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トカゲといっしょ  作者: (=`ω´=)


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最近の通信事情

「これ、かなり傷が深そうなんだけど……」

 半裸になったヴァンクレスの体のそこここを指先で探りながら、ムリムムはぶつくさとそんなことをいった。

「……普通に考えれば、太い動脈が何本かぶち切れて大出血になっているはずなんだけど……。

 ねえ。

 これ、今までどういう治療をしてきたの?」

「どういうって……その程度の傷口なら、そのまま矢を引っこ抜いて強い酒をぶっかけて、あとはきつく布を巻いておけば一晩くらいでふさがる」

 ヴァンクレスは憮然とした表情で答える。

 ヴァンクレスとて女性に肌を触れられるのは別に嫌いではないのだが、この場合のムムリムの挙動や表情にはなにやら穏やかではないものを感じ取っており、本能的な危機感さえ抱いていた。

「……乱暴だけど、それなりに理には適っている方法ね。

 だけど、それにしたってその回復力はたいがいに異常だと思うけど……」

 そんなことをブツクサいいながら、ムムリムはヴァンクレスの体表に無数にある傷口を指先でまさぐり続ける。

 傷口は、ほとんど矢傷であり、たまに擦り傷などが混ざっている。ムムリムがみた範囲では、刃物でつけられたような傷は見あたらなかった。

 ヴァンクレスはこれまで、近接戦闘で傷を負うことはほとんどなかったのだろう。

 冷静に考えてみれば、それだけでもかなり異常なことといえたが……。

「……この異常な回復能力って……」

 ムムリムは、呟く。

 ハザマも似たような特異性を示していた気がする。

 これほど異常な回復力は見せていないものの、ハザマの影響下にある者は負傷したときにもそれなりに旺盛な回復力を見せることが多いのだが、このヴァンクレスはかなり長くハザマから離れていたはずであり……つまり、この回復力はヴァンクレス自身に由来するのか、それとも別の要因によるものである可能性が高かった。

「んふっ」

 と、ムムリムは笑い声をあげた。

「んふふふふふふふふふっ」

「……な、なんだぁ?」

 いきなり不気味な笑い声をあげはじめたムムリムから、半裸のヴァンクレスは身を遠ざけた。

 自分の体を撫でさすっていた医者がいきなり笑い声をあげはじめたのだから、引き気味になるのは無理からぬところであった。

「さて、ヴァンクレスさん」

 引き気味になるヴァンクレスの肩を逃すまいとがっしり掴み、ムムリムは微笑む。

「……どうしてあなたはこんな体になっているのかしらぁ?

 心当たりをすべて答えて貰いましょうかぁ……」

「なんだかよくわからんが、なんか怖いぞあんた!」

 戦場で感じるのとはまた別の戦慄を感じながら、ヴァンクレスは悲鳴にも似た声をあげる。


「……ということがあってな。

 それ以降、丸一日質問責めにされててな」

 心なしかげっそりした顔つきで、ヴァンクレスは述べた。

「なんなんだ、あの先生は……」

 大抵のことでは動じないこの男が、珍しく動揺している。

「……あー。

 おれからも、もう少し控え目にしておくようにいっておくわ」

 ……そういやあの人、なにげに要求水準が高かったりするしな。

 と、ハザマは思う。

 もちろんそうした要求は、ムムリム個人からではなくすべて医療所からのものとして洞窟衆に提出されるわけだが、ハザマの方にもそれなりの思惑があったので、できるだけ希望に沿うように手配をしてきた経緯がある。

 いくつか例をあげると、大量の医者や薬師志望者の受け入れと養成補助、病院の設立、医療に関する細々としたノウハウの明文化並びにその印刷と配布など。

 どれもこれも、半端ではなく金がかかる要請ではあったが、長期的にみれば洞窟衆にも利益をもたらすことばかりであったし、なによりハザマ自身が望んでいる方向性と合致していたので多少の無理をしてでも支援するようにしていた。

 なにより、ムムリムが今回の戦争で王国各地から集まってきた医師たちと懇意になり、医学書の出版事業によって洞窟衆ともそれなりに縁ができたのは、僥倖ではあった。こうした緩やかな繋がりは、今後の洞窟衆の地位というものを考えると、じわじわと効いてくるような気がする。


