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トカゲといっしょ  作者: (=`ω´=)


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村の事情

「どうやら、一筋縄ではいかないようですね」

 イリーナが感想を述べた。

「それで、みなさんのお力をあてにしたいわけです」

 ルッシモは真顔でそんなことをいう。

「われらは、自分の能力を戦場働きに特化させて来たので、そうした情報収集をあまり得意としていません」

「古い村……というと、余所者が近辺をうろついたりすれば……」

「当然、すぐに噂になりますし、声をかけられて身元を訊ねられるでしょう」

 単純に、力で抑えこめばどうにかなる、という状況ではないようだった。

 確かにここでは、ヴァンクレスのようなタイプはあまり役に立たないだろうな……と、一連のやりとりを聞いていたスセリセスも、そんなことを思う。

「……使い魔を多用することにしましょう」

 イリーナはいった。

「まずは、この小屋の周辺に何匹か放って、近寄る者がいればわかるようにします」

「それが無難だと思います」

 ルッシモが頷いた。

 小屋、といっても、中はかなり広い。

 倉庫も兼ねているのだろうな、と、スセリセスは思う。

 隅の方に、竈や鍋釜類もあった。

 畑が広すぎていちいち自宅まで帰るのが億劫なので、農繁期はこのような小屋に寝泊まりするのかな、と、スセリセスは推測する。

 この小屋と村の間には畑があり、かなり距離がある。

 なにか用事がなければ人が近寄ってこないというのが本当なら、それなりに安全ではあるのだろう。

「一応、この村の拠点はここに設定しますが、他の村も同時に探らねばなりません」

 ルッシモは洞窟衆の者たちに説明する。

「ここには何名かを残して、あとの人員は別の村で情報収集作業に入って貰おうと考えています」

「なにかの拍子に村人たちがこの小屋に入ってきたら、どのように対応すればいいのでしょうか?」

 イリーナは質問を発してみた。

「村人たちには、今回の内偵のことも秘密のまま運びたいのですよね?」

「転移魔法で逃げて貰います」

 やけにあっさりとした口調で、ルッシモが答えた。

「その村人たちも信用が置けないという前提なのですから、そうするしかない。

 まさか、領民を問答無用で殺傷するわけにもいきません。

 なに。

 転移魔法をおぼえている魔法兵を必要な人数分だけ置いていきます」

 十分に警戒し、誰かが近づいてきたら転移魔法で逃げる……というシンプルな対処法だった。


 それから簡単な打ち合わせをして、この場に残る者と別の村へ移動する者とに別れた。

 このズベレムの村に残るのは、洞窟衆五名に魔法兵五名の計十名、というところに落ち着く。

 イリーナは居残り組で、スセリセスは移動組となった。

 移動組が姿を消すと、さっそくイリーナは、持参した鳥籠をあけ、細く窓を開いてまず鳩を三羽を空に放った。

 他の洞窟衆たちも、同じ窓の隙間からやはり使い魔である兎を何羽か素早く地面に放つ。

 適当に小屋の周囲に散らばり、近づく者がいたらこちらに知らせろ……というきわめて単純な命令しか与えていないので、兎を制御する術者は一人だけでもなんとかこなすことが可能だった。精神の繋がりさえ残しておけば、あとは放置しておいても問題はない。

 しかし、三羽放った鳩の方は、全身全霊を傾けて相手を操る必要があった。エルフほど魔法の適性がないヒト種にとってはかなりの緊張をしいられる、精神をすり減らされる作業といえる。

