王家の影
「ずいぶんと部下を信頼しているのだな」
ハザマとペドロムのやり取りを見ていたゼレタリウス王子が、そんなことをいった。
「信頼とか信用とかいう以前に……」
ハザマは、そういって肩をすくめる。
「……実際問題として、おれひとりではなんにもできませんからね。
正直なところ、おれなんかが下手に口出しをするよりも、専門的な知識や技能を持っている者に丸投げしておいた方がうまくいくことのが多いですし……」
ただ単にハザマが面倒がっている……のが、ハザマが仕事を部下に丸投げをしている一番の原因だったりするのだが、ここでは馬鹿正直にそこまで説明する必要を感じなかった。
「報告書で読んだのだが、どうやら洞窟衆には優秀な人材が多く集まっているようだ。
あるいは、短期間のうちに多くの知識や技能を習得させることに長けている……と、そういうべきか」
ゼレタリウス王子はそう続ける。
「さて、それほど多くの部下を育てて、その先にいったいなにをやらかすつもりなのか……」
「おれに訊かれてましても、なんともお答えのしようがありませんな」
表情を変えずに、ハザマは応じる。
「すべて成り行きに任せるつもりです。少なくともおれ自身は、今の時点では洞窟衆を使ってなにかの目的を達成しようとかいう構想は持っていません。
むしろこのまま行けば、洞窟衆でそれなりの知識や技能を習得した者たちはそれぞれに独立して各地に散っていくのではないか……と、おれは予測しています」
「むざむざ有意の人材を散逸させるのか?」
ゼレタリウス王子は目を見開いた。
「そうなったら、洞窟衆という組織は縮小、弱体化してしまうのではないのかね?」
「それでなにがいけないんですか?」
ハザマは怪訝な表情になった。
「洞窟衆なんてのは、もともと、はみ出し者の寄せ集めです。
無事社会復帰ができるようなら、どんどん洞窟衆から足抜けして堅気になっていた方がいい。
第一、組織を存続させるために構成員の意志を縛るというのは、本末が転倒しています。
どんどん人が抜けて組織としての体裁を維持できないようなら、それはその組織の寿命が来たってだけのことでございましょう」
洞窟衆は、犬頭人の被害者である女性たちの集まりから出発している。
だから、無理に存続させる必要もない。
……というのが、ハザマの感覚であった。
「あれだけの組織を……」
ゼレタリウス王子は、はじめてこのハザマという存在に慄然とした。
どうやら虚勢をはっているわけではないらしい……というのは、表情や態度をみれば判断できる。
これでもゼレタリウス王子は、それなりの年月、国政に参画している。人の表情も、それなりに読みとれるつもりだった。
「……そんなに、あっさりと……」
「成り行きで予想外に育ちすぎてしまって、少々持て余している感もあります」
ハザマは、そう続けた。
もちろん、洞窟衆のことだ。
「規模はともかく……その洞窟衆も、もう少ししたら、あとはおれなんかがいなくても勝手に回るくらいには育つでしょう。
そうしたら、おれも、あちこち勝手気ままにほっつき歩くつもりですが……」
「ちょっと待て!」
ゼレタリウス王子はハザマの言葉を慌てて遮った。
「……ハザマくん。
君は……爵位と領地を受けることに同意している……のだよね?
わたしは、そのように聞いているのだが……」
横目でみるとオルダルトが、無言のまま首を縦に降り続けていた。
「ああ、そうっすね」
ハザマは、軽く頷く。
「どうやら、それらを受けないでいるよりも受けた方がデメリットが少ないようだったから受けることにしましたが……。
なにか問題、ありますか?」
「……政務の方はどうするのかね?」
「ああ、そっちですか。
おそらく、将来的には通信網もかなり遠くまで届くでしょうし……。
それに、必要な仕事はまた適当に部下を配置して仕込んで、そいつらにやらせます。
だから、特に問題はないと思いますが……。
ええと、なんていいましたっけ……ああ、そうだ!
代官!
