不意打ちの邂逅
「ご一緒させて貰ってもよろしいかな?」
ガイゼリウス卿は鋭い目つきでハザマたちを一瞥して、そういった。
「いや、是非、同席させていただこう」
思わぬ大物の登場に、リンザとクリフが慌てて席を立った。
よく見ると、ガイゼリウス卿は単身ではなく、ひとりの中年男を伴っている。その連れの男は、ぼんやりとした様子で店内を物珍しそうに眺めていた。
護衛にしては、どうも緊張感に欠けている様子だな、と、ハザマもその男について不審をおぼえた。
とはいえ、今は目前の国務総長とやらの相手をするのが先決だ。
「おれは構いませんが」
ガイゼリウス卿が同席することについてハザマはそう答え、意見を求めるように他の小領主たちに視線を走らせる。
小領主たちにしても公然と国務総長に逆らうわけにもいかず、かぶりを振って彼らが同席することについて同意をした。
その様子を確認してから、ガイゼリウス卿と連れの男とは、リンザとクリフが座っていた席についた。リンザとクリフは、香草茶のカップを自分で持った状態で、ハザマの背後に立ち尽くしている。先ほど注文を取りに来た初老の店員が、あわてて予備の椅子を二客持ってきて、リンザとクリフに与えた。
「……わしも、爵位でいえばせいぜい男爵号の身だ。
このような店に来ても、別に不自然ではなかろう」
誰もがおし黙るなか、ガイゼリウス卿がそんなことをいいだす。
「もっと気楽に構えたまえ」
小領主たちは、気まずそうな表情でお互いの顔を見合わせる。
ガイゼリウス卿は周囲の様子に頓着せず、くつろいだ様子で店員に果実酒の水割りを注文していた。
「ときに、洞窟衆のハザマ殿といったか」
ガイゼリウス卿は隣に座るハザマに視線を走らせながら、そんなことをいってきた。
「再三に渡りそなたは爵位と領地を拒んでいたそうだが、それにはなにか理由があるのか」
「理由、ですか」
そういって、ハザマは少し考え、それからゆっくりと答える。
「いくつかあるのですが……一番の理由は、おれが異邦人であるから、ですね。
なにせ、こちらの世界の様子がよくわからない。情報が少ないまま、特定の国家なり組織なりに肩入れをしていいのか、その見極めがつきませんでした」
「ほう。
大陸の様子がわからないから、か」
ガイゼリウス卿は、そういって目を細める。
ちなみに、ハザマがこちらの世界の言語を学ぶようになってから気づいたのだが、ハザマが「世界」と口に出すと、こちらの世界では「アハァ」という単語として伝わるようだった。「アハァ」とは、「大陸」という意味を意味する単語だ。
英語で地球のことを「Earth」というのに似て、この世界の人間は「世界=大陸」として認識しているらしい。
「そして、そなたひとりの身の振り方が、われらの情勢にも影響を与えかねないともうすか」
そういってガイゼリウス卿は、嘲笑するような表情を薄く浮かべた。
「いえいえ。
確かにおれは、たったひとりの物知らずな余所者の若造に過ぎませんけどね」
ハザマは、悪びれることなく続ける。
「それでも、こちらの世界にはない知識をいろいろと持っているわけでして……その影響力は、ちょっと軽視しない方がいいと思います。
今までは戦争だなんだとゴタゴタしていたのであまりそっちの方に手をかける余裕がありませんでしたが、ようやく最近、いろいろと試してみる余裕ができてきたので、まあ、ゴチャゴチャと動き出しているところです。
その影響がこの王都にまで及んでくるのにはそれなりに時間もかかるでしょうが……」
あまり軽視していると、混乱に飲み込まれてしまいますよ……と、ハザマは続けた。
「そなたは……この世に混乱をもたらすために来たともうすのか?」
さり気ない口調で、ガイゼリウス卿は問いを重ねる。
「どうなんでしょうね?」
ハザマは首を傾げた。
「おれ自身の意志でこの世界に来たのではないということだけは、断言できますが……。
さて……おれがこの世界に来たことに、意味とか目的が本当にあるのかなあ?