「それでだな、ヴァンクレス」

 ハザマは思考を切り替えて元の話題に戻す。

「お前さんもおれの護衛という名目で王都に行って貰おうかと思っているんだが……」

「それはいいんだが……」

 ヴァンクレスはそういって自分の体を見下ろす。

「……このなりでもいいのか?」

 今、ヴァンクレスが着ているのはきわめてラフな、もっと率直にいってしまえば野良着に近い粗末な衣服であった。

 ヴァンクレスは他人よりも立派な体格をしているため、着るものに困ることが多い。

 ヴァンクレス自身にはあまり拘りがないのをいいことに、普段は「裸でなければいい」程度の認識で取りあえず身につけられる大きさの衣服を身につけている。

 しかし、これでは……。

「……新興貴族の護衛が着るもんじゃないなあ……」

 ヴァンクレスの衣服を上から下まで眺めて、ハザマはそう感想を述べた。

 少なくとも王都の平民は、もっと上等そうな服を着ていた気がする。

 今のヴァンクレスを王都に連れて行ったら、流民か不法滞在者にしか見えないだろう。

「これ以外の服となると、今修理に出しているアーマープレートくらいしか持ってないぞ。おれは」

 ヴァンクレスはハザマにそう告げた。

「……それなりに見栄えのする、お前さんでも着ることができるサイズの服を調達させよう」

 ハザマはそういってすぐに通信で古着を探すよう、手配をさせる。

 今から仕立てるのでは間に合わないので、そうするより他なかった。


「おれとリンザとヴァンクレス、タマル……あと、政策関係から何人か。

 あ。

 ハヌンも同行させるかな」

 ハヌンは、直前までアルマヌニア領の役人と粘り強い交渉を行った実績がある。

 連れて行けば、それなりに役に立ってくれるだろう。

 ハザマはその場で通信により、ハヌンの予定を押さえにかかった。

 政策関係については、ハザマ自身にはよくわからない部分が多いので、人選については一任する。

 これから新領地で行う予定の政策についての説明と質疑応答が中心になるだろうから、今の時点ではそんなに神経質になる必要もないかも知れない。

 いざとなったら、爵位も領地も拒否するという姿勢を強く見せつけて、王国側の翻意を促すつもりであった。

 ここまできたら現実にそうするのは難しいのであろうが、もともと王国側が無理矢理に押しつけてきて、こちらがしぶしぶ承諾した形の爵位と領地である。

 好き勝手にやらせてくれる器量を王国側が持たないのであれば、決裂することも辞さない姿勢で行かなければ足下を見られかねない。

 むこうも可能な限り洞窟衆という得体の知れない集団を制御下に置こうとしてくるのは容易に想像できたから、その辺はせめぎ合いになるはずであった。


「……あとは……」

 通信網の広がり具合についても、確認しておく必要があるな、とハザマは思う。

 すでに王都まで繋がっているということであったが、どれくらい実用に耐えるのかまでは確認していない。

 リアルタイムで様々な人間に相談できるのとそうでないのとでは、全然違ってくるのだった。

 そう思ったハザマは試しに、王都に居るはずのハザマ商会のペドロムを呼び出してみた。

 王都のことは王都にいる者に訊ねてみるのが、一番わかりやすいという判断からだった。

『はい。

 こちら、王都のペドロムですが……』

「洞窟衆のハザマだ」

 ハザマは短く名乗ったあと、すぐに用件を切り出した。

「通信回線について二、三質問したい」

『ああ、これはどうも。

 いつぞやは失礼を致しました』

 ペドロムは淀みなく答える。

『通信術式の回線についてのご質問ですか?

 王都の方は、ぼちぼちですな。まずうまくいっている方だと思います。

 太い回線が届いてからこっち、あとは王都の各所へ枝分かれしていく分を順番に作業させています。

 もちろん、王宮とか各領主様公館への専用回線の分を優先的に設置しているわけですが……』

「……専用回線?

