復興の村
村中のワニを皆殺しにした後、ハザマたちと村長との会談の場が設けられた。
とはいっても、このような突発時の直後である。込み入った交渉よりももっと切実な、この急場をしのぐための打ち合わせといった側面の方が強かった。
「救ってくれたことには、礼をいう。
謝礼についてはまたなにか考えなければいけないのだろうが……」
かなり憔悴した様子でそう切り出した村長に、
「そんなことは、後だあと!」
ハザマは、短く切り返した。
「この惨状の片づけとか生存者と死亡者の確認とか、火事になった建物の始末とか、今後、この村をどうやって運営していくのかを考えるとか、まだまだやることはいっぱいあるだろう」
「いや……まさしく、君のいう通りだな」
村長が、うなずく。
「ワニという脅威は排除されたものの、まだまだ非常時は続いている。われわれの苦難も、まだまだはじまったばかりだ。
ここでもたついていていたら、死んだ者たちが浮かばれん」
すでに日が落ち掛けていたが、犬頭人たちはそのまま火災の延焼を防ぐため、生き残った村人たちと協力して火災現場周辺の建物を壊しはじめていた。それ以外の者は、負傷者の手当や炊き出しの準備などに勤しんでいる。その中でもワニの焼き肉は、ほぼ例外なく好評のようだ。頑丈に造られていた穀物倉庫はほぼ無事だったこともあって、当面食料に困ることもないだろう。
「……おれたちも、他人の手助けばっかしているほど余裕があるわけではないんだがなあ……」
そうした光景を見渡しながら、ハザマがつぶやく。
「とはいっても、放置しておくつもりはないんでしょう?」
書類の束を持ったタマルが、声をかけてきた。
「隣村へ派遣されたハヌンから連絡がありました。
この村の現状を知った人たちが何人か、医薬品を抱えて復興支援のため来てくれるそうです」
「隣というと……バゼド村のことか?」
村長が、大きな声をあげた。
「ここから五日以上かかるぞ!」
「人の足ならね」
タマルが平然と答える。
「この犬頭人に担がせれば、急げば一昼夜で到着します」
「……犬頭人?
まだいるのか!」
村長が、さらに驚く。
無理もない。
今、この村の中にいる犬頭人だけでも、百匹くらいは軽くいるように見えるのだ。
「もう少し増える予定です。
人手はまだまだ必要になると思いますので、どんどんこき使ってやってください」
ハザマはそう、気軽な口調でいいはなった。
木登りワニの死骸という餌が多量にある以上、犬頭人がここに集まるのはかえって好都合だった。
「あっ……そうだった、そうだった。
バジル。
もう出てきていいぞ。
今回はいくらでもあるからな。存分に喰らいつくせ」
ハザマの肩掛け鞄の中からトカゲもどきが飛び出し、手近なワニの死骸に取りついた。
その動きをまるで予想していなかった村長が、
「……ひっ!」
と、小さな悲鳴をあげる。
そのままバジルは、バリバリと音を立ててワニの死肉を喰らいはじめる。
「……ところで、村長さん。
この、やたら大量にあるワニの死体なんですが……」
悲鳴をあげた村長の態度には頓着せず、タマルは会話を続ける。
「な……なにかね?」
「肉を非常食とするのはもちろんのこと、皮などもはいで加工して、売りに出しませんか?
というか、これだけの被害を受けているのですから、少しでも元を取るためにもお金にすることを考えなくては駄目です。
肉も今だけの非常食にするだけではなく、干し肉や薫製などにして売りに出しましょう。
よろしければ、加工に必要な人手はこちらでお貸ししますが……」
「ま、まて! タマル!」
ハザマは慌てて、タマルの発言を遮る。
「商売っ気を出すのは、後だあと!
