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トカゲといっしょ  作者: (=`ω´=)


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旅立ちの準備 

 人除けをしていた山道に、忽然と山牛の群れが現れる。

 マニュルが使役するチェシャ猫の能力による転移現象であった。

 突然、見慣れぬ場所に連れてこられた山牛たちは、それでも悠然とした様子で道の端により、そこに生えている草木の葉を食べはじめる。

「はいはい」

「大人しくしてろよー」

 そんな山牛に近づき、その背に荷物を積んで綱で固定する者たちがいた。洞窟衆の関係者であった。一頭あたりに乗せる荷物は、案外に少ない。

 大部分の荷物は穀物を入れた麻袋であったが、その他にも薬箱やその他の雑貨などの荷物もあった。

 山牛たちは特に抵抗する風でもなく、おとなしく荷物を載せられるままになっている。

「はいはい。ちょっと通してねー」

 一方、荷物を担いで山牛の間を縫うようにして移動している洞窟衆の者たちの方は忙しい様子だった。

 手渡しで森の中にある一時置き場から荷物を受け渡し、手近な山牛から順番に荷物を置いていくのだが……山道の道幅が狭いことにくわえ、山牛の数が多すぎて移動がかなり制限されてしまっているのだ。

「もうちょっと、こう……小出しにしてくれるとかできなかったもんかなあ……」

「せめて、荷物を積んだのから前に移動させてくれよ!

 邪魔で仕方がない!」

 そんな声が、方々からあがっていた。

「はいはい。

 それじゃあ、準備ができた子から前にいこうねー」

 その声に応じるかのように、荷物を載せ終えた山牛を導いて、場所を空けようとする者が出てきた。

 やはり洞窟衆の者であったが、こちらの男女はすでに旅装をしていた。

 順次旅立つ部族民たちと同道し、山岳の各地へ行く予定の者たちである。洞窟衆の中から志願者を募り、その中で選抜された者たちであった。

 その山岳地へも通信網が伸張している最中であるし、これ以降も一定の間隔をあけて洞窟衆の隊商が送り込まれる予定となっているため、彼らが現地で長く孤立する心配はほとんどなかった。

 そのこともあって、志願者は案外に多かった。その志願者の中から、医学や薬学、治癒魔法など、現地で役立ちそうな知識を獲得した者が優先して選抜されることになった。

 拘束される日数分の報酬に加え、技能手当その他の余録もあらかじめ保証されていたため、王国出身者からみれば遠い異国の地に行くことも厭わない者は、それなりに多かった。むしろ、しばらく王国からは離れてほとぼりを冷ましたいような出自を持つ者が多いのも、洞窟衆の特徴ではあったのだが。

 洞窟衆の経営という観点からみれば、今回の試みはほぼ独占状態になる山岳地への通商路を開拓できるかどうかという最初の正念場でもあり、成功すればそれなりに割のいい収入源となることもわかっていたので、この場で資金や人材を惜しむつもりはなかった。


 同じく、新領地内にある新造の砦では、ブラズニア領内の治安維持活動へ赴く者たちの準備で慌ただしかった。アズラウスト公子からの申し出を洞窟衆側が受けた形になる今回の出兵は、事実上、ブラズニア側の兵力と洞窟衆との合同作戦ということになる。

「……これより、馬で移動する部隊と転移魔法で先行して斥候を勤める部隊とに二分するわけですか?」

「それが、よろしかろう」

 ブラズニア家配下の者たちの問いを、ファンタルが首肯する。

「斥候、事前の情報収集の重要さは今さら説くまでもない。

 それに加え、まとまった兵員が移動するとなれば、それなりに人目にたつし噂も呼ぶ。

 その事実だけで、反抗勢力を威圧する効果が望めるものと思われる。

 それよりも、兵員の移動の際の兵糧の手配についてなのだが……」

「ベレンティア領内については洞窟衆の手をあてにしてもよろしいのでしょうか?」

「必要な対価を戴ければな。商売となれば、いやという理由もない。

 それよりも、ブラズニア領内については……」

「それについては、お任せを。

 事前に触れを出して、十分な準備をさせているところです」


 今回、なぜブラズニア家の兵が即座に動けなかったのか?

