報奨金額の根拠
『……思うんだが……』
ハザマは通信で、タマルとハルマクに確認する。
『報奨金の額が、ずいぶんと多過ぎやしないか?』
ハザマはこちらの物価について、まだそれほど詳しいわけではない。
そのハザマですら、「非常識なほどにに多額過ぎる」と感じてしまう金額だった。
確認、というよりは、
「裏になにがあると思う?」
という問いかけに近かった。
『多すぎます!』
『裏になにかありそうですね』
タマルとハルマクが、ほぼ同時に即答してきた。
やはり、か……。
『……この金額になった理由を、この場で直接訊いてもいいもんかな?』
ハザマは、さらに確認した。
もともとハザマはこの手の交渉に手慣れているわけではない。
この場で直に不審を表明することが洞窟衆にとってプラスに働くものか、にわかには判断できなかった。
『素直に答えてくれるかどうかはわかりませんが、それで不作法ということもないでしょう』
ハルマクは、そう答えてくれた。
『問いただされても無理がないほど不自然な金額ですから』
「失礼ながら……その報奨金の額は、どのような根拠に基づいて算出されたものなのでしょうか?」
そうか、と思い、ハザマは口を開く。
「無論、こちらも開拓事業になにかと入り用な時期ですし、貰えるものはありがたくいただきたいという気持ちはあります。
しかし、この金額は、こういってはなんですが、あまりにも法外なのではないでしょうか?
洞窟衆だけを例外的に優遇したら、他の参戦した勢力に示しがつかないのではないですか?」
それとも……他の戦線者たちにも同じような多額の報奨金が用意されている……とでも、いうのだろうか?
だとすれば、この王国の財政は、ハザマたちが予想する以上に潤沢だということになる。
「不審に思われるのも、もっともなことです」
財務省の役人が、ハザマの問いに答えた。
「これは今回のみの異例な措置と思ってください。
ハザマ様がおっしゃる通り、そちらにしてみてもなにかと入り用な時期にあたります。
また、王国にとっても新領地の環境が早期に整うことは利になります。
決して、故のない優遇だと思ってはいません。
ただし……」
ほら来た、と、ハザマは思う。
おそらく、ここまでが、建前、ここからが本音だ。
「……王国の国庫にも無限の貨幣で溢れかえっているわけではございません。
そこで、今回の報奨金に限り、慣例から外れて分割での支払いにさせていただきたいと思います」
『具体的な支払いのスケジュールを確認してください』
すかさず、タマルが通信を入れてくる。
『五十年とか百年に渡る分割払いにされたら、たまったもんじゃない!』
新領地の整備費は、こうしている今も発生している。
王国の都合でチマチマと支払われた場合は、いくら最終的な総額が膨大なものになったとしても、新領地の財政自体が破綻しかねなかった。
「いつから一回につきどれくらいの金額を、どのような頻度で支払われる予定なのでしょうか?」
確かに大事なことだと思ったので、ハザマはすぐに確認をした。
「具体的な詳細をすべて明らかにしてくれませんでしょうか」
「さて、それは……」
財務省の役人は、言葉を濁した。
「……われらよりも、皆様方の努力にかかってきますな」
「……どういうことですか?」
役人にいわれたことがにわかに理解できず、ハザマはそう訊ねていた。
「この報奨金が支払われるのは、国庫からではありません。
現在の国庫は、そのように莫大な報奨金をいきなり支払えるほどには潤沢ではない」
財務省の役人は、なぜか胸を張って答えた。
「ですから、ハザマ様が受け取る予定の報奨金は、別の歳入から充当させていただく形となります」
「別の歳入……」
ハザマは、眉をひそめた。
「……あるのですか?