 イリーナたちもエルシムからそれなりの指導を受けてはいるのだが、別の動物に長時間に渡って自分の精神を没入させた経験はほどんどない。

 イリーナたちに操られた鳩は、一度小屋の上空をぐるりと旋回したあと、一番近くに見えた建物の密集地、すなわちズベレムの村へと飛んでいく。


「……それが使い魔というやつですか?」

 魔法兵のひとりがイリーナにはなしかける。

「しっ!」

 この場に残った洞窟衆のひとりであるミンニが、その魔法兵の言葉を遮った。

「今は精神を集中させて、使い魔に同調している最中です。

 不用意に声をかけたりすると術がとけます」

「……術が?」

 その魔法兵も、ミンニにつられて囁き声になる。

「使い魔の魔法が、ですか?」

「今、イリーナたちの精神はあの使い魔の中に入っています。

 エルフの人たちはともかくとして、われわれ人間がその術を使うときには一心不乱に精神を集中させなければなりません」

「そういう魔法か」

 その魔法兵は小さく頷く。

「あとで、その魔法についても詳しく教えて貰いたいものだな」

「もう少し、状況が落ち着いたら」

 ミンニは短く答える。

「今は、目前の任務を優先するべきでしょう」


 ブラズニア領内の村は、ひとつひとつの敷地がかなり広大であった。奴隷制度が前提となっているため、大人数の労力を集約しての農作業が可能であることが最大の要因である。

 少数の平民とその財産である多数の奴隷、という人口構成はかなり固定的なもので、一度奴隷階級に生まれたらごくごく少数の例外を除いては一生奴隷のままであった。

 でも、その奴隷たちも不平を持っているかといえばそんなことはなく、なぜかというと平民と奴隷との生活は、少なくとも村の中では、実質的にあまり差がなかったからだった。

 それどころか、農作業の細かいノウハウをよく知らない平民が熟練の奴隷に頭を下げて教えを乞う、などという風景も決して珍しいものではない。このような場合、そうしなければ生業である農作業がうまくまわらなくなるのだから他に選択肢はなかった。

 虐待、などという無法はもってのほかである。なにより、奴隷は平民の財産であり、その財産を無闇に傷つけても結局損をするのは奴隷の所有者なのであった。それどころか、度がすぎれば反乱を招いたりする。

 考えなしの平民が気晴らしに奴隷を傷つけて、それが原因で起こった奴隷の反乱は過去にいくらでも例があった。それもすぐに村の中で鎮圧できれば問題はないのだが、まかり間違って長期化したり領主の軍が出動したりする事態にでもなったら、当然のことながらその原因を作った者も捕らえられて裁きを受けることになる。

 死罪、というほどの重罪になることは滅多になかったが、一度罪が確定してしまえば村に帰れることはまずなかった。犯罪奴隷としてどこかに売られるからである。

 奴隷とはいっても貴重な労働力である以上、衣食住については最低限、保証されている。

 また、持ち主の平民が許可すれば奴隷同士で家庭を持つことも可能だった。奴隷の持ち主にしてみれば、財産であり労働力でもある奴隷が増える機会でもあったから、財政に余裕がある限り、奴隷同士の婚姻は積極的に推奨する傾向がある。増えすぎたら、何人かの奴隷を別のところに転売することも可能だった。

 奴隷自身がなんらかの財産を持つことはなかったが、必要な家財は持ち主から与えられて自由に使っていた。

 結局、奴隷と平民との違いというのは、自由度と自分の意志で決定できることの多寡をでしかなく、あまり変化のない村の中ではその差も限りなく薄かった。奴隷の持ち主である平民の側も、食料を生産する側であるから飢えることこそほとんどないものの、経済的にはあまり豊かではなかったからだ。

 奴隷の持ち主たちが円滑に普段の仕事を行わせるためには奴隷の生活もそれなりに充実させねばならず、結果、生活水準においてもさほど差がなくなってしまう。

 おまけに、財産を持つ平民は、奴隷とは違い、納税の義務もある。領主に乞われれば、戦争に従事しなければならないときもある。財産ではなく領民であるということの意味は、ときには意外と重かった。


