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トカゲといっしょ  作者: (=`ω´=)


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小物の効用

「それに、これ以上長い物ができなかったとしても、これだけでも十分にいろいろと応用が利くものですしね」

 脳裏から動力のことを振り払って、ハザマは別の話題に移る。

 産業革命まで起こすことを目指したら、また別に膨大な金や時間が必要になってくる。

 タマルから支出を引き締めて収入を増やすように要請されている折りでもあるし、ここで無理をするのはやめておいた方が無難だろう。

 ハザマは傍らのリンザに紙の束とペンを用意させ、例によって、ムススム親方にむけて落書きめいた略図を書いて見せた。

「この針金をこういう形にすると……まあ、一種のバネとして機能します。

 これに、こういう木片とかをつけると、クリップとか洗濯ばさみになるわけですね。

 このバネの部分は、元に戻ろうという力が発生しますから、この部分でものを挟んで置くことが可能なわけです」

「……ものを留めるための道具、というわけか?」

 略図や身振り手振りで説明するハザマの様子をみて、ムススム親方は神妙な表情になった。

「そうした用途はまるで思いつかなかったな」

「まあ、これだけでも十分に売れるし使い様はあるのですが……」

 ハザマは真顔になって答える。

「……それ以外にも、応用もいくらでもできる代物なので、長さなんかはむしろ些細な問題です。

 安心してください」

 ハザマにいわせれば、この針金を作ることができる技術力の方がむしろ重要だった。

 この技術力をうまく生かして売れる商品を作るのは、鍛冶職とはあまり関係のない部分の発想が必要だろう。

 そういう部分に関しては、ハザマなり開発班なりでフォローしていけばいいだけのことだった。

「金属の柔軟性と復元力をうまく利用するわけか」

 ムススム親方はハザマの走り書きを手にしながらぶつくさと独り言を呟いている。

「鉄は硬く重いもの、という思いこみがあったら出てこない発想だな」

「他の素材の兼ね合いもありますし、グリップなり洗濯ばさみなりの製品化については開発班と相談してから改めてお願いしようかと思います」

 ハザマの想像が正しければ、紙の消費量が増えてきているから、そろそろ紙をまとめるための道具の需要も出てくるはずなのだった。

 製造コストや売価がどれくらいになるのかは実際に試作品を作ってみないことには想像もつかないのだが、ハザマは、そうした細々とした作業は、積極的に他人に丸投げすることにしている。


 その他、ムススム親方は針金を加工するための工具まですでに試作していた。

 その工具は鋏のような形状で、対象を掴む部分と針金を分断するための刃がついている部分を備えていて……驚いたことに、その工具の形状はハザマが知っているハザマの出身世界にあったペンチとかニッパーとほとんど変わらなかった。

