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トカゲといっしょ  作者: (=`ω´=)


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混迷の予感

 洞窟衆の者たちが連続して使い魔を操れる時間は、やってみると意外に短いことがわかった。

 それに途中からもっと詳細な内偵が必要だということもわかってきたので、何度か転移魔法で国境際まで移動し、人員と使い魔を入れ替えながら、長期戦に備えることとなったのだった。

 それに、村の周辺とはいえ長期にわたってそれなりの人数が一カ所に潜伏し続けることにも無理がある。当然、出先での煙があがる煮炊きなどもできないし、転移魔法を多用して新領地と潜伏先を忙しく往還しながらの内偵となった。

 具体的にいうと、

「寝るときと食べるときには転移魔法で新領地に帰る」

 ということになる。

 これはこれで転移魔法という高度な術式の無駄遣いという気もするのだが、魔法兵たちによると、

「それで無駄に戦死者が出ることを防げるのならば」

 やる価値はある、ということらしかった。

 彼ら、ブラズニア領の人間にしてみれば、領内の人間が深く関わっている今回の事例では、できる限り犠牲を少なくしたいところなのである。

 逆にいうと、いくら犠牲を出していいという方針であればこんな煩雑な内偵作業などする必要もないということでもあった。

「ただ……それをやると、あまりにも傷が深くなりますから……」

 とは、魔法兵のルッシモの言葉だった。

「……そんなことをやっても、こちらも貴重な働き手をむざむざ失うことになるだけなわけですし……」


 これ以上の惑乱を避けて村に潜伏した無法者たちのみをうまく切り離し、それ以外に扇動をして騒ぎを広めているような首謀者が居たら、これも捕らえて見せしめとする。

 傷はできるだけ浅く、しかし、以後しばらくは無駄な反抗を行う気が起こらないようにする。

 今回の件でのブラズニア領主側の目的を端的に述べれば、そういうことになる。


「しかし、これがなかなか、難しい」

 会議の席で、アズラウスト・ブラズニア公子はいった。

「領民といえども欲望とは無縁ではありません。

 苦労して収穫したものを少しでも手元に残しておきたいという気持ちは当然のことでしょう。

 しかし、その欲望をすべて受け入れていたら、われらも領内の経営が立ちゆきません。

 ましてや、無法者と結びついて不正を働こうというのは論外です」

 彼らは、今、新領地の砦に集まっていた。

 彼ら、というのは、アズラウスト公子とおもだった魔法兵たち、それにイリーナやサホナたち、潜伏に同行した洞窟衆の者たち、それにファンタルやスセリセスのことを指す。

「それで、具体的にわかったことは?」

 ファンタルがイリーナたちをうながした。

「ズベレムの村は、どうやら村長の息子をはじめとする若い人たちが賊と結びついているようです」

 イリーナは報告をはじめる。

「村長をはじめとする村の年長者の多くが戦場に出ている隙に、多少強引な手段に訴えても村の自治についての主導権を自分たちのものにしたいらしく……」

「……あそこの村は、今の村長ががんばりすぎていますから……」

 アズラウスト公子はゆっくりとかぶりを振った。

「放っておいてもあと十年も待てば、自然と世代交代するはずなのに……それが待てないんでしょうかねえ」

 わざわざ無法者と結びつく必要もないだろう、とでもいいたげな口振りであった。

「その賊らの、素性と数は?」

 ファンタルが訊ねる。

