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トカゲといっしょ  作者: (=`ω´=)


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222/1089

召喚獣の出現

 結局、召喚魔法が使われたと思われる小屋に突入することになった。

 中洲の他の場所の探索がほぼ終了し、これ以上、相手の出方をまつべき理由が消失したからである。

 これまでに予想外に大量の捕虜を得て、そうした者たちは順次中洲から運び出されているわけだが、本格的な尋問や事情聴取などはまだはじまっていなかった。

 ただ、そうした捕虜を無力化した魔法兵たちは、「彼らはあまり深い事情を知らされていない末端の者であろう」という感触を得ている、ともいっていた。

「襲撃を受けた際の反応が、鈍かった」

 というのが、その根拠であった。

 確かにこれまで、散発的な抵抗はあったものの、組織的な反撃を受けることはなかった。

 そのおかげで敵の人数に比較しても、味方の損害はほとんどなしで来ている。

 それ自体はいいことなのであろうが……司令部のアズラウスト・ブラズニア公子は、どうにも不自然な点が多すぎて、不気味にも感じていた。

 これだけ大規模な展開をしているわりに、命令系統がはっきりしていない。

 目的も、いまいち不明である。

 これだけの人数を動かすということになれば、それなりに多額な資金が必要になるはずであったが、その割には……肝心の「敵の目的」が、どうにも見通せなかった。

 とはいえ、そうした敵側の事情や背景を探るのはもっとあとでも可能であった。本格的な尋問がはじまってから改めて考察をすればいい。

 今は、中洲の捜索が完了して手が余ってきた魔法兵をどこへ投入するかを判断するのが司令官としてアズラウスト公子の仕事であった。

 そこで出た結論というのが……。


「……突入、ねえ」

 ファンタルを経由して伝えられた指示を耳にしたとき、ハザマはそうぼやいた。

「その結論に行き着くまでに、結構時間がかかったな」

「これだけの規模の軍だからな。

 それだけに、小回りも利かないさ」

 ハザマの言葉を聞いて、ファンタルは苦笑いを浮かべている。

「とにかく、あの小屋に突入することになった」

「おれたちが先鋒でいいんですか?」

 ハザマが尋ねる。

「被害を最小限に食い止めるためには、それが一番であろうな」

 ファンタルは頷く。

「いきなり小屋の中へ転移して、そこでハザマに例の能力を使って貰う……というのが普通ならば一番手っ取り早いのだがが、今回は中でなにが待ちかまえているのかわからないから、少し慎重を期そうと思っている。

