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トカゲといっしょ  作者: (=`ω´=)


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位階の法則

 危難にあった翌々日の夕刻、隣村の衆、十余名が到着した。

 森に阻まれて滅多に行き来がないとはいえ、まったく交流がないわけではない。それどころか、村を越えて親兄弟が嫁にいったり婿にいったり、といったことは頻繁に行っている。積極的にそうしたことをしていかないと、どうしても同じ村人同士で縁を結んでしまって、血が濃くなりがちだったから、外部との婚姻はむしろ推奨されているのだ。

 隣村から駆けつけてきた者たちも、少なからずこのバザル村に縁のある者たちが、自分の縁者の無事を確かめに来た……という側面があった。

 十余名、という人数は、隣村に派遣されていたハヌンが引き連れていた犬頭人三十匹の運搬能力から割り出された人数であろう。

 彼らは、隣村から薬剤や食料などの見舞い品をギリギリまで犬頭人たちに持たせていた。

 その、隣村の見舞い客が、ザバル村の惨状を見て、絶句している。

「……ここまで酷い獣害は……」

「いや、復興の目があるだけまだマシだろう……」

「大昔ならともかく、今時こんなことがあろうとは……」

「村全体がワニに埋め尽くされていたってはなしだからな。

 これだけの人数が生き残っただけでも運がいい、というべきか……」

 隣村の衆を村長が出迎え、型どおりの見舞いと謝辞の往還をした後、村長はうやうやしく見舞い品を受け取った。

「たいしたこともできませんが、ここに連れてきた者たちはしばらくここにとどまって復興の手伝いをさせていただくつもりです」

 隣村の衆をとりまとめている若者が村長に申し出た。

「いや、実に有り難いことで。

 是非とも、お言葉に甘えさせていただきましょう」

 この非常時に遠慮する余裕もなく、村長も諸手をあげて歓待するのだった。


「……で、預かってきた三十匹、どうするの?」

 村に到着すると同時に、ハヌンはハザマのところにやってきた。

「とりあえず、ワニの肉でも喰わせて休ませとけ」

 出迎えたハザマはといえば、実に眠たそうな顔をしている。

「こっちは、一応手は足りている」

「……なに、眠そうな顔をして」

「いや、昼間、ファンタルさんにさ。

 めちゃ、しごかれていたんだよ。

 おれの動きは、てんでなっていないそうだ」


「……いつまでも素人の動きをしているでない!」

 と一喝されて、丸一日剣だの槍だのを振り回す羽目になったのだった。

 確かに、ハザマはここに来るまで実剣ひとつ握ったことのないずぶの素人だったわけだが……。


「……一日や二日で、百年単位の経験があるファンタルを満足させる技が身につくもんか……」

 というのが、ハザマの言い分であった。

 とはいえ、こちらの文字を読み書きもできないハザマは、今のここの村ではまるでやれることがない。

 単純肉体労働なら犬頭人が、商売や金勘定に関わることならタマルが、村長との話し合いにはエルシムがそれぞれに行っていて、ハザマの出番はなくなっていた。

「そっかぁ。

 あのはぐれエルフが、ね……」

 ハヌンは、意味ありげにうなずいた。

「それ、わたしも一緒につき合っても構わないかしら?」

「ああん?