そんなものが……」
「……あっ!」
タマルが、いきなり大声をあげる。
「まさか……部族連合からの、賠償金!」
「左様」
財務省の役人は、莞爾としてと笑った。
「停戦のおり、部族連合からは膨大な報奨金が支払われるという取り決めが行われました。
しかし、部族連合から出された条件として、輸送に関わるいっさいは王国側で手配をしなければならりません。
そちらの手配が、実はかなり難航しておりましてな。
難航……というよりは、王国内ではどうにも山岳部の地理や道に詳しい者の心当たりがなく、手詰まりになっていたわけです」
「……それで、おれたち洞窟衆に振ろうってことですか?」
ハザマが、確認をした。
「他のあてに、まるで心当たりがありませんのでね」
役人は、そういって肩をすくめる。
「現実的に考えると、洞窟衆の皆様にすがるより他ありません。
無論、王国側からも検分役や護衛などの人手は出させていただきます。
しかし、不案内な山岳部をいきなりわれらだけで……というのは、いくらなんでも無謀というもの。
その点、皆様洞窟衆の方々でしたら、すでに部族民たちとの交易も開始されているところですし。
無論、輸送に関わる手数料は、別途に用意させていただきます……」
案内役と賠償金運送に必要な人手を、洞窟衆から出させること。
これが、王国側があえて多額の報奨金を約束してきた理由だった。
多額に設定しておけば、おそらくは何十度となく目的地と王国の領土を往復する必要が出てくる。
あるいはその過程で、王国側の役人たちが地理や道をおぼえ、洞窟衆はお役ごめんになるのかも知れないが……。
とにかく、王国側にすれば洞窟衆が断れない状況を設定する必要があったわけだ。
『どう思う?』
ハザマは、タマルとハルマクに意見を求めてみた。
『いわれてみれば、落としどころとしてはかなり無難ですね』
タマルは、平静な声で応じた。
『こちらのつもりとしては、てっきり即金で貰えると思っていただけに、肩すかしをくらった気分ですが……』
タマルとしては、この報奨金を日々累積していく赤字を埋めるための重要な資源と考えていただけに、その矢先で出鼻を挫かれた形になるわけだが……。
そのかわり、長期間に渡って定期的に入金が来る、かなり大勢の人の雇用を確保できる、ということになれば、それはそれで悪い案でもない。
いや、長い目で見れば、洞窟衆にとっても決して悪い案でもないのだった。
『王国側から見た場合、窮地を救うための苦肉の策になりましょうな』
ハルマクはそんないい方をした。
『洞窟衆に支払うべき報奨金の額を慣例通りの金額に設定しまうと、せいぜい数度の運送で、以後、洞窟衆がこの仕事を断れる余地ができてしまう。
莫大な賠償金、すべてを回収するまで洞窟衆を拘束しておきたいがために、あえて非常識に膨大な報奨金を設定したのでしょう。
今回、部族連合が承諾した賠償金には、それくらいの無理をあえてするだけの価値があります。
それも、輸送に関わる手配を急げば急ぐほど、部族連合の財政を弱体化させることもできるとあれば……』
非常識な金額の報奨金を用意して洞窟衆の歓心を買うくらい、どうということはない……というわけだった。
『……じゃあ、このはなしは進めちまっても構わないんだな?』
ハザマは、あえて確認をする。
『洞窟衆にとっても、それなりにおいしい仕事だと思います』
『王国側にはまた別の思惑があるのかも知れませんが……。
今、われらが知る限りにおいては、決して損はない取引かと』
「その、部族連合が支払う賠償金輸送に関わる業務については、前向きに検討させていただこうと思います」
ハザマは、王国の役人たちにそういった。
「詳細なことについては……」
「資料などはこちらでも準備しているのですが……そちらにも都合というものがおありでしょう」
これまでハザマに対応していた財務省の役人ではなく、儀典局という部署の役人がはじめて口を開いた。
「この場は、あくまでハザマ様へ爵位と領地を下賜するにあたっての打ち合わせの場ということになっておりますので、まずはそちらの案件を優先させていただきます。
あとで、時間が余るようなら、あるいは、別の日時に機会を改めましてゆっくりと取り決め事を検討することにしましょう」
「わかりました」
そういわれてしまったら、ハザマとしても頷くしかない。
「ただ、今いった内容については、文書として残していただけるのですよね」