今はもっと、差し迫った……あー……なにがあるかな?」
「生き残った村人たちを、現存している建物に割り振ります。
ワニの加工について、そちらのよろしいように。
もともと、われわれの所有物というわけでもありませんし……」
村長は、我に返ったような顔になってそう応じた。
「さて。
わたしも、まだまだやらなければならないことが山積みでしてな。
詳しい話し合いの席は改めてもうけることにして、今はちょっと失礼させて貰います」
そういって、去っていく。
「……この村も、これからが大変だよなあ」
ハザマが、ため息まじりに呟いた。
「それはそうと……ふぁ。
おれたち、昨夜からあんまり寝てないんだったな。
おれもどっか適当なところで横になるから、ほかのやつらにも適当に休むようにいっておいてくれ……」
そういうなり、ハザマはその場で地面の上にごろりと横たわり、たちまち寝息をたてはじめる。
「……まったくもう。
だらしがない……」
ハザマの背後に控えていたリンザが、自分の荷物の中から毛布を取り出して、ハザマの体の上にかける。
「リンザさんも大変ですね」
「子守りみたいなものですよ、まったく。
そちらも……これから忙しくなりそうですね」
「ええ。
ピンチはチャンス。ことに、商売の上においては……」
タマルはその場に棒立ちになったまま、なにやら紙の束に書きはじめた。
後で集計されたところによると、この日、五百余名を数えていたバザル村の人口はたった一日で二百名以上減じることとなり、それ以外に破損した家屋は多数、畑はほぼ壊滅……という有様だった。
村の存亡自体が問われる規模の災害であったといえよう。
村の穀物倉庫がほぼ無傷で残っていたのが、不幸中の幸いであった。
少なくとも、来月に予定されている納税だけは無事に切り抜けられるのだ。
しかし、その後の見通しは、限りなく暗い。
後日、村長宅で改めて会談の場がもうけられた。
「……そこで、いくつか提案ですが……」
まず口火を切ったのは、タマルである。
タマルはこのザバル村に対して、
一、洞窟からの段階的な移民の受け入れ。
二、ワニを加工した保存食や革製品の販売委任権。
もちろん、商品が売れた場合には一定の割合の金銭をこの村に支払う。
三、労働力として犬頭人の有償貸与。
これは、犬頭人を完全にコントロールできる人材をこの村に常駐させることが前提となる。
四、恒久的な洞窟との通商権の確保。
五、これからタマルが組織する予定の商隊の基地を村内に設ける。
その時の土地や不動産の使用権は規定の通り支払う。
などの提案を示した。
どれも、村側と洞窟側、双方に利益があるよう、使い魔を何度も往復させてエルシムと詰めた提案である。
村側のデメリットとしては……通常ならば常民からは蔑視される存在である異族、犬頭人が白昼から村の中を堂々といききすることくらいか。
それとて、この村では犬頭人は、今となってはワニの被害から村を救ってくれた存在でもある。以前と比べれば、蔑視する傾向は全般にかなり薄れている。
村長をはじめとした村の主だった者たちとの協議の末、この提案をほぼ全面的に受け入れることとなった。
その他に村の経済を立て直す方策がなかったのだから、選択の余地がなかったともいえる。
そうした交渉の場に立場上、立ち会ってはいたものの……実の所、ハザマは退屈でしかたがなかった。
政治や経済は、ある意味でひどく単純なこの男の得意とするところではない。
あくびを噛み殺し、苦労してもっともらしい表情を取り繕って、その場におとなしく座っていた。
タマルや村長たちが細かい取り決めをやっている時、外では他の者たちがワニの死骸と格闘していた。
血抜きをして、内蔵を取って、皮を剥いで、切り分ける。
急遽掘られた大きな穴にワニの内蔵が溜まって悪臭を放っていた。
剥いだ皮にこびりついた肉片を削いで、なめし薬につける。
肉片は、適切な大きさに切って燻すなり干すなり塩につけるなり、焼いて食べるなり……。