 お前、そんなもんおぼえたって……」

 といいかけて、ハザマは続く言葉を飲み込む。

「村にいた頃なら、剣の振り回し方なんておぼえようとは思わない。

 でも……いつなにが起こるのか、わからないから……。

 自分の身をまもれるくらいの技は、おぼえておいた方がいいかと思って」

「……まあ、そうだな」

 ハヌンたちの境遇を考えれば、別におかしくはない発想だった。

「あの……」

 ハザマの近くに控えていたリンザが、口を挟んでくる。

「……わたしも、一緒に……」


「……力が満ちている気がする」

「ワニの一件以降、か」

 その頃、ファンタルは、同じエルフであるエルシムと話し込んでいた。

 この二人、エルフ同士ではあっても同郷でもなければ既知でもない。

 ごく最近知り合ったばかりの、しごく浅い間柄である。

「心当たりはあるか?」

「おそらくは、あの男……いや、あの男が連れている、トカゲもどきが原因かと」

「……やはり、な」

 ファンタルは、うなづいた。

「他の原因は、思い当たらぬし……おそらく、そうではないかと思ってはいた」

「あの男、ハザマが一番濃い影響を受けているようだ。

 本人には、あまり自覚がないようだが……」

 エルシムは、苦笑いを浮かべる。

「今日一日稽古をつけてやって、それは感じた。

 あやつ……丸一日動かしてやっても、息一つ切らしておらなんだ」

 ファンタルも、苦笑いを浮かべる。

「自身の変化にあそこまで鈍感なのも、少しおかしいと思うが……」

「いきなり人外魔境に放り出され、一度壊れた男だからな、あれは」

 エルシムは、断言する。

「どこか、いや、全体に……ネジが緩んでおるのよ。

 自身はもとより、周囲の事物に対しても通常の興味が薄れておる。

 あるいは、あのトカゲもどきにとり憑かれておるせいかも知れん」

「単に、自暴自棄になっているだけなのではないのか?」

 これまでに見たところ、ハザマにも食欲はある。

 色欲があることも、ファンタルは、自分の身で確認している。

「本能に根ざした生物として欲はともかく、人間を人間たらしめている欲が、今のあやつには欠けておる」

 エルシムは、説明した。

「例えば、金銭に対する執着とか知的な好奇心。それに、愛欲。

 あやつは、あれだけ大勢のおなごに取り囲まれておっても、手を出すどころか鼻の下を伸ばす様子もない。

 あの年頃の男児としては、十分に異常であろう」

「……いわれてみれば……」

 ファンタルとて、長年傭兵という男性優位の社会の中に身を置いている。

 だから、日常的に半裸の女たちに囲まれていながらあまり興味を示さなかった洞窟でのハザマの様子に思い当たり、その異常さをようやく自覚した。

「色欲と愛欲は、別物か?」

「厳密にいえば、別物だろうよ」

 エルシムは、きっぱりと告げる。

「前者は異性全般に対する欲望、後者は特定の個人へ向けた執着だ。

 前者は生物であれば普遍的に持つ本能ともいうべきものだが、後者は知的な存在しか持てぬ」

「なるほど」

 ファンタルは、納得した。

「今のあれには……惚れた腫れたがない……ということか?」

「おそらくは」

 エルシムは、重々しくうなずいた。

「そうなるように、あのトカゲもどきがし向けているのかと。

 頭のどこかを麻痺させるかどうかして、な」

「あやつ自身にとっては、あるいは痛恨事かも知れないが……われらにとって、それがなんの不利益になる?」

「われらの不利益にはならんのだよなあ、それが」

 エルシムは、軽く首を横に振った。

「それが善きことなのか悪しきことなのかは、はなはだ判断に困る部分ではあるが……」

「ハザマ本来の性質が損なわれているのならば、ハザマにとっては悪しきことになろう。

 しかし、われらにとっては……」

「今のままの方が都合がよい、ともいえる。

 おそらく一番都合がよいのは、あのトカゲもどきにとって、なのであろうが」

「……ふむ。

 なるほど」

 ファンタルは、今度は一層深くうなずいた。

「あのトカゲもどきの都合によって……か」

「おそらくは」

 エルシムは冷静に告げた。

「あれは……ハザマの恐怖心や思考力をある程度麻痺させて、自分の餌をとってくるようにし向けている。

 ハザマが一番その影響を被っているわけだが、ハザマと関係する者たちにも同じような影響が出はじめている」

「出ているかね? 巫女殿よ」

「出ているな。

 ハザマに続いて一番大きな影響を被っているのは、おぬしよ。

 その次に、犬頭人ややつの周囲にいた女たち。

 それが証拠に……洞窟に残っていた犬頭人よりも、この村にいる犬頭人の方がよっぽど上の位階に達しておる」

「……ほほう。

 すると、なにか?