「無論です」
財務省の役人が、再び口を開く。
「なにぶん、これだけ多額の国費が動くわけですから、口約束だけで……ということはあり得ません」
「それを聞いて安心いたしました」
ハザマも、頷いてみせた。
「それでは、本日の議題に戻りましょう」
それからは、しばらく事務的な連絡事項が続いた。
王国が新たに爵位や領地を下賜する場合には、「授勲式」なる儀式をする必要があること。
これは、今回の場合、先の国境紛争で功績があった他の者たちと一緒になって行われ、ハザマもその一員として参加する形となること。
具体的な日時は、明後日に迫った故人であるベレンティア公爵とブシャラヒム・アルマヌニア卿の国葬の直後、王国諸公はおろか、一般市民も大勢詰めかける式典の場で行われる予定であること。
……など。
規定事項を、淡々と伝えられた形である。
「……以上で、今回ハザマ様に伝えるべきことはすべて伝え終えたと思います」
説明を一通り終えたあと、儀典局の役人はいった。
「ここまでで、なにか質問はありますでしょうか」
ハザマは、あえて通信を使わずに、左右に首を回してタマル、ハルマルの顔を確認した。
特に問題はなさそうだったので、
「質問は、今の時点では特にありません」
と答えた。
それに続けて、
「今、ご説明いただいた内容を書面で頂けますでしょうか?」
とも、つけ加えたが。
この場に同行したリンザが速記を行っていたが、事が事であるから、あとで「いった、いわない」の水掛け論になっても困るのだった。
ここでは、王国側から用意した、明文化された文書が欲しいところだ。
「当然の要求ですな」
と、儀典局の役人も頷く。
その役人が合図をすると、控えていた役人がハザマの手元に書類の束を持ってきた。
羊皮紙ではなく、この世界の住人が「エルフ紙」と呼ぶ植物性紙の書類だった。
「持ち帰ってから、是非細部までご確認ください。
もしなにか不審な部分があれば、いつでもオルダルトに問いただしてくださって結構です」
儀典局の役人は、そういった。
「王国はハザマ様が男爵号を受けることを決定事項としておりますが……なにか不都合な点があれば、ぎりぎり授勲式の直前までなら、称号と領地の下賜を白紙に戻すことが可能です。
しかし、そうなった場合、洞窟衆ならびにハザマ様に関連する人物ならびに機関のすべてにおいて、王国の庇護から外される可能性があるということもお含みおきください」
ハザマが王国からの申し出を突っぱねるのなら、王国の方もハザマに関わる一切を保護する義理はなくなりますよ、ということらしかった。
これはこれで、公正なやり方ではあるよな、と、ハザマは思う。
王国が持つ権勢や権力の大きさを度外視すれば……だが。
ともあれ、こうして王国側の役人とハザマたち洞窟衆との、最初の本格的な会談は無事に終わった。
預けていた剣やトンファーなども返却され、国土省の建物から出るとまだ日は高い。
この世界では、あまり正確な時刻を気にする習慣がないようなのではっきりとはしないのだが、ハザマが日の高さから推測すると正午前後、だろうか?
ちなみに、従事している職業などによっても異なってくるのだが、この世界では一日二食が標準だった。
特に肉体労働に携わらない役人などは、午前中の休憩時間にお茶といっしょに軽食をとり、日が暮れて、仕事から解放されてから一食を食べて終わり。
独身者は帰り道にどこかの飲食店に入り、家庭持ちは自宅に帰ってから夕食を食べる、というライフスタイルだという。
そのような感じだから、「昼食」というのは、きつい肉体労働に従事している者以外にはあまりなじみがない。
しかし、ハザマは腹が減っていた。
「……どこか、この近くで休憩できるところはありませんか?」
そこで、ハザマはオルダルトに訊ねる。
「できれば、軽い食べ物を扱っている場所がいいんですが」
「ご案内しましょう」
オルダルトは即答した。
この近辺なら、普段から役所周りをしているオルダルトもそれなりに土地勘がある。
ハザマたち一行は、オルダルトのあとをぞろぞろとついていく。
今は馬車を使えない時間帯だから、これから郊外にあるハザマ商会の支店まで、歩いて帰らなくてはならない。
かなり長時間歩く勘定になり、ハザマとしては、その前に休憩と腹ごしらえをしておきたかった。
ついでに、先ほどの会談について、みんなの意見を聞いておいてもいい。




