは、口に出してはこういった。
「その慣れない仕事だろうがなんだろうが、おれが面倒だと思った仕事はこれからもどんどん押しつけるから、そのつもりでいてくれ。
おれは楽がしたい」
「……ひっどぉーいっ!」
リンザは怒りながら小屋を後にした。
出会った頃に比べれば、いつの間にか随分と表情豊かになった気がする。
日が暮れてから、ハザマの小屋に訪ねてくる者がいた。
「ええっと……名前、なんていったっけ?」
「イリーナといいます」
ハザマが内心で「不機嫌な女たち」と呼んでいる内の一人だ。
顔は知っているが、これまで会話したり名乗り合ったりしたことはない。
「少々、ハザマさんにお願いしたいことがありまして」
「うん。
一応、聞くだけは聞いてみようか」
用件次第では、きっぱりと断るつもりだった。
イリーナたちの境遇に同情する気持ちが微塵もないとはいえなかったが、カウンセラーでもなんでもないハザマに出来ることは少ない。
それ以前に、ただでさえややこしいことになっているのに、これ以上に難題を抱え込む気はさらさらなかったのだ。
「その……お願いです。
わたしを抱いてください」
「……はぁ?」
まったく予想だにしなかった用件を切り出されて、ハザマは間の抜けた声をあげてしまった。
確か、この女たちは……過去のいきさつから、犬頭人や男性全般を酷く嫌っていたはずだが……。
「おれに好意を持って……ってわけではないよな?
うん。
理由を、聞かせて貰おうか」
背筋をピンと伸ばし、すっかり緊張した面もちでハザマに対峙しているイリーナに、ハザマは問いかけてみた。
どうみても、異性を抱いたり抱かれたりしたがっている様子ではない。
「セイムさんに届いた文で、ハザマさんと関係を深めれば強くなれると知りました」
ハザマに即されて、イリーナは訥々と説明しはじめる。
「そうするための方法は、今のところ二種類。
リンザのようにハザマさん個人と主従契約を結ぶか、それとも、ファンタルさんがしているように、性的な関係を結ぶか。
他にも方法はあるのでしょうが……今のところ、この二人が他の人よりも多くの影響を受けています」
ファンタルは、あれから何度かハザマと関係を結んでいる。特に秘密にする理由もないので、隠してはいない。
知っている人は知っているだろう。
「それで……強くなるために、おれと?」
「……はい」
イリーナは、小さくうなずく。
……それなりに合理的な理由があるのはいいが……実際の過程を想像すると、いろいろとおかしすぎる。
真面目すぎる弊害、といったところだろうか。
「なんでそんなに強くなりたいかね?」
村人として生きるなり、洞窟に引っ込んで静かに余生を過ごすという選択もあるのだ。
「自分たちのように、理不尽な境遇に置かれた人たちを、一人でも多く助けたいからです」
イリーナは、即答した。
「そのためには、もっともっと強くならなければなりません」
「……あのなあ……」
ハザマは軽くため息をついた。
そして、イリーナの顔をまじまじと見つめる。
二十歳前後だろうか?
ひどく思い詰めた表情をしているが、それを除けばまずまずの造形だ。
少なくとも、別の機会に見かけたら欲望を感じる程度には整っている容姿といえる。
しかし……。
すっ、と、ハザマはイリーナの方に手を伸ばした。
それだけで、イリーナの体全体が、ビクン、と大きく震え、半ば腰をあげかけていた。
「……そんだけ男嫌いが体に染みついちまっていたら……相手がおれじゃなくても、そういうことをするのは難しいと思うぞ……」
明白な拒絶反応を示している異性を平気で抱けるほど、ハザマは経験豊かでも特殊な性癖の持ち主でもなかった。
ガチガチに固まったりやりはじめた途端に泣かれたりしたら、速攻でモノが役に立たなくなる自信がある。
ハザマは、時代劇に出てくる悪代官的なメンタリティとは無縁の男なのだった。
「……うっ……」
指摘され、逃げ腰になりながらも、イリーナは涙目になる。
「そういうことを頼むんなら、自分の心構えをどうにかしてからにしてくれ。
こっちも別に女が嫌いなわけではないけど、いやがっている相手を無理矢理……ってのは、どうにも趣味じゃない。
えっちなのはお互いが楽しくないと気持ちよくありません」




