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トカゲといっしょ  作者: (=`ω´=)


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魔法教育の諸問題

 ボズデリック商会のメイダルは、またしても数秒、動きを止めていた。

「これはこれは。再度、大変に、失礼いしました」

 しかし、すぐに持ち直し、どこか機械的な笑顔を顔に張りつけたまま、再び動き出した。

「どうも、遠くの噂には尾鰭がつきやすいものであるようですな。

 それを真に受けてしまい、とんだご無礼をするところでした」

「いえいえ。お気になさらず」

 ハザマは鷹揚に頷いてみせる。

「洞窟衆などという得体の知れない集団にわざわざ足を運んでいただいた上、なんの収穫もお約束できないようで大変に心苦しいところでございますが……。

 この地は、これより居留地の建築などで大変に賑わうことと予測されます。

 ボズデリック商会様におかれましても、相応の商機はみいだせるのではないでしょうか?」

 洞窟衆が直接取引をする予定はない、と、婉曲に宣言して見せたあと、

「……そうですね。

 たとえば、山岳の諸部族の間に口座を作らせ、決済をより簡便なものにしてくれる両替商があれば、そのような商会とは是非ともおつき合いいただきたいところですが……。

 現状では、現金の輸送に関しても、うちの警備は万全ですので、特に両替商の方とおつき合いをする必要性が、うちとしてはありませんので……」

 輸送の際の警備状態も、洞窟衆が関係する隊商と他の隊商とでは、雲泥の差がある。

 特に高額な商品や現金を輸送する際は、騎兵の訓練も兼ねて、かなり過剰な警備をしながら移動させていた。

 そうした際の物々しさは、おそらく、王国の中でも最高の水準であるはずだった。

 はっきりいってしまえば、現状では、洞窟衆が両替商と親しくつき合うメリットは、ほとんどない。

「おれたち洞窟衆は両替商の方々をあまり必要とはしませんが……」

 ハザマは軽い調子でそういった。

「……これからの戦後処理、それに居留地の建築がはじまるこの土地では、十分にご活躍する余地があるかと思います」

 この土地には、戦争のときに集まったのとは別種の人材が、これから集まってくることになるだろう。

 そうした延びしろがある人材にとって、両替商が存在することは心強いのではないか。

 ハザマは、そう思った。

 そして、

「というか、戦争のときとは違い、これからは両替商のような業者も必要となってくるのでしょうね、この土地では」 

 と、つけ加える。

 そしてその両替商と、別にこのメイダルが属するボズデリック商会である必要もないのであった。

 いや、仮に将来、ハザマが新領地の領主になるとして、その立場で考えてみたとしても、特定の業者を厚遇しなければならない必然性はまるでない。

 逆に、複数の両替商を同じような条件で扱って、健全な競争を促進する方が長い目でみたら得策であろう。

 ハザマは現在、例の保険制度の研究のため必要な人材を、具体的にいうと金融とか契約魔法に詳しい専門家を何名か、ハザマ商会のゴグスに頼んで捜させているところだった。だが、それは、新領地の経営に必要な人材であり、可能ならば既存の金融機関との関係は希薄であった方が今後もなにかとやりやすい。そうした人材が都合よく見つけられたり、ヘッドハンティングに応じたりする確率は少なく、案の定、ゴグスからはいまだにその件についての返答は来ていないのであるが……。

 とにかく、今の時点で洞窟衆が特定の両替商と親しく関係しなければならない理由というのは、ほとんどない。

 だからハザマは、表面的には丁重に、しかし、決してうかつにこちらの言質を取られないに注意しながら、メイダルに対応した。


「……今後は、ああいうお客さんが増えていくのかなあ……」

 結局、これといった収穫を得られないままメイダルが帰って行くと、ハザマは軽くため息をついた。

 洞窟衆の景気がよくなれば、それにあやかったり利用しようとする連中が近寄ってくる。

 容易に予想できることではあったが、実際に対応するとなると面倒なだけだった。

「なんか土産話においしい情報でも持ってくれば、もう少し期待を持たせる対応でもしてやるんだがなあ……」

 あくまで「期待を持たせる」であって、「将来的な利益を確約する」ことまではまるで考えていないあたり、ハザマも十分に底意地が悪い。

 ま、いいか。

 と、ハザマは内心でひとり頷く。

 冷静に考えてみても、金融機関からの融資をより切実に必要としているのは、洞窟衆よりも居留地を計画している連中だ。

 具体的にどれくらいの規模のものを考えているのか、ハザマは詳細な内容を知っているわけではなかったが、その手の事業に膨大な初期投資が必要となることくらいは想像がつく。しかも、事業の性質上、その投資を回収できるのは何年も先になるはずであり……。

