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トカゲといっしょ  作者: (=`ω´=)


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王都の町並み

「しかし、賑やかなもんだ」

 ハザマ商会の支店へむかう傍ら、ハザマは周囲の状況を見渡して観察していた。

「王都というのは、この国で一番栄えている場所……で、いいんだよな?」

 そう、オルダルトに確認をする。

「一番、人が集まっているという意味では」

 オルダルトはハザマの言葉に頷いた。

「ただ、沿海州の幾つかの都市とかドン・デラなどでも商いはかなり盛んですから、金の出入りまで計算に入れるなると、必ずしもこの王都が国一番に栄えているとは断言できません」

「なるほど」

 ハザマは、オルダルトの言葉に納得したようだった。

「この王都は、あくまで政治の中枢ってやつか。

 いや、流通事情なんかの制限もあるから、地域ごとに繁盛している場所が分散しているくらいの方が、かえって都合がいいのかも知れないな……。

 強力な中央集権制よりも領主による自治を認めた上で緩い連邦制にしているのも、交通に時間がかかるからだろうし……」

 もちろん、ハザマはもともとハザマが暮らしていた世界との対比でこの王国のことを理解しようとしているわけだが、オルダルトをはじめとする周囲の人々にしてみれば、そこまで理解が及ぶことはない。


「このあたりは、ずいぶん店が多いようだが」

 ハザマは、オルダルトに次の問いを発した。

「官庁街にほど近いこのあたりは、王国各地を発祥とした出店が軒を連ねている地域です。

 各領地から持ち寄った物産を他の領地に売りあっている具合でして……」

「各領地のアンテナショップというわけね」

 ハザマは、やはり頷く。

「ハザマ商会と同じようなことをやっているわけだ」

 農産物から工業製品まで、この商業地区で取り扱っている物品は多岐に渡る。

 とはいえ、やはり流通の制限から、なんでもすぐに手に入るというわけではなかった。

 この場に軒を連ねている店に置いてあるのはあくまで見本品であり、その見本を検分した上で、注文が受けて必要な量だけを顧客が望む場所に送り届ける、というシステムである……といった意味のことをオルダルトは説明する。

「一般的な小売り店でしたら、もっと郊外の方にあります」

 この商業地域にさらに外側に行くと、居職の職人や官庁街に勤める下級役人の家が集まっている地域があり、そのあたりなら店の種類も多く、生活に必要な商品はだいたい手に入るようになっている。

 この王都は王宮を中心にして、官庁街、商業地区、職人街に住宅街、さらにその先には、各地から流れ込んできた者たちが居着いている貧民街、と続く。

 建物が疎らになってくると、今度はその王都の人口をささえるための食料生産の場、広大な農地が広がっている。

 そういった具合に、ドーナツ状の構造をしているらしかった。

 

