新領地の必要事項
まずオルダルトがある店の中に入り、店員となにやら短くやり取りをしたあと、ハザマたちに手招きをした。
店内に案内されてから、
「こういう、個室がある店はこの近辺では多いんですよ」
と、オルダルトは説明した。
「ここは公館街も近いから、どうしても落ち着いてはなしができる場所が必要になりますし」
「公館、か」
ハザマは小さく呟いた。
「本格的に領地を貰ったら、そちらも用意をしなければならないんだろうな」
「それはまあ、早めに用意した方がいいですね」
オルダルトも、頷く。
「特にハザマ様の場合は、早々に王国各地の領地と談合をする必要に迫られると思われますので。
この王都に窓口を開いておけば、なにかと風通しがよくなるはずです」
ハザマの記憶が正しければ、公館とは、この領主たちがこの王都に出している領地の出先機関のはずだった。
ハザマの世界の感覚でいえば、大使館のような役割を果たしているのだと、ハザマは理解している。
実際には、それだけに留まらず、王都を通じて貴族社会の社交を円滑にしたり流行を各地に発信したりといった文化的、副次的な機能も持っているようだが。
地理的に離れた領地同士であっても、この王都にある公館を通じてなんらかの談合が常時可能になっているわけだがら、やはりないよりはあった方が便利なのなだろう。
「……また、お金がかかりますね」
ぼつりと、タマルがいった。
やけに暗い口調だった。
「王都の中心部の家賃とかを考えると……また、胃が……」
「……あー……」
ハザマは、しばらく、かけるべき言葉を選び損ねた結果、
「必要経費だと思え」
といった。
「それに、出費に見合った、いや、それ以上の利益を得る機会が、公館経由で得られるかも知れないじゃないか」
とも、続ける。
「……たとえば?」
タマルが、上目遣いでハザマを睨んだ。
「例の強獣狩りの件とか、実行に移すとなれば、やはりその強獣がいる土地の領主にはなしを通す必要がでてくる。
それ以外にも、業務の委託とか……」
「業務の委託?」
タマルは、そこに食らいついてきた。
「なんですか、それは」
「アウトソーシングだよ。
たとえば、居留地で消費される諸々の物資、今まではハザマ商会が躍起になって人を雇ったりしてなんとか揃えていたわけだが、それでもまだまだ生産が消費に追いつかない状態だよな?
そういうのを、まとめて別の場所に作らせる。
作業着なら、数百とか数千のオーダーでまとめて仕立てて貰う。
発注という形ではなくて、入札という形にすれば、値下げ合戦がはじまってこちらにしてみれば、多数の作業員の管理をしないでより安く製品を調達できることになる。
相手にしてみれば、まとまった現金収入になる」
「労働力を、まとめ買いするわけですか?」
俄然、タマルの表情が輝いてきた。
「しかも、監督作業まで込みで相手に任せて」
「そろそろ、うちで抱えている人員だけでは生産が追いつかなくなっているところだろう」
ハザマはいった。
「一方で、職にあぶれているやつが大勢居るそうだから、そっちに仕事を外注していくのも手じゃないのかな」
「やりようによっては、いけるかも知れませんね」
タマルも、頷いた。
「最初のうちは技術指導などを行う必要があるかも知れませんが、それは今までだって同じ事ですし」
「……まあ、それよりも今は、あれだ」
ハザマは、話題を変えた。
「今は、さっき説明されたことを消化しておかなければな」
まずは、部族連合から支払われる予定の賠償金を輸送する計画について。
扱う金額もさることながら、なにより金貨という重量物を数十回以上に分けて搬送するわけで、当然の事ながらかなり多くの人員を長期間、拘束する必要が出てくる。
まだ正式に洞窟衆がその仕事を受けると決定したわけではないのだが……どうやらこの分でいくと、断るよりも素直にこの仕事を受けておいた方が、洞窟衆の利益にもなりそうな案配だった。
そのために必要な手配をするのは、早ければ早いほどいい。
まずはハザマは通信で新領地に居る連中を呼び出し、
「これ以上、山岳部奥地へむかう輸送隊を増やすことは可能か?」
と打診してみることにした。
『可能か不可能かといえば、可能ではあります』