 あのハザマに近い者から順番に、位階があがりやすくなる……と?」

「他にも条件があろうな。

 ハザマとより近しい関係となり、なおかつ、ともにあのトカゲもどきのために戦って敵を倒した者ほど優遇されると見た。

 一番大きく影響されているのは、当のトカゲもどきなのだが。

 あやつ……しこたまワニを喰らって満腹したのか、洞窟にいた時とは比べものにならないほど位階をあげておった」

「まず、仮説としては……納得できるし、いろいろと心当たりもある。

 だが、これは……少々詳しく調べてみる必要があろうな」


 翌日、ハザマはファンタルとエルシムにいわれるままに、バジルの性能試験を行うこととなった。

「以前は……洞窟に着く前は……えーと、だいたい、五メートル前後くらいだったかな?」

 バジルが対象を硬直させることができる距離……のことである。

「……その、五メートルというのは、どれくらいの距離だ?」

「そこから………」

 ハザマはまずエルシムの足下を指さし、とことこと歩き出した。

「……ここくらいまでの距離……かなぁ?

 あくまで、おれの感じたところでは、ってことで、あんまり正確ではないかもしれないけど……」

「厳密さは、この際求めまい」

 エルシムは、鷹揚にうなずいた。

 この場ではあまり意味がない。

「これから、犬頭人を一列に並べるから……どこからどこまで硬直させることができるか、実験してみよう」

 その実験の結果、バジルの能力の有効射程距離は、半径三十五メートル前後まで延びていることが判明した。

「……お前様が洞窟に到着した時点で今くらいの威力があれば、あの猪首人も余裕で片づけられたかも知れんの……」

「って、ことは……つまり……」

「お前さん自身とトカゲもどき、どちらも位階が格段に向上しておる。

 おそらく、あのワニどもを平らげたおかげであろう」

「……おおー。

 レベルアップかあ……」

「硬直化の能力だけではなく、お前様自身にもそれなりの影響があるはずなのだが……」

「あ……あの……」

 リンザが、おずおずと手をあげる。

「そういえば……わたしも……ワニ退治の時、高いところから飛び降りても平気だったり、走りづめでも息苦しくならなかったり……」

「……やはり、な」

 エルシムが、目を細める。

「娘。

 リンザとかいったな。

 おぬし、確かこのハザマと個人間での主従契約を結んだとか?」

「は、はい!

 その通りです」

「その関係で、ハザマから位階をあげる要因が流れ込んでいたのであろう」

「……あー。

 経験値が、ねー……」

 ハザマは元いた世界のゲーム的な理解の仕方をしている。

「経験値。

 経験の、値か。

 そのようなものあるのなら、確かに、辻褄は合うな」

 エルシムは、思案顔で言葉を継いだ。

「では、次に……犬頭人の中から、ワニ退治に参加した者とそうでない者を適当に呼び集めてくれ。

 隣村にいっていた者は、ワニ退治には参加していないはずだ。

 両者の間に明確な差異があれば……」

 ハザマとともに、トカゲもどきのために戦った者が、より多くの経験値を得る……という仮説が実証される。


 半日以上をかけて様々な実験を行った結果、ワニ退治に参加した犬頭人とそうではない犬頭人には、明確な差異が存在する……ということが明らかとなった。

 腕力や走る速度はもとより、格闘や剣戟の腕についても、前者の方が格段に凄みを増している。

 驚いたことに、リンザとハヌンの間にも、明確な差異が確認された。

 ハヌンが隣村にいっていたのはわずかに数日のことだったが、そのわずかな期間に、リンザの身体能力は格段に向上していた、ということになる。

 村長の娘であったハヌンと小作人の娘であったリンザは、普段の栄養状態においてはハヌンが、身体能力としては、日々の労働により鍛えられていたリンザの方が優っていたはずだ。

 それとて、あくまで「あえて比較すれば」程度の軽微な差でしかなかったはずだが……。

 今のリンザは、ファンタルにいわせれば、

「駆け出しの傭兵程度」

 の、体力や膂力を持っているという。

「このままハザマと行動しつつ鍛えれば……案外、いい線までいくのかも知れん」

 とかいって、意味ありげに笑うファンタルであった。


「あとは……洞窟に残っていた犬頭人との比較を行えば、検証としては完璧になるな」

 誰にともなく、エルシムはそう呟く。

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