 専門的な技能や知識を持つ高給取りを含め、工事に必要な人員を年単位で拘束し、食わせていかなければならないわけで……。

 となれば、王国なり他の国々なりの国庫のみを頼るだけでは、先行きも不安になるだろう。

 詳しい資本比率までは予測できないが、やはり民間からの融資も募るのではないのか、と、ハザマは予測する。

 このあたりの事情も、あとで機会があればタマルあたりに解説して貰うことにしよう、と、ハザマは脳裏にメモをしておいた。


「……また、洞窟衆からですか?」

 ブラズニア家の陣屋で、メキャムリム姫は首を傾げていた。

「この間、壺いっぱいの蜂蜜をいただいたばかりなのに」

「なんでも、氷菓の一種で、早めに召し上がらないと溶けてしまうとかでして……」

 メキャムリム姫の侍女、リレイアはそういって木の箱を開けた。

「……アイスクリーム、というのだそうです。

 量が量ですし、差し支えなければこの場いる者たちにも分けたいのですが……」

 木の箱には、ぎっしりと白乳色の物体が詰め込まれていた。

「毒味は?」

「済んでおります。

 たいへん、おいしゅうございました」

「……溶けるものでしたら、しかたがありませんね」

 リレイアの返答を確認してから、メキャムリム姫は頷く。

「一時休憩にして、これをみなに分けてさしあげなさい」

「ははっ」


「……ほう。

 これは、これは」

 ドワーフのムススム親方は、木匙でアイスクリームを口の中に放り込むと、そういってしばらく目を細めた。

「甘すぎる気もするが、これはこれでいいものだな。

 おい! ちょっとガラムを持ってこい!」

「……え?」

 アイスクリームを持参してきたコキリが、目を丸くする。

「あんな強いお酒、いったいなにに……」

 とかいううちに、若いドワーフが持ってきた酒瓶をあけ、ムススム親方は手にしていたアイスクリームの皿にどばーっと注いだ。

「うまいアイスクリームにうまい酒を注いで食す。

 これでまずくなるはずがない」

 そういってムススム親方はアイスクリームとガラム酒を木匙で混ぜ合わせてから口の中に放り込んだ。

「……うむ。

 いい。

 予想以上にいいぞ、これは……」

 ムススム親方は満足そうにそういって、目を細めた。

 他のドワーフたちもムススム親方を真似て、アイスクリームの上にガラム酒をかけて食べていた。

 反応をみていると、それでかなり満足しているらしい。

 その光景を間近で目撃していたコキリは、

 ……うわああああ……。

 と、心中で悲鳴をあげていた。

 コキリは別に下戸ではなかったが、甘いものと度の強いお酒をいっしょくたに混ぜて食べるという発想はなかった。

 基本的に、甘いものとお酒は合わないと思っている。

 とはいえ……気に入られないよりは気に入って貰えた方が都合がよかったので、この場ではなにもいわないでおいたが。

「ええっと、お気に召したのでしたら幸いです。

 それでは、アイスクリームの製造機の方も……」

「おう。

 もうかなりのところできておるし、明日にはそれなりに数が揃う!」

 ガラム酒まみれのアイスクリームをかき込みながら、ムススム親方は、

「任せておけ!」

 と明言してくれた。


 帰ってからコキリは、アイスクリームの原価計算などをしはじめる。

 ただし、原料が原料なので、ドワーフに発注した器機を別にすれば、無料みたいなものだ。

 ハザマさえいればほぼ無尽蔵に森の中から取ってこれる蜂蜜と、取引の結果得たもののどちらかというとこれまで持て余し気味だった山羊を、ようやく有効に活用できたような形だった。

 洞窟衆にしてみれば無料みたいなものだったが、他の者が真似しようとすると途端に敷居が高くなるな、とコキリは思い、それでも従来にはない食べ物であることも確かなので、原価の問題は別として、売価の方は当面、高めに設定しておく方がいい、と、販売部へ提出する申し送り書に大きな文字で強調して提案しておいた。

 その方が商品であるアイスクリームの有り難みが増すというものである。

 少なくとも詳しい製造法が流出し、他に真似をする商売敵がでてくるまでには、それなりの高値に設定しておく方が、いろいろなことがうまくいく、と、コキリはそう説明をつけ加えた。