 最初にヴァンクレスが小屋の壁面を破壊し、その直後にハザマや魔法兵が突入を敢行する」

 ファンタルによれば、扉や窓を破らずに、いきなり壁面を破壊するのはこうした突入作戦ではよく使われる手だという。

 扉や窓などには、籠城する側も警戒をしているのだが、それ以外の壁面を普段から監視している者は滅多にいない。

 一気に壁を破る方法がある場合には、短時間のうちに内部を制圧するのに適した方法だ……ということらしかった。

「……ヴァンクレスとハザマは、他の魔法兵たちとともにまず小屋の間近に転移し、全員の準備が整った段階で内部へと突入する」

 ファンタルは説明を続ける。

「目的は、内部の制圧と敵人員の捕縛。

 あまりにも抵抗が激しいようだったら生死は問わないが、可能な限り生きて捕らえてくれ。

 ま……ハザマが居る限りは、特に難しい仕事でもないだろう」

 そう説明したあと、少し間を置いて、ファンタルは続けた。

「……ただ、召喚獣という未知の要素があるから、最後まで気を抜くことはないように」


「……せいっ!」

 掛け声と同時に、ヴァンクレスの大槌があっさりと小屋の壁面を破砕して大穴を穿つ。

 大槌にはあらかじめ強風をまとわりつかせる付与魔法がかけられており、物理的な破壊力を倍増されていた。

 ハザマと魔法兵たちが無言のままその大穴から小屋の内部へと突入する。

 その際、特に抵抗などはなかった。

 ま、その方が楽でいいか……と思いつつ、ハザマは薄暗い小屋の内部を小走りに駆けていく。

 それだけで、ハザマに敵意を持つ者は身動きが取れなくなるはずであった。

 確かに、血の匂いがするな……と、足を動かしながらハザマは思う。

 召喚魔法とやらが行われたのは、ここからは少し離れた場所だというが、それでもここまで鉄に似た血の匂いが漂ってきていた。

 どうやら、「そこ」ではかなり大量の血が流されていたらしい。

 なんのために建てられたのかわからないが、その古ぼけた小屋は意外に大きかった。

 長いこと放置されていたらしく、かなり傷んではいたのが、部屋数も多い。

 司令部では、この小屋に居るはずの敵の人数を予想できなかった。

 ハザマはその広間をあっさりと駆け抜け、廊下へ通じる扉に手をかける。

 そこで、ハザマのすぐ背後についてきた魔法兵のひとりが無言のままハザマの手首を握り、首を横に振った。

 その魔法兵はハザマと体を入れ替え、短くなにか呪文を詠唱したかと思うと、素早く扉の外に身を踊らせて、なにかを投げる素振りを見せた。

 魔法兵の手から、眩いばかりの稲光が放たれる。

 それから、その魔法兵は仲間を手招きし、廊下を進みはじめた。

 ……なるほど。

 露払いってわけか。

 と、ハザマは納得した。

 前方の敵を魔法で弱体化させながら進むのであれば、確かに味方の被害はかなり軽減できるのだった。

 魔法兵たちの動きはキビキビとしていたし、なにより、終始無言ではあっても身振り手振りで意志の疎通を図り、動きに遅滞がない。

 彼らの統制された動きをみながら、ハザマは、

 ……これ、おれたちの助けなんかいらないじゃねーの……。

 とか、思っている。


 驚いたのは、「召喚魔法が行われていた」部屋に、死体が残っていなかったことだ。

 いや、より正確にいうのなら、その場に残っていたのは死体ではなくてその残骸。

 きっちりと円形に並べられた十二体の死体は、綺麗な白骨だけになっていた。

「……こういう風にする魔法とか、あんの?」

 思わず、ハザマは呟く。

「なんに使うんですか、そんな魔法」

 魔法兵のひとりが、短く答えた。

「使いようがない魔法が開発されることはありません!」

「……ですよねー」

 その言葉に、ハザマも大きく頷いた。

「じゃあ、魔法ではないのか」

 召喚獣とかいうやつの仕業かな、と、ハザマは思う。

「余分な出血がないのが気にかかりますね」

 別の魔法兵が、そんな指摘してきた。

「白骨の下には、血で描かれた魔法陣がほぼそのまま残されています。

 出血を伴わずに死体から骨だけを残して肉の部分だけを除去する……なんて、どうすればできるんでしょうか?」

 ハザマと魔法兵たちはしばらく顔を見合わせたが、すぐに、

「このまま首を捻っていてもどうしようもない」

 と思い立ち、小屋内の捜索を続けることにした。


「転移魔法で逃げたやつは居ないってことだよな?」

 ハザマがいう。

「今のところは」

 魔法兵が答える。

「もう一度、司令部に確認してみましょう」

 小屋の周囲は使い魔と魔法兵とで取り囲んでいたので、逃げ場はない。

 まだ、この小屋のどこかに召喚魔法を行った連中が残っているはずなのだ。

「あとは……」

 ハザマは、周囲を見渡して呟く。

「……隠し部屋とか、地下室がある可能性もあるか」

「いずれにせよ、虱潰しに捜索を続けますよ」

 そんな会話をしている間にも、魔法兵たちは小屋の内部の捜索を続けている。

「ここまで来たら、絶対に逃がしはしません」

「……司令部より通達!」

 そんなとき、魔法兵のひとりが大声で告げてくる。

「召喚獣らしきものが現れました!

 川の上流、アゼリナハ・ワデルスラス卿の船団が襲われている模様!」


 ワデルスラス公家の船団のうち、最初にいへんに気づいたのは「櫂漕ぎ」と呼ばれる者たちだった。

 この者らは、基本的に指示に従って櫂を操ることしかしない下層労働者である。奴隷も多く含まれていた。

 通常、船底から一歩も出ることはなく、外の様子など窺い知るよしもなかったのだが、このときばかりは事情が違っていた。

 あるとき、全身で操っている櫂が不意に重たくなったのだ。あまりに不自然で唐突であったし、外の様子が見えないにしても、なんらかの異変が起こったことは明らかであった。

 ただ彼らは、自分の意見を求められる機会がほとんどなく、上の者に意見を具申する習慣がなかった。そもそも、なにか異変があったとしてもそれを口にして誰かに伝える、という発想自体が彼らの中にはない。

「どうした!