一番ありそうなのは、単なる自然現象に巻き込まれたという線だと、おれ自身は思っていますが」
「自然現象……だと?」
「風が吹けば桶屋が儲かる……ではないですが、世界線だか次元だかを横断するような何事かがあって、おれがたまたまそれに巻き込まれただけ……なんじゃないかなあ、と。
いや、おれだってその辺の原理をよく理解しているわけでもないんですが……。
それでも、なにがしかの神様とか高次の存在がなんらかの意図を持ってわざわざおれを飛ばしてきた……とも、考えられないんですよね。
こういってはなんですが、おれ、元の世界ではどうってことはない、ありふれた存在でしたから。
なにか目的があって選択的に誰かをこの世界に移動させる必要があったのなら、いくらでもほかの適任者が居たはずだと思います。
とにかくおれは、気づいたらこの世界の深い森の中にいました。
それだけです。
おれ自身には、自発的にこの世界に来なければならないような理由や動機は存在していませんでした」
「仮に、その言を信じることにしても、だ……」
ガイゼリウス卿は初老の店員から果実酒の水割りを受け取り、そう続ける。
「……すでにそなたは、先の甚大な影響を与えてしまっているではないか。
先のいくさでも、そなたたち洞窟衆の存在がなかったとしたら、われら王国の勝利もあったかどうか……」
「いや、それは……順序が逆でございましょう」
憮然とした表情を作って、ハザマは抗弁する。
「こういってはなんですが、おれたちは、あんな戦争に介入なんざしたくはなかった。
もっと世界の片隅で、ひっそりと肩を寄せ合って自分たちの問題に取り組んでいたかったんだ。
あの戦争に半ば無理矢理おれたち洞窟衆を引っ張り込んだのは、あなた方、王国の側の方だ」
「ふむ。
……われらが、そなたら洞窟衆を呼び込んだと、そのようにもうすのか?」
「ご不審とあれば、記録を調べていただければはっきりとわかります。
われら洞窟衆は、好んで参戦したのでもなければ、好んで王国側についたのでもない。
そのことを客観的に証明できる根拠は、探せばいくらでも出てくるはずです」
ハザマは胸を張ってそう答えた。
なにしろ、軍需物資を片っ端から強奪して部族民側に売り払った嫌疑さえ掛かっていたのだから、間違いはない。
「以前はいやいや参戦をせまられて、今度はいやいや爵位と領地を押しつけられたと……そのように、もうすのか?」
「だって、それが事実なんですから」
ハザマはそういって肩をすくめた。
「戦争のときは、まあ少しでも戦力を必要としていたということで納得してもいいでしょう。
でも今度の爵位や領地は……正直、完全に王国側の都合ですね。
おれたち洞窟衆は、むしろそんなものを貰っても、邪魔くさくてしかたがないとしか思いません。
うちの財務担当なんか、まともな領地にするための初期投資の見積もりをみて頭を抱えているくらいです」
これもおおむね事実であったから、ハザマとしては堂々と宣言することができた。
「そなたは……地位や名誉はいらぬのともうすのか?」
目つきを一層鋭くして、ガイゼリウス卿はハザマの顔を睨む。
「そんなものがなんの役に立ちますか?」
恬然として、ハザマは答える。
「おれは、この身ひとつでなにもわからないまま、森の中に何十日も放り出されていたことがあります。
そんなときに、地位や名誉はなんの役にも立たないということは、これは断言ができます」
「だがそなたは、今では森の中の野人ではない」
ガイゼリウス卿は、そう指摘してきた。
「洞窟衆という、それなりの組織の長だ。
そのような身にとっては、相応の肩書きや身分もそれなりの効能があろう」
「あるかも知れませんが……もともとおれたち洞窟衆は、そうした権威とは無縁の場所から出発していますからね」
ハザマはゆっくりと首を横に振る。
「しょせん、身ひとつというか……。
外から与えられる称号や名誉なんてのは、ここぞというときにはあんまりあてにはならないって思っています。いや、今までの経験から、身にしみています。
むしろ、そうした飾りを与えられることで、今後の言動が制限されることを警戒しております。