「総数は、いまだ不明です。

 村の中では数名しかそれらしい者を見かけませんでした」

 イリーナが答えた。

「どうも、村の外のどこかかに潜伏しているような気配もしています。

 かなり大量の食料を運び出しているところも確認しましたので……」

「それは、追跡はしなかったのか?」

 ファンタルがさらに追求してくる。

「当然、しましたが……どうやら賊の中に魔法の心得を持つ者が居るらしく、途中で使い魔が惑わされて最後まで追うことはできませんでした。

 次の機会があったら、使い魔ではなく人間が直接追跡してみるしかないと思います」

「魔法使いまで仲間に居るのか」

 アズラウスト公子は渋い顔になった。

「賊は、本当に単なる無法者の集まりなんだろうか?」

「当初は、ドン・デラから弾き飛ばされてきた連中が暴れているだけだろうという予測であったはずだが?」

 ファンタルは、アズラウスト公子の顔をまっすぐに見て訊ねる。

「予測は、あくまで予測であるにすぎません」

 アズラウスト公子はそういって肩をすくめた。

「いや、今でも賊の大部分はそういった無法者に過ぎないと思っていますが……ことによると、そうした者たちをうまく利用して何事か画策しているやつらが居るのかも知れない。

 とにかく、はっきりしたことがわからないから知りたくて、われわれもこうして手間暇をかけて内偵作業を行っているわけでして……」

「運び出した食料の量だけでもしっかりと把握しておけ」

 ファンタルはイリーナたちに指示をした。

「消費量から潜伏先に居るだいたいの人数も割り出せるはずだ」

「それをするためには、ある程度長期間に渡った監視が必要となりますな」

 魔法兵のルッシモが指摘する。

「潜伏先を突き止め、そこの様子を直接内偵できれば一番いいのだが……それができないのであれば、次善の策で満足するしかない」

 ファンタルはそう指摘した。

「本隊がその村に到着する予定日は?」

「今の速度だと、五日後になります」

 アズラウスト公子が答える。

「騎馬だけの編成で、途中の補給も洞窟衆の方々にお任せしているので思ったよりも速い」

 この本隊というのは、ネレンティアス皇女も同行している騎馬隊になる。

 余計な荷馬車も伴わず、自分らで持つ荷も最低限にしているので、かなり足が速い。

 洞窟衆が立ちあげた、街道沿いに点在している駅の存在があってこそ可能な速度であった。

「その本隊が到着するまでには、誰を排除すべきなのかしっかりと見極めておかねばなりませんな」

 魔法兵のルッシモが誰にともなく呟く。

「ハザマ商会の通信網架設班が、明日よりズベレム村に入るようです。

 彼らがうまく聞き込んでくれれば、もう少し詳細な事情もわかってくるでしょう」

「ネジエル、ホキチリ、マダザ、ガイジム……などの村にもぼちぼち入りこんでいくそうなんで、今後はそちらからの情報も参考にできます」

 実際には、今ここに居る混成部隊が使い魔を使用して集めた情報とつつきあわせ、なんとか正確な実状を把握しようとしていくわけである。

 煩雑には思っても、こうして関係者が顔を合わせて会議を行っているのも、その「断片的な情報をつつき合わせる」作業の一環なのであった。

「そうした村々の周辺に、まとまった数の賊が潜伏できそうな場所はないのか?」

 ファンタルが疑問を口にした。

「もしあるのなら、先にそちらを探った方が早いかも知ないな」

「そちらも探らせているはずですが……」

 アズラウスト公子がいった。

「……少し、定時連絡が遅れていますね」

「……遅れている?」

 ファンタルは眉をひそめる。

「定時連絡が、か?