「ハザマ商会の支店があるのは、そのはずれの方になるのか」

「ちょうど、職人街と貧民街の境界になるあたりですね」

 オルダルトがハザマの疑問に答える。

「その辺は、まだしも地代が安いですから」

 それに、安い労働力も手に入りやすいしな、とハザマは思う。

 周辺地域の住民を手馴づけて丸ごと取り込んでいくのは、ドン・デラでもすでに行われていることだった。

 支店の周辺は、着々とハザマ商会の企業城下町化が進んでいるのだろう。


「少し寄り道すると、ハザマ様が服を注文した仕立屋になりますが……寄りますか?」

 オルダルトは、そんな提案をしてくる。

「時間は……」 

 そういって、ハザマは上空に視線をやる。

 まだまだ、日は高い。

 今日はもう、これといった予定は入っていないはずだし……。

「……それでは、少し寄ってみるか」

 と、決断した。


 その仕立屋は、ゴミゴミした職人街の一角にある。

 店を構えているわけではなく、おもに紹介で客を取っているので看板すら出ていない。

 古ぼけた石造りの建物の、三階部分に住居兼用の仕事場があった。

 そこまで、階段を登っていく。

「なんだ、あんたか」

 オルダルトが声をかけると、職人が出迎えてくれた。

「注文の品はできているぜ。

 細かい部分を直したいから、すぐに試着してみてくれ」

 と、ハザマを奥にうながす。

 職人はすぐに上下の服を持ってきて、ハザマに手渡した。

「着方はわかるか?」

「一応」

 腕も足も二本づつ。

 体の構造は別段、特別なものではない。

 余計な飾りが多いとはいっても、服は服。

 着る方法がわからない、といったことはなかった。

 ハザマはその場で着ていた服を脱いで、仕立てたばかりの服に袖を通してみた。

 上下を着替え終えたあと、自分の姿を見下ろしてみる。

 鏡は、ない。

 そういえば、以前、こちらでは「ガラスは高級品だ」とかいっていたことを思い出す。

 酒瓶程度なら普通に使われているようだが、全身を映し出すような大きな鏡は庶民の手には入らない値段なのだろう。

 ……無駄な装飾品が多いな、と、いうのがハザマの正直な感想だった。

 とはいえ、提灯ブルマにタイツ姿でないだけマシ、ではあるのだが。

 幸いなことに、この世界の服装は、ハザマの感覚からいってもそんなに違和感がない構造をしている。

 この礼服も、普段着とはいえないものの、せいぜいコスプレの範疇で収まっている程度だ。


「両腕を真上にあげてみろ。

 次は、上体を捻ってうしろを見る」

 ただ着用しただけでは満足できないのか、職人は次々とハザマに別の姿勢を取らせてみせた。

「……たかが礼服だろう」

 ハザマは、ぼやく。

「そこまで拘る必要があんのか?」

 ハザマにしてみれば、公的な儀式の間だけ着ていればいいだけの服である。

「馬鹿いうな」

 その職人は、ハザマを睨んだ。

「場合によっては何十年だって着続ける代物だ。

 それに、式典の場でも、なにかあればまともに身動きできないことが命取りになる。

 特に貴族様っていう人種は、そうした改まった席で悶着を起こすことが多いからな」

 ……なんか、このおっさんの貴族観も、かなり偏っている気がする。

 そう思いながらも、ハザマは職人にいわれたとおりに、しばらく手足をあげたりおろしたり、体を捻ったりし続けた。


「よし、いいぞ」

 しばらく、職人はそんなハザマの様子を見守りながら、なにやら木の薄板に細かい字で書き込みを行ったあと、ようやくハザマを解放した。

「……あとは、明日中には細かい手直しを終わらせておく。

 明日の夜か、明後日の朝に残りの代金を持って品を取りに来い。

 どうせ、明後日の国葬に間に合えばそれでいいんだろう?」

「お、おう」

 ハザマは、頷く。

 ぶっきらぼうではあるが、オルダルトの紹介であるし、それなりに腕はいいのだろう。

「おそらく、使いの者が取りに来ることになると思う」

「受領書と代金を持ってきたもんに渡す」

 職人はそういって、ハザマから礼服を受け取り、すぐに背をむけた。


「……あの人にしてみれば、おれが何者であっても関係ないんだろうな」

 再び路上に出たハザマは、そういって今しがた後にしてきた三階を見あげた。

「でしょうね」

 オルダルトも頷く。

「職人とは、えしてそういうものです」

 ハザマたちは再び歩きはじめた。

 朝、馬車の中から見たときとは違い、今では街中はかなり大勢の人たちが行きかっている。

 荷物を持って声を張りあげている、物売りの数も多い。

 物売りたちは、食品や総菜などを扱っていることが多いようだった。

「物売りが多いな」

 ハザマが感想を漏らした。

「貧民むけの住宅には、厨房がついていないことが多いですから」

 オルダルトが説明をする。

「食事をするとなると、ああいう出来合いの物を買ってくるか、店に入るかしかありません」

「値段は安いのか?」

 ハザマは、疑問に思ったことを反射的に口にしていた。