先ほどもいったように、領主ともなれば普段から出費も多くなるし、下の者に無理をさせなくてはいけない場面も多くなるでしょう。
正直にいってしまえば、そういう堅苦しい制約を嫌う気持ちの方が大きいです」
「そこまでいうのなら……」
ガイゼリウス卿は、目を細める。
「……なぜ、爵位や領地を受けようとしているのかね?」
「総合的に考えて、その方が無難だからです」
ハザマは口をへの字形に曲げて、いい放つ。
「前提として、王国内の開拓村やハザマ商会の関係者など、何千だか何万だかの洞窟衆関係者がこの王国内に居住しているわけでしてね。
むざむざ王国上層部の機嫌を損ねても、いいことはないでしょう。
身内の無事を願うのなら、結局は、こちらが断固拒否をするという選択肢はありえないんです。
最終的に受けるしても、せめてもの意思表示として多少の抵抗をさせて貰っても罰は当たらんでしょう」
「……つまり!」
それまで沈黙を保っていたガイゼリウス卿の連れが、ここではじめて言葉を発した。
「君は、妥協に妥協を重ねて爵位と領地を受けることにしたと……そういうのかね?」
「結果としては、そうなりましたね」
ハザマはあっさりと頷いた。
「できれば、受けたくはなかったんですが……。
いや、こちらのオルダルト様が仲介していなければ、今でも拒否の姿勢を変えていなかったかも知れません」
「差し支えなければ……オルダルトと他の者との違いを教えて貰えないだろうか?」
ガイゼリウス卿の連れが、またハザマに訊ねる。
「オルダルト様の前任者の方々は……こういってはなんですが、おれが受領を断るなんてことを夢にも思っていない様子でございました。というか、おれに拒否権があることをすっかり失念していたのでしょう。
しかし、こちらのオルダルト様は、おれの思惑を理解してくださり、おれが爵位や領地を受けやすい状態を作ってくださいました。
その……有無をいわさずに一方的に命令してくるやつと、相互に事情を理解をしあった上で譲るべきところは譲ってくれる相手。
このどちらかを比べるのなら、誰だって後者と仲良くしたくなるもんじゃないですかね?」
ハザマは一気に回答した。
「ところで……あなた様のお名前をお聞きしてもよろしいでしょうか?」
「ああ。そうか。
そういえば、まだ名乗っていなかったな」
一瞬、虚を突かれた顔をしたあと、その中年男は淡々と名乗った。
「わが名は、ゼレタウリス・メレディラス。
これでもこの国の王子であり、事実上、国璽を預かっている身だ」
「……はあぁっ!」
ハザマは間の抜けた声をあげただけで済んだのだが……他の者たちは、より悲惨な反応を示した。
クリフは持っていた香草茶の椀を落とし、ガイゼリウス卿とハザマの問答がはじまったあたりから顔色をなくして胃のあたりを掌で押さえていたオルダルトは堪えきれずにテーブルの上につっぷした。
口に含んでいた酒を吹き出す者も続出し、リンザはその場で目を見開いて硬直している。
「……え……。
あ、あの……」
喘ぐように、ハザマはいった。
「その……いいんですか?
王族が、気軽に出歩いちゃって……」
市井の悪党をばったばったと切り捨てる将軍様など、時代劇の中だけで許される存在だ。
王族なら、もっとこう……威厳やらしきたりやら因習やらで、行動が制限されているはずなのではないだろうか?
「……いいわけが、なかろう」
実に渋い顔をして、あらぬ方向に顔をむけていたガイゼリウス卿が、誰にともなく呟いた。
「無理にでも連れ出せ、是非連れ出せと命じられたから、しかたがなく……」
うわぁ。愚痴だ。
と、ハザマは思った。
天下の国務総長さんも、王族には逆らえないのね。宮仕えも、大変そうだなあ……。
「……ときに、洞窟衆のハザマとやら」
ゼレタウリス王子は機嫌よく、ハザマにはなしかける。
「なかなか示唆に富んだことをいっていたのだが、これからお主たち洞窟衆はなにを目指し、どう動くのか。
差し支えなければもう少し詳しく教えて貰えるとありがたいのだが……。
通信術式の通信網についてはすでに報告があがってきている。
他にも、いろいろと画策するところがあるのだろう?
この際だ。
画策していることをこの場ですべて吐き出していってしまえ」




