盗賊の巣
その夜、洞窟衆の主だった者たちを集めての会議が行われた。
村から一番近い街道は、「緑の街道」と呼ばれている。
森の真ん中を縦断しているからだ。
ザバルやバゼドなどの開拓村は、その「緑の街道」から枝道を引いた先にあるのが通常だった。
そうした開拓村同士の間は、十分な距離を置かれることになっている。
これは、あまり近すぎると境界線や水源などで諍いが起こりやすいということと、それに開拓村を管理をする領主が、村同士が結託することを嫌ったからだといわれている。
なにしろ、鬱蒼とした森を切り開いて新たに農地にするわけだから、事業が軌道に乗って十分な収穫が見込めるようになるまで、植民を指導する側も相応の出費を強いられる。将来的に農地を拡充する余地を十分に残すという意味でも、村と村を結ぶ距離はかなり遠くに設定されていた。
そんなわけで、村の周辺ならともかく、少しでも村から離れた場所となると、悪事を見咎める者もない一種の治外法権となる。
「そんなこんなで、盗賊っていうのが割と多いんですよ」
「その……警官とか役人とかは、いないの?」
タマルの解説を一通り聞いた後、ハザマは疑問を返した。
「警官……ああ、衛士のことかな?
城市とかの都会ならともかく、こんな田舎までは出向いてくる人はいません」
基本的に、「自分の身は自分で守れ」というのがこの辺の鉄則なのだそうだ。
「ここみたいな開拓村なら、村の中の人は全員顔見知りです。
なんらかの不祥事があったとしても、発覚すればそれなりに刑罰が用意されています。
しかし、一歩外に出るとなると……」
「弱肉強食、か」
「そうなりますね。特に、旅人が危ない。
行商人とかは鍛えている人が多いし、資金に余裕があれば腕の立つ護衛を雇います」
タマルが説明することは、普通ならば子どもだってわきまえている常識だ。
しかし、「どこか遠い場所」から来たというこのハザマは、ときとしてその手の常識にとても疎い。
「で……その盗賊ってのを捕まえたとして……その後は、勝手に処分してもいいの?」
「問題ありません。
仮に盗賊でなかったとしても……人狩りは、日常茶飯事に行われていますから」
物品だけではなく、労働力として人間も略奪の対象となり、普通に売買されているし、その出所を詮索されることもないのだという。
「……身分の高い人が浚われるようなことがあったら、普通は、家族が身代金を払って買い戻してくれますが……」
「貧乏人は奴隷扱い、か……。
想像以上に無法地帯なんだな、この世界」
「ですから。
今、内偵を行っている場所が本当に盗賊の巣だとしたら……」
遠慮なく、私物化しちゃいましょう……と、タマルは告げる。
「こちらも労働力が足りないところですし、その他にも財宝とか人質とかがいたらそっちも丸儲けになります。
ハザマさんの能力があれば一網打尽余裕ですよ!」
「……それはそれでいいんだけどな……」
タマルほどには脳天気になれないハザマは、いくつかの条件をつけることにした。
まず、事前に、徹底的に周辺を調査すること。
「その賊の人数や武器の数量はもとより、周囲の地形や背後関係なんかも探れれば、なおよし」
今聞いた説明によれば、組織だった盗賊は別に珍しくもなんともないようだ。
だったら、完全に独立した存在であるとするよりも、別の盗賊たちとも上下とか横の繋がりがあってもおかしくない。
次に、その調査に基づいて、こちらの被害を最小限にするよう、努めること。
「犬頭どもだって、あれで貴重な労働力だ、無駄な損耗は避けたい」
つまり、綿密な調査の上、絶対に無傷で勝てるという確信があった時のみ、決行する。
……と、いうのが、ハザマの結論だった。
「思ったよりも常識的なことをいうのだな、お主」
ファンタルが、聞きようによってはかなり失礼な感想を述べる。
「もっと行き当たりばったりで力押しの方法を選ぶのかと思った」
「おいおい」
ハザマは、露骨に顔をしかめる。