 それは初耳だぞ」

 ハザマは呟く。

「そんなことができるのか?」

『できますなあ。魔法的には、盗聴を防いだり通話内容を暗号化したりして、かなり複雑なことになっているようですが、その分使用料金に上乗せさせて貰っておりますし。

 それになにより、ここ王都では需要がありますから……』

 優先的にそうした回線を敷設している、ということであった。

「それで余計に儲けることができるのなら、それに越したことはないか」

 口ではそういいながらも、その実、ハザマはあまり関心を持てなかった。

「その専用線以外の回線はもう使えるのか?」

『使えるか使えないかといったら、そら、もう問題なく使えますわ』

 ペドロムは淀みなく続ける。

『ただ、一般のお客さんにはまだまだこの通信なるものがどんなものか、あまり情報が広まっていないんで、実際の利用者はまだあまり多くありませんな。

 第一、まだまだそちらの国境とかドン・デラにしか繋がってない状態ですから、通話先が少なく利用者も自然と絞られてしまっている状態ですわ。

 すぐに王国中とはいわんけど、もそっと広域に通信網が広がらんことにはこれ以上、どうにもならん感じです。

 当面は若様が協力的なブラズニア領から攻めていく形になると思いますが……』

 放置しておけばペドロムによる説明はまだまだ広がりそうであったが、

「つまり、王都では問題なく通信が使用可能なんだな」

 ハザマは、その説明を遮断するように結論だけを求めた。

『ええ、そうです。

 それは保証できます』

 ペドロムは請け合ってくれた。

『現にこうして、王都に居るぼくと国境に居るハザマさん、問題なく通話しておるでしょう?』


 その後のペドロムの説明によると、ハザマ商会がドン・デラを本拠にしていることもあり、まずはブラズニア領内各地へと通信網を延ばしている最中であるらしかった。

『それに、ほら。

 あそこの若様がやっている匪賊狩り、あれの都合もありますからな』

 と、ペドロムはハザマも知らない情報を教えてくれた。

 なんでも、内偵をする必要がある村々に潜入するための方便というか隠れ蓑として、通信網敷設事業が利用されているらしい。

『なんといっても領主様直々のお声掛かりなわけですから、見慣れない者が出入りしていても咎められることはありませんしな』

 時期的にちょうどよかった、ということなのだろう。

 そちらの匪賊狩りのについても、ハザマはあのまま放置して続報は聞いていなかったのだが……特に相談とか報告がないということは、つまりは今のところ問題なく継続中なのだろう。

 今、どんな状態なのか、あとで確かめてみるか、と思いながら、ハザマは、ついでだからとペドロムに王都でのハザマ商会の現状について問いかけてみた。

「それで、その他の事業の方はどんな様子なんだ?」

『それって、ハザマ商会のことですか?

 まあまあ、順調ということですかな。

 おかげさんで、売店も飲食店も、開店したばかりにしてはうまいこと繁盛しております。

 それ以外に屑鉄集めとか人集め、服作りの内職斡旋……やりかけの事業は多岐に渡っておりますが、皆さま方がよう働いてくれますのですべて順調な滑り出しになっております。

 特に人集めについては各所から好評を頂いておりますな』

「……人集め?」

 ハザマは眉を顰めた。

「なんだ、そりゃ?」

『おや、ハザマさんの発令ではありませんでしたか?

 そちらでこれから大勢の人手が必要になるからと、暇している者を片っ端からかき集めてそちらに送るようにとお触れが来ていたのでその通りに手配させておりますが』

 この時代の大都市の例に漏れず、王都も流民や不法滞在者などの存在には慢性的に悩まされていた。

 こうした宿無し連中に仕事を斡旋し、あまつさえ、余裕があれば読み書きその他の技能も教えてくれるということで、洞窟衆の人狩りはおおむね好評であるという。

「……あー。

 あれか」

 ハザマはそんな曖昧な返答をした。

 この時点まで詳しくは知らされていなかったわけだが……この土地でこれから人手が必要になるのは事実であるし、タマルあたりがそうした施策を行っていても不思議ではなかった。

 土木や建築の人手を増やすことに消極的な割には、そういう手配はしているんだな……と、ハザマは関心した。

 いや、よくよく考えてみれば、ハザマたちの新領地の方で使わないとしても、居留地方面でもそれなりに人手は必要になるわけで、人材派遣みたいな形でそちらに人材を供給していけばいいだけのことなのだろうが。

 タマルの立場にしてみれば、そうした人材を仲介するだけでそれなりの手間賃を手に入れられるのなら、それなりにおいしい商売なのだろう。


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