「まあ、この辺の路上売りは」

 オルダルトは、肩をすくめた。

「高いものは、まず売れませんし」

「手に職があるやつらはいいとして……」

 ハザマは、問いを重ねる。

「……それ以外の貧民は、どうやって食っているんだ?」

「なにかしら、仕事はあるものですよ」

 オルダルトは、淡々と答える。

「日雇いの力仕事なら、常時どこかしらで募集がかかっています。

 それ以外にも、ちょいとした登り坂なら、馬車を押せば小遣い銭くらいは恵んで貰えます」

 そうした細かい仕事を転々として食いつ繋いでいる者たちも、少なからず居るということだった。

「栄えてはいても、この王都に居るやつら、全部が全部潤っているわけではないってことか……」

 ハザマは、そう漏らした。

 当たり前といえば当たり前のことなのだが、貧富の差はそれなりに存在しているわけで。

 それは、いいとか悪いとかいってもはじまらない「事実」であって、それをどうにかしたいと思えばこの世界の社会構造そのものを作り替える必要がある。

 だけど、下手に介入しようとすれば、その過程でまた誰かしらにしわ寄せがいくはずであり……。

 まあ、下手に手をつけない方が無難だよなあ、と、ハザマは思う。

 政治的なものであれ経済的なものであれ、社会全体に波及するような大きな変革の際には、必ず少なくはない犠牲者が発生してしまう。

 そのことを知っているハザマは、自分から意識してこの世界に大きな変革をもたらすような真似はできるだけ慎もうと思っていた。

 別に、この世界に対して遠慮や配慮をしたから……というわけではなかった。

 ハザマは特に理想主義者というわけでもなかったし、それ以上に、今、自分の身に迫っている変化に対応するだけで精一杯なのであったからだ。

 現在、ハザマたちが行っている通信設備の拡充や印刷技術の普及だって、見方によってはこの世界を変革していく可能性を持っているわけだが、そのことについて、ハザマは特に罪悪感らしきものは感じていない。

 別にハザマがやらなくても、将来、誰かしらが手を着けるはずのことだと思っていたからだ。

 遅いか早いかの差に過ぎないとすれば、先に自分の手でやってしまって、多少の利益を享受しても別に構わないだろう、というのがハザマの倫理である。

 通信や印刷の技術が普及した結果、多少の失業者が出るにしても、そうした失業者はすぐに別の職業に転職するはずであるし、別に遠慮する必要もないよなあ。


 かなり長い時間を歩いて、ようやうハザマ商会の支店にたどり着いた。

 こうして歩いてみると、王都というのはやはり広い、と、ハザマは思う。

 ハザマ商会の支店があるのは、オルダルトもいっていたとおり、「職人街のはずれ、貧民街のとば口」といった場所だった。

 ただ、緑の街道と王都とを結ぶ道幅の広い道に面しているので、交通の便はそれなりに良さそうだが。

 ハザマ商会の支店からは、総菜を支店から仕入れて売りに行く物売りや重たそうな荷物を抱えて出入りする者などが、ひっきりなしに出入りしている。

 もちろん、商会の中にある売店では、商会の者と商談をしている者、設えているテーブルに陣取って飲食をしたりする者などで、かなり賑やかなことになっている。

 もとは、倉庫かなにかに使っていた場所なのであろう。

 商会支店の一階部分はかなり天井が高く、広い部屋を開放し、商品を並べて人が自由に行き来できる空間に改装してあった。


「どうでしたか、王都は」

 ハザマたちがその一階部分に入っていくと、目ざとくそれを発見したペドロムが店の奥から出てきてハザマの元に近寄ってくる。

「帰りはゆっくり歩いてきたので、なかなかいい見物ができた」

 ハザマは、曖昧にそんな答え方をした。

「なかなか広いものだな、この、王都というのは」

「そうでしょう、そうでしょう」

 ペドロムは、ハザマの言葉にしきりに頷いている。

「それで、役人様方との会談の方は?」

「まあ、今日のところは無事に終わった」

 ハザマは、憮然とした表情になった。

「とはいえ、まだ初日だし、お互いのいい分を確認しただけで終わったようなもんだが」

「……無理難題をいわれるとすれば、これからですか」

「そうなんだろうなあ」

 ペドロムにそう答えてから、ハザマは、

「それで、ハザマ商会は、この王都でどういう商売してんの?」

 と、逆に聞き返してみた。

「はいはい」

 ペドロムはそういって何度も頷いた。

「それはもう、手広くやらせて貰ってます。

 それはもう、一口には説明できないくらい」

「時間、あるか?」

 ハザマは、確認した。

「時間があるようなら、できるだけ詳しく説明して欲しいんだが……」

「結構でございます」

 ペドロムは頷いた。

「そういうことでしたら、ゆっくりとご説明しましょう。

 込み入ったことですし時間も長くかかりますから、どうか二階へおいでください」


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