代官ってやつを育てて、あとはおれは好き勝手にするつもりです。
そういうのって別に、前例がないわけでもないんでしょ?」
「……そう説明されると、確かに特別な事例ではないかも知れないが……」
そういうゼレタリウス王子の顔は、若干、ひきつっていた。
「王族の目の前で政務を部下に丸投げします、と宣言されたのはこれがはじめてのことだよ」
「そういわれましても」
ハザマは真面目な顔で応じた。
「おれ自身も、その政務ってやつの経験はありませんからね。
それに、今の構想だとおれたちの領地経営もかなり特殊なことになってしまいそうなんで、まずこれまでの前例はあまり参考になりませんし、細かいノウハウはこれから試行錯誤しながら積みあげていかなけりゃならないわけですし……」
「……ガイゼリウス卿」
「はっ」
ゼレタリウス王子が名を呼ぶと、即座に返事が返ってくる。
「ハザマくんのところに派遣する官吏の用意は?」
「すでに名簿もできております。
正式に爵位の授与が済んでから通達する予定でございましたが……」
「ふむ。
そうだな」
ゼレタリウス王子はどこか疲れた表情で頷く。
「ハザマくん。
聞いての通り、王国からも領地経営に不慣れな君たちに配慮して、優秀な官吏を何名かそちらに派遣する手筈になっておる。
どうか君の治世に役立てて欲しい」
「それはどうも、ご丁寧に」
一応、ハザマは礼をいった。
まさか、この場で断るわけにもいかなかったからだ。
それに、監視役も兼ねて王国上層部から役人が送られてくる可能性については、オルダルトが以前から口にしていた。
「ただ、今までにも説明した通り、おれたちのところではかなりユニークなことばかりやるつもりです。
従来の領地経営と同じように考えているようですと、いざ現場に出てからかなり戸惑ってしまうことになるかと思いますが……」
「こちらから派遣するのは、みな、優秀な者たちばかりだ」
ゼレタリウス王子は心持ち胸を張ってそういった。
「いえ、その点については別に心配もしていないのですが……ただ、うちの仕事というのはかなり特殊だし、突発的なトラブルにも臨機応変に対応する必要があるしで……よそのお役所仕事とはかなり勝手が違うと思います。
あとになって派遣されてくる方々から文句が出ないといいのですが……」
心配するような素振りで、ハザマはそういった。ハザマ自身は「まず確実に不満や文句は噴出するだろうな」と予測している。
それからハザマは、
「……あ。
その派遣されてくる方々の給金も、うちが払うわけですよねえ?」
と、確認した。
「……そういうことになるな」
ゼレタリウス王子はガイゼリウス卿と顔を見合わせてから、そう答える。
「中央から派遣されてきても、地位としては領主たるハザマくんの部下ということになる。
ただしいっておくが、選りすぐりの精鋭を選抜したから、給金以上の働きは期待できるはずだが……」
「いえ、そういうのは実際の仕事ぶりをみてから判断させていただきます」
素っ気ない口調でハザマは応じた。
「いやなに。
そういうことに関してはうちの財務担当がかなり五月蠅いんで、最初にはっきりさせておかないとあとでおれが怒られるんですよ」
「……部下に……かね?」
ゼレタリウス王子は、なんとも微妙な表情になった。
「うちは、なんというか……おれのことを上司だと認識していないような元気のいい部下ばかりでして」
平然と、ハザマが答える。
「たとえばこちらのリンザからも、しょっちゅう小言をいわれていたりします」
ゼレタリウス王子やガイゼリウス卿からいっせいに視線をむけられて、リンザは全身を硬直させた。
「……この子に、かね?」
「はあ。まあ」
ハザマは気の抜けた声を出す。
「やれ、寝癖がついているとか服が乱れているとか、そんな小さなことで毎日のようにグチグチと……」
「……ハザマさん!」
居心地の悪い思いをしていたリンザが、たまらず声をあげた。
「と、こんな調子なので……」
こりゃ、話題を変えた方がいいな……と、ハザマはそう判断する。
「……おれ自身はそんなにたいした者ではないと自負しているわけですが……本当におれみたいなのを領主だか貴族だかにしちまってもいいんですかね?」
撤回するのなら今のうちだぞ、というニュアンスを込めて、ハザマはゼレタリウス王子にそう告げた。