とにかく、急いで処理をしないと腐りはじめる。
手が空いたもの総出での作業となった。
加工以外では、多数集結した犬頭人とバジルの食欲が効率的な消費に一役買った。
特にバジルは、あの小さな体の一体どこに消えていくのかと疑問に思うくらい、昼夜の区別なく旺盛な食欲をみせ続けた。
一夜で洞窟内にあった数十人分の死体を食い尽くしたことからもわかるように、バジルの食欲は超自然的な域に入っている。ものの五分程度の時間で全長四メートルを超える木登りワニを骨ごと喰らい尽くして、いつまでたってもペースが落ちない。
村人たちも、洞窟から来たものたちも、全長三十センチそこそこのこの小さなトカゲもどきを驚嘆の眼差しで見守るより他なかった。
会談をしている途中で、洞窟から女たちの第一陣と元傭兵の三人組がやってきた。それと、エルシムも。
「ありゃりゃりゃ。
エルシムさんまできちゃったのかぁ……」
エルシムの顔を見たとたん、ハザマは驚きの声をあげる。
「……お前様よ。
まるで、来て欲しくはないような口振りだな」
「そういうわけではないけど……洞窟の方は、大丈夫なのかなあ、って……」
「あちらはセイムという者がいてくれての」
ハザマは面識がなかった(と、ハザマ自身は思っている。実際には、洞窟内で救出した時、一度だけ妊婦だったセイムを見かけているのだが)が、最近出産を終えたセイムというエルフが、洞窟内の混血児を完全に支配下に置いているのだという。
「支配、って……そんなことができるのなら、なんで犬頭の連中に捕まっているのさ?」
当然、ハザマの脳裏に、そんな疑問が浮かぶ。
「最近、できるようになった……ようだな。
正確にいうと、セイムの産んだ双子が、洞窟内の混血児たちに多大な影響力を持っている。
セイムは、その双子にやはり多大な影響力を持っている、と、そのような関係だ」
「……はぁ……」
ハザマは間の抜けた歓声をあげた。
「間接統治、ってわけね」
「別に三十匹ばかし犬頭人を残してあるし、混血児たちも、成長が早い者は森の中に入って狩りをおこなうようになってきたし、使い魔で連絡は取れるし……。
当面、あちらは任せておいても不安はなかろう」
ハザマとしても、それならそれで文句はない。
もともと、あの洞窟に執着があるわけではなく、回復を待つ女たちが多数残されていて思うように身動きできないだけだったのだ。
「そういや……今まで聞きそびれていたんだけどさ、エルシムさん。
あんな、巫女巫女ビーーーームみたいな必殺技持っているのに、なんであっさり犬頭どもに捕まってたの?」
「……なんだ、その、みこみこびぃぃぃぃむというのは……」
エルシムは、呆れながらも律儀に答える。
「その……女にはな、一月に一度、集中力が阻害され、魔法を使うのに適さない期間があるのだ……」
「ああ、生理ね。
生理生理」
「せーりせーり連呼するなぁ!」
来る者もあれば去る者のあり。
これまでファンタルに率いられていた「不機嫌な女たち」も、村の状態が少し落ち着くのを待って、四十匹の犬頭人を連れて洞窟に帰っていった。
まだ洞窟に残っている女たちの世話をしたいという希望したのだ。
ハザマも、他の者たちも、彼女たちを制止するつもりはなかった。
元々、なし崩し的に行動をともにしていただけの寄り合い所帯である。
主体的に動く者に対して、強い反対できる道理もなかった。
ファンタル自身は、ザバル村に残った。
元傭兵のうち、鍛冶仕事をやりたがっていた片足の男、ホルケルはそのままこの村の鍛冶屋に弟子入りすることになった。
ホルケルは傭兵になる以前、鍛冶屋で働いた経験があるという。いうなれば、再履修といったところだろう。
今では、この村は復興の最中だ。鍛冶屋に限らず、製造業に全般に多忙を極めている。
飛び込んできた労働力を、鍛冶屋も歓迎した。
また、ホルケル以外の元傭兵たち二人も、村人に混じって忙しく働くようになった。
このままいくと、この村の一員として居着いてしまうのかもしれない。