 速度が落ちているぞ!」

 動きが鈍ってきたことを感じとり、櫂漕ぎを束ねている男が怒鳴った。

「もっと気張っていけ!」

 そういって、その男は調子取りの太鼓に撥をあてた。

 その太鼓がなっている限り、櫂漕ぎはその音に合わせて、櫂を漕ぎ続けなければならない。

 それは絶対的な規則であり、逆らうことは許されなかった。

 しばらく、櫂漕ぎたちは異変を感じながらも、黙々と櫂を動かし続ける。

 ただ、そうした叱責を食らっても櫂漕ぎたちの動きは徐々に乱れだした。

「……どうしたっていうんんだ! 今日に限って!」

 束ねの男が、怒鳴りだした。

「……て、抵抗が……」

「なにかが、櫂に絡みついて……」

 櫂漕ぎたちはボソボソと弱々しく弁明らしき言葉を吐きはじめる。

「水草でも絡んだっていうのか?」

 束ねの男は不審顔で太鼓の台から降り、櫂漕ぎたちの間に立って、櫂をつきだしている窓からに顔を近づけて外の様子を見ようとする。

 そして、そこで、

「……ぎゃっ!」

 という野太い悲鳴をあげた。

 束ねの男の顔から、夥しい量の鮮血が吹き出していた。

 最初のうち、周囲の櫂漕ぎたちはなにが起きたのかわからず、目を丸くしているばかりだった。

 しかしすぐに悲鳴をあげ、束ねの男から離れようとする。

 だが、彼ら櫂漕ぎたちもすぐに血まみれになりはじめ、恐怖ではなく苦痛を原因とする悲鳴をあげはじめた。


「……ハザマ殿にはこのままそちらに転移して貰いたいとのことです!」 

 魔法兵が、司令部の意向をハザマに伝えてくる。

「こっちは、それでいいけど」

 ハザマは答える。

「でも、こっちは?」

「こちらは人数が居ますから!

 どうやら、ワデルスラス公家の旗艦が襲われているようです!」

 いうなり、ある魔法兵が転移魔法の呪文を詠唱しつつ、ハザマの肩に手をかけた。

「その召喚獣ってのは、どういうやつなんだ?」

「まだよくわかりません!」

 近くに居た魔法兵が、転移魔法の呪文を唱えている魔法兵の代わりに答えてくれた。

「わかるのは、このまま放置すればワデルスラス公家の船団が全滅しかねないということだけです!」

「……そいつは、まあ」

 ハザマは、呆けた呟きを吐いた。

 ここまでのところ、肝心なところは敵にやられっぱなしじゃないか……という続きは、流石にこの場では口に出せなかった。


『ファンタルさん』

 ハザマは通信でファンタルに呼びかける。

『可能であれば、水妖使いたちをそちらのワデルスラス船団の方に移動させてください。

 おれの能力で対処できない場合もある』

『了解した』

 即座に、ファンタルから答えが返ってきた。

『召喚獣がそちらに出ているのであれば、まずはそちらに対処するのが先決であろう。

 ただし、ワデルスラス公家の船団は、なぜか予定の待機場所よりもかなり上流の方に移動している。

 やつらがそちらに到着するまでは、少々時間がかかることになるぞ』

 召喚獣が一体だけであるとも限らないのだが……その前提をハザマもファンタルも共有した上で、「まずは居所がはっきりしている敵から撃破していく」という方針を確認しあった形である。

『間に合わなかったら、そのときはそのときです』

 ハザマがあっさりとした返答をしたとき、ハザマと何名かの魔法兵たちはその場から姿を消した。


 ハザマたちは、ワデルスラス公家の旗艦の上に出現した。

 甲板の上に、である。

 ハザマは素早く周囲を見渡した。

 左右に、ガレー船のような、船体の両側から長い櫂を何本もつきだした船が並んでいる。外見からは、どの船も見分けがつかなかった。

 今、ハザマが立っている船も、きっと同じような形をしているのだろう。

「ブラズニアの魔法兵か!」

 壮麗な軍服を着用した中年男がハザマたちの方に駆け寄ってきた。

「すぐにこのわたしを伴い、この場から待避してくれ!」

「アゼリナハ・ワデルスラス卿でございますか?」

 魔法兵のひとりが、慇懃な物腰で応じた。

「その前に、この船を襲った召喚獣の性質についていくつか確認をさせていただきたく……」

「そんなことをいっている場合か!」

 アゼリナハ・ワデルスラス卿は怒鳴り声をあげた。

「こうしている今も、この船は壊されておる最中だ!

 まずは大身であるこのわたしを逃がす算段をするのが筋であろう!」

 ……こういうタイプか……と、ハザマは心中で感心した。

 部下とか自分の船団を見捨て、真っ先に保身に走るあたり……ここまでアレだと、逆にすがすがしいものさえ感じてしまう。

 魔法兵たちも視線を見合わせてなんらかの意志の疎通を行ったあと、

「……では、失礼します」

 と、ひとりがいって、アゼリナハ・ワデルスラス卿の袖口を握って呪文を詠唱しはじめる。

 おおかた、こいつがそばに居てもかえって邪魔になる……とでも思ったんだろうな、と、ハザマを推測した。

「呪文の詠唱が終わるまでに、ひとつだけ確認させていただいてよろしいでしょうか?」

 ハザマは、アゼリナハ・ワデルスラス卿に尋ねた。

「その召喚獣とやらは、どこに現れましたか?」

「船の下部だ!」

 アゼリナハ・ワデルスラス卿は悲鳴のような甲高い声をあげた。

「今にも竜骨を折らんばかりに船体を壊しておるわ!」

「貴重な情報、ありがとうございます」

 ハザマは一礼して、踵を返した。

「……甲板の下へ行く、入り口は?」

 周囲に居た船員たちに尋ねた。

 船員たちは、かなり怯えた様子ではあったが、一斉にある方角を指さす。

 ハザマと魔法兵たちは、そちらにむかって駆けだした。



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