「どうしたって、味方の犠牲は少ない方がいいに決まっているだろう」
ハザマにしてみれば、ワニ退治で犬頭人たちに予想外の被害を出してしまったという反省もあるのだ。
ああいう突発的なトラブルに際しては避けられない部分もあるのかも知れないが、こちらの出方次第で被害を軽減できるのなら、そのための努力は怠るべきではない……と、ハザマは思う。
「それはそうだな」
ファンタルも、うなずく。
「では、より一層、兵を鍛え直さなければな」
そういって、実にいい笑顔になった。
「その事前調査というやつは、こちらで引き受けてもいいな?」
手を挙げたのは、エルシムである。
「人数や武器の数程度は、何日か張りつけばすぐに明らかになると思うが……背後関係とやらを明らかにするためには、少し時間がかかるぞ。
いや、万全を期すれば、いくら時間がかかっても足りない」
「それは……なしにしましょう」
異議を唱えたのは、タマルである。
「時間の無駄です。
捕らえてから、吐かせればいい。
その方が、よっぽど早いかと」
タマルは、金銭であれ時間であれ、浪費することを極端に嫌う性質だった。
「……あのなあ……」
ハザマは一瞬、絶句しかけたが、すぐに気を取り直した。
「意趣返しだ敵討ちだとかいって、似たようなやつらがぞろぞろとよってきたら……それこそ、戦力も時間もいくらあっても足りなくなるぞ」
その手の消耗戦に引きずり込まれるのは、タマルの本意でもないと思うのだが……。
「では、調査を行った上で、今のこちらの戦力で短期制圧が可能な場合のみ決行、ということではいかがでしょうか?」
タマルは、今度は譲歩してきた。
「一人も残さず捕らえる事ができれば、余計な情報も外には漏れませんし禍根も残さずに済むと思います」
「……そんなところだろうな」
ハザマは、静かに息を吐いた。
「では……後は、エルシムさんの調査にある程度目鼻がついた時に改めて相談しよう」
その後、タマルによる次に初訪問する村のこととか、すでにコネが繋がった村への商隊の派遣についての報告、ファンタルによる武器や防具の製造についての進展状況についての報告などが行われ、その夜はお開きとなった。
「なんか、みんな凄かった……」
「エルフはともかく、タマルやハザマさんまでそれらしいことをいってたね……」
「ハザマさん、普段はぽやぽやーってして、何にも考えていないように見えるのに……」
会議の後、小屋の一つに下がったハヌン、リンザ、トエルの三人はそんなことを話し合う。
「やっぱり……世界が狭かったんだな……わたしたち……」
「村の外を、まるで知らなかったわけだし……」
「村の中だけで完結しちゃうと……うちの父様みたいになる……」
この三人、同じ村の出身とはいえ、実のところ、親しく話し合うようになったのはごく最近のことだった。
村の中でも身分ごとにつき合う仲間というのは定められており、顔と名前くらいは知っていても、親しく会話などをする機会にはあまり恵まれないものなのだ。
ハザマと最初に接触し、行動をともにする機会も多いため、エルシムがいう「位階があがっている」状態にあるため、ここのところはファンタルの訓練につき合わされている。
村にいる時には刀剣の扱いを習うことなど夢にも思わなかったが、最近ではそれなりに格好がつくようになっていた。
そして今度は、盗賊退治などという荒事に手を染めようとしている。
まったくもって……未来というのは見通せないものだ。
三人とも、過去に戻って村にいた自分たちに今の境遇のことを説明したとしても、絶対に信じてもらえない自信があった。
「これからわたしたち……どうなるんだろう?」
「どうなるもなにも……ここまで来たら、とことん、いけるところまで行くしかないでしょう」
「軽薄で、お調子者で、だらしないところもいっぱいあるけど……あれで、わたしたちを救ってくれたのはあの男なわけだしね」