 それは、現在の停戦状態がいまだかりそめのものである、とされていたからである。

 昼餐会での議事はそれなりに進んではいるものの、山岳民側と王国側の中枢部が直接会談する機会というのは滅多になく、このいくさ以外のことも含めて会談が長引いている状態だった。

 とはいえ、両国ともこのいくさを終結することには同意しているわけで、この場に集まっている兵力を段階的に退去させ、削減ししていく方針についても同意していた。

 各部民の段階的な帰還にあわせてブラズニア家の兵力も順次、退去させることになり、ここではじめてブラズニア家は領内で起こっているいくつかの火種を消すために、兵を自領へ引き返すことが可能となったわけである。

 ブラズニア家だけではなく、ベレンティア家やアルマヌニア家にも同様の指示が総司令部から発令されていた。

 とはいえ、「兵力」ではなく「居留地建築のための労働力」としてそのまま居残る人数もそれなりに多かったので、一気にこの野営地の人数が減るわけでもない。

 この時点で慌ただしく帰る準備をしているのは、純粋な武人とその供の者たち……比較的身分の高い者たちが多かった。こうした者たちは、土木や建築の現場で汗や土にまみれて働く必要もない、これ以上この場に留まってもやることがないわけである。

 いわば、純粋な軍事力であり、それ以外の用途がない人材からこの場を離れるように指示が出されていた形になるわけだが……。


「……おい!」

 厩舎の中に駆け込んできた者がいた。

「聞いたか?

 決死隊、解散だってよ! 解散!」

「おれたちは……恩赦だぁー!」

「本当に、最後まで生き残っちまったぜおい!」

 決死隊の者たちが、口々にそんなことをいいあって、肩を叩きあったりしている。

「つまり……どういうこった?」

 周辺の様子をしばらく見渡して、ヴァンクレスは傍らにいたスセリセスに問いただした。

「ええっと……」

 スセリセスは、どう説明したらわかりやすいのか、数秒考えたあと、

「もうぼくたちにとってのいくさは終わってしまった、ということですね。

 決死隊もなくなるようです」

 結局、端的な事実のみを伝えることにした。

「……っていうことは……」

 ヴァンクレスは何度かまばたきをしたあと、スセリセスの説明を頭の中で咀嚼する。

「もう、どこに行ってもいいのか?」

「そうです」

 スセリセスは頷く。

「そのかわり、これからは軍から飯もなにも出ない?」

「……そうなりますね」

 スセリセスは、またもや頷く。

「恩赦になる際に申し訳程度の補助金が、軍から支給されるはずですが……。

 軍からなにかを貰えるのは、それで終わりです」

 これでヴァンクレスは、即物的な事柄に関しては意外に頭が回るのかも知れない。

 決死隊が解散するということは、これまで当然のように受けてきた軍からの配給を一切受けられなくなる、ということを意味しているわけで……一般的な概念に照らし合わせれば、失職、ということも意味していた。