山岳地方面の輸送計画を取り仕切っているバツキヤが即答する。
『どの程度の規模のものを想定しているのか、によりますが。
ただ、必要な人員はなんとかなるにしても、輸送に使うための家畜の方が不足しがちでして……』
新領地の洞窟衆へも、リンザを経由して先ほどの会談の様子は通信で中継されていた。
そのため、この件についてもすでに検討に入っていったのだろう。
「マニュルにいって、どうにかできないもんか?」
『ものがものですからね』
バツキヤは冷静に指摘をする。
『右から左へ、千とか万単位の家畜をすぐに増やせたら苦労はしませんよ』
……それもそうか、とハザマも納得をしかけた。
「わかった。
そちらの件については、おれの方でも別の方法を考えてみる」
結局、ハザマとしてはそういうしかなかった。
「そちらでも、あとどれくらいの輸送隊を追加できるのか検討して、実際に運ぶことが可能な荷物の量を詳しくまとめておいてくれ」
いろいろな可能性を模索すれば、あとでなにかしらの妙案が浮んでくるかも知れない。
少なくとも、今、ここで結論を出さなければならない案件でもないのだった。
そんなやり取りをしている間に、料理が運ばれてくる。
「こいつは……」
運ばれてきた大皿料理をみて、ハザマは小さく呟いてしまった。
「川魚の姿揚げでございます」
給仕が、料理を各人の皿に取りわけながら説明する。
「鱗までぱりっと揚がっておりますので、そのまま食べられます。
お熱いので、パンで挟んでお召し上がりください」
五十センチ以上はある見事な魚を揚げたものに、千切りをした野菜にとろみをつけた餡がかかっている。
元居た世界なら、中華風の料理だな、とハザマは思った。
この世界でも、揚げ物という技法は確実に広まっているらしい。
その給仕は揚げ魚を小皿に取り分けたものを各人の前に置き、別の給仕が、薄く切ったパンが乗った皿とお茶の入った椀を配膳したあと、その個室から出ていった。
これで、この場に居るのはハザマたちだけということになる。
「今日は初日ということもあって、お互いの情報を確認しあっただけですが……」
オルダルトが、口を開く。
「……本格的な交渉はまだまだこれからでしょう」
オルダルトによると、ハザマが正式に領主となってからが本番だ、ということだった。
今の時点では、ハザマは、洞窟衆に関することしか権限を持っていない。
そんなハザマと王国が本気で交渉をする必要があることなど、そんなにあるわけもなかった。
「ま、最初の顔合わせですしね」
特に意外な指摘でもなかったので、ハザマもあっさりと頷いた。
そして、揚げ魚の料理を口にしてみる。
しっかり火が通った白身と、カリカリの鱗。それに、酸味が効いた甘酢餡に近いものが絡んでいて、かなりうまい。
やはり、中華料理に近いな、とハザマは思う。
揚げるという技法が伝わってからいくらも経っていないはずなのに、よくもここまで工夫できる
もんだ、などと素直に感心してしまった。
「でも、そうなると……おれも、しばらくは王都に居た方がいいのかな?」
ハザマは、呟く。
新領地の方は、もともと各事業は担当者に丸投げしていたようなもんだし、今では通信もあるから、ハザマ自身が身近に居なければならない必要もない。
それよりは、もう少し状況が落ち着くまでは王都に居て王国内の各勢力との親好に努めておいた方が、長期的なことを考えるといいのかも知れなかった。
しかし、そのあとすぐに、
「……いや、でも、そうなると試作班とも別れなけりゃならないのか」
と、思い直す。
水車とか風車と手押しポンプとか、まだまだあそこで試作したいものはたくさんあった。
逆に、試作班の連中を王都に呼ぶ、という手もあるのだが……。
いやいや、あちらにはドワーフという金属加工の専門家集団も居るわけだし、なにより、建築中の居留地の近くでもある。
実用化が成った製品の流通経路まで考えると、やはり試作班はあの新領地にあってこそ真価を発揮するわけで……。
「……やっぱり、転移魔法使いは何人か抱えておきたいもんだな」
ハザマは、そうこぼした。