翌日、次のベゼバの村に向かう女たちが、このザバルの村に到着した。洞窟から直行するよりも、ザバルからベゼバへ向かった方が早いからだ。
女たちは当地で一泊し、その後、ハザマやタマルを伴ってベゼバへと向かう予定だった。
同時に、ハヌンとトエスが三十匹ほどの犬頭人を引き連れて、隣村へと出発した。隣村からの見舞いが無事到着したことを知らせるとともに、ザバル村の様子を伝え、保存食に加工した大量のワニ肉をお裾分けするためであった。
もちろん、無料で贈答するのは最初だけで、次回以降は商品として取り引きするつもりである。つまりは、宣伝の一環としての贈答であり、発案者は当然、タマルであった。
村は、ぼちぼち半壊の衝撃から立ち直りはじめた。
村人たちは焼失した建物を整理し、あるいは畑仕事に着手しはじめている。村のそこここで働く村人たちと、それに、村人たちの指示に従って動く犬頭人たちの姿があった。
最初のうちは怖々と犬頭人たちと接していた村人たちも、今ではもうその姿を当然のものとして受け止めている。
やはり、犬頭人たちがあくまで従順であることが大きかったわけだが、それ以外にも労働力が圧倒的に不足しているという、のっぴきならない事情もあった。
つまり、犬頭人たちをあてにしなければ、村の復興も目途が立たないのだ。
エルシムは、盗賊の拠点と思える場所の探索に割く犬頭人たちの数を増やした。
昨夜の会議で指摘されたとおり、事前の情報収集の成否次第で、こちらの被害状況も変わってくる。手を抜くわけにはいかないのだ。
もう少しこちらが落ち着いたら、エルシム自身が現地に赴いて直接調査を指揮する必要があるだろう。
今、エルシムは洞窟にいるセイムと、使い魔を通して毎日のように文を交換している。この村と離れてもそれ自体は可能なのだが、そうすると今度はこの村にいる者たちとの連携が取れなくなる。
やはり、以前にハザマにいわれた通り、遠隔地でも通信できるような魔法を早急に開発する必要があるようだ。
エルシムが増員の犬頭人を出すのと入れ違いに、最初に派遣した犬頭人たちが戻ってきた。
心話により聞いた彼らのはなしを統合すると、やはりそこにいたのは盗賊の一味らしい。
普段は森に潜んで街道を窺い、めぼしい獲物を見つけたらつけ狙って荷も人も丸ごと奪っている様子だった。
犬頭人たちは、発声器官の都合で人語をはなすことは不可能であったが、人同士の会話は完全に理解できる。
無警戒な盗賊同士の会話をつなぎ合わせると、そうした実体が浮かびあがってくる。
盗賊たちは、廃村を根城としているらしい。
獣害や流行病、あるいは天候不順などの理由で破棄された村というのは、意外に多いのだ。大抵は、時が流れるままに森に埋もれていくのが、その中でも比較的状態がいい建物をうまい具合に見つけて利用しているらしかった。
今、その村にいる人数は、五十人前後。外出している者もいる可能性があり、それも併せて考えると、意外に大規模だといえる。
馬が何頭かと馬車も二台ほど持っているようだ。しかし、どちらも廃村までは引いてこれないので、まだ樹に埋もれきっていない廃村へと続く枝道の途中に隠している。
略奪した金品は廃村に隠し、捕らえた人間は街道を通りかかった奴隷商人に売り払っているらしかった。奴隷商人の馬車は人を満載しているので、すぐにそれと分かる。人数にもよるが、街道でいきなり声をかけて人を売ったとしても、商人の方も心得たもので何一つ詮索せずに買い取りを行う。
……などなど。
今の時点でも、かなり詳細な情報を集めることができた。
あとは……武器の数、か。
こればかりは、もう少し根気よく調べてみなければどうにもならない。普段身につけている分以外は、屋内に隠しているだろうからだ。
そして、犬頭人たちを盗賊が潜む廃村に近づけるのは、リスクが大きすぎた。
とりあえず……と、エルシムは立ち上がる……明日、出発する前に、ハザマには伝えておこう。
この時間、ハザマは、ファンタルにしごかれているはずだった。