 すぐに迎えを出した方がいい」

「いや、ちょうど今、来たようです」

 アズラウスト公子の視線の先に、不意に人影が現れた。

「遅かったな、ムガイラ」

「まずは遅参をお詫びします」

 転移魔法によりその場に現れた魔法兵のムガイラは、アズラウスト公子に一礼した。

「賊は、ゲイバルズ川の中州群に集まっている様子です。

 それだけではなく……」

 ……上流や下流にも、定期的に船を出しているようです。

 と、魔法兵のムガイラは続けた。


「上流に行けばワデルスラス公の領地、下流に行けば海」

 ファンタルが指摘した。

「賊がこうした外部と結びついているとなると、かなりややこしいことになってくるな」

「完全に飼われているのか、あるいは援助を受けているだけなのか……」

 アズラウスト公子は表情を引き締める。

「……もっとしっかり調べてみないことには、そこのところまではわかりませんが……。

 いずれにせよ、そうである可能性も想定した上で、こちらも動いています。

 まずは……背後関係をしっかりと洗うことにしましょう」


 ゲイバルズ川の上流方向にある、ワデルスラス公爵領。

 ワデルスラス公爵は、八大貴族のひとつに数えられる。

 つまりは、王国内の大貴族であるわけだが、その大貴族が常に王国に従順であるとは限らなかった。

 ワデルスラス家は、王国建国のおりに隣国での王位継承争いに敗れた王子を迎え入れ、公爵に封じたことに端を発している。

 血統的には隣のズデスラス王家の分家であり、同時にこの王国の臣下として代を重ねて来た、という複雑な経緯を持った家柄であり、俗に「裏切りのワデスラス家」などとも呼ばれている。

 もちろん、八大貴族としての権勢をほしいままにしている以上、実際にはこれまで王国に対して具体的な謀反や反抗があったという事実があるわけではない。

 ないのだが、長年に渡ってズデスラス王家と密貿易をして私財を蓄え、王国侵攻の準備をしている……などという噂が途切れずに囁かれ続ける、そんな家柄であった。


 そして、ゲイバルズ川の下流に行けば、いずれ海へと行き着く。

 海の先には、当然のことながら無数の国に繋がっているわけであるし……それ以外にも、海は広大な塩賊の潜伏先として有名なのであった。

 そもそも、大本のドン・デラの騒動自体が、ドン・トロの跡目争いという、塩賊がらみの出来事であるため、今回の件も深く関連している可能性は否定できなかった。

 国外勢力にせよ塩賊にせよ、今回のいくさで疲弊する……はずであった王国内を騒乱に導こうとするのは、時期的に考えても十分に考えられるのだった。


「……しかし、ゲイバルズ川か」

 ファンタルはそう指摘した。

「水戦の準備が必要になるな。

 それに、万が一の事態に備え、もっと人員を増やしておいた方がいい」

 ゲイバルズ川……たびたび氾濫することで知られている、王国一の大河であった。

 賊たちがそこの中州を根城にしているとなると、一網打尽にするのにも相応の準備を必要とする。

 うまく包囲網を完成させないと、逃げ道はいくらでもある場所なのであった。

「もちろん、こちらでも手配はしますが……洞窟衆の方々にも、今まで以上にご協力をいただければ幸いです」

 アズラウスト公子は冷静に応じる。

「その前に……情報収集のための人手をもっと増やすことにしましょうか」

 これまでの予想が杞憂であれば、それでもよし。

 しかし、万が一、その杞憂が杞憂ではなく、アズラウスト公子らが知らない場所でもっと深刻な

事態が進行中であった場合、今の時点でより正確な情報を取得していくことは、今後の明暗を左右するかもしれないのだった。

「今後、もしも深刻な事態であるという確証が掴めたとしたら……そのときは、上にも援助を求めることにしましょう」

 アズラウスト公子は、そう続ける。

 事態がブラズニア領内の治安維持活動……の範疇に収まらないような規模のものだと判明したら、アズラウスト公子は躊躇なく王国中央へ注進し、援助を求めるつもりだった。

 国際的な陰謀にブラズニア領だけで対処しなければならない義理も理由も、どこにもありはしないし、また、現実問題として、ブラズニア領だけで対処しようとしても、まず収拾をつけられないだろう……と、アズラウスト公子は思う。

 王国と一地方領とでは、戦力や使える人材の層の厚さが、まるで違ってくるのだ。


 様々な情報を検討した上で、より不穏な情報ばかりが集まった形であるが、

「まずは現地の正確な情報を」

 という結論だけは、変わらなかった。


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