できれば、「何人か」となどとささやかな範囲に留まらず、数百とか数千人、あるいはそれ以上のオーダーで養成したいところであるが……現実には、そうするのはかなり難しいらしい。
「貴族になりさえすれば、士官を希望する魔法使いも名乗り出てくるのではないでしょうか?」
オルダルトは、そう指摘した。
「特に魔法使いと限定せずとも、なにかと注目を浴びているハザマ様の元へ仕官したがる者は多いと思いますが」
「ああ、そうか……」
ハザマは、ため息混じりに呟く。
「……そっちの心配もしなけりゃならないんだな。
普通の貴族の人たちは、そうした仕官希望者をどうやって扱っているんですか?」
参考までに、オルダルトに聞いてみた。
「まず一般的なのは、その貴族の方、ないしは貴族の方にすでに仕えている方の知人が伝手を頼って打診してくる、というのが一般的には多いですね」
オルダルトは、真面目な顔をして頷く。
「基本的に、あまりおおっぴらに求人されるものではありませんし。
なにより、信頼できる人材であるかどうかが重要になってくるわけですから、そうしたコネは重要視されます」
「じゃあ……必ずしも、その人の能力は重視されないってことなのですか?」
ハザマは、疑問を口にしてみる。
「いえ、最低限の能力さえ持たない者は、そうした場で紹介されるわけもないのです」
オルダルトは即答する。
「紹介する側にも当然面子というものがありますから、あまりにも無能な者は最初から排除されます」
「なるほどな」
ハザマは頷く。
コネ重視であっても、それなりにうまく機能するわけか。
「市井の者をいきなり抜擢、というパターンは、現実にはあまりないわけですか?」
「市井の中にそれなりの才覚を持った者が居るとすれば、だいたい近くに居る貴族が声をかけます。
たとえば、辣腕として名を馳せた商人が貴族に見いだされ、領地の経営を任されることなどは別に珍しいことではありません」
スカウトはあり、というわけか。
ハザマは、そう思った。
「あるいは、養子に取って家門を継がせることさえあります」
オルダルトは、そう続ける。
「……その場合、実子の人たちはどうなっちゃうわけ?」
ハザマは、すかさず疑問を口にする。
「もっと軽い、責任のない役職をあてがわれるか、それとも形ばかりのわずかな扶持を貰って余生を過ごすのか……」
オルダルトはそういって肩をすくめる。
「いずれにせよ、才覚なしと見限られれば、それなりの待遇しか待っていません。
領地持ちの貴族といえば、それなりに多数の人々の生活に対して責任を持つべき立場であるわけですから。
そうした立場の者が無能であったとしたら、それは、その領地に住む領民すべてにとっての不幸というものではないですか?」
貴族社会も、血縁の上にあぐらをかいていればそれで事足りる……というほどには呑気な世界ではなさそうだった。
「では、そうしたコネは最初からないような、つまりは、うちのような新興貴族が家臣を集める場合はどうするのが一般的なのでしょうか?」
ここでハザマは、最初の疑問に帰る。
「そうした例は、実際にはあまりないのですが……武官なら模擬戦などで、文官ならば試験で力量をはかり、あとは面接などで人柄を審査するのだと思います」
オルダルトは、そう答える。
しかし、いまひとつ自信がある顔つきではなかった。
「実際には……ということは、そうした事例は、あまり知られていないというわけですか?」
ハザマは、なおも追求してみる。
「ええ」
オルダルトは、あっさりと頷く。
「称号だけならともかく、領地まで下賜されることは、今となっては滅多にありませんから。
調べてみましたら、今回の事例は、おおよそ五十年ぶりになるということらしいです」
称号だけの下級貴族なら、当然のことながら武官や文官を必要としない。
仮に必要としたとしても、別に収入源を持たなければ養うことすら出来ない。
「……王国が、領地持ちの貴族を出すのが五十年ぶり、か」
ハザマは、呟く。
王国が、新たにまとまった領地を得ること自体が珍しかった……というわけか。
周辺諸国との関係は、それなりに安定しているんだな、と、ハザマは思う。
あるいは、紛争があったとしても、領地の分割ではなく、賠償金のやり取りなどで片をつけてきたか、だ。