 いや、入隊と戦死がほぼ同一視される決死隊に籍を置いていたときよりは、いくらかは状況が好転しているのかも知れないが。

 いずれにせよ、これからの食い扶持を稼ぐ道筋は、自力で見つけだす必要がある。

「そうか」

 スセリセスの説明に頷いたヴァンクレスは、自分の馬に鞍をかけはじめた。

「そんじゃあ、ま、また大将のところにでも転がり込むか……」

「……出て行く準備は、解散の手続きが済んでからで十分かと……」

 スセリセスはそういって、ヴァンクレスを制止した。


「……それで、こっちに来た、と」

 ハザマは、ヴァンクレスの巨体を見あげる。

「おう!」

 ヴァンクレスは屈託のない様子で返事をした。

「また世話になるわ!」

「……いいけどな。

 クリフ。

 このデカ物を、試作班のところに連れて行ってくれ! ちょうどこの脳筋にふさわしい仕事がある!」

 ハザマはそういって、クリフにヴァンクレスを案内させる。

「あとの人たちについては……それぞれになにができるのか、一通り説明して貰ってから適切な仕事を割り振ります」

 結局、他に行き場がない決死隊の生き残りも、ヴァンクレスについてこの洞窟衆へ身を寄せることになった。


「……はい、今、材料を入れました。

 そしたら、このハンドルを握って、中身が固まるまでひたすら回し続けてください。

 固まるまで結構かかりますし、根気もいりますが、ひたすら回し続けてください」

「お、おう」

 コキリとか名乗った小娘は、案内されてきたヴァンクレスにそう指示を出した。

「それくらい、わけないが……。

 こいつはいったい、なんのための仕掛けなんだ?」

「それはですね……」

 そういう途中から、コキリはとろけたような顔になる。

「……アイスクリームという、とーってもおいしいお菓子を作るための機材です!」

「……お菓子……。

 菓子、かあ……」

 ヴァンクレスは、なんともいえない微妙な表情になる。

「……まあ、やれといえばそれぐらいやってやらねーこともないんだが……。

 こいつを回せばいいんだな?」

 ヴァンクレスが見下ろしたのは、ずんぐりとした円筒状の物体であった。

 円筒の上部に、手回しのハンドルがにょっきりと生えている。

「ええ。

 思いきって、回してください。

 感触が固くなってきたら、声をかけてくださいね……」

 そういって、コキリという小娘は去っていく。

「……まあ、なにも考えずにこいつを回しているだけでいいってんなら、楽なもんだがな……」

 ヴァンクレスはそういって、アイスクリーム製造器のハンドルに手をかけた。


「……スセリセス。魔法使い……」

 そういってハザマは、思案顔になった。

「ああ、そうか。

 どっかで見た顔だと思ったら、ベレンティア公が亡くなったときにみた……」

 ヴァンクレスが自分の付属品扱いにしていた少年だった。

 十代半ばくらいの年頃で、これまでヴァンクレスといっしょに戦場に出ていたにしては、線が細い気がする。

「ええ。

 あのときに、一度お会いしています」

「今まであの馬鹿のお守りをしてきたのか。

 大変だったろう……」

「えっと……すぐに慣れました」

 スセリセスは直接的な回答を避ける。

「ま、裏がない分、コツをさえ掴めば扱いやすいやつでもあるんだがな。

 それで君は、もしかして転移魔法とか使えるのか?」 

「まさか!」

 スセリセスは慌てて否定した。

「そこまで高等な技術や知識は持っていません!」

「そっか。

 ゼスチャラの野郎も、使えないこともないが、他人に教えられるほど深い知識は持っていないとかいって逃げてたんだよなあ」

 ハザマはあっさりと頷いて、先を続けた。

「今、というか、これからの洞窟衆は、その転移魔法を持っているやつが欲しいところなんだが……

 それじゃあちょっと、ベレンティアの魔法兵についていって、やつらが使う魔法について学んできてくれないかな?

 ちょうどこれから洞窟衆との合同作戦がはじまるところだし、君さえ異存がなければ今からでもそっちにねじ込むけど……」


「……捕虜はすべて釈放。

 ただし、黒旗傭兵団は今後五年、王国から所払い……ですか」

 副長のガズリムがため息混じりにそういった。

「……随分と軽い処分で済みましたな」

「ザメラシュと交わした契約書があったのが奏功したな」

 傭兵団の団長であるダドアズ・ドスアは、そういって大儀そうな挙動で腰を下ろす。

 これまで、数日に渡って部族連合と王国の双方から厳しい詮議を受けて、ようやく処分がくだされて解放されたところであった。

「ザメラシュ本人の身柄は王都に送られ、やつに賛同した部族民たちは王国の野営地に拘留され、おそらく死ぬまで強制労働に従事されることになろう」

 今回のような場合、道具として使われたに過ぎない傭兵の責が問われることはほとんどなかった。

 今回の詮議についても、もっぱら、

「本当に黒旗傭兵団の意志による出兵ではなかったのか?」

 という検証作業に焦点が置かれていた。

 そして、契約魔法のかかった契約書の存在により、潔白が証明された形である。

 王国からの所払いも、罰則というよりは対外的な見せしめの要素が強かった。そもそも、王国も、これまでに何度となく黒旗傭兵団の戦力をあてにしてきた経緯がある。この先、王国が必要とすれば、なんの自分で設定した排斥期間を即座に解除して、黒旗傭兵団を使うことだろう。

 あくまで「形だけ」の処分であり、実質的な罰則とはいえなかった。

「……当分、この周辺では大きないくさはなさそうではあるし、半数をこの場に残して居留地を作る諸国の隊商護衛任務の営業をかけることにし、もう半数は別の戦地を求めることにするか……」


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