 材料や器具はともかく、製造時に冷やすための氷を確実に量産する方法はいまだにゼスチャラひとりに頼っている段階だった。

 これは、この野営地付近でアイスクリームを作ることに不自由をすることはなかったのだが、洞窟衆の身内に氷を作る魔法をマスターした者が何名か出てくるまでは、他の土地で同じようにアイスクリームを製造することができない、ということを意味する。

 特定の場所でしか製造できない、というのは、製品として未熟な段階であるということであり……。

 というところまで考え、コキリは、

「やはりこれからは、人材の育成がネックになってくるのかな」

 と、そう思った。

 コキリは、なぜハザマが印刷技術やチョークや黒板の実用化を急がせているのか、この頃にはうっすらと理解できるようになっていた。

 知識や技術を伝える。あるいは、伝えやすいような形で文書化し、保存しておく。それを複製可能にする。

 こうした行為は、意外に大事なのではないのか?

 知識や技術は、一度習得したら、その人は一生使うことができるのだ。


 ゼスチャラはこれからしばらく、洞窟衆が用意した人間にむけ、一日中魔法の講義をすることになった。

 チョークを握って慣れない板書をしながら人前でしゃべることはさして苦にはならなかったが、その前の、講義内容をまとめるのにはかなり時間がかかった。実際、今でも寝不足である。

 本来、魔法とは、複雑かつ体系的な知識を身につけてはじめて発動できる代物である。

 しかし、今回、ゼスチャラが引き受けたのは、

「なんの知識も持たないド素人をわずか数日でなんとか使えるようにする」

 ための講義であり……従来の常識では、とてもではないが「不可能」とされる行為であった。

 だが、洞窟衆が先のいくさで回復魔法だけを集中して短期間で多数の人々に教え込んだ例からもわかるように、それなりに例外は存在しており……。

 それは、ようするに「体系的な知識なんてうっちゃっておいて、術式の発動に必要な部分だけ丸暗記させる」というものだった。

 これだと、ごくごく狭い領域の魔法しか使えない半端な魔法使いしかできあがらないわけだが……逆にいえば、応用が効かないことを前提とすればそれなりに実用的な運用ができるということでもある。

 無論、保守的な魔法使いのあり方としては、断じてほめられる教育法ではない。魔法使いとしての倫理とかにあまり拘りを持たないゼスチャラのような男にとっては、この部分はあまり気にかけるところではなかった。

 それ以上にゼスチャラが苦心したのは、

「いかに生徒たちおぼえさせる知識の量を少なく抑えるか」

 といった、実際的な部分だったりする。


 なにせ促成栽培で「使える」ようにするわけだから、おぼえさせることは少なければ少ないほどいい。それだけ、教育に要する時間が短縮できる。

 しかし、おぼえる方、教えを受ける側はともかくとして、教える側にしてみればその知識を選択することはかなりの困難を伴った。

 なにしろ、ゼスチャラは、広範な知識体系が当然のように背景にあることが前提になっている魔法使いの一員である。

 今回の場合、「金属を融解する温度まで加熱する魔法」と「水を凍らせるための魔法」というかなりピンポイントな二種類の魔法を教えることになっているわけだが……。

 この用途限定した場合、本当に必要な知識というのは……ゼスチャラが昨夜、一晩かけて検討、点検をした結果、予想した以上に少なかった。

 それこそ、ゼスチャラが、

「……こんなに簡単でいいのか」

 と、拍子抜けするほどに。

 そう思いつつ、ゼスチャラが改めて見直してみても、確かに、「最低限これだけの知識があれば、特定の魔法だけは発動することができる」という結論が出てくる。

 とはいえ、それは、「本来、魔法使いが履修しなければならない知識の量と比較すれば」少ない、というだけのことであり、まったく予備知識のない者にいきなりおぼえろといったら、それなりに苦労するであろう情報量ではあるのだが……。

 とにかくゼスチャラは、複雑な心境にありながら、教えるべき情報量をそこまで削減することにほとんど一晩を費やした。


 伝えるべき知識量以外に、体質というか魔力量の問題もある。

 それまでに魔法を使ったことがない者なら、そのピンポイントな魔法を短時間使っただけでも、すぐに魔力切れになってへたりこんでしまうだろう。

 が……それには、持続して魔法を使い続けるうちに、徐々に体の方が慣れてくる。はずである。

 一定の割合で、ほとんど魔法が使えない体質の者もいるらしいのだが……その辺は、実際にしばらく魔法を使い続けてみないことにははっきりしない。

 魔法をどれほど使いこなせるかは、知識とは別に先天的な体質によっても左右される。

 その事情も、魔法使いの育成を難しいものにしていた。


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