「何種類か試作してみたが、そういう形のものが一番使いやすかったな」

「これ、独力で作ったんですか」

 またもや、ハザマは感嘆した。

「なに、似たような形状の工具はすでにいろいろとあるからな。

 それに針金を扱うために必要な部分をつけていっただけだ」

 ムススム親方はなんでもないことのようにいってのける。

「それでも、すごいもんですよ」

 ハザマは唸った。

「なかなか作れるもんじゃない。

 作ることを思いつけるもんじゃない」

 以前、針金のことをはなしたとき、加工に必要な工具のことまでは頭が回らなくて、まるで説明していなかった。

 にもかかわらず、ムススム親方たちドワーフはこうした工具まで工夫して試作してくれている。

 そうした自主性や的確に必要な道具を考え、作り出す能力は、ただの依頼された物を作るだけの鍛冶職人には到底できない芸当だろう。


 それからムススム親方は、ネジやボルト、ナットなどの試作品も見せてくれた。

 ボルトやナットに関しては、きちんとネジ山がかみ合っていてしっかり固定ができる、かなり精度が高い仕事だった。

「……よくもまあ、こんな短期間で……」

 またもや、ハザマは感嘆する。

 これだけを作っているのならいざ知らず、ドワーフたちは農具や工具などを日々大量に製造しながら、こうした試作品まで手がけているのだ。

 どれくらい手が早いんだよ、と、ハザマでも驚くしかなかった。

「ネジ山については、溝を切る道具を規格化すればいいだけのことだったからな。

 別に苦労するというほどのことでもなかった」

 ムススム親方はことなげにそんなことをいった。

「それよりも、これを作るために必要だった道具を作りあげるまでが大変だったな。

 ネジを切る道具はともかく、そのときには材料を固定しておくしかなくって、結局そのためだけに、大工に依頼して専用の工作台を作らせるはめになった」

「その工作台も、見せて貰えますか?」


 ハザマが案内して貰った先で見た工作台は、要するに、どっしりとした机に万力がついた代物だった。

「……万力まで……」

 茫然と、ハザマは呟く。

 万力まで独自に開発してしまうとは……これもまた、ハザマの予想を上回っていた。

「ネジの力とは、確かに使えるものだな」

 ムススム親方はなんでもないことのように、そう説明してくれる。

「これを作るまでは、うまくネジを切ることができなかった。

 ただ、ネジの部分はうまく作れるようにはなったのだが……」

 続けてムススム親方は、

「それらを締める道具がうまく作れない」

 と、そうこぼした。

「手や指で締めただけでは、どうにも緩くていかん」

「ああ。

 それは、ですねえ……」

 慌ててハザマは紙片を用意させ、例によって略図を描いてドライバーやスパナなどの工具についても説明していく。

「なるほど。

 こんなに簡単なことだったのか」

 今度はハザマの説明を受けたムススム親方の方が感じ入ってくれた。

「説明されてみれば、これしかないと思える解決方法だな」

「ドライバーはともかく、スパナに関してはボルトの頭の部分の形状を規格化する必要があると思いますが」

「なに、今のところ、ここでしか作っていない代物だからな。

 その辺はどうとでもできよう」

 ムススム親方はそういって踵を返す。

「どれ。

 早速、その工具についても作らせてみることにしよう」


「書類ばさみと、洗濯ばさみ……ですか?」

 鍛冶場をあとにしたハザマは、その足で試作班へとむかう。

 そこで早速、さきほどムススム親方にした説明を繰り返すことになった。

「確かに、あればあったで便利に使えそうではありますが……なんか、地味ですねえ」

 というのが、コキリの感想だった。

「別に、いつもいつも画期的である必要もないだろう」

 ハザマはそう反論する。

「地味な小物でも、便利で必要性がある物は必ず売れるわけだし」

「それもそうなんですけどね」

 コキリはそういってハザマの略図から顔をあげる。

「その針金という物をドワーフの人たちから分けて貰って、試作品を作ってみればいいんですね?

 特に難しそうなものでもなさそうですし、人を手配して早速作らせてみましょう。

 タマルさんからは、お金になる物品を作る人ならいくら増えても構わないといわれていますし……」

 タマルにしてみれば、即座に増収に繋がるわけではないインフラ整備関係の人手が増えるよりは、洞窟衆内における資金が回収できそうな製造業に携わる者の比率をあげたいところなのだろうな……と、ハザマは想像する。