「ああ……うん。まあ」
ゼレタリウス王子は助けを求めるようにガイゼリウス卿の方を振り返り、目線でなにやら意志を交換した。
「予定に変更はない」
そしてそのあと、きっぱりとした口調で断言する。
「基本的にはおれは、敵よりも味方を作ろうとしています。
これは別に王国だけに限ったことではなく、部族連合とかそれ以外の国ともよほどのことがない限りいいおつき合いをさせていただきたいと思っています」
今度はハザマは、そんなことをいいだした。
「だから、今後、よほどの事情がない限りは戦争へ荷担することはないものと思ってください。仮に、なんらかの事情でどこかに出兵をするときも、そのために必要な判断はおれたちで行います。命令されて兵を動かすことはしません」
「安心したまえ。
ハザマくんがそう希望していることは、報告書に書かれている」
ゼレタリウス王子は落ち着いた声でそう答えた。
爵位や領地を受けるに際して、オルダルト経由でハザマが真っ先につけた条件がこれなのであった。
「その条件を考慮した上での下賜である。
ただし……例外は、あるわけだが」
「例外……ですか?」
「王国の存亡に関わるような重要事があった際は、そんな約定があろうがなかろうが、なりふりかまず各所に助けを求めることになるだろう」
そういう救援要請が出される、ということは、王国がかなり追いつめられたときなわけだが……。
「……そのような事態が起こることも、十分に考えられるのですか?」
今度はハザマが考え込む表情になる。
「むろん、そうならないよう、努力は常にしているのだがな」
ゼレタリウス王子は吐息混じりにそうこぼした。
「ただ、ここ最近、周辺諸国の動きが活発になっている。
将来的には、なにが起こっても不思議ではない」
「……ところで、ゼレタリウス様」
この世界の国際情勢について知識を持たないハザマは話題をかえることにした。
「ひとつ、たちいったことをお聞きしてもよろしいでしょうか?」
「……なにかね?」
「ゼレタリウス様は、お忍びでこんなところに来ても大丈夫なんですか?」
「大丈夫なわけがない」
ゼレタリウス王子が答える前に、渋い顔をしたガイゼリウス卿が答えた。
「今回は、きわめて異例のことだ」
「……わざわざ王子様自ら出張ってくる必要性、ないもんなあ」
ハザマも、ガイゼリウス卿の言葉に頷く。
「いいではないか」
ゼレタリウス王子は憮然とした表情になった。
「本当ならいくさをしていた国境まで様子を見に行きたかったのだが、そこのガイゼリウス卿が反対をして……」
「当然です」
ガイゼリウス卿は険しい顔で断じた。
「王族が軽々しく王宮を離れるなどあってはなりません。
警護に必要な者たちの配置を変えるだけでも大変な作業になります」
「そう、それ!」
ハザマは手を打ち合わせる。
「警護は、どうなっているんですか?
いくら王都の中とはいっても、見たところ、護衛らしい人影が見あたらないのですが……」
「目に見える護衛をぞろぞろと引き連れていたら、お忍びにはならぬであろう」
ゼレタリウス王子はそういって片手をあげ、軽く振る。
「……ほれ。
今宵は特別に、面白い余興を見せてやろう」
「御意」
不明瞭な声が、ハザマのすぐうしろから聞こえてきた。
なぜか背中に悪寒が走り、その場で中腰になったハザマは、腿に固定したホルスターからトンファーを引き抜き、身構えようとした。
そのトンファーに、なにか固い物が当たった感触と音。
「いい反応だ」
また、不自然な声が耳のすぐうしろで聞こえた。
男のものとも女のものともつかない……明らかに人為的に加工された音声。
「そこまでにしておけ」
ゼレタリウス王子がそういうと、ハザマのすぐうしろに居た気配はすぐに消えた。
威圧感が去ったことで、はじめてハザマの全身に汗がにじむ。
冷や汗、だった。
「まさか、王家子飼いの影の攻撃を防ぐとは!」
ゼレタリウス王子はそういって笑い声をたてた。
「いやはや、ハザマくんにはよくよく驚かされるものだ!」
驚いたのこっちだ……と、ハザマは思う。
なにより、唐突に現れて消えたその影とやらにバジルが反応しなかった……という事実に、ハザマはひどく驚かされていた。
神出鬼没さはともかく、その影とやらは敵意や殺気を完全に消した状態でハザマに刃を突きつけたことになる。