「……というわけで……」

 雑木林の中で、ウッチェルという魔法兵がスセリセスに説明してくれる。

「村の中の男手が少なくなったりすると、意外と不穏な空気が漂ったりするんすよ」

「そういう空気に便乗して、無法者が入り込んだりするんですか?」

「あー……うん。

 それもあるかな」

 スセリセスが疑問を提示すると、ウッチェルという若い魔法兵は複雑な表情になった。

「ただ単純に、暴れ者が入り込んでも追い返すだけの戦力がなくなってくるっていう理由が一番大きいんだけれど……。

 村の治安を守るのも、平民の役割だから……」

 基本、奴隷は持ち主が命じた場合を除いて、武装することができない。

 平民の男手が少なくなるということは、外来者を排除する戦力も激減する、ということでもあった。

「これが、表向きの理由ね。

 これはまあ、一番シンプルなパターンだ……」

 そういって、ウッチェルが自分の親指を折る。

「次に考えられるのは、村の上層部と外からやってきた無法者たちとの間になんらかの取引が成立している場合。

 この場合は、表面的にはともかく、裏側では村人たちも無法者たちを支援したりする。

 具体的にいうと、おれたち領主側の動きや情報をこっそり流すとか……」

「無法者たちを支援、ですか?」

 スセリセスは首を捻った。

 そんなことをしても、最終的には食い物にされるだけだと思うのだが。

「支援ではなく、利用しているつもりなんじゃないかな? 当人たちの思惑としては」

 そういって、ウッチェルは頭を掻く。

「村の中にも、ほら。いろいろな思惑があるわけでさ。

 たとえば……そうだな。

 一番わかりやすい例をあげると、盗賊に略奪された、ということにして、その分の収穫をどこかに隠してあとで山分けにしたり……それから、盗賊たちに隣村を襲うように手引きして、その隣村が混乱している隙に乗じて水源地を占拠したり……」

 洞窟衆から来た者たちも、スセリセスといっしょにウッチェルの説明を真剣な顔で聞き入っている。

 洞窟衆の者も多くは、アルマヌニア領内の森林の中にある開拓村の出身だった。そうした開拓村では奴隷を飼えるほどには豊かではなかったし、村民たちの貧富の差もブラズニア領内以上に薄かった。

 村を取り巻く事情がまるで違ってくるし、それだけに耳新しい情報が多い。


 ブラズニア領内の村落には、所々、あえて伐採をされずに残されている雑木林が存在した。薪や肥料を取るために畑地にはせず、そうして遊ばせていおく土地が一定量は必要なのであった。

 そうした雑木林の中に、彼らは潜んでいる。


「……そんなわけで、今回のこの件も、詳しく調べて内情をよく理解してからでないとうかつに動けないんだよ」

 一通りの説明を終えたあと、ウッチェルはそう締めくくった。

 その一行を説明するために、このウッチェルはかなり長いことしゃべり続けたことになる。

 正確な情報を収集することの重要性。

 結局ウッチェルが強調したいのは、その一事につきた。

 彼ら、魔法兵と洞窟衆の混成部隊の役割、今回の件でも根幹を成す重要な役割である。

 だから、心してかかってくれ。

 ……と、いいたいらしかった。

 ウッチェルも若かったが、この洞窟衆という連中はそれ以上に若い。このスセリセスという少年も含めて……と、ウッチェルは思った。

 一騎当千の強者だと聞かされてはいたものの、ウッチェルの胸中には「こんな年端もいかない女子どもたちが?」という疑問と危惧がわだかまっている。

 彼らの周囲では、ウッチェル以外の魔法兵たちが四方に散って、周囲を警戒していた。

 イリーナたちが居た小屋の中とは違い、この雑木林では目視による警戒が可能であった。

「わかりました」

 洞窟衆の、サホナという娘がそういって頷いた。

「迅速に、相手に気づかれずに、詳細かつ正確な情報を収集すればいいんですね?」

「まあ、そういうことだな」

 ウッチェルは鷹揚に頷いて見せた。

「それでは、これよりすぐ、使い魔を派遣しての情報収集をはじめたいと思います」

 サホナはそういって、他の洞窟衆の者に手を振って合図をした。

 すると、その合図を見た洞窟衆が、大きな篭を開く。

 ざざざっ、と音を立ててなにか小さくて素早い固まりが、篭の中から走り出て林の中に消える。

「ここから一番近い村は、どちらの方角になりますか?」

 サホナがウッチェルに訊ねた。

「あ……ああ。

 そちらだ」

 ウッチェルは西南の方角を指さす。

「そちらに、ネジエルの村がある」


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