「おう。

 それじゃあ、そっちの件は頼むわ」

 特にネックとなりうる問題もなさそうだったので、ハザマも気軽に返答した。


 開発班を出たあと、リンザに、

「そろそろ約束の時間が迫っていますので」

 と告げられたので、ハザマは洞窟衆の天幕へと戻っていった。


「発案者であるハザマ様には今さら説明する必要もないのでしょうが……」

 政策班の筆頭ということになっているゼリオスという男が説明を開始した。

「……新領地の保険制度は、傷害や病害を補償するための健康保険、それに、災害や犯罪被害などを補償するための損害保険の二種に大別されます。

 新領地には、領民という概念を全廃するそうなので、これら保険の掛け金が領地としての貴重な収入になります。

 こうした制度の問題点は、領主側が常に各種のリスクを最小にする努力をしていかないと保険金の支払いがどんどんと嵩んでいく点にあります」

「別にそれがなくても、新領地は健康で安全な場所にするつもりだったしな」

 ハザマはそういって軽く頷いた。

「特に問題はないだろう。

 ムムリムさんを筆頭とする医療所にも、今後も力を入れていく予定だし……治安についていうのなら、今の洞窟衆に対抗できる犯罪者というのがまず想像できない」

「わたしも、そう思います」

 ゼリオスもハザマの言葉に頷いた。

 そこいらに居る小娘が大の男よりも腕っ節が強かったりするのが洞窟衆だった。

「戦力的なことだけではなく、それ以外にも防犯についての意識を高める必要性は出てくるでしょうが……」

「そちらも、継続的にやっていくしかないだろうな。

 おおっぴらにそういう広報をすることで、新領地は治安の維持に熱心であるという対外的なアピールにもなるだろうし……」

「それでは、そういう広報活動にもそれなりに予算を割く必要がある、ということで……」

 ゼイリスは持参した紙片になにやら書き込みを行った。

「必要経費と考えることにしよう」

 そうした活動も、組織的に、継続的に行っていくとしたら相応の資金が必要となるわけだが……それをしなかった場合の犯罪被害と、それに保険の払戻金を考えると、結局はケチらない方が得になるはずだった。

「それ以外にも、犯罪が起こりにくい、あるいは起こしにくいように、社会体制全体をデザインしていくことになるだろうが……」

 新領地の利用者は、洞窟衆の身内や造営に関わる者たちを除けば、そのほとんどは旅人であるはずだった。

 そうした人たちが安心して利用できる環境を作りあげていくことを、まずは目指すべきだとハザマは思っている。

「その件については賛同いたしますが、まずは保険制度について続けさせていただきます」

 ゼイリスは説明を続ける。

「この二種類の保険は、数日で終わるものから年単位で適用されるものまで、適用期間によってさらに何種類かに分類される予定です。

 適用期間が長いものほど、実際に支払う掛け金は割安になります。

 掛け金の支払方法は、特に長期間のものには一括と分割を用意し、やはり分割よりも一括の方が実際の掛け金は割安になります。

 実際の適用期間と金額の関係については、次の表をご確認ください」


 王都で会見を前にして、洞窟衆の身内の中でも意志の疎通を行っておきたい……ということで、今回の説明会が行われることになった。

 ハザマとしては「細かいところは政策班に丸投げ」にして終わらせたいところであったが、かといって領主であるハザマ自身があまりにも領内の子細について無知であっても外聞が悪いわけである。

 いずれにせよ、いつかは情報と意見の交換を行う必要があり、こうしてその機会を設けたわけだった。


「……この掛け金についてでが……」

 ゼイリスの説明が一段落したところで、ハザマは質問をしてみた。

「少し、高額じゃあないのか?」

 たとえば、今、新領地で土木作業に従事している人夫が保険に入る場合、日払いの給金の二割強程度が天引きされることになる。

「そんなことはないでしょう」

 ゼイリスは冷静な表情で断言した。

「むしろ、不測の事態に領主側が全力で支援してくれる対価と考えれば、これでも安いくらいだと思います」

「いや、そういう抽象的なことではなくて、だな」

 ハザマは数秒、頭の中で問題を整理した。

「王国内の他の領地と比較して、領民の負担としては重い方ではないのか?」

「王国内の平均的な領地では、全収穫のおおよそ四割ほどが税収として召しあげられますから……」

 ゼイリスはゆっくりとした口調でハザマに説明をした。

「……これでも、領民の負担としてはかなり低い方です」

 あえて「収穫の四割」としたのは、王国の納税者の八割方が農民であるからだった。

「四割も……なのか」

 ハザマは微妙な顔になった。

「それでよく反乱が起こらないもんだな」

「収穫の六割も残ればまずまずの生活ができますし、それに、凶作や災害が起こった際には領主側が蔵を開けて領民を支援することになっておりますので……」

 それでまず、問題は起こりません、とゼイリスは続ける。



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